狂気の宴<Insanity>
「あれは一体……」
屋上に転移させられたギルバードは息も絶え絶えに、先の滅びの光を頭に巡らせた。
「あれは俺の最強魔法、アルテマ・ライフです。魔力に<ロア>も練り込んだ、まあ規格外の魔法ですかね」
「<ロア>を乗せたのか」
通常魔法はその魔力を集束、解放するだけで十分な威力を持ち、対抗するには同じ量の魔力や生命エネルギーが必要となる。
だが、先の一撃は上級魔法に加え、多量の<ロア>をも加えていたのだから、道理であっさりと砕かれるわけだ。
「--転移したのについては?」
「あれは試作型テレポストーンです。両親が発明家なものでして、その試作品を使ったんですよ。短距離しか無理な上に、使いきりという正に試作品の範疇ですが。俺の視覚内に入る任意の人物を俺の側に転移させます。……もっとも、冷静に考えればアルテマ・ライフより下の複合上級魔法でも十分に思えましたが、なんだかんだで俺も冷静になれていなかったようです」
上級魔法では相殺で終わるが、複合上級魔法ならば上級魔法二発分だ。上級魔法10倍以上の破壊力を持つアルテマ・ライフはやはりやり過ぎでしかない。
「しかし、ここは私の完敗だ。正直魔法の力を甘くみていた、ギルドに居た時ですらこんな戦慄は覚えなかった程だ」
やはり、この筋肉隆々とした先生はギルド所属だったらしい。拳を武器にしている時点で騎士ではないだろうと思っていたが、予想は大当たりだ。
「いえ、俺の方こそ経験が足りないことを痛感しました。勝ちは勝ちですが、仲間はボロボロ、俺も判断ミスは相次ぐ、仕舞いにはとんでも魔法を使うという誤判断ですから。……正直、自信を無くしますよ」
「それだけ負けられないという気持ちがあったのだろう?……今回は勝負に免じて見逃すが、経験不足を痛感したのなら、事が片付き次第学校に復帰しろ。お前には教えておきたい事がたくさんあるんだ」
そんなギルバードの申し出に、フェイトは肩を竦めて答える。
「終わったら戻りますよ。俺は騎士学校の生徒ですから」
結局レイ、ピア、ゲイトの三人は気絶したまま保健室で休むことになったので、フェイトも魔法を使った反動で疲れてしまったためそのまま早退扱いで帰宅した。
「ただいま」
とは言っても妹は学校、両親は仕事で家には誰もおらず、冷蔵庫からミルクを取りだしコップ一杯飲み干すと、制服を着替える気力も沸かず眠りに落ちた。
(ディーバ、大丈夫かな?)
浅い眠りだったため、夢を夢と自覚するなかでフェイトはディーバの事を心配していた。
様々な大人がディーバに群がる図は、とても滑稽で醜いものだった。
あんな劣悪な環境にずっといたならば、ディーバの心が歪むのも少しばかり理解できる。
ディーバは金のなる木程にしか思われていないことが、よく分かった。
--あんな場所にディーバを戻したくない。
でも、ディーバの歌姫としての姿はとても憧れるもだったし、何よりもその歌声に痺れ、とても好きだった事も事実だった。
歌姫という仕事には戻って欲しい、でも周りの環境がディーバに優しくなって欲しい。
叶わぬ願いは自らの理想を押し付ける形となるだけで、それは重しにしかなり得ない。
そんな自己矛盾を抱えながら、夢は続いていた。
「お兄ちゃん?」
妹が帰ってきたようだ。ソファでそのまま寝てしまっていたフェイトに気付き、声をかけてくれた。
「ん……アイリスか。おかえり」
「ただいま、お兄ちゃんうなされてたよ?大丈夫?」
「あ……ああ、大丈夫だ」
腰を浮かせ、立ち上がる。目の前にいる変わらない妹の姿に安心する自分がいる。
騎士学校に入学してから、自身や周りの変化が大きすぎて日常というものを見失いかけてしまうこともあったが、家だけは違った。
相変わらず両親は変な発明ばっかりするし、妹は少しづつ学校に慣れてきているようで授業や魔法の話をしてくれる。
そんな日常に置いていかれた、ディーバが少し寂しいがまだ遅くはない。まだ……間に合うはずだ。
