他がため<其は自分のため>
フェイトは空中に飛びながらも、コキュートスの威力に戦慄を覚えていた。
「なるほど、レーザー上に光を纏めるのではなく、フィールドに展開するようにコキュートスを放射したのか」
「ご明察、しかしよく避けれたものだ。……大したものだよ、君は」
どうやらコキュートスが触れた個所までが一瞬で凍結するようだが、縦方向と横は必ずしも平行しているわけではないらしい。
現に地上ではおおよそ半径300m程が氷の世界に包まれたが、地上から40m程離れた上空では氷の影響を受けていない。
単純に空には届かない、というのならば話は簡単だが……
「勿論、空中へも広げることは可能さ」
やはりそうか、とフェイトは感心する他ない。
とはいえ、コキュートスもフィンブルヴェドも、あの白い膜のようなものが絶対零度すら超える凍てつきをもたらすのだろう。だから、視覚で感知できる範囲に気を配っておけば避けようはある。
「君はどうしてもコキュートスを使わせたいようだね……でも、君が空中にいるならば無理に相手する必要はない。ディーバを回収させてもらうよ」
「何!?」
どうやらカロンは何らかの手段を持ってディーバを運ぶらしい。--近づけたらダメだ。
「ロックプラント!」
「先と同じものは効かないよ!」
今度はフィンブルヴェドを横へ広げ、土がカロンを飲み込む前に凍結させ、無力化する。
「君も存外魔法に通じているようだが、相手が悪かったね。禁呪相手では魔法はランク下だ」
「くっ……」
もはや手詰まりに近い。相手の動きを封じる魔法も既に無力化され、攻撃は全て通らない。かといって近づいて剣技で応戦するにはリスクが高すぎる。
コキュートスを引き出しつつ、自分は避けて相手に魔法を打ち込む。
それは針の穴を通すような繊細な業であり、自分の中で成功できる自信はハッキリ言えばない。
フェイトが考えている間にも、カロンはどんどんディーバへと近づいている。
……もう後戻りはできない。
やるしかない、例え相討ちで終わろうともディーバの騎士としてこの命を懸けると決めた時から、命を代償の勝負をすることを!
「カロン!!見せてやるよ--俺の赤魔騎士としての誇りを」
「赤魔騎士の誇り?聞き慣れない騎士名だが、まさか学生の身分である君が騎士の称号を授かっているとはね……正直魔法を使えるという以外君の騎士としての才能はないようだが?」
「騎士になると願う者は、誰だって心の奥に強さを持っているんだ!それが分からないのならば、カロン!お前の野望もここまでだ!」
「……面白い、君に何が出来るのか。……さあ、見せてみたまえ!!」
「ああ、見せてやる!!アルテマ・ライフ!!!!」
フェイトは魔法力を極限まで高め、その魔力の渦に自身の<ロア>を流し混和させ極大の力を解き放った。
「これはっ!?--魔力と……<ロア>?まさか!!」
カロンの驚愕はもっともだった。禁呪は魔法でもあるが、その内は自身の命を削る魔法でもあるからこその、禁呪なのだ。
フェイトが放ったアルテマ・ライフは禁呪に近いというよりも、同じ禁呪としか思えない。
「フィンブルヴェドでは防御しきれない……迎え撃て!コキュートス!!」
カロンは自らを覆う白い膜を全て攻撃に変換し、フェイトのアルテマ・ライフを迎え撃つ。
「潰せぇぇ!!」
そして青き極光と、白き冷光が互いを蹴散らさんとばかりに衝突した。
「ぐっ!?」
先に悲鳴を上げたのは、カロンだった。同じ禁呪というランクではフェイトの魔法力、そして生命エネルギーには太刀打ちできなかったのだ。
「お、おのれええ!!コキュートス、我が命を喰い荒らしてでもいい!奴を止めろおおお!!!」
そしてカロンは自らの命を削り取ることにより、コキュートスの威力を上昇させる。
「バカが!!この場を勝っても、それだけ生命を削れば数日も持たないだろう!?」
「いいのさ……僕はディーバと共に死ぬ!そうさ、現世で一緒になれなくても、せめてあの世では一緒にいれればいい!僕は、僕は--ディーバを愛しているんだあああああ!!」
そして、白き冷光は青き極光を押し返し始め、徐々にその光を削り取る。
「もう少し、……もう少しだ。コキュートス、もっと命を喰らえ!」
「カロン、お前は……」
ついに拮抗が破れ、その瞬間に白き冷光コキュートスはアルテマ・ライフを打ち破り、その術者であるフェイトへと迫った。
「これで--終わった」
