騒ぎの誘発
弓道場を後にしたフェイトは歩きながら時計に目を落として見る。
「お、意外に時間が潰れた。そろそろかな?」
待ちに待った入学式……は終わったのでいよいよを以って、クラスメイトとの顔合わせだ。
とりあえずばれないよう、さりげなく、さりげなく人波に乗って入学式に出ていないということを隠さねば。
校舎に隠れて少し待っていると、ガヤガヤとした話声といくつもの足音が近づいて来る。
(焦るな、焦るなよ。もうちょっと待つんだ。)
列が膨らんできた所を見計らい、急ぎ忍んで列に割り込む。
(よし!成功した!)
これで列に紛れこめたので、後はこの人波に乗ってクラスに行くまでである。
「えーっと、俺のクラスは1-Gだから」
ここだな、もうすでにクラスには20人程集まっている。
「おはよー!」
とりあえず挨拶である。無論元気に!知り合いがいないんだ、皆だっていきなり敵を作りたくて入学したんじゃないんだから答えてくれるさ。
「おは……よ?」
あれ?おかしいな?なんで疑問形なんだろ?まぁ挨拶してくれたから失敗って訳じゃないだろうけど。
とりあえず一番近くにいた男子に聞いてみる。
「これって席とか決まってるのかな?」
よくみるとその男子は少しホリが深く、特徴的な顔立ちをして、大人びて見える。
まぁ、同じクラスの時点で年齢は同じなんだが、背丈も筋力も既に十分あるし男子としては羨ましい限りだ。
「いや、決まってないみたい。どこでもいいんじゃないかな?」
おお、意外にフレンドリーだ。なんか幸先いいかも。
「んじゃ一緒に座ろうぜ、これも何かの縁かもだし。俺はフェイト・セーブ」
「よろしくな、俺はゲイト・ユンだ。寮に入ってる、フェイトは?」
「俺は自宅からかな、1時間位だ」
「いいじゃないか、俺は自宅が遠すぎて寮は半強制的にだ、実家の方が落ち着くのにな」
「まぁそういうなよ、寮だって仲がいいやつが一緒ならすぐ会えるってメリットもちゃんとあるんだから」
「ははっ、そりゃそうだ」
ゲイトは気さくな性格だったため、特に無理に話を繋げる必要もなく言葉がスラスラ出てきて会話のキャッチボールが出来る。
うん、ホントに出逢えたのがゲイトで良かった。
「そういやフェイト武器は?まさか素手なのか?」
お?ゲイトの目にかすかに好奇心が見える。結構聞きたかったのかな?
「いや、ちょっと事情があって今手元にないんだ。一応剣だよ」
「そうなのか」
一瞬だが視線を外されてしまった。多分武器は騎士たるもの常に持ち歩くべきという習慣からなのだろう。
事情があるとはいえ、代用品すら持ち歩かない騎士は珍しいというより非常識に分類される。
そんなのを耳ざとく聞きつけるのは、好奇心旺盛か、意地が悪いかのどちらかだろう。
そして皮肉にもフェイトに絡んできたのは意地が悪い方であった。
「代替品も持たずに登校してきただ?お前頭悪いってかヤバイんじゃねえか?」
ああ、面倒なのがきた。こっちは関わろうとなんて微塵も思ってないんだから見逃してくれればいいのをなんで絡む。
どうせここで目立っておきたいんだろうけど、子供か。いや、15歳は子供か。
「お前みたいなのはどうせ一月も持たないんだから早くいなくなった方がいいぞ。机の無駄だ」
「言えてる言えてる」
おー取り巻き二人とは何とも古典的な。地元の奴らかな?どっちにしても金魚のフン連れてる時点で、リーダー格の器って計れるけど。
「そういうことだ。まだ入学式終わったばっかで自己紹介もしてないんだ、お前なんかに記憶のメモリーを割いてやる必要はないってこと」
この会話自体がそもそもメモリーの無駄では?人間の海馬には忘れるということはない。思い出しにくくなることは多くあっても忘れること自体はない。だからこそこの会話こそメモリーの無駄なんだが、というのはきっと通じないだろう。
と、ここで隣のゲイトが立ちあがる。
「お前らなんなんだ?勝手に絡んで勝手にわめき散らして、子供か」
以心伝心とはこの事か、とフェイトが思いたくなったが、向こうにとってそれは挑発以外何物でもなかっただろう。
「お前もなんだ?どうせこんな奴とつるんでる時点で負け犬っぽいが、犬が吠えるな」
「ゲイト、よせ。こんなの相手にしても全く得にならない」
一応子供の喚きということで受け流せなくもないので、努めて冷静に言ったが意外にもゲイトが引っ込まなかった。
「俺が相手してやるよ、ダチを悪く言われて黙ったら男がすたる」
そう言いつつゲイトが自分の武器であるランスを手に取る。熱い、熱いよゲイト。いや、騎士学校って時点で熱い奴が多いのかな?
