9話 スプリントファイト7
そのほーんがどういう意味なのかは分からないが、「コイツきもっ」でないことだけは祈っておこう。
俺はマウスを操作し、音声をスピーカーへと変更してから、ゲームのアイコンをダブルクリックする。いくつかウィンドウが立ち上がってから、その後ゲームが起動した。
「なんて名前のゲームなの?」
飾さんのそんな問いは、俺にとっては実に簡単なものであった。1+1より簡単だ。
「スプリントファイト7ってやつ。知ってる?」
「んー、聞いたこと無いわね」
「昔からあるゲームなんだ。多分、親世代の人とかならゲームセンターで遊んだことがあるんじゃないかな」
「へえー」
スプリントファイト7。略してスプ7。7というのは、スプリントファイトシリーズの7作目という意味である。
俺が青春を捧げ、おまけに人生まで捧げてしまったこれは、昔から存在する長寿のシリーズだ。
その起源はゲームセンター全盛期の、40年ほど前まで遡る。当時にはまだ格闘ゲームというジャンルが存在しなかったのだが、そんな時に生まれた初代スプリントファイトは瞬く間にゲーム業界を席巻。以来、現代まで続く格闘ゲームの金字塔となった。
「ルール分かる?」
「なんとなく。戦って、勝った方の勝ちでしょ?」
勝った方の勝ちとは。中々哲学的である。
「まあ大体そんな感じ。体力を先に0にしたほうが勝ちだな」
「りょーかいです」
その他時間制限やゲージなどのシステムもあるが、難しいので今はやめておこう。初心者に難しいことを話すと嫌になるのは、どのゲームでも同じことだ。
タイトルコールが鳴っている間にコントローラーを二つ接続する。どちらも格ゲー専用のコントローラーであるアケコンだ。このゲームは一対一だから、二個コントローラーがあればそれでいい。
「あ、椅子もう一個いるな」
俺は席を立ち、部屋にあった古い椅子を持ってくる。このボロいやつには俺が座るとしよう。レディーファースト、というやつだ。違うか。
椅子をゲーミングチェアの横に並べると、俺は二人のどちらかに座るよう促す。
「どうぞ、座って」
「うん! ……あ、わたし先でいい?」
「いいわよ、私は見とくから」
「じゃあ、遠慮なく失礼します」
何故か真剣な面持ちでゲーミングチェアへと腰を下ろすと、これまた何故か小日向さんは感嘆の声を漏らした。
「おお……なんかすごい」
「コントローラーの使い方わかる?」
「ううん! まったく!」
「まあそうだよな。えっと、これがパンチボタンで……」
一通り操作方法の説明をしてから、早速実践へと移る。適当にステージを選択し、キャラクター選択画面へ移行すると、小日向さんは悩ましげな表情を浮かべた。
「えー、どのキャラにしようかなあ」
「好きなのでいいと思うよ」
色々なキャラにカーソルを合わせて悩んでいる様子の彼女だったが、少しするとパチンと決定ボタンを押し。
「じゃあ、このえっちなお姉さんで」
小日向さんってえっちとか言うんだ……。
俺は普段から使っているメインキャラ、忍者の陽炎を選ぶ。全身真っ黒で目元以外が見えないコイツは、動きが素早く相手を翻弄することに長けている。
対して小日向さんの選んだえっちなお姉さん――姫村は、えっちというだけで特に長所はない。だがプレイヤーからは愛されている。えっちなので。チャイナ服だし、胸元が滅茶苦茶はだけているので。
「じゃあ、試合開始だな」
「りょーかい!」
俺がさらに決定ボタンを押し、画面を進めると3Dのキャラが森の中のステージに現れる。すぐに3、2、1とカウントが始まり、ゲームがスタートした。
「てい!」
すぐさま、小日向さんはキックを繰り出す。彼女の蹴りは空を切り、俺の数メートル先で暴れていた。
どうやら射程が足りないようだと気づいた彼女は、レバーを横に倒し陽炎へと近づいてくる。
