表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/58

ピウモッソ<段々と速く>

 「ソクラテウス・フィール!さすがだったよ!」


 そう歩きながら声を掛ける男性は、目の前の銀髪長身の女性を呼び止めた。


 「当然でしょ?私は歌姫なのよ」


 そう自信たっぷりに答えるソクラテウスは、髪を手で払いながらも面倒臭そうな表情だった。


 「私が舞台に出て成功以外ありえない、そうでしょ?」


 質問ではなく断定。余程の自信を持っていなければこんな言葉は口に出せないが、このソクラテウスという女性はそれだけの実力を持っていた。


 「その通りだ、あの憎きディーバとかいう小娘が消えた以上、お前こそが世界の歌姫だよ」


 男は満面の笑みでソクラテウスを褒めちぎるが、それは逆鱗に触れる一言であった。


 「ディーバがいなければ?……あんな小便臭いガキがいてもいなくても私の実力は世界が知っている!--なのに媚びの売り方だけは一人前なあのガキは、それを実力と勘違いされて寵愛されて。本当に腹立たしい!!」


 呼び止めた男性を置き去りに、控室へ足を乱暴に運びこの場から退場する世界で2番目の歌姫。


 引き合いに出されるディーバは世界で1番で、引き合いに出させられるソクラテウスは世界で二番目だった。


 何事でも一番と二番では大きく違う。知ってる人は知ってるが、単純な知名度では圧倒的に劣ってしまうのだ。


 単純に世界で一番高い山は?と聞かれ『エベレスト山』と答えられる人は多くとも、世界で二番目に高い山は?と聞かれ即答出来るものは愕然と減るのが世の常だ。


 なによりも、歌姫という称号は本来一人にしか贈られることはなく、くだらないマスコミがライバルと位置付けるため自分にも歌姫という称号が回ってきただけの事。


 本来呼ばれていたのは----


 「本っ当に腹立たしい」


 毒付きながら控室に入るソクラテウス。


 その様子を眺めていた控室の周りでは、公演のスタッフが聞こえないよう囁いていた。


 「やっぱり公演の出来も、お客様の反応も美蝶紀じゃ代役だな」





 ----



 翌日、フェイトは再び友人三人とディーバの部屋を訪れようと思ったのだが、レイとピアを迎えに行った所レイは既に出発したとのことで、今はフェイト、ゲイト、ピアの三人だけだ。


 「しっかしレイはなんでこんなに早く出発してんだ?」


 フェイトが当然の疑問を口に出すが、ピアは分かっているようで、


 「姉さん昨日のをあのままにしたくなかったんだと思う。だから皆が来る前に謝っておきたかったんじゃないかな?」


 言われてみれば責任感の強いレイだ。むしろその線が一番濃厚でもある。


 「でも、あいつ忘れてるかもしれないけど、魔法無しだとディーバの声聞こえないと思うんだけどな~」


 そこが問題なのだ。普通に謝りに行くのならば感心する所だが、今のディーバは言葉が極端に小さく、唇もあまり動かさないため集音魔法を使わなくてはディーバが何を言っているのかすら分からないのだ。


 「ま、心配なら早く行こうぜ。時間は今日も有限だってな」


 ゲイトが敢えて軽く言ってくれたことにより、こちらの空気はいい具合に弛緩する。


 「だな、……っと部屋の前にレイがいないってことは部屋の中かな?」


 今日は最初から全員に集音魔法を掛けてあるので、聞こえないということはない。


 コンコン


 扉を軽くノックし、フェイト達は扉の外で待つ。


 --部屋の中に人のいる気配と、話声が少しするので恐らくレイとディーバだろう。


 「ハーイ」と出迎えの言葉と同時に扉を開けてくれたのは、レイだった。


 「おはよ、相変わらず早いな」


 「はよ、レイ抜け駆けはズルイぞ」


 「姉さん大丈夫だった?」


 相も変わらず気さくな三人に笑みを強めて、部屋の中へ招き入れるレイ。


 「うん、皆入って。ディーバが待ってるから」


 そうして部屋の中へ入った三人は、ディーバが既に着替えていたことに気がついた。


 服装自体は昨日と同じだが、何度見ても似合うので問題ないと思う。




 「ディーバ、良い子にしてたか?」


 もはやどちらが年上か分からない発言に、ディーバはムッとしてフェイトを睨む。


 「私の方が年上なんだからね!フェイト失礼よ」


 と抗議してくるが、あっさりスルーされてディーバはますます拗ねる。


 「レイ?魔法を掛けるぞ」


 フェイトが今のままでは不便だと思ったからか、レイに魔法を掛けようとするが、


 「待って、私今日はこのままでいい」


 レイからはまさかの言葉が返ってきた。


 「姉さん?いくらなんでもそれじゃ会話できないんじゃ……」


 ピアの不安ももっともだったが、レイは首を横に振る。


 「魔法は確かに便利だけど、私達人間は異国の間でも最初は言葉が通じずに、それでもコミュニケーションを怠らなかったからこそ和訳して、今じゃ言葉の違いをハッキリと分かるようになったわ。--それと同じ、言葉が伝わらなくてもさっきからコミュニケーションは取れてたわ、苦労はしたけど、ね?」


