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花見<パステルグリーンカラー>

 翌日


 「ディーバ?いるか?」


 フェイト達四人は学校をサボリ、ディーバのいるホテルへと足を運んでいた。


 ディーバが普段何時に起きているのかは分からないが、あんまり寝坊しすぎても生活のリズムを取り戻せないだろうと思い、フェイトは敢えて朝から会いにきている。


 ガチャ


 今日は昨日とは違ってすぐに扉が開いたのだが……


 バタン


 すぐに扉は閉まってしまった。



「待て」


 ガチャ


 と、フェイトはディーバの許可なく扉を開けるが、ディーバは扉を抑えているようで少しばかり抵抗を感じた。


 とはいっても男と女、それに騎士と一般人の差をみれば簡単に開いてしまう力差であったが。


 「-------」


 ディーバが何かを言っているようだが、聞き取れない。


 「おっとすまない、魔法を掛けるのを忘れていた」


 そう言ってフェイトは自分を含めた四人に魔法を掛け、皆の集音率を高めディーバの今やすっかり聞こえなくなってしまった声を聞けるようにする。


 「すまない、ディーバ。もう一回お願い出来るか?」


 フェイトは本当来る前から魔法を掛けなければならない事を知っていたが、友人達にも実際目の当たりにしてもらった方が理解が早いと思い、敢えて魔法を使わずに対面させたのだ。


 「誰?この人達?」


 ディーバはそう言っていたようで、当然の如く昨日はいなかった三人にじとんだ目を向ける。




 「初日に会った時に言っただろ?俺の友人のゲイト、ピア、レイだ。三人共いい奴だってのは保障するからディーバに是非会わせようと思ってな」


 「宜しく、俺はゲイト・ユンだ」


 「ピア・ハルトです。こちらは姉で」


 「レイ・ハルトよ。宜しく、ディーバさん」


 実際世界の歌姫相手に敬語無しというのは、無礼だと言う話が出ていたが、フェイトはあくまで友達として接して欲しいという事で敬語は無しだった。


 「……ディーバです」


 ディーバも幾分戸惑っているようだが、最初に会った時のように露骨に人を見下したりしないなら幸先は良さそうにみえる。


 「って訳で、今日はお花見に行きます」


 「えっ?」


 「準備はしてあるから安心して」


 「ディーバ、その格好じゃ勿体ないよ?」


 「弁当はその辺で買ってくから、財布忘れんなよ~」


 と、口々に勝手なことばかりいう初対面の三人+一人にディーバはいきなり爆発してしまった。


 「な、なんなの!ちょっと慣れ慣れしすぎじゃない!?」


 ディーバの怒りも理解できなくはないが、フェイトは気にした風でもなくディーバに告げる。


 「友達ってのはみんなこんなもんだぞ?お互いが気を使いすぎたらそりゃ友達じゃなくて、単なる仲間とかスタッフとかどちらかというと、他人に近いカテゴリーじゃないのか?ディーバの友達ってのは?」




 敢えて挑戦的な口調にすることでディーバの対抗意識を燃やし、結果ディーバは自分の嘘に苦しむ事になる。


 「そ、そう、よ!私の友達だってこの位フレンドリーだったわ!--ちょっと久しぶりだったから調子狂っただけ、本当にそれだけよ!」


 実際ディーバに見えていない場所では、三人は目を丸くする思いだった。


 あれだけ一人前に公演をこなし、世界の歌姫と呼ばれその歌声の響く名声はどんな片田舎にも届いている程の有名人なのだ。


 ……でも、実際の素顔は大人びたものでは決してなく、むしろ年齢から考えれば幼いとも言える印象でもあった。


 「んじゃディーバの準備が出来次第出発だな。今日はいい天気だから、風が気持ちいいぞ」


 「風が……」


 ついこの前までは風が気持ちいいなんて、公演で演じた劇の中でしか考えなかったけれど、本物は格別だった。


 「それじゃ、ディーバが着替えるの私達手伝うわ」


 「勿論、男の子はこの時間を使って何をするか分かるよね?」


 この姉妹は本当に息が合っていると思う。事前打ち合わせなしだろうが、アドリブだろうが必ず乗っかり意思の共有をしている。


 この間まで喧嘩していたとは思えない程、急速に間を縮めているようだ。


 「それじゃ俺達は弁当の買い出しだな」


 「後で請求はするからな」


 さりげなくフェイトは割り勘を提案して、女子二人にディーバを任せ買い出しに向かった。





 「さてディーバさん。服とかは?」

 

