第4話 蠅の王part2
デリンジャーさんには困ったものだ。
バーテンダーのサムは思った。この店を守りたい(もしくは話しかけてきた女に見栄を張りたくて)というのはわかるが、だからといって人を殺す必要があるのか。
しかもよくわからないやり方で。熱せられた鉄の様になった手で酔っ払いの顔をわしづかみにすると酔っ払いは苦しみ死んだ。
サムは誰も来ないアマリリスの入り口をぼうっと眺めながら取り留めのない考えを続けた。
あれは輝ける太陽の司祭が信者に見せる火の奇跡に似ている。
いつもウヴォスク地区のウヴォスク・フレイ教会で行われる集会は空席が目立つが今日は教会椅子は満席だった。教壇には神父のトム・フレイが立っている。
「皆々様、覚えておいてください。輝ける太陽は天におわします太陽の様に全ての人、全てのエルフ、全てのドワーフ。差別なく照らします。それによって悪魔は立ち去って善なる人々は幸せに過ごせるでしょう。」
司祭が輝ける太陽の祈りの言葉を呟くと左手を前へ突き出した。すると左手のひらから突如、火花が散り始め、段々その勢いは増して一つの炎となった。
「これが奇跡です、神の御業です。」
サムのこの神秘体験について考えをめぐらしていたが、アマリリスの入り口にフードを目深に被った人が現れた事で現実に戻された。
「おい、もう店じまいだよ。旦那。」
背の低いフードの男は聞こえていなかったのか、入り口から一歩も動かない。聞こえなかったのか。
「聞こえなかったか、もう閉まってるんだよ。」
サムは大声で言ったがフードの男はアマリリスの中へ入っていった。サムはカウンターからフードの男を静止したが無視して歩いていく。店の端で床の血のシミをスポンジでこすっていたウェイターが立ち上がって、フードの男の前に立ちはだかった。
「申し訳ないが、帰ってもらえますか?」
ウェイターはあくまで紳士的に装ったがその声色は怒りで満ちている。
「約束がある。」
ウェイターはその声を聞いた時に不意を突かれた。女の声だ。ウェイターは思わずフードの中を覗き込んだ。漆黒の髪とブラウン色の瞳、褐色の肌に頬の傷痕。そしてエルフ族特有のとんがった耳。
ウェイターは後ろに下がり十字を切った。それはほとんど無意識の行いだった。黒い髪のエルフ。呪われた血。ダークエルフ。
「デリンジャーさんはどこかな?」