第5話 蠅の王 part3
マダム・スカーレットは肘掛け椅子のオーク材できた肘置きをなでながら壁に飾ってある自分の肖像画を眺めた。
絵の中の彼女は微かに微笑み、黄金色の髪を肩まで伸ばしゆったりとカールさせている。着ている赤いドレスは青みがかかるほどの白い肌を引き立たせた。
その姿は十数年前の姿であり、時という残酷な美の簒奪者は彼女からも美しさを奪い去ってしまった。今の彼女の姿は肌色をしたガマガエルといった容姿であり、開かれた彼女の目はもう戻らない過去の自分の姿を眺めるばかりだった。
彼女が若い頃の肖像画を今も壁に飾っているのは変わってもなお捨てる事の出来ない女である事の自尊心のせいなのかもしれない。
扉のノックで二人は話を止めた。スカーレットはアルを見つめてから扉に目を移した。この部屋を使用している時はよほどの事がない限り誰も通さない様になっている。
アルは椅子から立ち上がると扉に向かった。扉を開けると正面にサムが立ち、隣にフードを目深に被った女が立っている。サムがアルの耳元に近づいた。
「蠅の王です。」
サムがうやうやしく囁いた。サムは明らかに緊張していた。額には汗がにじみ、手は微かに震えている。
「ありがとう。」
アルは扉を開いたままにして、蠅の王を部屋に迎い入れた。サムは扉が閉じるのを見ると急いでその場を離れた。
蠅の王は部屋に入ると、部屋にはアルの他にアマリリスの女主人であるスカーレットがいた。
「邪魔したかな?」
「もう話終えたところだよ。」
アルは蠅の王に応えると、蠅の王が着ているフード付きのコートを預かった。蠅の王はコートの下に白色のチュニックを着ていた。彼女のその姿は蠅の王と知らなければ、どこにでもいそうなただの華憐な少女だった。しかし彼女はエルフだ。エルフは人間よりも長寿である事で知られていて、蠅の王の歳は―正確にはわからないが―百を超えているだろう。
「サムは何か失礼なことはしなかった?」
蠅の王はそれには答えず、少し微笑んで返した。
スカーレットはバツが悪そうに部屋の隅に立っていた。二人はもはや彼女がいないかのように振舞っている。それが彼らの礼儀なのだ。
スカーレットは二人を邪魔しない様に出来る限り静かに部屋を後にした。