7話 打つなら熱いうちに
腕が棒みたいだと本気で思ったのは、生まれてこの方人生というものを生きてきて初めての経験だった。全力で体を動かして全力で疲れるというのは、こんなにもキツイことなのか。
考えてみれば、俺は運動というものに触れてきたことがあまりない。なにせゲームばっかりしていたから。学校でやったサッカーやドッジボールでボコボコにされていたのを思い出した。
「こうなるんなら、もうちょっと運動しときゃ良かったな」
冷たいシャワーを全身に浴びながら、誰にも聞こえないだろうと独りごちる。
結局、あの後レベルはそこまで上がらなかった。レベリングを始めたときが1レベルで、終わった時が4レベルだ。
ゴブリンやスライムはそれなりに狩ったのだが、如何せんこの世界はとどめを刺した人にしか経験値が入らない。それはつまり、誰かに経験値が入ればその他の人は何の成果も得られないということであり。
俺は4レベルまで上がったが、小日向さんは3レベ、飾さんに至ってはまだ1レベルだ。いやまあ、飾さんは戦闘職じゃないから仕方ないんだけど。でもさ、普通こういうのって救済があるだろ。倒した人以外にも、ちょっとは経験値が入るとかさ。
そういうのあって然るべきだろ? じゃないと飾さん、一生このまんまレベル変わんないぞ。
「クソゲーだろ、このゲーム」
なんか、先行きが怪しくなってきたんだが。
まあ、これはこれで面白いのかもしれない。工夫のしがいがあるということにしておこう。
なんとなくウィンドウを立ち上げ、確認する。レベルが上がるにつれてステータスも上がっていっており、攻撃力と防御力は少しずつ上昇していっていた。このままいけば、それなりの量のステータスアップに繋がるだろう。とはいえ、攻撃を食らったことが未だにないから防御力の効果は未知数だし、攻撃力がどれくらい反映されているのかもイマイチ感覚的に掴めていないのが、なんとも言えないところだ。
それと、これはかなり重要なことなのだが。
後から色々と擦り合わせている時に気がついたのだが、職業ごとにステータスが違っていた。俺の攻撃力と防御力は初期値で100だったのに、小日向さんの攻撃力は100、防御力が40だったのだ。
魔法使いが柔らかいってのはゲームにはありがちだが、この世界ももれなくその例に則っているらしい。今後は小日向さんを守るように立ち回らないといけないな。
ちなみに、飾さんはどちらも70だった。まあ戦わないだろうからあまり関係無さそうだが。
「ふう」
「おかえりー」
「うす」
汗を流し風呂から上がると、二人はリビングで人生ゲームをしていた。暇だろう、と漫画や小説の他にすごろくやトランプなどの適当な娯楽を提供していたのだが、どうやら人生ゲームがハマったらしい。
……二人で人生ゲームって、面白いのか?
そんな彼女達を尻目に、俺は冷蔵庫にあったお茶を飲む。電気が切れてしばらく経ったから、流石にもうぬるくてまずい。いつか腐りそうで怖いんだけど。
「はあ」
椅子に座ると、ぼうっと遊んでいる二人を眺める。
楽しそうにコマを進めている飾さんと小日向さんは、今日は――というか、当分は俺の家に泊まることになった。二人共ここが地元ということもあり、一応家は近辺にあるのだが、普通に考えてこの状況で一人になるのはヤバい。というわけで家に帰る案は無しになり、仲間のいる学校にも戻れないため、消去法的に俺の家に滞在することとなったわけである。
まさかこんなことになるなんてな。自分の家にクラスメイトが、しかも女子が泊まりに来るなんて。世界がおかしくなった今の状況で何言ってんだって感じだけど、いや、実際それなりに緊張する。それとこれとは別である。
俺の前に風呂に入った二人は、まだ髪がほんのりと濡れていた。なんか今日二回も風呂入ってて、すごい変な感じがする。この光景を見るのが初めてじゃないのが逆に怖い。服は前とは違うものだが、まあ系統は似たようなもんで、二人とも俺用の服を着てるのでダボダボしている。
「…………」
時計を見る。時刻は18時半。まだ外は明るいが、じきに暗くなり始めるだろう。
どうしようかな。今は電気がないから、外が暗くなってしまえば本当にもうどうしようもなくなる。さっき探したらロウソクがいくつか見つかったから、しばらくはそれで凌ぐしかないかもなあ。
電気。これに関してはもう、いくら考えたって解決策は見当たらなかった。なにせこの問題はもう俺がどうにかできる範疇を超えている。ゲームが上手かろうとなんだろうと関係ないのだ。