カロンの視界全てが白一色に染まり、空すらも全てがカロンの屈服したかのように思えた。
「ああ--ディーバ、今行くよ……」
カロンは恍惚とした表情を浮かべ、足取りがおぼつかないまでもディーバを閉じ込めたディープフリーズの檻へと一歩足を進めた。
「残念だけど、その一歩が限界だ。それ以上先はディーバの騎士として踏み込ませるわけにはいかない」
倒したハズの敵である少年の声が聞こえる--いや、聞こえてもやることは変わらない。
既に自分にはもう魔力も生命力も残されてはいないのだ。
--もって数分、アルテマ・ライフを打ち破るためだけにコキュートスに乗せた生命力は既に自身の限界を超え、今この歩みを止めてしまえば自分は中身のない人形と化してしまうことは自分でも理解していたからだ。
そして、その自らの衝動に従い更に一歩を踏み出した時、その足が切断された。
「--??」
それでも構わない、片足さえ残っていればまだ進める。
そう思い、カロンは残った右足を動かし前に進むが、その足すら失う。
いや、腕があれば這っていけるじゃないか。
そう思い、カロンは残っている両腕を使い前に這うように進むが、その腕も通してもらえない。
「……なんで、……なんで邪魔をするんだよぉ!!」
もう動かせるものは、口しかない。だから残ったそれで訴えかけるが、返ってきた言葉は拒絶だった。
「何度も言わせるな、俺はディーバの騎士だ。お前みたいな狂人を通すわけにはいかない」
「ふざけるなよ、僕は、僕は……こんなにも……ディーバを愛しているの--」
開きかけた口から発せられる予定だった言葉は、ついぞ途切れたまま空気に吸い込まれた。
「----お前のは愛じゃない、執着欲だ。愛は……こんなにも不幸にはならないし、一方通行でもない。俺にもまだ分からないけど……お前が間違っていることだけは確実なんだ」
白い霧が徐々に晴れていくなか、フェイトは目の前に横たわる一方通行な執着欲に塗れた狂人を、喰いとめることに成功した。
「ディーバ、今助けてやる」
カロンを倒し、ディーバを蝕むその氷も解けつつはあったが、急激に解けるわけではないらしい。
このままいけばディーバに後の後遺症を残すかもしれないと考えたフェイトは、自分の魔法でも氷を融かすことにした。
「ファイア!ボルケーノ!!フレア!!!」
初級や中級魔法では歯が立たず、上級火魔法も試したがイマイチ効果が実感できるほどまでにいかない。
「どうなってんだ……?確かに融けてはいるが、もっと削らないと間に合わないかもしれないのに……」
途方にくれそうになるフェイトの横に表れたのは、リードだった。
「フェイト、終わった?」
リードは自身が戦力外であることを悟り、戦闘終了まで安全な場所まで退避していたのだが、戦闘が終わったとみて駆けつけてくれたのだろう。
「ああ、終わった。--終わったのに、氷が融けないんだよ」
リードは術者を倒せば融けると言ったが、このままではディーバが危ないかもしれない。
「フェイト、氷は、融けてる。--でも、中の人、急がないと危ない、かも」
「分かってる、分かってるんだ!でも上級火魔法のフレアですら効果が薄いんじゃ、どうしようもない。禁呪には禁呪じゃないとダメなのか?」
すがるようにリードに助けを求めるフェイトだったが、リードは果たして
「フェイト、上級魔法を、重ねよう」
「上級魔法を?」
よく中級魔法まででは、2属性を混ぜて撃つことにより複合魔法としてランクが上がった攻撃方法がある。
だが、上級魔法は発動までが難しいためこれを1人で複合させることは困難を極める。
手っ取り早く威力を出したいがために、フェイトが編み出したのが生命エネルギーを混ぜた上級魔法、アルテマ・ライフなのだから。
でも、二人いるならば----
「リード、頼むぞ」
「うん」
どの魔法を使うかはお互い確認しない。この氷が生半可なものではないのならば、上級火魔法でも加減はいらないのだから。
「詠唱に10秒」
「了解、それに合わせる」
フェイトはほぼ詠唱破棄で上級魔法を使えるが、一般的な魔法師は上級魔法を詠唱破棄は出来ない。
それどころか、魔法学校1年生のリードが上級魔法を詠唱僅か10秒で使っていること自体が異常でもあるのだ。
フェイトは精神を研ぎ澄ませ、リードの詠唱を待つ。
耳を澄まし、リードの澄んだ声を聞く。
「----?」
この澄んだ声?誰かに似ているような……?
