婚約破棄ですね、お幸せに!
ミルセーヌ・ファヴリアはアウグスタ王子の婚約者であった。
第一王子と第二王子の年齢はそれほど離れておらず、能力的にもそこまでの違いはない。
それ故に、次の王になるのは果たしてどちらだろうか……と周囲もどちらの派閥につくべきかを考えたり水面下であれこれ動いていたのだが。
ファヴリア公爵家は第一王子であるアウグスタの派閥にいたけれど、実のところ水面下では既に第二王子の派閥に移るつもりであった。
それというのも、少し前にミルセーヌは婚約破棄を突き付けられたのである。
「ミルセーヌ・ファヴリア! 私はそなたとの婚約を破棄し、聖女アスターと生涯を共にする!」
と、まぁこのように大勢の前で宣言されてしまったので。
そうまでされてファヴリア公爵家が第一王子の派閥にいつまでもいるはずがない。
ファヴリア公爵家の後ろ盾というものを失った、というか自分から捨てにかかるアウグスタに、同じく第一王子の派閥だった他の貴族たちもそっと距離をとって第二王子派閥へと移行していた。
恐らくアウグスタの中では『聖女』アスターと結婚して将来は王と王妃として国に君臨するくらいのつもりで発言したのかもしれないが、実際にはまだ王になると決まったわけでもなかったからこそ、明確な発言を避けたのだろう。
結果、生涯を共にする、という言葉になったのだとは、周囲も察するわけで。
けれども、特に落ち度もなかったミルセーヌを一方的に捨ててそんな宣言をするような王子に、果たして誰がついていくというのか。
婚約破棄も、アウグスタの中では自分の心を繋ぎ留める事ができなかったミルセーヌが悪いとでも思っているのかもしれないが、しかし周囲からすれば有責はアウグスタである。
第二王子のロクサーニは、兄は昔から根拠のない自信に満ちた人だったからねぇ……今回のも多分何か勘違いしてるんだろうねぇ……と他人事のように言っていた。
ちなみに婚約破棄されたミルセーヌをロクサーニが改めてプロポーズするとかそういう事にはなっていない。何故って彼には既に婚約者がいるので。
二人の王子の親でもある国王並びに王妃は、完全に馬鹿を見る目をアウグスタに向けていた。
あっ、これ切り捨てられましたね……と周囲が察するには充分だった。
アウグスタに聖女と呼ばれたアスターは、そんな事より本日のお勤めまだ終わってないので……とさっさと神殿へ戻っていった。生涯を共に、と言われたので、じゃあ準備するかぁ……みたいな呟きと共に。
アウグスタの個人資産のほとんどがミルセーヌへの慰謝料として支払われ、そうしてアウグスタは――
現在神殿で見習い神官として雑用の毎日を送っている。
そもそもの話、この国には聖人と呼ばれる者はいても聖女と呼ばれる存在はいない。
聖人の中に女性もいるが、聖女という呼び方は使われていないのである。
なので聖女アスターではなく、聖人アスターが正しい。
それから、アスターは男である。
パステルピンクのようなふわふわした可愛らしい色の髪と、アクアマリンのような色の瞳、ついでにそれ以外のパーツも全体的にいかにもな美少女っぽさで誰が見ても女の子だが、男性である。股間にはきちんと男性としての証がぶら下がっている。
身長も男性にしてはやや小柄で――女性にしてみれば少し背が高いかな? といった見た目で、多くの者は最初アスターを女性だと思い込む。
名前も女性っぽいのが余計にその思い込みを加速させたのだろう。
身体を鍛えても筋肉がつきにくい体質なのか華奢に見えるし、声変わりをしても尚、男性にしては高めの声。
自分から男ですと言わない限り周囲はアスターを男だと認識できない状況だった。
ついでに神殿に勤める者たちの服は露出が少なく、男女どちらも同じようなものを着ているので余計にわかりにくかった。
神殿で働く者たちの多くは、男女共に髪を伸ばしている者も多い。
どこからどう見てもアスターは美少女だった。アスターも自分の容姿について男にゃ見えないなと自覚していた。
神殿で働く者たちからすればアスターが男である事は周知の事実だった。
貴族たちも把握していた。
ただ、やっぱりどこからどう見ても美少女なので男性と言われても信じたくない層が一定の数存在していたのも事実である。
アウグスタもその中の一人だった。