ちなみにこのランス、2mを超える長さを持ち、騎士の持ち物らしく白銀と光沢を放っており手入れが良くされているようだ。
でもあれ?目の前のこの変な人達は本当に騎士志望?
「あれってもしかして侯爵家のナイト・ファブレじゃない?」
女子って情報通多いよなーと無駄な感想を抱いた所で納得。だからこんなにプライドだけ高いのか。
みんな逆らえないから自分が特別だと勘違いしたまま育つ、親の教育が良ければこうはならないと思うんだけどね。
「3人纏めてかかってこいよ」
ゲイトがもはや格好良すぎる台詞を口にするが、正直止めた方がいい。
侯爵ってことで分かる通り、優秀な家庭環境下があればどんなに性格が歪んでいても実力はあったりする。
まして相手が3人ならば、上級生対下級生でも軍配がどちらに上がるか分からない位、大きなハンデとなる。
仕方が無いので俺も立ち上がることにする。
「俺もやるよ、友達に任せたきりじゃ騎士の名がすたる」
しかし俺は気付かれないよう震える拳を握り締める。
……ダメだ、武器が無いとさすがに辛い。
そもそもこの状況って3対2?多分俺が戦力にならないから3対1.5位かも。
と、状況分析をしていたら思わぬ所から援軍がきた。
「私はこっちに入る、あんた達こそ出て行きな。騎士たるもの他者に優しく自己を厳しく律する者。騎士の地位だけを狙うハイエナは騎士じゃない」
そういって双剣使いの女生徒が、ふわりと紺色スカートをたなびかせ自分の隣に立った。
「私ピア・ハルト、双剣士よ。あなた達は?」
そう言われピアという少女にフェイト達は目を向ける。
彼女も金髪だがショートに整えてあり、深紅の瞳は紅蓮を想わせる意志の強さを感じさせる。
小柄ではあるが、それ故にスピードと連携を重視した双剣とは相性がいいのかもしれない。
さすがは騎士学校、1年生なのに既に自分の得手不得手を把握している。
ちなみに、背が低いのに一部分だけ凄い発育してる。腰回りはキュッと引き締まっているものだから、余計にその豊満さや形の良さが分かってしまうため、健全な男子に取っては目の保養でもあるが毒でもある。目がそちらにいかないよう注意しながら
「俺はフェイト・セーブ、こっちは」
「ゲイト・ユンだ。よろしくな」
これで図らずとも3対3のバトルの構図が完成した。……でもここは教室なんだけどな。ってかそろそろ先生くるんじゃないか?
と思った瞬間、
「先生、こっちです!」
「お前ら!何やってんだ!!」
のっぴきならない雰囲気を察してか、眼鏡を掛けた女生徒が先生を呼んできた。
そして呼ばれた厳めしいハゲたおっさん、もとい先生が大股で傍若無人を思わすような足取りで、教室に駆け込んできた。
騎士学校の教師だけあって身分は元騎士であったり、ギルドのハンターだったりと猛者揃いの先生が多い。
そんな元ベテランが来たのだから、ひよっこの1年生が束になっても勝てる相手ではない。
……良かった、無駄な争いは起きなくて済んだようだ。武器もないしホント避けられて良かった。
「決闘やるならもっと早く言え!それじゃHR代わりに全員校庭へ出ろ!こいつらの模擬戦で講義する!」
……訂正、このおっさんダメだ。
■■■■■■
ハゲたおっさん、もとい先生の名はギルバード・カクイというらしい。1年間嫌でも付き合うから覚えておかないと。
そしてこの先生の指示の下、校庭にてフェイト、ゲイト、ピアVSナイト、ストライク、リーの模擬戦が行われることとなった。
……初日からトラブル続きとは、神様を恨みたい気分だ。
さて、模擬戦開始前に2分間作戦タイムを与えられたはいいけれど、どうするか?