 「というよりまず髪とかちょっと手入れした方がいいし、シャワー浴びた方がいいかも」


 「貴方達何?」


 ここで下手を打つと、またディーバの勘違いが生まれるがレイはフェイトから聞いていた通り対策を施してきたので問題はない。


 「何って友達よ?フェイトから聞いてるでしょ?でも勘違いしないで欲しいのは、私達はあくまで友達だからあなたの世話をする訳でもないし、服を選んだり髪を乾かすのを手伝ったりはしても、あくまで貴方の世話をするつもりはないわ。あなたが自分でやらなきゃいけないのよ」


 レイはとても強気に出ていた。ちょっと強気過ぎたせいか、ピアは所在なさげに視線を動かしているが、間もなくディーバから返答があった。


 「……友達ってどこからどこまでが友達なの?」


 その質問はさすがに予想だにしていなかったが、レイは落ち着いて答える。


 「……お節介やきの友達とか例外もいるけど、お互いが信頼し合って、お互いが一緒にいて楽しいと思えればそれでいいんじゃない?」


 「具体的な答えというのは賢者でも持ち合わせていないと思います。でもディーバさん、あなたは答えが無いと生きていけない程この世界を知らなくて、こんな誰でも知っている事すら知らずに生きてきたんですか?」


 少し波状になりすぎたかな?と内心反省する姉妹だったが、ディーバは、


 「--シャワー浴びてくる」


 と言い風呂場へと入っていった。


 その間にレイとピアは適度に部屋を漁って服を探したが、どれもパッとしない。

トランクに入っていた着替えは、どれも軽快さを重視したものでオシャレと結び付けるには難しいものがある。


 とは言っても、今手元にある彼女の服はこれだけしかないし--


 「こうなったら」


 「やっちゃいますか」


 姉妹の不敵な笑みが、誰に知れる事無く不気味に輝いた。





 「--バッカみたい」

 

 シャワーを浴びながらディーバは一人呟いてみる。


 今日も朝の寝起きが良かったように思える、きっと昨日フェイトが連れ回してくれたおかげかな?と、自分ながらに考えたりもしていた。


 一緒に空を飛んで、町中を無駄に走り回ったり。


 本当は自分と同い年位の年代の人達が経験しているような、騒がしくて楽しい日常、というのを私は経験したことがない。


 貧しかった家庭だったという事もあるが、それ以上に私は自分が褒められるのが好きだった。


 だから、歌の仕事だってずっとずっと小さい時からこなしてきたし、ライバルと言われた人達も自分の歌でひれ伏してきた。


 友達になろう、と言って近付いてくるのは私に取り言ってあやかりたい者か、私を狙って来ているのか、どちらかしか見た事がない。


 どちらにも慣れてしまったため、友達という言葉はただのまやかしだと思ってしまっていたし、近づいてきた相手もそれなりに利益が取れたら追い払うまでもなく勝手に去っていった。