「えい!」
ついに蹴りが命中した。こっちの体力バーがほんの少し削れる。
「どう?」
「いいね」
「わたしもプロゲーマーなれる?」
「頑張れば」
じゃあ、ちょっと俺も。
俺はボタンをリズム良くパチパチと押していった。同時にレバーを倒し、上手いように技を連携して出していく。陽炎がパンチとキックを連続で繰り出し、最後にはクナイでザクザクと姫村を切り刻んだ。
格ゲーでは一般的にコンボと呼ばれる技術だ。中級者や上級者は息をするようにできるが、初心者にはこれが難しい。俺も慣れるまでは大変だった覚えがある。
「うええっ!? なにそれ!」
「コンボだよ。プロゲーマーになるなら、まずはこれからだな」
「ちょっと待って、頑張るから」
やる気はかなりあるらしい小日向さんは、見よう見真似でレバーとボタンをガチャガチャしてみるが。姫村は謎のパンチを二発くらい放ったのみで、陽炎はまだピンピンしていた。
「難しいんだけど!」
「まあ、慣れればすぐだよ」
こればっかりはやり方を知らないといけないからな。俺も初めて使うキャラでコンボをしろって言われたら、やり方を覚えてないと結構キツイし。
というわけで、あっという間にボコボコにして試合は終了。そりゃあそうだ。
「ねー、強すぎるんだけど」
「初心者だからしゃーないよ」
俺の言葉をよそに、小日向さんは席を立つ。
「柚子ちゃん、どうぞ」
「はいはい。手加減よろしくね」
なんて言いながら飾さんが席につき、再び対戦が開始。
彼女が選んだキャラクターは、すらっとした長身イケメンキャラであるグレイだった。大剣を振るい、動きは遅いが大きなダメージを与えてくる少しピーキーなキャラだ。
このキャラは女性人気が非常に高い。なにせイケメンだし、声優も有名な人だ。様々な女を落としてきた彼は、癖のある性能ながらもその強みを活かし、大会でもかなりの実績を残している。
「えい」
だが。
初心者には向かない操作が難しいキャラクター。その代表格のキャラでもある。
「あれ、なんか……あれ?」
戸惑う飾さんに、無理もないと内心で同情する。具体的にどう難しいかを語るとスプ7学会に論文を提出できるほど長くなってしまうためやめておくが、とにかく、他のキャラなら出すのが簡単なパンチやキックすらも難しいのだ。
俺もこいつは使えないし、今後もやる気はない。そんな暇があるならもはや漫画でも読む。
「こうやって、コマンドを作るんだよ。で、ここで同時押し」
「ちょっと待って、無理かも」
「まあむずいからねコイツ」
悪戦苦闘する飾さんを眺めていると時間制限が近づいてきてしまったため、俺は早急にコンボをぶち込みラウンドを取得。いくら相手が初心者でも、ビギナーに負けるというのは俺のプロゲーマー人生の沽券に関わるのである。
「む、難しい……」
「まあ要練習ってことで」
「柚子ちゃん、わたし達頑張ろうね」
「いや、同じゲームでももっとやらなきゃいけないゲームがあるでしょ」
それは本当にそう。
そんなこんなでラウンドを連取し、今回の穂村家スプ7大会は俺の勝利で幕を閉じた。ただの初心者狩りである。
「手の動きすごいわね。なんでそんなに早く動くの?」
「そうかな。多分慣れだよ」
「キャラクターの動きもなんかすごかったよねえ。流石プロゲーマーです雪斗さん!」
「それはどうも」
こういう感じで人に褒められるのって中々無かったから、なんかむず痒い。
そんな気分を誤魔化すように、俺は椅子から腰を上げる。
「せっかくだし、二人でやりなよ。そっちの方が実力が同じくらいで楽しいだろうし」
「いいの?」
「全然。新規が増えるのは喜ばしいことだから」
まあ、この前の一件で新規どころかゲーム人口のほぼ全てが消し飛んだだろうから、今更ちょっと増えたってどうしようもないんですけどね……。
