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くちなし通りで、夜に出会った

作者: 月蜜慈雨



 最近、いつも同じ夢を見る。

 僕の幼年時代と同じ顔をした少年と、赤いリボンが印象的な黒猫と、近所のくちなし通りで散歩をする夢だ。

 何の会話はしているか覚えてないが、とても楽しいことだけは覚えている。

 不思議と少年は、僕とは違う、他人であることが直感で分かった。

 でも驚く程僕に似ているのだ。

 くちなし通りの花々が、その濃厚な甘い匂いを漂わせて、虫を誘う。

 白い花々は、まるで桃源郷のように美しい。



 夜を楽しみにしている自分がいる。

 毎日、今日はどんな会話をするんだろうと考えている自分がいる。

 それなのに、ある日突然、夢に少年が出なくなった。

 あるのは、くちなし通りに1人佇む自分の姿だけ。

 僕は胸がはち切れるほど悲しくなって、途中で起きてしまう。

 そのせいで、最近寝不足だ。





 ある夜、ついに眠れなくなって、僕は外に出た。足は自然とくちなし通りの方を向いていた。

 夜だからかくちなし通りは閑散としていた。

 その道の先に、少年と黒猫がいた。


「えっ」


 僕の声に少年は、振り返る。それは夢に見た少年とそっくりだった。そばにいる黒猫も赤いリボンをしていた。




 少年は僕に近づく。

 そして言った。


「僕たち、夢で会いました?」


 その言葉に僕は徐に頷いた。


「そうですか、あなたが…」


 少年は僕の顔をまじまじ見て、似ている、と呟いた。

 僕も、同じことを思った。まるで鏡の中の自分を見ているようだった

 少年が僕の方を見たので、僕は少年の背丈まで屈んだ。

 僕は会話に困って、自然とくちなしを見つめて言った。


「この花知っている?」

「え、この白い花ですか?」

「そうだよ。くちなしっていうんだ」

「くちなし…」


 しばらく沈黙を挟んで、少年が言う。


「あなたに、聞きたいことがあるんです」


 同じ顔をした少年は、やはり僕と同じ顔で、困り顔をしていた。

 少年の小さな手が、僕の膝小僧に触れる。

 僕はそれを拒むことが出来なかった。

 少年は言う。


「大人になったら、あなたみたいになるの?」


 僕はそれに何も言うことが出来なかった。

 黒猫が僕たちの間を優しく彷徨う。

 僕は言葉を探し、ふと、くちなしの花が目についた。

 そしたら、急に口が開き、言葉を吐いた。


「僕は今まで、過去に戻れたらいいなと思うことあったよ。でも今は過去に戻っても、同じ人生を歩むと思う。僕はそうだけど、君はどうかな?君は今の人生を歩みたい?」


 僕と同じ、黒い瞳が僕の姿を反射して、星明かりに反射して煌めく。

 そこには僕にはない、強い意志が存在しているように見えた。

 少年はやはり、困った顔で、言った。


「そうかもしれない」


 少年は黒猫の横顔を撫でた。黒猫の首輪の赤いリボンが揺れる。

 少年はそれで少し微笑んで、僕に言った。


「僕は僕の人生を歩む。あなたはあなたの人生を歩む。でも今、こうして僕とあなたは一緒にいる。不思議だな、なんだか、奇跡みたいだ」


 街灯が辺りを明るく照らした。眩いくらいに。

 くちなしの花の香りが僕たちの言葉を甘く濁す。

 少年の笑顔が、僕の網膜に焼きついた。

 すっと、少年の頭を僕は優しく撫でた。まるで、黒猫を撫でるように。

 少年は頭を押し当てて、互いに撫で合うように体温を交換した。

 僕は言った。 


「またここにいるよ。また、来てくれたら嬉しいな」


 少年は笑顔で頷いた。

 黒猫は肯定するように、ひと鳴きした。

 夜風が僕たちの合間を吹き抜け、甘い香りを包み、くちなし通りの花々を優しく揺らした。


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