 楽しい時間はいつもまやかし、いつしかその時間で笑っているのが仕事になり、笑いは張り付いて嘘顔になっていった。




 両親は各国を飛び回る私に着いていくには、自営業の靴屋で忙しかった。


 本当は私の年収だけで、三人とも一年間どころか十年は賄えてしまう程稼いでいた私からすれば、店を畳んで着いてきて欲しかった。


 でも、お客様の事もあるし、なるべく多く顔を見せるから。と言って店を閉めることなく地域に密着して商売をしていた。


 私にはマネージャーや専属のスタッフも何人もいたが、みんな心配するのは私の声だけ。


 体調に気を配ってくれても心の負担や悩みを打ち明けるには、みんな遠すぎた。




 そんな人間関係を続けていって、結果は全てを失い、捨てた。


 誰も彼も両親が死んだと言っても、公演を優先し、私を見てくれる人は誰もいなかった。


 ……だから私は書き置きだけ残して、この国へと帰った。


 スタッフとしても、一度公演に穴を開けてしまった以上私を連れ戻すには期間が短すぎるし、無理やり連れ戻すようなら人道的とは捉えてもらえず印象が下がる。


 結果として、逃げた私を連れ戻すにはあくまで世間が落ち着くのを待つ必要があるため、猶予はまだあった。


 その間に私は何をするでもなく、ずっと心を空にしていたのに……


 フェイトに出逢って三日目なのに、随分と変わった気がする。


 彼は騎士として、と最初に言ったが今はもっと近い位置にいる気がする。


 とっても強引でマイペース。でも、嫌じゃなくて、でも怒ったり。


 ----そんな不思議な気持ちが沸き上がる。心が空っぽだった時より、よっぽど今の私は人間らしい。


 「--バカみたい」




 最初に呟いた時は今朝の状況に対してだったのに、今は自分に対して言っている。


 両親のために涙を流したいと願ったのに、今はそれをほんの少し忘れて楽しいとさえ思ってしまっている。


 そんな自分が本当に居ていいのだろうか?そんな自問自答を始めようとすると、頭にある言葉が響いた。


 『ディーバ姫、私は誰かの手を借りる事が裏切りや救われたいという罪悪感になるとは思っていません。生きる者は幸せになる権利があるのです。』


 誰から聞いたのか?--フェイト以外ありえなかった。


 フェイトはこんなにも早く救いの言葉を投げかけていてくれたのだった。


 「幸せ……か」


 久しぶりに浴びたお湯はとても心地よく、禊のように自分の中のドロドロしたものを洗い流してくれた。





 シャワーを浴び終え脱衣所から出たディーバを迎えたのは、やたらと悪巧みをしていそうな金髪の姉妹だった。


 「な、なに?」


 さすがにこれだけ分かり易い表情をしていると、ディーバだって裏があるとすぐに分かる。いやむしろ隠そうとしていない。


 嫌な予感に身構えつつも、ディーバは二人から目を離さない。



 「「服を買いに行きましょ!!」」



 「ふ、服?」


 「そ、長風呂っぽいから既にフェイト達も帰ってきちゃったけど、あいつらは場所取りに行かせたから気にしなくてよし。どうせ遅れるなら思いっきりオシャレしていかないと」


 「服……ねぇ」


 確かにこちらに着く事を考えるばかり、普段着程度しかトランクには詰めておらず、オシャレを披露する場もない上にそんな精神状態でもなかったため、毛先程も気に掛けてはいなかったのだが。


 「ピアはセンスがいいから安く、センスよく纏められるわ。しょうがないから今日だけは奢ってあげるわ」


 おや?とディーバは思う。


 「友達ってそういう事はしないんじゃ?」


 さっき教えられた通りに復唱するディーバだが、レイは簡単に首を横に振った。


 「お節介焼きは別って言ったでしょ?それにディーバの方がお金あるんだから出してもらいたいけど、これは私達の出逢った記念ってことで私達が特別に出すの。アンダスタン?」


 微妙な発音の英語を混ぜながらも、レイはディーバを納得させる。


 「だからディーバが普段から着るような高い服はなし!予算外だから。んじゃ早速服屋にレッツゴー!」


 「えっ?ちょ、ちょっと----」


 ディーバの叫びむなしく、連行されるかのようにディーバは服屋へと連れて行かれた。





 「遅いな」


 「遅すぎるな」


 一方、待ち呆け状態のフェイトとゲイトは河川敷の桜の下で待っていた。


 「支度に時間掛かるから場所を取っておけとな。ってか桜ってそろそろシーズン終わりだから、そんな混まないよな?」


 「全くだ、おかげで俺達は待ち呆け。しかも制服着てるからものすごい目立つし」


 今日の四人は騎士学校の制服で来ていたのだ。実際騎士学校に連絡するような人はいないだろうが、サボりだと思われているのは100%だ。


 「支度ってなんでそんなに掛かるかね?」


 「女ってのはそういうもんだ、諦めろ。ってかフェイト妹さんいるんじゃなかったか?」


 「ああ、いるな」


 「妹さんも支度に時間掛かるだろ?」


 「いや、置いてくといつも脅すから早起きして支度してる。……そっか、早起きしなかったら支度遅いな」


 「……不憫な妹さんだ」


 そんな雑談もほどほどに、しばらくすると桜の花びら舞う風に、一瞬のざわめきと息を飲む気配が混ざった。


 「来たか」


 と、フェイトが後ろを向くと





 銀のウェーブがかった髪は、シャワーでも浴びたのかしなやかさを取り戻しており、目に張り付いた隈も落ちて元の白い肌は健康そうに見える。


 だが何よりも、パステルグリーンのシフォンワンピースを着こなし、こちらに少しだけはにかむディーバの姿は、この若草と桜に囲まれた自然の中に調和するように悠然と佇み、とてもキレイだった。