「救済措置、ねえかな」
愚痴るように呟く。
だが、ありえない話ではないと思っていた。今の時代に電気無しで生活できるとは、そう簡単には思えない。それに、電気と同じように、しばらくしたら水道やらなんやらのインフラもおかしくなるだろう。そうなれば、ゲームをクリアするどころか生きることすら難しくなってくる。水が飲めなければ、モンスターに襲われるよりも簡単に人は死ぬのだ。
だからこそ、これには救済措置がありそうに思える。だって、そんなつまらない理由でゲームを放棄されたら、きっと魔王側も面白くないだろ。あいつ、一応は生き延びてもらいたいって言ってたし。
ゲームを進めていけば、新要素が現れたりするんだろうか。それを願うしかないな。
「あー、負けちゃった」
「いえーい! わたしの方がお金持ち!」
と、どうやら決着がついたみたいだ。小日向さんの勝ちで終わったらしく、実に嬉しそうな顔をしている。
キリも良さそうだし、俺もゲームを進めさせてもらうとしよう。
「飾さん」
俺が呼ぶと、彼女はくるりと振り返る。
「ああ、うん。分かってる」
飾さんは立ち上がると、自身の武器である金槌を宙に生み出し、その柄を握ってみせた。
「鍛冶でしょ?」
「ああ」
彼女は戦闘職じゃないから、俺達と違ってスキルを使ったことがなかった。
帰って来る途中で、みんなが風呂に入ってさっぱりしてから、それを試してみようという話になったのだ。
「私も気になってたのよね。ほら、みんな凄いじゃない? つむぎなんか火出してるし」
小日向さんのスキル、ミニフレイムはその名から想像できるような魔法だったが、実際に見るとやはり驚いてしまった。
彼女が唱えると魔法陣が現れ、そこから火が生み出され放たれていく。それこそゲームの世界、フィクションの世界でしか見なかった光景だ。
あれは凄かった。できれば使ってみたかった。本当に。
「でも、多分飾さんは重要ポジになると思うよ」
「そう? なんで?」
「武器作れるって、もしかしたら別の方法もあるのかもしれないけど、現状じゃ飾さんしかいないからさ」
「へー」
飾さんは存外嬉しそうだ。
「じゃ、頑張っちゃおうかな」
「頼むよ」
「ええ」
俺の言葉を受け取ってから頷いて。彼女は短く唱える。
「製造」
すると。
「おお……?」
フローリングに、ドンと音を立てて鉄の塊が現れた。鉛筆の先っぽの断面みたいな形をしている。
なんだろう、これ。どっかで見たことがある気が……。
「ああ、金床か」
少しして、合点がいった。
見たのは、それこそゲームや、もしくは漫画とかアニメだったか? もしかしたら社会の教科書とかかもしれない。
とにかくこの大きさでこの形の鉄の塊って、絶対金床だろ。職業も鍛冶師だし。
「あ、なんか出てきた」
飾さんが呟く。見ると、何やら飾さんの目の前にウィンドウが立ち上がっていた。
俺と小日向さんは近づいてそれを左右から覗き込む。そこには鍛冶メニューとの表記と、いくつかのUIが表示されていて。
「これで武器が作れる、のかな」
「ふーん……」
ポチポチと探るような手つきで画面を触っていた飾さんは、ふと何かに気がついたように宙を触りだす。
すると、また一つウィンドウが立ち上がった。それには"鍛冶師ヘルプ"と書かれていて、どうやら鍛冶師についてのヘルプ画面らしいことが分かる。
「え、そんなのあるのか」
「うん。視界の端っこに、なんか新しい……UI? だっけ、それがあったの」
言われて俺も確認してみるが、無い。どうやら職業別で表示されたりされなかったりするっぽい?
あーあ、このヘルプとかいうのが剣士にもあれば、俺がこの歳になって変身と口にすることも無かったのに。
飾さんはヘルプ画面を読み進めていく。勿論、俺達もそれを覗き見しつつ。
少しして、納得したように声を漏らした。
「なるほどねえ」
「結構分かりやすいな」
横から見ていた俺でも理解できるような、簡単な構成になっていた。
まず、金床の上に素材を乗せる。すると、その素材で作れる武器が一覧になって表示される。置いた素材の数が必要な素材の数に達していれば、晴れて武器を作ることができる。その他にも細かい説明がいくつかあったが、概ねこんな感じだ。
「ってなると、素材が必要ってわけか」
「そうね」
素材といえばやはりあれだろうか。
俺は自分のウィンドウを立ち上げる。バッグ画面を開けば、そこにはいくつかのドロップアイテムが入っていた。
多分、これを使うんだろう。けどどうやって?
