8話 圧倒的革命
朝起きると、丁度学校に行く時間帯だった。七時半、いつもだったらもう制服に着替えているところだろうが、今はもうそんなことをする必要もない。
伸びをして、息を吐く。布団から出てリビングに行くと、昨日やった人生ゲームがまだ机の上に広がったままだった。
結局俺がビリだったな。次いで小日向さん、一位は飾さん。飾さんの運は凄まじく、初めはフリーターだったのに、いつの間にか投資家を経由して宇宙飛行士になっていた。人生が波乱万丈すぎるだろ。
いや。現実の俺らの方も、十分波乱万丈か。
リビングに降りると、まだ誰も起きていなかった。俺は椅子に座り、ツナの缶詰を一つ開けると、スプーンでそれを掬って食べる。結構美味い。単体でもかなりいけるな。
少しして、パタパタと足音が聞こえてきた。
「おはよー」
階段を降り、リビングへと姿を表したのは飾さんだった。
長い髪からは枝毛がちょこちょこと飛び跳ねていて、いかにも寝起きって感じだ。彼女は口元に手を当て、小さくあくびをする。
「おはよう」
「今何時?」
「七時四十分だな」
「四十分か。これじゃあ学校は遅刻ね」
「あればな」
俺も、普段だったらもうちょい早めに起きないとヤバかったな。この時間に悠長に朝ご飯を食べてたら普通に遅刻コース確定だ。
「トートバッグの中に色々入ってるから、適当に食べていいよ」
「了解。ありがと」
飾さんはメロンパンを持ってくると、そのまま俺の対面の席へと座り、二人で朝ご飯を食べる。まさかクラスメイトとこんな風に食卓を囲むことになろうとは……。
「小日向さんは?」
「起こしたけど、二度寝しちゃった」
「小日向さんらしいな」
なんか、小日向さんってそういう雰囲気あるんだよな。のんびり系というか。
飾さんは大きなメロンパンを頬張り、もぐもぐと咀嚼している。飾さんは逆に、シャキッとしてそうだよな。なんでもすぐやります、みたいな。なんだか、日常系アニメの凸凹コンビみたいだ。
「今日は何をするの?」
聞かれて、俺はすぐに答える。
「レベル上げだな。昨日と同じ感じで」
「おっけー。ってなると、私はそんなにやることなさそうね」
飾さんは戦えないから、昨日も俺達の後をついてくるだけだった。本人もそれが分かっているのだろう、彼女は小さくぼやく。
「俺達が素材集めてくるまではな」
「なんか、もっと頑張りたいんだけどな。私も」
「いや、俺としては現状でも結構ありがたいよ。武器作れるのは飾さんだけだし」
「それはそうなんだけどさー」
まあ、言ってることは分かる。俺ももし戦闘職じゃなくて飾さんみたいな職業だったら、かなり歯がゆい思いをしただろうから。
とはいえ、そうなってしまったものは仕方がない。
「ていうか、そうなると飾さんを連れ回すのもあれだな」
どうせ戦わないのなら、飾さんを歩き回らせて疲労させるのは意味がない。
そう言うと、飾さんは頬杖をつき呟く。
「まあ、いらないわよね私」
「いらないってか、戦闘ではってだけだよ」
俺がカバーするように言うと、飾さんは何が面白いのか笑顔を見せた。
「大丈夫。事実を言ってるだけだから、拗ねてるとかそういうのじゃないわ」
どうやら俺の魂胆はバレていたみたいだ。けどさ、こんな風に言われたら流石に気遣うだろ。
「あ、そう?」
「そ。とりあえず、私は私にできることをやらせてもらおうかな」
気を使う必要は無いくらい、彼女は強い人だったようである。
そうして話をしていると、次第に二階から物音がし始めて。トントンと階段を駆け下りる音が鳴り、小日向さんがリビングへ登場した。
「寝すぎちゃったかも」