 思わず見惚れてしまい、そのはにかんだ笑顔が頭の大部分を占めていると、


 「な~に見惚れてんのよ、フェイト?」


 「あれあれ~??フェイトってばこういうのに弱いの~?」


 とディーバの後ろからこちらを囃したてる姉妹二人にからかわれ、ようやく我に返った。


 「い、いや……」


 まだ思考が回復しきっておらず、しどろもどろの言葉の詰まりにディーバから声が掛かる。


 「フェイト?どうした?」


 フェイトの側まで寄ってきて、こちらを見上げるように上目遣いをするディーバは、なんとも言えず可愛かった。


 三つも年上なのに、こんなに可愛らしくなるなんて女の子というのはどこまでいっても反則だ、とフェイトは抗議したくなる。


 「な、なんでもない……いやなくはないか。--ディーバ、良く似合ってる。すごく可愛い」


 「え」


 と、今度はディーバの方が照れてしまったらしく一歩、二歩と後ろに下がって距離を取りそっぽを向いてしまう。


 「し、知らないわよ!口ばっかり上手くたって仕方ないんだからね!」


 と結局怒られてしまった。


 「フェイト、ドンマイ」


 ポン、と肩に手を乗せてきた被害0の友人を少し恨めしく思いながらも、ディーバを交えた花見が開催された。




■■■■■■




 「じゃあ遅くなったのは服屋に寄ってたからか」


 「ピアに感謝しなさい。ピアだからこそ20分でコーディネート出来たのよ。私だったら2時間かかるわ」


 「ゲッ、絶対レイの買い物に付き合いたくないな」


 「あれ?レイ前武器屋に行った時はそんなに掛かってないだろ?」


 「武器だからよ、目的の物も決まってたし。服は女の子に取って命なんだから」


 「姉さん、姉さんのセンスは少し直した方がいいと思う」


 「そうよ、レイが持ってきたのはちょっとボーイッシュ過ぎるわ。レイだってキレイな髪を持っているんだから、もっと女の子っぽい服を選ばないと」


 「私は……「女の子」って服が苦手なの」


 「レイ今スカート履いてるじゃん?」


 「制服だから仕方なく……」


 「ピアの私服は?」


 「私は普通だよ?ワンピ着たりパンツルックだったりスカート調だったり--気分次第ね。ディーバ今度服見にいこ?間に合わせじゃなくてショッピングに」


 「いいわね、ピアと一緒なら」


 「あれ?レイ仲間外れだ」


 「フェイト、後でシメる」




 流れで始まったお花見だったが、年が近い者同士仲良く、多少人見知りしがちなディーバを途中途中上手く拾い上げ、会話に入れ穏やかな時間が過ぎていった。


 「さーて今日の主役のお弁当タイム!!今日はなんと町で有名な中央通りの和風松竹梅弁当にしました!!」


 「プラス何故かフェイト発っての頼みでケバブです。取り合わせについての苦情は全部フェイトに」


 「変態」


 「空気読みなさいよ」


 「ありがと」


 ん?と仲間内から妙な反応が返ってきたが、フェイトは気にせずにディーバに答える。


 「いやいや、昨日の今日で同じものはどうかと思ったんだが好きなようでよかった」


 フェイトが流れるように答えると、訳知り顔で三人は頷く。


 「まだ三日目だってのに、なんだこの空気」


 「甘い、フェイトから蜂蜜がただよってくる」