「俺はランスで中距離から牽制できる、ピアは?」
「私は特攻が専門。誰かを守りながらの経験はないから正直個人戦闘が楽なんだけど。フェイトは?」
「俺は……今武器がないから正直相手を引き付ける位しか」
あ、二人の顔が苦痛に歪んだみたいになった。なんとかしてフォローしないと。
「ピア、剣を片方貸してくれない?そうすればなんとか……」
「無理、ないと感覚狂って下手したら大怪我しちゃうし。誰か貸してくれないかな?」
ピアが周りの生徒を見てみるのにつられフェイトも見渡してみると、やはり騎士学校だけあって剣の選択者は多い。
「あ、すみません、誰か剣を貸してくれません--」
「それは認められん、自分でなんとかしろ」
ピシャリと先生に言われてしまった。……どうしろと?
「時間がない、どうする?」
「これじゃ3対2じゃない、いくらなんでもキツイわよ」
二人が焦ってきてしまっている。こうなればせめて作戦だけでも立案しないと勝負にならない。
「分かった、作戦を決めよう。相手は弓、重槍、剣とバランスがいいから、下手したら一方的に打ちこまれるかもしれない。だからこっちは各個撃破をお願いしたい。ゲイトはナイトの相手を、ピアは弓の相手を、俺が重槍の相手をする。相性で問題は?」
一応確認のための質問はするが、作戦自体はもう変更しないし出来る時間もない。
「俺は問題ないが」
「私も大丈夫、だけどあんた大丈夫?」
ハッキリ言えばキツイ。徒手空拳で近接武器最大のリーチを誇る重槍を相手にするなど、体術が余程優れていないと勝機は0に等しい。
「俺がやるのは時間稼ぎが精一杯だ。だから二人を信じる、こんな俺のために戦ってくれる二人だからこそ、信じるよ」
フェイトはゲイトとピアの目を真剣に見つめ、自身の覚悟を伝える。
そして分かったとばかりに、ゲイトはやれやれと大きくポーズをし、ピアは頷いた。
「さぁ準備は出来たかひよっこ連中?それじゃ行くぞ……始め!!」
ギルバードの確実に面白がっている表情から、開始を告げる声が校庭に響いた。
「駄犬如き10秒もいらねえよ!」
ナイトが先陣を切ってこちらに向かってくる。
……迅い。どれだけ嫌な奴であろうが、やはり実力で裏打ちされている者程厄介な奴はいない。
ゲイトが自分達を守る壁となり、ナイトへランスを振り下ろす、--が剣で簡単に受け流され、更に間合いを詰められる。
だが、ゲイトも訓練を積んではきているようでそう簡単には懐に入らせない。すぐさまリーチを戻すためバックステップに合わせてランスを振り払い、追撃の手を許さない。
単純ではあるが、ランスの特性であるリーチと防御力を上手く活かして立ち回っている。
一方ピアは重槍士をあっさり迂回し弓兵へと迫る。矢がいくつも雨のように迫るが、ピアの優れた動体視力、卓越した反射神経により当たりそうな矢を全て弾き返して進む。
(俺もこうしちゃいられないな)
重槍士がゲイト、ピアどちらかに加勢へ向かうだけで戦局は一気に傾いてしまう。
----それを阻止するのが自分の役目だ。
重槍士を引き付けるためだけ、そう言い聞かせ自分に加速の魔法を弱めにかけ、その上で重槍士へ愚直なまでに突進する。
自身の速さからの体術では勝ちはないが、無視はできない。それ位で十分だったので敢えて目立つ攻撃魔法や優秀な補助魔法は使いたくない。
重槍士はこちらを迎え撃つように、そのリーチと重量から有利な一撃を繰り出す、がフェイトは状態を独楽のように捻り回避。
続けて流れるようになぎ払いが来るのでわずかに射程範囲外に下がり、払い終わりと同時に懐へ飛び込もうと試みる。
だが、勿論そんな単純な手が許されるわけもなく、斜め下よりの重槍の払いが跳躍を阻む形で阻まれ、重槍士の懐への侵入は失敗する。
(これでいい)
辺りへ目を配ってみると、見た所ゲイトが防戦一方で騎士剣使いのナイトとの実力差があり、今にも破られそうな程押されている。
一方のピアは、雷光矢の如くもう弓兵の目前まで迫っている。
--これならいける。
問題はこの後だ。ピアの実力は1年生とは思えないほど卓越しているが、ナイトも負けてはいなさそうだし、はたしてタイマンで勝機を見いだせるだろうか?