いや、信じたくない、というか最初からその事実を知っていたかもわからない。
恐らく一度くらいアスター本人は「男です」と言ったはずだが、多分自分に都合の悪い事はアウグスタの耳は素通りして脳みそに辿り着いていないのかもしれなかった。
ミルセーヌも別に美人じゃないとかではない。ただ、可愛い系美少女に見えるアスターとは違い、どちらかといえばクールビューティ系であった。多分アウグスタの好みのタイプではなかったのだろう。
婚約者にそっけない態度で接し、そうして見た目が好みのアスターに何かと理由をつけて足繁く神殿に通いアウグスタはアスターと恋仲になったとでも思い込んでいたのだろう。
アスターは仕事の邪魔だなぁ、と思いながら適当にあしらっていたにも関わらず。
そうしてアウグスタにパーティーに参加してほしい、と言われたから行くだけ行ってみれば例の宣言である。なお王子から贈られたドレスは着ていない。神殿での制服のままでの参加である。
なので、仮にアウグスタが二人は真実の愛で結ばれて~みたいな世迷い事をほざいたところで誰も信じはしなかっただろう。
大勢の前で婚約破棄を突き付けられたミルセーヌが本来ならば見世物扱いされるところだったのかもしれないが、しかし実際見世物になったのはアウグスタである。本人にその自覚はないが。
婚約を破棄するっ!
なんて宣言をされた後、実際ミルセーヌがアウグスタに縋りつくような事もなかった。
むしろ婚約破棄を快く受け入れて、お幸せに! なんて言う余裕すらあった。
こんなおバカが国のトップになる事もなさそうだし、そうなるとロクサーニが王になる可能性の方が高い。それについてミルセーヌは何の問題もないと思っているが、しかしロクサーニが王になれば何故第一王子である自分ではないのかとアウグスタは己の愚かさも理解せずのたまうだろうし、そうなると身近な人物に八つ当たりがくるかもしれない。側近か、ミルセーヌが被害に遭う、と考えると縁を切れるならさっさと切るのが吉。
大勢の前で宣言した以上、後になってからやっぱなかったことにします、なんてやるのも恥でしかない。
そうでなくとも国王も王妃もそんな訂正をしてあげようと思う情すら綺麗さっぱり消え去っている。
生涯を共に、というのだから、是非そうしなさいとアウグスタから王位継承権を取り上げて、そうして神殿へと送り込んだ。
聖人であるアスターの仕事はそれなりに多く、決して豪華な部屋で一日のんびり茶を啜っていればいいというわけではない。
やる事は沢山あるし、それらをサポートする者たちも無能などいるはずがない。
アスターと生涯過ごすというのなら、神殿で生活するというのも言葉として間違っていないし、自分の発言には責任を持てとばかりに神殿に送り込まれたのは、そういう意味では当然の結果だった。
王子だからとて、無条件で聖人の隣にいられるはずもなく、まずは下積みからとばかりに神官見習いとしてこき使われる事になったが……彼が優秀であればすぐに聖人の補佐とかそれ以外でもそこそこの地位に辿り着けるだろう。
仮に、もし実際神殿でそこそこの地位になれたとしても、その頃にはロクサーニが国王になってるのは間違いないし、神殿を逃げ出してミルセーヌのところへ戻り復縁を迫ったところで門前払いは確実。
神官見習いとして扱き使われている現状を、二人の愛の試練だと思い込んでいるアウグスタではあるが。
真実に気付いたところで引き返す道はないのである。
「いつ気付くんだろうねぇ」
時々神殿の中ですれ違っては満面の笑みでこちらに手を振るアウグスタを護衛に囲まれながらも一瞥して、アスターはやっぱり他人事みたいに呟くのであった。
ちなみにその手にあるのは、ミルセーヌからの婚約者が決まりました、式には是非来てね! というお手紙である。
少し前のFGOのセイバーのアストルフォくんガチャで爆死した後にこの話を書きました。
誤字脱字と爆死とはいつだって腐れ縁……おのれー(´・ω・`)
次回短編予告
身分の低い娘と王子様、そして王子様の婚約者。
身の程知らずが潰されるのか、それとも悪役令嬢の退場か……
そんなよくあるテンプレ話。
次回 ヒロインは切っ掛けに過ぎませんでした
他人事だと思ったらいつの間にやら舞台に上がってた人たちの話。