 そう言ってディーバに顔を向けると、ディーバもコクンと頷く。


 「だから私は今日は普通にコミュニケーションを取ってみようと思ってるの。とは言ってもディーバには苦労かけちゃうけどね」


 苦笑しながらも答えるレイのそれは、とても意外なことで、誰も実行しなかったことだ。


 魔法があるから、それでディーバの声を拾えたことは確かだったが、そんなものがなくてもレイは自分なりに考えて真摯に向き合っている。


 (これは負けたな)


 フェイトはそう心から思って、レイに憧れを抱いた。




 「今日はどうするの?」


 レイから問われ、フェイトは今日立てていた予定を全て崩して、こう答える。


 「今日はディーバの発声練習にしようか」


 ビクッ、と明らかに緊張に体が強張るディーバにフェイトは優しく告げる。


 「別に歌ってくれとか、音程を取る発声練習でもなく普通の発声だ。俺達は魔法を使ってるから聞こえるけど、レイには聞こえてないだろ?いくらボディランゲージである程度伝わったとしても、限界があるしレイが疲れる。だからこそちょっとずつでもいいから声を出していこう、な?」


 優しく、優しく肩に自らの手を乗せるように触れディーバに伝わるよう、顔を覗き込み目を合わせる。


 「俺が嘘を言ってると思うか?」


 真摯にディーバを見つめるフェイトの目はあまりに近く、意識してしまったディーバはその瞳に一瞬の間、吸い込まれてしまった。


 そんな事は露知らず、そのままディーバの瞳を見つめ続けるフェイトに観念したように


 「…………分かった、やってみる」


 そう答えさせることに成功した。


 「んじゃやってみるか、まずは、あ、い、う、え、お。だけでいいからやってみ」


 「あ、い、う、え、お」


 魔法を使っていれば聞こえるが、唇がそんなに動いていないし、絶対に普通にやっていたら聞こえない。


 「レイ、聞こえた?」


 そう聞いてみると


 「聞こえない、ディーバ?さっきも言ってたけど唇だけでもせめて動かしてくれないと、分からない」


 意外に辛口な採点のレイだったが、ディーバは負けないとでも言うように、


 「あ、い、う、え、お」


 と、さっきよりも唇を大きく動かして発音する。


 「おっ」


 もしかしたらこんなにスムーズに行くのは、既にレイが試してトレーニングした後なのかも、と思うと鳶が油揚げを攫う状態だが今は気にしないようにしておく。


 「んじゃ今日はあいうえおだけを1000回な」


 「鬼」


 「悪魔」


 「スパルタ」


 「人でなし」


 ディーバも含め四人から一斉に突っ込まれてしまい、フェイトは苦笑いで返した。




 それからは、適度に休憩を挟みつつ本当にあいうえおだけを繰り返し発音させた。


 唇の動きは単純で、舌や喉の動きによって音を決めるのだから唇をあまり動かせていないディーバには、ひたすらにこの動きを慣れさせて大きくするのが目的だったからだ。


 とはいえドクターストップならぬ、フレンドストップが度々掛かり、そのまま雑談に移るためディーバの気分転換には良さそうだった。


 お昼休憩では再びお弁当となり、今度は女性陣力薦の唐揚げ弁当になった。


 唐揚げのどこが女の子らしいのかは審議したい所だが、鶏肉がヘルシーということで妥協ポイントとなった。


 油で揚げたら結局カロリーは、という発言は暴力によってねじ伏せられたこともここに付け加えておく。



 それからは練習もそこそこに、雑談ばかりだった。


 騎士学校の話や、先生の話、それにディーバからも公演の話等を聞かせてもらい、時間はあっという間に過ぎ去っていった。




 「もう日暮れか」