フェイトの記憶の中でリードの声が誰かに重なり、その声が記憶に刻まれる。
(分からない?分からない……けど、--リード、君はいったい?)
そんな夢現な時間は過ぎ、フェイトは現実に意識を集中させる。
リードの声も、リードの事も気になるが、今は、ディーバを助けることに集中だ!
リードの詠唱が終節を導き、魔法という神秘が今具現する--
合わせる呼吸はいらない、今はただ己の感覚に従えばいい。
きっとリードも同じはずだから--
そして、2人の意志という名の歌が、一秒の狂いもなく重なる。
「「レイズ!!」」
火炎の火柱が竜巻のように唸り、禁呪であるディープフリーズの氷を熱し、融かしとる。
その炎は清く聖なる炎であり、不死鳥の持つ炎がこれと同種では、と考えられている神秘の炎だった。
炎は天へと返るように空へと集束しつつ、高く、高く昇る。
--やがて、炎は灰塵すら残さずに天へと昇り切り、地上には待ち人たるディーバの無事な姿だけが残った。
「ディーバ!!」
フェイトはディーバへと駆け寄り、氷の呪縛からとけ地へと倒れそうな体を抱きとめる。
「ディーバ、…………息してる。ディーバ、息をしてるよ!ちゃんと生きている!!」
フェイトは溢れる涙を止められずにいた。
初めて自分が忠節を誓った歌姫ディーバ。彼女を守るはずが幾度も危険にさらしてしまい、一時は本当に取り戻せないかもしれないと思ってしまったが、今彼女は自分の腕の中で眠っている。
「フェイト、良かったね」
リードもこちらに駆け寄り、ディーバの眠った横顔を眺める。
「リード、リードがいてくれなきゃどうなるか分からなかった。本当に、--本当にありがとう」
「いい、フェイトが良ければ、それで、いい」
「俺--守れたんだな」
涙で顔をくしゃくしゃにしながらも、少年騎士であり、赤魔騎士でもあるフェイトは自分が守れた姫の体温を感じていた。
■■■■■■
それから数日後----
ディーバは直ぐに病院へと運ばれ、緊急検査が行われた。
急激な体温の低下によって、意識が危なくなったとも言われたが、本当に幸運なことにディーバには後遺症も見られることなく、快復へと向かっているようだ。
後30分、氷の中にいたならば後遺症が残り、2時間程経っていたならば命の危険もあったと医者から言われた。
あれから俺は、ディーバの眠る病室を毎日学校帰りに寄って確かめていた。
俺が学校に行っている間の警護はナイツォブラウンドの先生が交代で引き受けてくれている。
ディーバを病院へ運んだ後、俺は学校へと事情の説明をするために行き、そこで全て話した。
ディーバを狙う変な貴族がいたこと、ディーバが禁呪に巻き込まれ命の危険もあったこと。
最初はギルバード先生が聞いてくれていたが、話が大きくなってきた次第から校長先生へも話を通すことになり、自身の無力さを痛感した。
幸いなことに学校からの処罰は無かった。世間からもこの情報については公表しないという話にし、ディーバの名誉が傷つけられる心配はなくなった。
それと同時に、連絡を取っていたアルト・アヴァロン王からも通信があり、ジェラルミンという貴族については目を光らせておく、とのことで借りを作った。
最も、向こうは気にした風でもないが本当に権力を頼り、借りた形になったため、俺は自分の小ささや子供加減を思い知らされた。
所詮自分は騎士という称号を得ても子供であり、政治的な部分や権力においては到底口を挟める次元ではなく、全てを自分で解決するにはあまりにも子供であった。
それからというものの、ディーバの看病には毎日顔を出すようにはし、それ以外の時間は学校にて授業を受けることにした。
元々の魔力に免じて騎士と名乗れていただけなので、この授業を受けていく過程で持って自分を高めていき、今後ディーバの時の二の舞は絶対に踏まないと誓った。
幸いなことに友人であるゲイト、ピア、レイも事の顛末を知った後もこちらを責めることなく、今までと変わらず友人で在り続けていてくれる。