「それ、使えそうだけど」
「俺が直接入れれば良いのかな」
そう思い、アイテムのアイコンをタップしてみる。だがそうしてもアイテムの名前が出てくるだけで、特に鍛冶に使用できそうな気配はない。
「いや、違うか」
「わたしもだめっぽいなー」
小日向さんも無理だったらしい。ウィンドウ内にあるアイテムと格闘しているが、成果は得られずといったところか。
「なんか方法がありそうだけど……」
色々試していると、ふと、長押しするとアイコンが指についてくることに気がついた。思いつきで、俺はそれをバッグ外へと出してみる。
すると、牙のようなものが淡い光とともに現実へと現れた。地面へコロリと転がったそれは、ゴブリンの牙というアイテム名と、そのアイコンで描かれていた通りの品物であった。
なるほど。アイコンを長押しして外に出すと、ドロップできるみたいだ。
「出来たかも。これでいけるか?」
飾さんは牙を拾うと、それを金床の上に乗せる。すると、ディスプレイ内に表示されていた一覧が更新され、いくつものそれらしき名前と、それに伴ったアイコンが表示された。
ゴブリンソード、ゴブリンスタッフ、ゴブリンマント、ゴブリンブーツ等々。その他にも非常に沢山の表記があり、どれを選べばいいのか迷ってしまうほどだ。
「すげえ種類だな」
「そうね。マントとかブーツみたいな服まであるし」
色々と作れるんだな。将来的には、こういうのを組み合わせて装備を完成させていくんだろうか。
「それで、どれ作る?」
「あー、そうだな」
聞かれて、少し考える。
うーん、どうしようか。やはり、まずはシンプルなものから攻めたほうが良いかな。となると、一番に上がるのは武器。
俺の武器は剣で、今使ってる装備はブロンズソードって名前だった。って考えると、似た名前の――。
「このゴブリンソードってやつ、お願いしてもいいか?」
飾さんがこくりと頷き、ゴブリンソードの欄をタップする。と、より詳細な内容が書いてある画面へと移った。
そこには、なにやら『攻撃力+20』『剣士専用』との表記が。
「んー……」
剣士専用。俺は剣士だから、これは多分大丈夫だ。で、肝心の攻撃力+20の部分。ブロンズソードの性能は攻撃力+10だったから、この部分は完全に上位互換になってるはず。
うん。これでいいかもな。
俺が内心でぐるぐると思考を回していると、隣でウィンドウを見ていた飾さんが顔を上げる。
「なんか、素材が足りないって」
「素材不足か。どれくらい必要なんだ?」
「ゴブリンの牙ってのがあと三個。それと、スライムの雫? ってやつもいるみたい」
お。スライムの雫っていうと、スライムを倒した後にゲットしてたやつだ。後でバッグを見返して、入手していることに気づいたのを思い出す。見逃してなくてよかった。
「そっちは何個?」
「五個」
「多いな」
俺が持ってるのは、ゴブリンの牙が残り七個とスライムの雫が二個。
雫のほうが一個足りない。
「わたし四個持ってるよ!」
と、小日向さんが名乗り出てきた。そうだ、モンスターを倒してる小日向さんも、アイテムをゲットしてるんだった。
「俺も二個持ってるから、足りるな」
「これどうやって渡せばいいの?」
小日向さんにレクチャーしつつ、俺も残りのアイテムを外へドロップする。スライムの雫は、丸くて青い、小さな宝石のような見た目をしていて綺麗だった。
それを飾さんが片っ端から金床の上に置いていき、最終的に全てを規定の数載せきると。
「うん。作れるみたい」
「おー」
パチパチ、と小日向さんが小さく拍手する。釣られて、俺も小さく手のひらを叩いた。
「あとは……」
飾さんは再度ウィンドウに目を通す。なにやら説明を読んでいる様子だ。
ふむふむと頷いた後、彼女は手に持っていた金槌を振り上げると。
「えいやっ!」
掛け声を上げ、思いっきり金槌を金床に向かって叩きつけた。高い金属音が響き、アイテム達が光りだす。
気がつけばそれらは元の姿を消し、平たい板状のなにかになっていた。薄くほのかに光を放っていて、なんだか神々しい気すらしてしまう。
「なんかすごいね」
小日向さんは目を輝かせてその光景を見つめている。目が輝いてるかは知らないけど、俺もワクワクしている。かなり。