「今日は時間が出来たから魔法の練習を見てやるよ、今から始めるか?」
「うん!やった!」
まだ日暮れ前の夕方、庭であんまり大きな音を出すと目立ってしまうが今日くらいはいいだろうと思い、少しばかり練習の難易度を上げようか、とフェイトは考えた。
普段なら火と水をトレーニングさせることが多かったが、今日は土と火を練習させることにした。
複合魔法、相反する属性を除けば複合させることにより飛躍的に効果があがるものもある。
例えば水と風を組み合わせて、風の変異である電気を水に通せば飛躍的に攻撃力が増すし、火と土で組み合わせれば火に質量を持たせ単純な防御を貫く矛ともなり得る。
一流の魔法師は複合魔法をアレンジする者が多く、そのアレンジこそが奥義ともなるのだ。
出来るだけ早く、有用で、汎用性が高い魔法を生み出すことは魔法師の人生における目標と言っても差し支えない。
妹は火と水を先天的に得意とする珍しい型なので、まずは片方扱いやすい火を主軸に魔法を教えてきた。
今日は一歩前進させての練習だが、果たして結果は--
「熱土」
単純に地面に熱を加えて、それを飛ばす練習だがこれが上手くいかない。
地面に熱が加わった時点で操作が2つに増えるのだが、その操作のコツが上手く掴めないらしい。
地面を飛ばそうとすると、熱が冷めていたり、逆に熱は保っているが地面を飛ばせなかったりと、今日の成果は上げられなかった。
「うーうー、ごめんね」
「謝ることじゃないさ、でも感覚を掴めるように練習はしておけよ」
「はーい」
上手くいかなかったことで、少し不機嫌だが宿題として出された事はキチンとこなすタイプなので、次に見る時にはもう少し上達しているだろう。
「さて夕飯は、手抜きでチャーハンでいいか」
「うん!お兄ちゃんのチャーハン美味しいから好き」
「んじゃ後はかき玉汁でも作って、野菜はキュウリの漬物でいいか」
ここ最近忙しくて、当番もサボりがちだったが今日は久々に当番を果たせそうだ。
「んじゃサクサク作るから材料出すの手伝ってくれ」
「はーい」
……明日は何か事態が好転しますように。
「全く、あなたの記事には参りますよ」
「センセ、今後とも御贔屓に」
ローウェンの町にある裏通りの一角で密会する、スーツ姿の男性と黒づくめの男。
「後はもうひと押し欲しい所ですが」
「いえいえ、実はもう手を打ってありましてね」
「ほほう」
スーツの男性は興味深そうに目を細める。対し黒づくめの男はニヤニヤと笑みを崩さないままだ。
「とある筋の人達にリークをしてみたんですが、そりゃまあ殺到しましたよ。『歌えない歌姫』、なんてね」
「前にもらった情報は本当だったと?」
「ええ、追跡調査して判明しましたがね。本当にあの姫嬢は声が出ないようで、……そうなれば」
「美蝶妃が舞いますね」
「歌姫も独占しちゃあいけない、長く置けば誰でも飽きちまう。私らはそんな世間の方達のリクエストにお答えしているだけですよ」
「違いない」
はっはっは、と互いを牽制しあうように高らかに笑う二人。
「では、約束の金は指定された口座に振り込んでおきます」
「まいど」
そうして表へと帰る住民に、裏の住民は初めて素顔を見せる。
「端金なんかどうでもいいんだよ、バカが。所詮は盤上の駒にすぎない哀れな子羊か」
裏の住民は闇へと姿を消した--
■■■■■■
翌日
昨日レイに言われた通り、朝の新聞には目を通してみるフェイトだったが……
「なんだ……なんだよ、これ」
絶句するしかなかった。
「歌えない歌姫!喉に抱えていた爆弾はついに破裂した!?」
信じられない記事だった。昨日といいでっち上げが酷過ぎる……
ディーバは心を痛め、あまりの痛みに声を出す事すら出来ない状態だったのに、掛かり付けの専門医という陳腐な言葉で嘘を脚色し、まるで事実かのように見せかける。
この記事唯一の真実は、故郷が襲われたショック、という一文だけだろう。
フェイトの脳裏には怒りを通り越して憎しみが沸き上がってくる。