 既に夕方の紅の空も沈み、時刻は間もなく夜に差し掛かる。


 「それじゃ今日はこの辺りでお開きと致しますか。ディーバ、また明日な」


 皆が名残惜しそうに立ち上がるが、ディーバはフェイトに声を掛けた。


 「フェイト、ちょっとだけ残ってくれる?」


 その言葉に友人達は気を利かせて先に部屋を出る。


 フェイトはディーバに近寄ると、ディーバの言葉を待った。


 「あのね、今日もだけど……昨日も、一昨日も楽しかった。私フェイトに会えて感謝しているの、本当にありがとう」


 その言葉にフェイトは優しく笑いかける。


 「俺だってディーバといて楽しいさ。友達を紹介したのだってディーバが楽しくなればと思うのと同じように、あいつらも楽しんで欲しかったからだし、何より俺が皆と一緒にいて楽しいと思ったからさ。だからディーバは気にしなくいい」


 フェイトの優しい微笑みに、ディーバは満足したのか枕で顔を隠してしまう。


 「また明日」


 「ああ、また明日」


 今日の終わりには大分口が開くようになってきているし、唇の動きもこなれてきているようだった。


 精神的なもので、一時的にショックで閉ざされてしまっただけなのだから、時間をかければ治ると思っていたし、何より内的要因を取り除けなくても、外的要因から内的要因の改善に繋がるならばこんなに上手くいくことはない。


 言葉が出ないという事をトラウマとして考えてしまっている場合、言葉さえ喋れるようになれば自然とトラウマは薄れていく。


 今日の成果に満足できたフェイトは上機嫌で部屋を後にした。





 夜


 夜闇に紛れ黒づくめの装束に身を包んだ男が、ある寂れたホテルの一室を見上げる。


 「歌姫さん、あんたがいると邪魔な人もいるって事を理解した方がいい。迂闊な事は書けなかったが、昨日の出来事は弁解の余地なくあんたの失脚だ」


 くくっ、と喉をならす黒づくめの男は杯を月に掲げ乾杯をする。


 「俺の仕事はこれで終わりかな?いや、もう一仕事あるか。--精々楽しみにさせてもらおうか」



■■■■■■




 翌朝

 

 今日も何事もなく、ディーバと過ごして1日を終える予定だった所に、静かな朝には似合わないけたたましい携帯の着信音が響く。


 「もしもし」


 とりあえず誰から掛かってきたかも確かめずに出てみると、


 「フェイト?!新聞読んだ?」


 と急を要する用件だったらしく、かなり焦っているレイからの電話だった。


 「新聞?読んでないが--」


 「だから読みなさいって言ったでしょ。--いい、ニュースにあるのはディーバのことよ」


 「ディーバの!?」


 何故このタイミングでディーバの事が記事になるのかと、不吉な事を考えていると


 「多分フェイト不味い判断したハズよ、記事にはディーバの恋人デートを邪魔され一般人を殴打と書いてあるわ」


 「なんだって!?」


 そういえばと思う。一昨日そんな出来ごとを起こしたような--


 「実際には騎士学校の生徒、としか書いてないけど学校サボってるのなんかフェイトとゲイトしかいないからすぐに分かるわ。写真こそ無いものの、証言の裏は町の人からいくつか取れたみたいでかなり悪どい記事になってる。」


 フェイトは自分の浅はかさを呪いたくなるが、それで事態が好転するわけでもない。


 「記事には主にそれが切り始めで、その後にディーバを中傷するのがつらつらと書いてあるわ。憶測もいい所でいい加減だけど、最初の見出しが事実でインパクトを付けてるから他の記事も、嘘のくせに長ったらしく書いて本当っぽく見せてるわ」


 一体誰がこんな酷い事をするのだろう?ディーバは家族を失い、ただ悲しんでいただけだというのに、何故こんなに酷い仕打ちを考えつくのだろうか?


