表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

うさぎの紅茶屋さん

作者: ひとひら
掲載日:2026/03/25

 雨がポツリ、ポツリ。

 

あなたがスマホをポケットにしまったとき、雨が降りだしました。

伝えたい言葉があるけれど、なんだか恥ずかしくて、送るのがこわくて……。

あなたは下書きのまま、スマホを閉じました。

そのまま、どこへ行くとも決めないで、トボトボと歩きだしました。


 雨のしずくがほっぺたにあたります。つめたくて、ちょっぴり痛い雨でした。


 ふと気づくと、見たこともない道に立っていました。

古いビルのあいだにある、せまくて、暗い道です。


「ここはどこかな?」


 スマホで地図を見ようとしましたが、電波が届きません。

画面は真っ暗なままでした。


雨はだんだん強くなってきました。


 上着がびしょぬれになって、ずっしりと重たくなったときです。

道のすみに、ポッとあかりが見えました。

それは、小さな木のトビラがあるお店でした。

看板はありません。

でも、トビラのすきまからあたたかな光がもれて、ふんわりと紅茶のいい匂いがしてきました。


 甘くて、なんだか懐かしい匂いです。


 あなたは、そっとトビラをひきました。

カラン、コロン。

ベルが、とてもきれいな音で鳴りました。


「いらっしゃいませ」


 声のする方を見ると、カウンターの奥に、一匹の白うさぎが座っていました。

くりくりとした丸い目。ひくひく動くお鼻。雪のように真っ白な毛。

 うさぎさんは前足をちょこんとついて、あなたをじっと見ていました。


 あなたはびっくりして、トビラをあけたまま固まってしまいました。


「どうぞ、お入りください。雨が入ってしまいますよ」


 うさぎさんがやさしく言うので、あなたはあわててトビラを閉めました。


 お店の中は、お日様みたいにポカポカしていました。

壁にかかった大きな時計は、三時十四分で止まったままです。


「どうぞ、あちらの席へ」


 うさぎさんが、まどぎわの席を教えてくれました。

座ると、イスがギィとやさしく鳴きました。


「うさぎさんがおしゃべりするなんて、ふしぎだなぁ」


 そう思いましたが、なんだか「ここはそういう場所なんだ」という気がして、あなたはフフッと笑ってしまいました。


 いつのまにか、テーブルの上には湯気のたった紅茶が置かれていました。


 フワリ……。


「あ、知っている匂いだ!」


 それは、あなたがもっと小さかったころ、大好きな誰かがいれてくれた紅茶の匂いでした。


「お砂糖は、三つでいいですか?」


 うさぎさんが聞きました。


「……どうして、僕(私)が三つ入れるって知っているの?」


 うさぎさんは答えず、ニコニコしながらもう一度「お持ちしましょうか」と聞きました。

 

 チャリン、チャリン、チャリン。

コップの底で、白いお砂糖が三つ、ダンスをします。

スプーンでまぜると、甘い匂いがもっと強くなりました。


「お待ちしていましたよ」


 うさぎさんが言いました。


「でも、行くねってお約束はしていなかったよ?」


「ええ。でも、あなたが来ることはわかっていましたから」


 うさぎさんの丸い目は、ちっともうそをついているようには見えませんでした。


 紅茶を一口飲むと、あたたかくて甘い味が、心の中にじわーっと広がっていきました。

雨の音はいつのまにか消えて、お店の中はとっても静かです。


「ここは、なんていうお店なの?」


 あなたが聞くと、うさぎさんは前足をきれいにそろえて言いました。


「名前はありません。いらないからです」


 そして、どこからか銀色の時計を取りだして、チラリと見ると、また言いました。


「時間は、たっぷりありますよ」


 壁の時計は、まだ三時十四分のままです。

窓の外はくもりガラスで、よく見えません。

でも、ガラスをさわってみると、ひんやりとして気持ちがいいのでした。


「あなたは……」


うさぎさんが静かに言いました。


「何度、書き直したのですか?」


ドキリ。胸がはねました。


「……なにを?」


「さあ、なんでしょうね」


 うさぎさんは、ひくひくとお鼻を動かして、あなたをじっと見つめます。

ポケットの中には、三回書き直して、どうしても送れなかったメッセージが入ったスマホがあります。


「ここは、迷子のための場所なんです」


 うさぎさんは、二杯目の紅茶をいれながら言いました。


「道をまちがえた人じゃなくて、心の中で迷っている人のための場所なんですよ」


その言葉を聞いて、あなたはハッとしました。

立ち止まってスマホを開くのがこわくて、ずっと歩き続けていたことに気づいたのです。


「迷っている人は、本当はもう、答えを知っているのですよ」


 うさぎさんの声は、とってもやさしく響きました。


「ただ、認めるのが少しだけこわいだけ。でも、大丈夫。三度でも四度でも、何度書き直しても、あなたの答えは、ちゃんとそこにありますよ」


 あなたは、ポケットの中のスマホを取り出しました。

三回書き直したメッセージ。

でも、一番最初に書いた言葉が、自分の「本当の気持ち」だったことに気づきました。


「そろそろ、お時間ですね」


 うさぎさんが言いました。

見ると、コップの紅茶はいつのまにか空っぽになっていました。


「もう、行かなくちゃいけないの?」


「いいえ。でも、あなたはもう迷っていないみたいですから」


 あなたは少しだけ笑って、立ち上がりました。

上着はもう、乾いてあたたかくなっていました。


「また、いつか迷ったときには……」


 うさぎさんはそれだけ言うと、ちょこんとお辞儀をしました。

あなたがトビラを押すと、カラン、コロンとベルが鳴りました。


 外は、雨上がりの光でキラキラしていました。

空のすみっこが、少しだけ明るくなっています。


 あなたはスマホのボタンを押しました。

 

 四度目のメッセージは、無事に届きました。


 ふと振り返ると、そこにはもう、お店はありませんでした。

ただの狭い空き地があるだけです。

でも、お鼻の先にほんのり、甘い紅茶の匂いが残っています。


 あなたはもう一度だけそこを見てから、前を向いて、元気に歩きだしました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