「誰だ……誰が、こんな」
フェイトの義に照らし合わせてみても、これは完全なる『悪』だ。
悪意を感じるではなく、悪そのもの。フェイトは携帯を取り出し電話をかける。
新聞というものが権力という力ならば----
その後急いでディーバの宿に駆けつけた所、先日とは違う顔ぶれの大人がすでにディーバの部屋に入り込んでいた。
見るからに高そうな服に身を包み、下品な程宝石で脚色された男性。その顔にはのっぺりとした作り笑顔が貼り付けられ、心を見れば肥え太った豚にしか見えない。いや、豚に失礼か。
「あんた誰だ?」
ディーバの騎士である以上、相手がどんな貴族であろうが怯んではいけないし、礼を失したからといって謝る義理もない。
肥え太った男はこちらを一瞥すると、SPと見られる黒服の男四人がこちらに向かってくる。
「坊やが例の生徒かい?今ジェラルミン卿はディーバ様と大切なお話をしているのだよ、静かにしてくれないか?」
絶対に通さないとでもいうように、四人でフェイトの進路を塞ぐSP。
パッと見で分かる範囲では、銃を持っただけの護衛とは思えない。--騎士やギルドに成り損ねた者か、取りたてられた者かもしれない。
身のこなしが違う。ギルバード程ではないだろうが、最上級生の5年生か4年生程の力は持っていそうだ。
そんな四人に囲まれては、動くに動けずフェイトは様子を見守るしかない。
「ディーバちゃん、私は君を養子に迎えたいんだ。君も両親を失い孤独になりさぞ辛いだろう。だが、安心したまえ、私は君の家族になりたいんだ」
声も出せないディーバに対して何を身勝手な、とフェイトは思うがディーバは俯いたままだ。
昨日あれから何を考えたのだろう?ディーバの表情には迷いが見える。
「ディー--」
言葉を出そうとした瞬間、四つの銃口がこちらの頭を寸分違わずに狙い撃つ。
声を出す事すら許されないこの状況、もしかして。
ディーバがこちらに向けられた銃口を見て、恐怖を表わす。
ディーバの目の前にいる肥え太った男はこちらを意にもかけずに言葉を繋ぐ。
「おやおや、大切なお友達かな?でもね、今はディーバちゃんと大切なお話をしているから邪魔しないでくれるかな?ねえ、ディーバちゃん。君がいい返事をくれないと、おじさんちょっと不機嫌になっちゃうかもよ?」
ガチャ!
あからさまに音を立てこちらを威嚇するように拳銃の金属音を鳴らす。--これじゃ脅しじゃないか。
「君は今喋れない程精神的なショックが大きいんだってね?でも大丈夫、世界の名医と呼ばれる先生が君をきっと治してくれるから。だから何も心配しないで、この書類にサインしてくれればいいんだよ」
「やめ--」
ドゴッ!
フェイトは一瞬何が起きたか理解出来なかったが、目の前の男に鳩尾を蹴りあげられたのだと理解した。
チクショウ--なんて卑劣な。
こんな状況、ディーバに見せられるわけがないのに……
そうは思っても、さっきの蹴りが始まりの合図かのように容赦なく蹴られ、踏みつけられ始めた。
「----!!」
まだ喋ることの出来ないディーバだが、悲痛な心の叫びは伝わる。
やめろ!俺なら大丈夫だから、そんな紙破り捨てろ!
そう言いたいが、銃口が相変わらず至近距離で狙っている以上迂闊には動けずに、されるがままになってしまう。
魔法を使おうとしても、恐らく引き金を引く方が早い。部屋に飛びこんだ時から全開で戦っていれば、まだ状況はマシだったのに--
後悔は尽きない、相手が暴力に出るか、その身辺の兵がどれだけの実力か、それを見極める判断力は15歳のフェイトには絶対的に足りなかった。
「----!!」
ディーバは肥え太った男の袖を掴み、ペンを取りだすと名前を書き出す。
「やめろ!」
叫んだ瞬間、とりわけ強烈な蹴りがフェイトの口に直撃し、口から血が出てしまう。
そんなフェイトを見ていられないかの如く、紙を差し出し終わらせてくれと願うディーバ。
いけない、そんな事をしちゃいけない!