二人がわちゃわちゃゲームを楽しんでいる中、俺は後ろからその光景を腕を組んで眺める。
俺の部屋で、女の子が二人肩を並べてゲームをしている。しかもスプ7を。楽しそうに、声を上げながら。
未来ってマジでわかんないよな。世界が変わる前の俺に今のこの状況を伝えたって、何を言っているんだと信じないだろう。それくらいよくわかんない状況だ。
「それずるい!」
「もしかしてこれだけで勝てる?」
「どりゃあ!」
「届いてないわよ」
「あれ?」
現在は飾さんが優勢の様子。順調に行けばこのまま勝ちそうだ。
なんとなく暇になった俺はベッドに体を預け、二人を眺めつつ横になる。頬杖をつくような形で、目の前で繰り広げられる戦いを見守った。
「わ、なんかでた」
「なにそれ、蛇みたい」
「蛇じゃない?」
「でも真っ白よ」
「白い蛇とか」
「そんなのいる?」
「アルビノとかあるじゃない」
「それ蛇にもあるの?」
「さあ」
やべえ。
なんか眠い。
中身があるようで無い二人の会話がいい背景BGMになって、なんだか眠たくなってきた。外で戦いまくった疲れが出ているというのもあるだろう。
いや、でも駄目だ。寝るのはまずい。なんか、理由はないけどなんとなくまずい気がする。
「…………」
うん。本当にまずい。まずいんだよな。うん。
うん。うん……。
「…………」
…………。
…………。
「穂村くん?」
「はえっ」
呼ばれて、顔を上げた。
顔を上げて、自分が顔を上げたという事実にようやく気がついた。顔を上げたということはつまり、顔が下がっていたということに他ならない。
要するに、多分俺一瞬寝てた。
「寝てたでしょ」
「ごめん、なんか疲れてたみたいで」
「ぱっと後ろ見たら目瞑ってたからびっくりしたよー」
「まあ、さっきまで動き回ってたものね」
こういう一瞬寝落ちしたみたいな時って、マジで時間感覚が無くなるよな。全然時間立ってないように見えるけど……。
「俺どれくらい寝てた?」
「少なくとも、私達が五回戦できるくらいには」
「結構だな」
やっぱ思ったより寝てたわ。そこまで親密でない人に寝顔を見られたという事実まで含めて、しっかりと恥ずかしい。
「楽しかった? スプ7」
俺が聞くと、小日向さんは首をブンブンと振る。
「すっごい! 初めてこういうゲームしたよお!」
「そうね、新鮮で面白かったわ」
「それなら良かったよ」
スプ7……というか、スプ7みたいな格闘ゲームは全体的に女子人口が滅茶苦茶少なかった。やはりどこまでいっても結局殴り合いというジャンルなので、そういうところで敬遠されているのだろう。
だから、こうやって女子が、しかも俺と同い年くらいの人が面白いと言ってくれると、スプ7はどんな人でも楽しめるのだと、愛されるのだと知ることができて。
一言でいうと、物凄く嬉しい。
いや、勿論男の人口が増えるのも滅茶苦茶嬉しいよ。何も女子だけが増えてほしいと言っているわけではない。むしろ俺は全ての人類にスプ7をやってほしい。男も女も、老若男女問わずスプ7の沼に沈んでほしい。
「じゃあ、眠気が覚めるようなことでもしましょうか」
俺がなにかに弁明していると、飾さんがそんなことを言った。
「え?」
言葉の意図がいまいちよくわからず、俺は首を傾げる。
とりあえず、と俺は上体を起こすと、飾さんは金槌を召喚した。
「ほら、モンスターを倒してきたんでしょ? 素材結構集まってるはずだし、装備でも作りましょ」
「ああ、確かに」
そういやそうだ、完全に忘れてた。電気が通ったことが嬉しすぎてそれどころじゃなかったわ。
飾さんはスキル名を唱え、金床を地面に呼び出す。それに続いて俺と小日向さんは前と同じように素材を取り出し、それらを地面に置いた。
「じゃあ、どれを作るかだけど」