ゲイトには悪いが、ゲイトでは直に破られる。その時ナイトの相手を自分とピア、どちらが相手すればいいのかが問題だった。
武器さえあれば、自分も戦える。……それが本当に悔しかった。
一応武器ならもうすぐ手に入る、ピアが弓兵を無力化した後、弓をこちらへ持ってきてくれるだけでいい。
だが弓では扱った経験が少なく、ハッキリ言って不得手なため今より牽制がマシになる位にしかならない。
本当に今更ではあるが、発端となった自分の愛剣さえ手元にあれば----
頭の中に雑念が数瞬、数刻とよぎり始める。と、その戦闘中に生じた致命的な隙は重槍士に油断なく捉えられた。
「スキありいいーー!!」
真正面から重槍の渾身の突きが飛んでくる。
やばいやばいやばい、直撃したら冗談ではすまない死のレベル。
死神が大きく口を開けフェイトの命を飲みこもうと----
キィン!
目の前の槍が何かに弾かれ軌道が大きくズレた。
おかげで頬を掠る突きの形となり、目前まで迫った死を逃れることができた。
しかしなにが?
弾けた金属音がした付近を見てみると、深紅の剣。ピアの紅蓮の剣の片割れが地面へと突き刺さっていた。
ピアの方を見てみると既に弓兵を無効化した後のようで、こちらに目を配った瞬間に剣を投擲して助けてくれたのだろう。
嬉しくて涙が出そうになる。こんなついさっき知り合ったばかりなのに、キチンと自分を見て助けてくれた。誰かを守ったことが無いなんて言いながらも。
だからこそ、応えなくちゃならない。
「ピア!ありがとう!!」
ピアの方へ視線だけ向けながら、剣を回収しに地を滑るように走る。
ピアはかすかにだが、安堵したような表情に見えた。なんだかんだでお人好しなのかもしれない。
さあ、応えよう、仲間への感謝を!
剣さえあれば何とかなる。
問題は自身の力。フェイトは15歳にして強大な魔力を纏っているため、魔力を伝えない素材で出来た剣では、強い魔力故に一撃で砕けてしまう。
例えて言うならば、氷で出来た剣に熱が伝わり融けてしまう事と同義だ。
--仲間の大切な剣を壊しては、決してならない。
フェイトは地に刺さった剣を握ると同時に振り抜いた。この疾走そのものを、攻撃のエネルギーと変えるような一撃を、背後も見ずに確信を持って振り抜く。
そこには既に引き戻された重槍が狙っていたからだ。だが、剣が手に入った以上もう問題ない。
魔力を加減しながら、それでも絶対に成功させるようギリギリの極致での一閃を繰り出す。
「ハァッ!!」
裂帛の気合と同時に振り抜いた剣は、切り裂く感触を感じずに空へと舞った。
もしフェイト以外が同じような一閃を繰り出していたのならば、剣が空を切ったと錯覚するだろう。
しかし感触は感じなかっただけで、現実の事象はきちんと起こされていた。
音もなく中程からきれいに切断された重槍は、もはや見ただけで使い物にならないと分かるほど真っ二つとなり、重槍士の戦意を喪失させた。
そして観客にどよめきがはしる。自分の武器さえ持ってきていない非常識な新入生が、騎士顔負けの斬鉄を行ったのだ。
これには先生であるギルバードですら目を瞠った。
「ピア、ありがとう。返すよ」
剣を受け取り易いように投げ返すと、ピアは条件反射で受け取るが目をパチクリさせている。
「ピア!ボーっとしないで!ゲイトを助けなきゃ!」
その言葉にピアは数瞬の遅れを取り戻し、ゲイトを助けるべくナイトへの挟み打ちを決めた。
その後はもう一方的だった。
3対1の上で、もともとピアが実力で競っていたため、これにゲイトのランス、撹乱の自分の体術が入れば防戦からの反撃を許さずに、見事勝ち切った。
「勝負あり!」
ギルバードの高らかな宣言により、ここに決着がついた。