リードには、あれから会う機会が中々持てずに会っていないのだが、野良猫みたいなリードだ。またいつかどこかひょんな所で出逢うに違いない。
そうして、ディーバの病室に通うこと6日目。
ディーバもようやく面会が可能な状態まで回復し、俺の面会が許可された。
白い清潔な病室、窓はあるが他にはベッドが一つあるだけで机の上に花が活けてあるがそれだけで、いささか殺風景にも見えた。
「よ、よう、ディーバ」
ディーバとは随分言葉を交わしておらず、どうしてか少し緊張してしまった。
……本当は責められるかもしれない、あんなことに巻き込んだ俺から距離を取りたいのかもしれない。
そう、思っている自分が少なからずあった。
でも--
「フェイト!ようやく会えた!!……ありがと」
ディーバの最初の一言は、お礼だった。
「お礼?……なんで?」
訳が分からずにオウム返しのように聞き返すフェイトに、むしろ不思議そうに首を傾げながらディーバが言う。
「なんで……って、そりゃ勿論色んなことから助けてもらったからよ。私あんまり覚えてないけど、氷の中に閉じ込められちゃったんでしょ?あの変なおじさんからフェイトが助けてくれたことは覚えているんだけど、その後のことは騎士学校の先生から聞いたの。
--それでフェイトがすごく頑張って私を助けようとしてくれて、最後にはその悪者をやっつけて私を救いだしてくれたんだって。--本当に、本当に嬉しかった。フェイト、最初に私と約束した通り私を助けてくれた、私の騎士なんだって」
その通りだが、本当に守るのならばこんな危険な目に合わせてはいけなかったはずだ。
今回後遺症や怪我がそんなにないのは不幸中の幸いなだけで、本来ならばそんな必要もない日常こそが騎士として守るべきものだったのだ。
「俺は、ディーバの騎士だからディーバを絶対に助けるのは当たり前だ。俺が言いたいのはディーバを危険にさらして--」
「違うの!!……違う、そうじゃないの。……フェイトは胸を張っていいんだよ?私一人じゃ何も出来なかった、それに今学校の先生が警備に来てくれているけれど、誰もフェイトと違う。フェイトじゃなきゃきっと同じ目にあっても助けられなかった!フェイト、フェイトは自分を誇っていいんだよ?」
……誇っていいわけがない、どんなにディーバに慰められようがこれだけは誇れるわけがない。
「ディーバ、俺は今回のことで自分の無力を知った。俺が今回君の助けになれたことは多分、友達として心の強さを学ばせ、声を取り戻す手助けをできたことだけだと思う。……本当に、それだけだ」
ディーバから目を逸らすようにフェイトは窓際まで移動する。
そんな様子にディーバはなんと声をかけていいかためらっているように感じたが、次にディーバから発せられた言葉はフェイトが考えられるものではなかった。
「フェイト、私退院次第また復帰しようと考えているの」
思わず驚いて振り返るが、ディーバはあくまで冷静にこちらを困らせたくて言っているようには思えない。
「フェイト言ってたよね?私はまた歌姫として活躍して欲しいって。--それでね、私なんだかんだあったけど声が出るようになったし、また舞台に戻ってみようと思うの」
こちらを真っ直ぐに見据え、一切の迷いなくこちらに言葉を投げかけるディーバ。
そんなディーバに言葉を返すこともできずに、ただ見つめるだけになってしまった。
「だからね、フェイト……本当は貴方にも一緒に来てほしかったの。--私の騎士として、一生を共に」
それはどういう意味--フェイトが理解するよりも早く、いや、理解して欲しくないかのようにディーバは言葉を続ける。
「でもフェイトは多分今回のことを自分中でずっと許せないままだって、今気付いちゃったから。--そんな私が傍にいたらきっと、苦しめちゃうよね?」
「そんなことない!!」
自分でも思わず大きな声が出てしまったため、ディーバを驚かせてしまったようだが、フェイトも言葉を止めるつもりはない。
「俺は後悔している、本当の意味で守れなかったことを。--でも、今はそのために力をつけるために学校に戻っているだけだ、だから--」