 「むしろ、私らお邪魔?」


 そんなアホなことで、フェイト達をからかってきてもフェイトは笑って答える。


 「どんだけだよ。な、ディーバ?」


 「そうよ、たまたまよ。たまたま」


 二人で息を合わせて否定したことで、よりからかわれる的となってしまったのだが楽しかった。




 ふと、ディーバの横顔を盗み見てみると、気負った風でもなくレイやピアと話している姿が見受けられた。


 やっぱり友達ならば女の子同士の方が打ち解けるのが早いようだ。


 とはいえ、会話会話の合間にほんの少しだけ見せる表情がまだ吹っ切れていない事を思わせる。


 「見惚れんのか?」


 ぼーっとディーバを見過ぎたせいか、目聡くゲイトがこちらを見つけてくる。


 「ん~、ちょっとだけ違うけど……これでいいのかな、って」


 「おいおい、フェイトの提案だろ?この花見?」


 「いや、違くってさ--俺騎士として支える、って誓ったけど実際は友達ってことでディーバに接してるし、みんなにもそう頼んでる。それが良かったのかな、って」


 フェイトは少し寂しそうに悩んだ表情を見せたが、ゲイトはフェイトの額に指を弾くと立ち上がる。


 「それでいいんだろ?……見ろよ、姫さん笑えてるんだぜ。見かけだけでもいい、空元気でもいい、笑うことが出来る程には心が回復してきたんだから。もっと胸を張れよ」


 今度はフェイトの背中を強めに叩いて、そのまま用を足しに行ってしまった。



 「フェイト?」


 ディーバは会話から少し外れ、こちらにを伺うように視線を投げかける。


 「……なんでもない。それよりさっきまで何の話だったんだ?」


 「料理の話。レイの料理が酷いって」


 「ち、違うってば!味はちゃんとしてる!」


 「でもね、まな板が5つもなくなっちゃたんだよ?木製じゃ材料ごと切っちゃうからって、合金のまな板を買ってようやく出来るんだから、酷いよねって」


 「ああ、そりゃレイが酷い」


 「ううう……」


 アハハ、と笑うみんなだったが、やっぱりフェイトはディーバの様子が気に掛かった。




 「そういえばディーバってケバブ好きなの?」


 レイが何気なく聞いた質問で


 「うん、昔よく母さんが----」


 ディーバがハッとした表情を作り、レイもハッと気づく。


 話題は慎重に選んではいたはずだが、ホンの少し油断したし、思った他から結び付いてしまった。


 「……」


 戻ってきたゲイトも含め、言葉を発そうとするが言葉が出てこない。


 上手く気遣いつつ、この変に捻じれた空気をなんとか元に戻そうと考えた空白が良くなかった。


 「ごめん、ちょっと抜けるね」


 そう言ってディーバが席を立ち、背を向けてしまう。


 「あ……」


 原因を作ってしまったレイが最もいたたまれなく、でもレイよりもディーバのフォローを

みんなが考えていたのだが間に合わなかった。


 「今日はありがと、じゃ」


 そういって立ち去ろうとしたディーバの左手を、フェイトの右手が掴む。


 後ろを振り返るのが辛いとでも言わんばかりに、背を向けたまま頑なに動かないディーバを見てフェイトは反射的に手を伸ばし掴んだはいいが、この場に戻す魔法の言葉も思い浮かばずに結局はこう言うしかなかった。