開口一番、彼女はそう言うと申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「いや、まだそんな時間じゃないし大丈夫だよ」
「ごめんねえ、わたし朝弱くてさあ」
「気持ちは分かるよ。俺も夜型だし」
「雪斗くんも寝坊したりする?」
「寝坊はそんなに無いけど、休日はめっちゃ寝ちゃうな」
そうだよね~、と語尾が伸びる彼女は未だ眠そうな目つきをしていた。ぼんやりと宙に浮いた視線は、今にもまた眠りについてしまいそうだ。
「メロンパンおいしそー」
「美味しいわよ。食べる?」
「ううん」
食べないんかい。飾さんも似たような感情を抱いていそうな、そんな微妙な表情をしている。
「トートバッグに色々入ってるから、お好きにどうぞ」
「うん。ありがと」
そう言ってごそごぞとバッグを漁り始めた小日向さんは、蒸しパンを「これだあ!」と元気よく取り出した。好きなものが見つかったのなら良かったです。
彼女は飾さんの横の席に座り、袋を開け蒸しパンを口いっぱいに食べる。実にいい食べっぷりだ。
「食べ終わったらレベリング行こうと思ってるんだけど、いいか?」
「うん。わたし頑張るよ!」
気合が入っていて素晴らしい。俺も頑張るよ。
「飾さんはどうしようか。外に出ても経験値吸えないし、俺達と行く意味はそんなにないと思うんだけど」
「そうよね。ここにいようかしら」
「まあ漫画でも見て暇を潰しててよ」
こればっかりは役割的にしょうがない。飾さんを置いていく形になって少し申し訳ないが、その分俺達で頑張ろう。
ご飯を食べ終わると、俺と小日向さんは外に繰り出した。いってらっしゃいと手を振る飾さんの声援を背に受けながら、俺達は武器を構え歩き始める。
今日も今日とてレベリング。恐らく明日も明後日もだ。単調な日常に見えるが、思ったよりそうでもない。なにせ戦闘は命がかかっているのだから。
「ミニフレイム!」
小日向さんが叫ぶと、魔法陣が杖の先へと浮かび上がる。より光を増した陣から勢いよく炎が射出され、目の前に立っていたゴブリンへ命中した。
緑の喉から大きな悲鳴が鳴る。ゴリゴリと削れていくHPを見て俺は剣を構えると、ゴブリンに向かって勢いよく刃を振り下ろした。切り裂かれたゴブリンは倒れ、輝く粒子を散らして消えていく。
俺の目の前にウィンドウが立ち上がった。そこにはレベルアップ、レベル5と書いてある。
「いい感じだな」
家を出てからしばらくが経つ。
レベリングは順調に進み、小日向さんがレベル4、俺がレベル5まで上げることができた。少しずつ増えていくレベルアップに必要経験値と、モンスター一体あたりから貰える経験値から解散するに、もうゴブリンとスライムを合計で十四体は狩ったはずである。
新しい武器、ゴブリンソードもかなりいい感じだ。ゴブリンやスライムくらいならサクサク倒せてしまう。
腕時計を見れば、時刻は一時だった。家を出たのが八時くらいだったから、だいたい五時間はレベリングに励んでいたことになるな。
「ふう……」
疲れた。武器が強化されたとはいえ、やはり運動は疲労が溜まる。ゲームなら無限に働き続けることができるが、俺達はゲーム内のキャラクターと違って疲弊してしまうので、そうもいかない。
動きも鈍くなってきたような気がするし、もうそろそろ一旦戻るか。無理をして怪我でもしたらとんでもないことになる。
「大丈夫?」
「ああ」
こくりと首を傾げる小日向さんに、俺は頷く。俺と違って、彼女はあまり疲れてないみたいだ。職業上、後ろから魔法を撃つだけで動き回るわけではないから、俺よりピンピンしてるのは当たり前か。
レベリング効率だけ見ると魔法使いみたいな職業の方が絶対良いな。もしかして俺、ハズレを引いてしまったのか?