そう思っても、今のフェイトはただただ無力だった。
「ほうほーうう、じゃあディーバちゃん早速だけど行こうか。オイ、お前らその辺で止めとけ、さっさと別荘に帰るぞ」
ようやく蹴りつけられる事が止み、男達は足早に部屋を後にするが、ディーバはこちらに何か一言だけ声を掛けて一緒に出て行ってしまった----
「チックショオオオ!!!」
独り取り残された部屋の中、パチパチパチ、と拍手を鳴らす者がいた。
「いや、素晴らしい、ディーバのあんな必死な顔を見たのは初めてだ。なあ、フェイト君?」
いつの間にか、ドアに寄りかかりこちらを見下す黒づくめの男が部屋にいた。
一体いつから来た?いくら怒りと悔しさが溢れていても、こんなに接近するまで気付かなかった訳がない。だが、現実には黒づくめの男はフェイトを見下しているのだ。
「君は最高のスパイスになってくれそうだと思ってね、申し訳ないが色々と動かせてもらった」
男がわざと含みつつ答える言葉は、想像する所1つしかない。
「お前が……お前がディーバの事を!!」
憎しみを込めた瞳で黒づくめの男を睨んでも、男は動じずに言葉を出す。
「僕はカロン。ディーバの純粋なファンさ」
「ふざけるな!!あれだけの悪意をさらして何が--」
「本当だよ、君には理解できないかもしれないが僕にとってディーバが全てなんだ」
どうかしている--この男はどうやら通常の思考を持っていないぶっ飛んだタイプだと分かった。
「何が狙いだ?」
「それは教えられないが、かわりにこっちを教えよう。さっきの男はジェラルミンと呼ばれる強欲な男だ。ディーバが舞台から落ちた瞬間にその欲望のはけ口としてディーバを欲しがった。落ちた歌姫はもう観客に求められない。だからいつ、どうやって消えても誰も興味を持たない。壊れた人形を誰も直さないのと一緒でね。だから大金をもらう代わりにこの場所をリークした。あいつはディーバの声が戻ろうが戻るまいが気にしないだろう。ただ愛玩人形が手に入った位にしか思っていないハズさ」
「ふっざけんな!!!!」
フェイトの怒号は廊下全てを震わす程に大きく、地震が起きたと錯覚する程だ。
「ふざけてはいない。世の中にはね、二番手というのが確実に存在するんだよ、世界の歌姫ディーバがいたせいで一番になれなかった日陰の妃がね。そういった者程闇が大きいんだ、実力を考えずただ自らの野望に飲まれる程小さな器なくせに、考えることは姑息でズルイ。おかげでホラ、この通りディーバは見事失脚しましたとさ」
「くっ!」
恐らくディーバは一人でいても誘拐されたかもしれないが、今は自分のせいで嫌な書類に無理やりサインしたのだ。
ディーバを放っておくわけにはいかない。
「いい顔だ、是非ディーバを助けてくれたまえ」
このカロンという男の考えていることが全く分からない。
ディーバを失脚させ、売り払い、それでもファンと言い張り、助けろという。
……この男は一体?
「ノンビリしていいのかい?あの豚は飛行船を使うつもりだよ?いくら君でも分が悪いんじゃないかね?」
確かに気になるが、今はやはりディーバの方が先決。
助け出した後にこの男を問い正せばいい。
フェイトはカロンを一瞥すると、階下に向かって駆けだした。
「…………くくく、くあはははは!!!こんなに上手くいくなんて、所詮子供だね。--ああ、ディーバ、もうすぐ君は僕の物になる。二人で一緒に永遠に生きよう」
黒づくめの服の内からあふれ出る狂気にフェイトは気付かぬまま、また間違える。
本当に危険なのはジェラルミンではなく----
「アハハハハハハ!!!」
この男だったのだ----