 「送っていくよ、ディーバ一人じゃ不安だからな」


 頷きも否定もなかったが、フェイトはそれを肯として手を離さないようにしっかりと握りしめ歩きだした。


 「今日は付き合ってくれてサンキューな。また明日な」


 レイの責任ではないよ、そう伝えたかったが二人を同時に庇うことは不可能だった。




 残された三人は何とも言えない空気の中、お開きの片づけをすることにする。


 「姉さん、ドンマイ」


 「レイ、気にすんな。レイが言ってなくても俺が聞いてた」


 「……ありがと」


 自分は心のコントロールが上手い方だとは思うが、それでも言葉で人を傷つけてしまった時の後味の悪さは格別だ。


 ありがたい友人と妹を持って、レイは内心で喜んだ。



 「また明日……か」



 フェイトはそう言ってくれた。また学校で、ではなくまた明日、と。


 つまり、明日も会ってくれ、と解釈して欲しかったのだろう。--もっとも明日もサボってくれ、とも取れるが。


 「後でフェイトに連絡しとかないとな。明日の予定を立てないと」


 「そうだね、今度は何をしよっか?」


 ゲイトとピアが明日の事に想いを馳せるが、レイとしては明日やることは決まっている。


 「謝らないと」





 三人と別れてから、しばらくの間フェイトとディーバの間には無言が漂っていたが、フェイトから会話のきっかけを作ってみる。


 「今日はおめかししてくれたのに悪いな、あんまり褒められなかった」


 先の出来ごとはなるべく触れず、とはいえ全く触れないわけでもない微妙な聞き回しに、ディーバは少しだけ疲れて言葉を返す。


 「素直にさっきのは私が悪かった、って言っていいのよ?そんな遠回しは却って疲れるわ」


 と、毒を吐くように言ってくれたので遠慮なく入る。


 「んじゃさっきのは悪かった。レイもわざとじゃないんだ、そこんとこ許してやってくれないか?」


 「別に怒ったわけじゃなくて……なんとなく思い出しちゃって、帰りたくなっただけ。だからあんまり気にしないで」


 その気持ちを作ってしまった事を謝っているんだが、とは決して口には出さなかったフェイトである。




 それきり、会話もまた途絶え足音だけが町に響く。


 しばらくそのまま進んでいると----


 「ディーバさん?」


 と、また町の人に気付かれた。


 ああ、面倒事に巻き込まれるな、と予感したフェイトの想いは予想を上回って裏切られる。


 「ディーバさん、その男性は?手を繋いで歩いていらっしゃったみたいですが……まさか恋人ですか!?」


 「えっ!?故郷の話とかってもしかして嘘?あれもしかしてお忍びデートのためとか--」


 下らない勘違いを言いかけた、中年太めの男性をフェイトは遠慮なく殴り飛ばした。



 「あまり失礼な事を言うな。にわかのミーハーじゃ何も知らないだろうが、ディーバ様は本当に今心を痛めており、療養中だ。あんまりこの町にゴシップもどきがいるなら、来期以降この町はおろかこの国にもディーバ様がご来国しない事となる。そうなれば、ここの町の責任となり国からは大分見放され資金援助に困るだろうな--分かったら無駄な詮索は止めて、とっとと道を開けろ」



 そんな権力が微塵もあるはずもないフェイトは、まさに虎の威を借る狐のように嘘八百で町民を黙らせ道を開けさせた。


 少々尾が付きそうな騒動にしてしまったが、昨日から大通りを歩く度につきまとわれるのは勘弁なため実力行使に打ってでた。


 後にする時もひそひそ声で噂話はされていたが、たかだか噂だと割り切って無視してディーバを送る。




 ディーバの泊っているホテルに近づいた頃に、ディーバが口を開いた。


 「さっきの……あんなにする必要はなかったんじゃ?」


 と、少々行き過ぎた行いを咎めるように口を尖らせこちらを注意する。


 「悪かった。だが、俺は何よりディーバを優先したいんだ。助けを待つ者であればそれも助けるし、悪意の無い者であればそれなりに善処もするが、さっきのは明らかな悪意を持っていた。……あんな邪推をするような奴を助ける騎士になった覚えはなくてな」


 後半は明らかにディーバに対しての弁明だったが、果たしてディーバは許してくれたようだ。


 「--私のためだった、……それなら許す。でもあんまり派手にやらないで、殴られた方もきっと痛いだろうから」


 「分かってるよ、殴ったこっちだって痛いんだぜ?」


 「そう」


 前日とは変わって、言葉少なに別れたが初日が喧嘩別れだっただけに、今日みたいな一日でも成果があったと言える程だ。


 「表面を癒すことは出来ても、心の奥の傷は中々治らないもんだ。--難しいね」


 そう思い直し、フェイトは明日のディーバとの出会いを夢想する。




 「いってぇ~。なんなんだ、あのガキ……」


 殴られた中年男性は頬をさすりながら、ブツブツと文句を言いながら裏通りに入る。


 とりわけ周りの目線は自分に集中しており、町の皆が自分を責めるように睨みつけてきたのは恐怖だった。


 「俺が何したっていうんだよ」


 ガンッ!と道端のごみ箱を乱暴に蹴りあげると、コロコロと転がり黒づくめの装束を纏った男性の前へと転がっていく。


 「面白い話を持っているな。どうだ、もっと詳しく話してくれないか?酒でも奢ろう」


 「お、本当か!ああいいぜいいぜ、話してやるよ。酒まで馳走になるなんて悪いな、あんちゃん」


 黒づくめの装束を身に纏う男は静かに首を横に振る。


 「こちらも仕事なんでね、あんたの話はものによっちゃ世界を変えちまう力があるんだぜ?」



 黒づくめの男は薄く笑うと、極上の獲物にありつこうと歩幅を速めた----

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