「んー、この前ちらっと見たマントとかどうだろ」
表記だけしか見たことはないが、なんか良さそうだ。物凄い適当な偏見だが。
「マントね。んーっと……素材は足りそうだわ」
早速装備を作ろうと金床に素材を集め始めた飾さんに、俺は待ったをかける。
なにかあったのかと二人の視線が俺に集中した。こほんと咳を一つして、俺は喉の調子を整えつつ。
「ごめん。とりあえず、俺の装備から作っていいかな。後々二人のも揃えるけど、俺前衛だからできるだけ装備を固めておきたいんだよ」
後ろから魔法を放って戦う小日向さんに比べて、俺は前で戦うから必然的にダメージを喰らう可能性も大きくなってくる。だから、俺のから優先して作りたいんだけど……。
一応、みんなで集めた素材だ。何も伝えずに俺一人だけで独占するのは違うと思ったので、こういうことはちゃんと伝えておかねば。それに、もしかしたら二人も作りたい何かがあるかもしれないし。
と、思ったのだが。彼女たちは特段そのことを気にしていなかったみたいで。
「ああ、そういうこと。全然構わないわよ」
「わたしも。なにせうちのリーダーだからね、雪斗くんは!」
「ありがとう、助かるよ」
寛大な二人に感謝だ。作った装備を活かせるよう、俺も頑張ろう。
「それじゃ、マント作るわね。ほんとにこれでいい?」
ウィンドウに書かれたマントの詳細画面を、飾さんは見せてくる。
そこには『防御力+20』とだけ書いてあった。ゴブリンソードとは違い、〇〇専用みたいなものはないみたいだ。
「ああ。大丈夫」
「了解。じゃあいくわよ」
彼女はゴブリンの牙を四つ、スライムの雫を三つ金床の上に置くと、それ目掛けて金槌を一撃叩き込む。
途端に発光しまたもや薄くなったそれをガンガンと叩いていくと、徐々に見た目がマントらしく変化していった。何回見ても原理わかんないなこれ。
「よし」
光が大人しくなると、飾さんは金槌をしまってマントを持ち上げた。
どこからきたのか緑の布地で出来上がったそれは、その下部がギザギザしていて荒っぽい印象を受ける。肩の部分には牙があしらってあり、さらに光沢のあるスライムの雫がワンポイントの装飾として小綺麗な雰囲気を醸し出していた。
全体的に、蛮族って感じの衣装だ。とはいえ、これはこれでかっこいい。
「はいどうぞ」
「ありがとう」
受け取ってから、どうやって装備すればいいのか分からず迷ってしまった。
武器の時は念じればいけたけど……。そう思い頭の中で同じようにしてみると、マントがぱっと消失しバッグの中に収納される。
よし。後は武器と同じ感じで、装備欄にマントを装着するだけだ。指を動かしウィンドウをポチポチとタップしていく。
だが装着するだけではマントは現れなかった。これは多分、武器とおんなじシステムなのかな? 念じることで装備が可能、っていう。
そう思い、心の内で呟く。すると。
「うおっ」
一瞬俺の周りが光りに包まれ、体をマントが覆った。これで装備完了ってことか。
ステータス欄を見ると、確かに防御力が加算されている。そういや見てなかったなと思って攻撃力の欄も見てみると、同じようにゴブリンソード分のステータスアップが反映されていた。
着てみた感じは、案外軽くて邪魔にはならなそうだ。むしろなんかおしゃれしてる感じでテンションが上がる。
だってさ、ゲームでよくあるような装備を今実際に身に付けてるんだぞ。そりゃ気分も上がるってもんだろう。
「いいじゃない、似合ってるわよ」
「意外と服とも合うねえ」
どうやら女性陣からも好評の様子。今日の服装は上は白のTシャツ、下は黒の長ズボンと以前とそんなに変わらない服装だが、マントと合わせてもまあ違和感はないかもしれない。
お世辞じゃないことを祈っておこう。
ともあれ、これでまた一つ強くなることが出来た。いいな、順調に成長している。