 「--分かった、ありがとう。直ぐにでもディーバの所に飛んでいく」


 「了解、私達は今日はちょっと学校に行ってくるわ。本来ならあんたが先生に掛け合う所なんだからね」


 「サンキュ、本当にレイには恩ばっかりだな」


 「そういうならさっさと借りは返しなさいよね、全く--くれぐれもディーバにこの話はしないようにね」


 「そうだな、今日は部屋で大人しくすることにしよう。ありがとな」


 「はいはい」


 そう言って電話を切るレイだったが、今は何よりその存在がありがたかった。


 「急がなきゃ」


 飛行魔法を使い、一刻でも一秒でも早くディーバの下へ----




 コンコン


 「ディーバ?いるか?」


 ノックと共に声をかけ、呼び出してみるが返事はない。


 --いや、人の気配が多いし話声もする。


 これはおかしいと思い、部屋へ入ろうとするが鍵が掛かっていて入ることが出来ない。


 「……甘く見られたもんだ」



 キンッ、と振り抜いた剣により鍵の部分を切り裂くとフェイトは部屋へと入った。



 「誰だ?」


 そこにはディーバを囲むように大の大人達が五人もいた。


 誰一人として見知った顔はいなかったが、それでもその大人達がディーバに対して何かを言い、ディーバは答えられないという状況であることは察しがついた。


 そのうちの一人がこちらに目を向けると、一瞥し吐き捨てる。


 「君が例の厄介者か、随分とディーバのイメージをダウンさせてくれたようだね。事によっては損害賠償を要求することを覚悟するといい」


 「騎士学校の生徒なんて皆親に頼るしかない脛かじりだろう?大人の世界に首を突っ込むんじゃない」


 一人が口を開けばそれに追従するかのごとく口を開く大人達に、フェイトは我慢の限界に来ていた。


 「俺はあんた達に誰かと聞いた、俺はディーバの騎士フェイト・セーブだ。あんた達が誰であろうと、騎士である俺はディーバの意志を最も尊重し守る者だ。--故に敵対しようが切り捨てようが俺には関係がない」


 フェイトが剣に手を置き軽く脅すと、それだけで皆一歩たじろぎ囲みが薄くなる。


 (大人ってのはどうしてこうも醜いのか)


 それだけ心に置きながらも、囲みを割ってディーバに近づく。


 「ディーバ、おはよう。ここじゃ話し辛そうだし、場所を変えようか」


 ディーバはただコクンと頷くと、フェイトに手を引かれるまま歩きだした。


 「ま、待て。待つんだディーバ!こんな子供に付いていく必要はない!それよりも公演の事だが--」


 その言葉でフェイトは理解すると、ディーバに小声で確認を取る。


 「ディーバ?こいつらに今声が出ないってこと言ったか?」


 その言葉にディーバは首を横に振る。


 「なら言ってもいいか?少なくとも今のディーバには舞台に戻れる声も、心も足りない。それならいっその事、一年でも二年でも離れた方がいいと思うんだけど……ディーバは、どう思う?」


 フェイトはここだけは間違えずに言葉を表わす。


 (最後の決断は、ディーバ自身が決めなくてはいけない)


 周りの大人に流され、強制的に決められたことではなく、辛くても自ら考え、自らで選び取る。


 フェイトはそれをディーバにして欲しかったのだ。




 --だが、ディーバは首を縦にも横にも振らず、ただ立ち尽くしてしまう。


 それは今までの癖、自分の意志が介入する場所がなかったことへの諦め。それが染みついてしまった悪癖だった。


 フェイトは急がせるつもりもなく、とりあえずこの場を収めようとする。


 「今はディーバの体調が優れない、後ほど改めて正式に返事を出すから待っててくれ」


 後ろの大人達はまだ何か言いたそうだったが、フェイトが騎士である以上暴力に訴えることもできずにただ悔しそうに舌打ちをするだけだった。




 「ディーバ?大丈夫か?」


 しばらく歩き、人目を避けるように新しく宿を見つけてチェックインする。


 ディーバはあれから言葉を発することもなく、ただ人形のようにフェイトに手を引かれて歩くだけだった。


 ようやく見つけた宿の部屋で、落ち着くことができたのかディーバはベッドに深く腰を下ろす。


 「ディーバ、とりあえず一息着こう。ほら」


 フェイトは水差しから水を注ぐと、ディーバに渡す。


 コップを受け取ったディーバは、何かを考えた後水を飲み干すとようやく息を吐いた。


 「ありがと、フェイト最初に会った時もこうやってお水をくれたよね」


 「ん?--そうだな、そういやそうだったか」


 別段意識してやったことではないのだが、冷たい水は熱くなった頭にはいいし、何より隙間を作ってやることで息をつけるという理由でだ。


 「ありがと、……さっきの人達は私のスタッフだよ。公演を全部すっぽかしてきちゃったから、連れ戻しに来たんだと思う」


 やはりそうか、と思うが今まで連れ戻しに来なかったのは場所が分からなかったのではなく、体面を気にしてのことだったのだろう。


 「新聞に載っちゃったんだってね?フェイトやりすぎだよ」


 珍しく苦笑いで、フェイトを責める訳でもなくその責任の所在がフェイトには無いと庇われているようでどこか居心地が悪い。

 