「でも結構疲れたから、そろそろ戻ろうかな」
「りょーかいですリーダー」
敬礼する小日向さんに笑いつつ。俺はウィンドウへと視線を移す。
「おお」
そこには、新スキル入手と題された画面が広がっていた。
どうやら『ディザスト』というスキルを入手したらしい。説明には『力を貯めて刃を放つ中距離攻撃』と書いてある。
レベルが既定値に達したから、新たなスキルを覚えたのだろうか。システムはよく分からないが、戦力が増えたのはありがたい。
「あれ、まだあるのか」
これで終わりだと思っていたら、まだ新たなウィンドウが立ち上がった。
タップして表示を進めると、いつもと違い別の画面が表示されて。なんだこれ、と思いつつそれを読んでみる。
えっと。どれどれ…………えっ。
「新コンテンツ開放!?」
思わず声が出た。
「え、なになに?」
「なんか新しい要素が開放されたっぽい」
「なにそれ」
「いや、まだ俺もわからんけど……」
どうやら、開放されたのはパーティー機能とハウス機能の二つのようだった。その詳細な説明も表記があり、俺はそれに目を通していく。
まずパーティー機能。他のプレイヤーをパーティーに誘うことができるっぽい。すると誘った人のレベルや職業が見れて、さらに視界内にあるUIにその人の名前とHPが表示されると。
そして。
「マジか」
さらに、パーティーに入った人には経験値が分配されるらしい。
クソゲーかと思っていたが、どうやら救済要素があったみたいだ。流石に経験値がそのまま入るわけではなく、倒した人以外には少しだけ経験値が入ってくるシステムのようだし、その上ある程度パーティーメンバー同士が近くにいる必要があるみたいだが、それでもありがたい。
これで相当楽にレベリングが進むぞ。
まあRPGで経験値分配が無いって相当ゴミだからな。運営――この言葉で表していいのかは分からないが――がバカじゃなくて助かった。
もはやこの時点で満足なのだが。もう一つ、ハウス機能とやらもあるらしい。
「私も見ていい?」
「ああ、大丈夫だよ」
隣から小日向さんが覗き込んでくる。なんか、ちょっと緊張するな。理由はないけれども。
そんな感情を無視して、視線を次へずらす。
ハウス機能。名称からなんとなく想像できるが、家に関することらしい。
説明を読んでいく。まず、自分が三日間滞在した家に他の所有者がいなければ、そこが自分の家であると判定されると。そして、その家にはハウスレベルというものが付与され、そのレベルに応じて色々と特典が貰えるらしい。
ハウス機能に関しては別でウィンドウを立ち上げられるとのことなので、より詳しいことはそっちで見てみるか。
視界内に新たに現れたUIを押し、ハウス機能のウィンドウを立ち上げる。すると、見たことのない新たな画面が現れた。そこには現状のハウスレベル、1という数字と、そしてその特典内容が示されていて。
「……はは。やっぱ、あったか」
電気、水道、ガスが常時使用可能。そこには、そう書いてあった。
あると思っていた救済措置は、やはり用意されていた。俺の予想は当たっていたのだ。
これで色々なものが使用可能になるだろう。証明は勿論、冷房に冷蔵庫などの家電類、そしてパソコン。パソコンがつけば、ゲームもできるようになる。オフライン版しかできないだろうだが、それでも全くできないのと少しでもできるのとじゃ雲泥の差だ。久々にゲームができるとなると、やはり心が踊るな。俺は根っからのゲーマーなのだ。
「え! これすごくない!?」
「そうだな」
正直これだけでもかなりの特典だが、レベルが上がっていくにつれてさらに色々と貰えるはず。今はまだ何が起こるのかは分からないけど、それでも俄然やる気が湧いてくる。
ふむ。どうやらハウスレベルは、家事や植物の栽培などの日常生活で行うようなことを、家の敷地内ですることで上がっていくらしい。
どういうシステムでそれを判定してるのかは全く分からないが。ま、新たなやりこみ要素が現れたということでよしとしておこう。
「もう電気通ってるのかな?」
「どうだろう。どちらにせよ一回帰ってみないと」
丁度帰ろうと思っていたところだ。都合がいい。
俺達はすぐその場を発ち家へと帰る。ドアを開けると、飾さんが困惑した様子で出迎えてくれた。
「おかえりなさい。あの、なんか急に電気ついたんだけど」
中に入って確認すると、確かにリビングの電気が付いていた。冷蔵庫も動いていて、開くと冷たい空気が流れてくる。