しかし、その先の言葉は続けられなかった。
ディーバの瞳は凪のように揺れることなく、そしてそれはフェイトとの別れを意味していたからだ。
「フェイト、私フェイトが私の騎士で良かったと本当に思うの。きっと他のだれが騎士になると言ってくれていても、こんな幸せな結末は迎えることが出来なかったと、本当に思う。
……だから、言わせて。フェイト、こんな無力な、こんなにも何も知らない私に仕えてくれて、本当に、--本当にありがとう」
ようやくディーバの凪のような瞳が揺れ、そこから留まる事無く涙が雨のように降り続く。
「ディーバ……」
ディーバが決心したのならばフェイトが自分の我がままを貫くわけにはいかない。
ディーバはフェイトのためを思って、この決断をしてくれたのだ。フェイトがいつの日か、本当の騎士となって、また誰か自分だけの姫を見つけその騎士となれるその日のために。
「フェイト、またね。離れても私達……友達、だからね」
自分がやっていたのは騎士ごっこだったのかもしれない。それでも、ディーバは救われたと言ってくれた。
ならば……キチンと、終わらせよう。
結末は変えられたのかもしれない、それでも今自分が出来る精一杯がこの結末であるのならば、納得し、歩きださなくてはならない。
フェイトはベッドに座っているディーバに対し、膝を折り頭を深く垂れ、心のまま言葉を紡ぐ。
「私、フェイト・セーブは、至高き音色の歌姫ディーバの騎士として仕えられた事を一生の誇りとし、その生涯の一片を支えられたことを至上の喜びとし、その、未来へと踏み出す努力へと貢献できたことを生涯胸に刻む事をここに誓います!
--歌姫ディーバの道行きに栄光あれ!歌姫ディーバの未来に……幸あれ!!ここに、我が騎士としての契約を終了したものと告げ、これより先は生涯の友として共に在らん事を誓う!!」
フェイトの騎士としての言葉を受け、ディーバは--
その世界中に染み渡る声で、世界中を魅了する声で、世界中から求められる声で
何よりも澄み、何よりも尊く、何よりも美しく、何よりも愛らしい声で
世界でただ1人のためだけに、歌を謳った。
その歌は今まで誰にも聞かせたことはない。
何せ、たった今思い浮かんだ詩を、たった今思い浮かんだメロディーに乗せ
ずっと前から思い続けてきた気持ちを、心を、魂を全て込めて謳いきった。
言葉が出ない。
フェイトは今までこんな気持ちになったことがない。
こんなにも暖かく、こんなにも優しく、こんなにも張りつめ、こんなにも心が高鳴り、こんなにも涙が出たことは、生涯一度も経験したことがなかったからだ。
言葉というものでは表せない、ディーバの気持ち、ディーバの心、ディーバの魂。
その全てに応えるには言葉では圧倒的に足りない。
もしそれに応える術があるのならば、それは言葉ではない。
フェイトは面を上げ、立ち上がり、ベッドに座るディーバの右手を取った。
ディーバの全てに応えられるよう、その想いの全てを自分の手に込め伝えた。
「------うん、伝わったよ。フェイトの気持ち。--そっか、そんなに感動してくれたんだ」
感動。確かに一言で言えば感動かもしれない。
でもそれとも何か違う、この感覚を何と呼べばいいのだろう?
「フェイト、ありがとう」
こちらに向日葵のような笑顔を見せてくれるディーバに、今後の不安は一切ない。
ならば、こちらも笑顔で応えよう。
「ありがとう、……ディーバ」
すると、ディーバの顔が不意に近づき、頬に何か暖かい感触が訪れた。
「……??……!!ディーバ?!」
それ以上の言葉は許されなかった。ディーバに抱きしめられ、フェイトは言おうとした言葉、考えた言葉全てを飲み込み、ディーバの気持ちを受け止めることだけを考えた。
フェイトも両手をディーバの後ろに回し、お互いが抱き締める形となり、そのままずっと互いの体温と呼吸を感じ合う時間が、なだらかに過ぎ去った。
(ありがとう、私の大好きな人。--さようなら、またいつか、会える日まで)