 「そっか……聞いちゃったのか」


 「うん、異国の地でバカンスだってね。国王の公演より自分の遊びや彼氏を優先させるあばずれだとか、中々酷い言われようだったみたい」


 フェイトは急いで出てきたため、新聞を読んでいなかったがレイが心配したのはそれだけ悪意がある記事だったからなのだろう。


 「レイから聞いてきたんだが予想以上に酷いな。……ちなみにあいつらは俺のためにわざわざ学校に行って弁明してくれるらしい。--本当に俺には勿体ない位の友達さ」


 珍しくフェイトが感傷に耽っていたため、ディーバはその珍しさ故にフェイトが気になってしまう。


 「フェイトでも悩むこととか、落ち込むことってあるんだ」


 それはディーバに取ってとても意外な事で、フェイトの事を完璧超人だと掛け違った意識をしていたことでもある。


 「失礼だな、俺だって悩んだことはしょっちゅうあるし、落ち込むことだってあるさ。誰もが完璧じゃないんだ、だからこそ助け合うってことの意味は、この世界で何よりも価値があると思う」


 短い付き合いだが、フェイトがこんなに真面目に話してくれたのは初日だけだ。


 それだけフェイトも今回の事態を重くみて、ディーバに声を掛けてくれているのだろう。


 「ありがと」


 突然のディーバの礼に、フェイトは意味を掴めずただ何となく頷くだけだった。




 「で、これからのことなんだけど」


 今度はディーバから提案があった。


 「私、休むことにする。--ううん、辞めることにする。もうね、声も出ないし歌を歌えないなら引退しなきゃ」


 「だめだ」


 ディーバの考えた答えであろう結論を、フェイトは一蹴した。


 「なんで!?さっきは私に決めさせてくれたのに」


 ディーバの混乱も怒りも当然だったが、フェイトもさっきの一言で終わらせるつもりはなかった。


 「休むことはいいけど、辞めることまで決める必要はない。声がいつか出た時、歌をまた歌えた時に辞めてしまっていたらきっと後悔する。もう、自分はあっちの世界じゃないから、と。それはディーバのためにならない」


 フェイトは相変わらず先まで見て考えてくれているが、ディーバは納得できない。


 「それはフェイトの考えでしょ?声が出なくなっているのは事実だし、その後歌を歌いたくなるかなんてフェイトには分からない!?なんで決めつけるの!?」


 それはもっともな怒りで、もっともな問い掛けでもあった。



 何故?それがディーバは知りたいのだ。





 ……フェイトはしばらく考えた後、言葉を選ぶように答える。


 「俺はディーバの歌、好きだよ?ディーバを知ったのは確かに歌姫っていう名前が先だけど、俺はディーバの歌が好きになったんだ。ディーバが世界で一番上手いなんていう地位がなくなっても、俺はディーバの歌を好きでいられる。……だからかな、俺は正論を並べるけど、本当は俺の希望でもあったんだ。ディーバがまた歌ってくれる日が来る事を願うのを。--ごめん、完全に私情だった」



 フェイトは頭を下げる。正論はとても正しいが、正論をいう人間が正しいわけではない。


 世の中正論だけで動いているのならば、歴史は間違わないし争いだっておきない。


 いつも正論を使う人間は自分に都合がいいように解釈し並べてしまう。今回のフェイトもまさにそれだった。


 ディーバは立ち上がり、窓に手をかざすと空を見上げてフェイトに答える。


 「そっか、フェイトは私の歌、知ってたんだ」


 短く呟く声には、寂しさが混ざっていたことをフェイトは感じる。


 「……知ってた。困っているディーバを助ける事とは関係ないと思ったから言わなかったけど、それは何より俺が君の歌に囚われていたからかもしれない。--本当に、悪かった」


 再び、フェイトは頭を下げるがディーバから返事はない。




 5分、10分と経過し、ディーバからようやく言葉を返してもらえた。


 「今日はありがと、自分の声のこと、考えてみるから今日は帰って。--大丈夫、フェイトには感謝してるんだから。だから……明日も、ちゃんと来て?」


 涙声になりながらもフェイトにお願いをするディーバに、フェイトは無言で頷く。


 「また、明日」


 こんなに緊張する約束の言葉が他にあるだろうか?言葉だけならば楽に発せられるものの、気持ちを考えるとそれはとても緊張を孕んだものになってしまう。


 「また、明日」


 震える声で答えるディーバは、最後まで窓の外を見たままで表情を伺えなかった。


 ゆっくりドアを閉め、その場を去るフェイト。




 「なんで、かな。……なんで」


 両親を失った時にすら出てこなかった涙が、今は溢れ、留まることを知らないように床へと吸い込まれるように流れる。


 「フェイト----」



 呟いた声は無限の虚空を彷徨う如く、届く事は決して無かった----

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