「なんで急に……」
「さっきレベルアップしたら、色々要素が開放されてさ。その中の一つにハウス機能ってのがあって、それの恩恵だな」
「ハウス機能?」
さっき読んだ説明をそのまま飾さんに伝えると、興味深そうに頷きながら聞いてくれる。
「へー。便利ねそれ」
「だな。今日からは温かい風呂に入れるぞ」
「水とか電気とか、使える量に制限はないの?」
確かに。言われて気がついたけど、そういうのあってもおかしくないな。
すぐにウィンドウを確認してみる。が、それらしい表記は見当たらなかった。どうやら特に制限らしきものはないみたいだ。
「ないっぽいな」
「凄いわねそれ……どういう原理なのかしら」
「さあ」
まあ、一つ言えることは、原理なんて気にしだしたらキリがないということである。
ともあれ。
これで、日々の生活がぐっと楽になった。好きなだけ水が飲めるし、冷房をつけて部屋を冷やすことができるし、火を使って調理をすることができる。少し前まで当たり前だったことが、今はとてもありがたい。
ハウスレベルはまだ先があるし、どんどんレベルを上げていきたいな。家事などでレベルが上がるってことだったから、そういうのもじゃんじゃんやっていこう。
「ねえねえ」
と、俺の肩をツンツンとつついてくる人が一人。
振り返ると、小日向さんに意図を尋ねる。
「どうした?」
「電気が使えるってことは、ゲームもできるってことだよね」
「そうだな」
電気が使える。つまり、パソコンを起動することができる。ネットは前々から無理だったし、ハウスレベルの特典にも表記がなかったから無理だろうが。さっきも似たようなことを丁度考えたけど、オフライン版とかならできるだろうな。
「わたし、やってみたい」
「え?」
そう言う彼女の目は、キラキラと輝いていた。
「ほら、雪斗くん強いんでしょ? わたし雪斗くんと戦ってみたい!」
「え、ええ?」
思ってもみない提案に、なんともいえない反応をしてしまう。
「あの変なコントローラーも触ってみたいし」
「あー……」
まあ。
休憩には、丁度いいかもしれないな。今日はもうそれなりにレベリングを頑張った。少し休んでゲームをしたって、バチは当たらないだろう。
それに、俺も久々にゲームがしたい。といっても、やってない期間なんて精々四日ほどでしかなくて、一般の人からは四日くらいで久々って……と思われるかもしれないが。いや、プロゲーマーをやっていた身としては、一日でもゲームをやらないっていうのは本当にありえないことなんだ。
「そうだな、せっかくだしやろうか」
「やったー! プロゲーマーさんとゲームするって初めてだー!」
俺が言うと、小日向さんは両手を上げて喜ぶ。
まあ、息抜きは大事だし。うん。ちょっと休むくらいはね。
「柚子ちゃんもやるでしょ?」
「私までいいの?」
「全然いいよ」
特に問題もない。当然許可すると、
「じゃあ、私もやってみようかな」
と参加を表明。穂村家で格ゲー大会の開催が決定した瞬間であった。
参加人数は三人だし、明らかに実力差がありすぎるしで大会としては終わり散らかしているが。これもまた一興ということで。
俺は二人を連れて二階にある自室へ向かう。ゲーミングチェアに腰掛け、久しぶりにパソコンの電源ボタンを押すと、起動音がなって画面が立ち上がった。慣れたはずのこの作業も、今となってはなんだか嬉しいものだ。
それを横からじっと見ていた小日向さんが一言。
「壁紙かわいーね」
「えっ」
言われて、思わず体が硬直する。
俺のパソコンの壁紙には、アニメのキャラクターが設定してあった。少し前、ふと見たアニメが面白かったのでそれのヒロインを壁紙にしていたのだ。
「いや……そうかな……」
誰かに見られるなんて想像していなかったから、滅茶苦茶趣味全開の壁紙だ。思わず、言葉に詰まってしまう。
なんか、いや、なんだろう。ほら、壁紙って気分で変えるだろ? だから特に深い意味は無いんだよ。なんか、そう、別に深い意味は無いんだよ。本当なんだよ。
だとしても、うん。気まずい。なんか最悪だ。こんなことになるなら、山頂から見下ろした絶景とかにしておけばよかった。色調がいじられて星がやけに光っている夜空とかにしておけばよかった……。
「なんのキャラクター?」
「アニメ、だな」
「ほーん」
そのほーんがどういう意味なのかは分からないが、「コイツきもっ」でないことだけは祈っておこう。