平たい板に、さらに金槌を振り下ろす飾さん。ガチン! と音がして、それが光を増していく。何度も、何度も金槌で板を叩いていくと、板が段々と剣に似た形状になってきた。どういう原理かが全くわからないが、それはまあゲーム的な都合ということで。
更に幾度も腕を振るい、しばらくすると放つ光が収まっていった。
「多分、これで完成かしら」
飾さんが、出来上がったそれを拾い上げる。
鋭く尖った剣先。薄く、すらりとした刀身。恐らく牙で出来ているのであろう持ち手はしっとりと手に馴染む。その先と剣の鍔のような部分には青い宝石に似た何かが埋め込まれて、よく見ると、それがスライムの雫であることが分かった。
「おお、すげえ」
「はいどうぞ」
手渡されたそれを受け取ると、しっかりとした重みを感じた。大きさ的には、ブロンズソードとそう変わらないくらいか。
これまた牙で形作られたであろう刃は磨き上げられていて、夕焼けを綺麗に反射する。それはまるで、自分が戦えるのだと自己主張しているみたいだった。
「こんな感じなのね、鍛冶師って」
「すごいねー柚子ちゃん」
「ま、戦えない分貢献できてよかったわ」
どこか満足そうに、飾さんはそう話す。
なんなら、へたな戦闘職よりも圧倒的に有用かもしれんぞ。飾さんがいれば、俺達はどんどんと装備を作って強くなっていける。ただレベルを上げたりするよりも、よっぽど効率的に進むはずだ。
これは大きな変数が出たな。少し作戦を変更せねば。
「ありがとな、飾さん」
「うん」
礼を言えば、彼女はにこりと微笑んだ。
「これからは、鍛冶師の能力を使って装備を整えていきたいな。どうせレベリングの最中、アイテムを沢山ゲットするだろうし」
「れべりんぐ? なにそれ」
「ああ、レベルを上げることだよ。モンスター倒してレベルを上げていくことを、レベリングって言うんだ」
「ほむほむ」
なんだその相槌は。小日向さんがハムスターと化してしまった。
「そうだな……これからは、全員の装備が整うまでレベリングをしよう。で、それが終わったら学校に向かおうか」
「うん、分かった」
「了解」
現状、俺達の装備枠は武器のところしか埋まっていない。頭、胴、脚の部分はすっからかんのままだ。
見た感じじゃマントとかブーツとかあるし、きっとこの部位に当たる装備が作れるはずだから、それらをまず可能な限り揃えよう。んで、それが終わった頃にはレベルもきっといい感じに上がっているはず。
出来上がった装備と、上がったレベル。この二つをかけ合わせれば、熊と戦うのもまあ、無理ではないはずだ。
よし。ゴールがきちんと見えてきた。いけそうだ。
「ちなみになんだけどさ」
「うん」
「熊と戦った時、なんか表示されてなかった? 熊の名前と、そいつのレベルが」
今回敵と戦った時には、敵の頭上に毎回その二つとHPゲージが現れていた。それを考えれば、恐らく二人が熊に遭遇した時も同じような表示がされているはずなのだが。
「うーん……」
必死に思い出しているのだろう、小日向さんが宙を見上げ唸る。
飾さんも少しすると、申し訳無さそうに口を開く。
「ごめんなさい、逃げるのに必死過ぎてよく見てなかったの」
「まあ、そりゃそっか」
「わたしも覚えてないなあ。ごめんねえ雪斗くん」
「いや、構わないよ。どうせやることは変わんないし」
周りにいる敵のレベルを考えれば、熊のレベルもそこまで高くはないだろう。出てくるモンスターから見るに、ここは言わば最初の街みたいなもんで、てなるとそこにいるモンスターなんてたかが知れている……はず。
やることをやっていれば、勝てる。RPGの序盤ってそんなもんだろ? ていうかそうであってくれ。じゃないと困る。
「ふああ」
ソファに座り込んで、小日向さんが弱々しい声を上げる。
「なんか疲れたあ」
「無理もないよ」
今日は1日中動き回っていたからな。特に二人に関しては。
学校を出て家を周り、熊と遭遇し逃げ、俺と会ってモンスターを狩り。かなり濃い一日だっただろう。勿論、俺にとってもそうだが。
世界がおかしくなってしまってから塞ぎ込んでいたけど、ようやく動き出すことができた。母さんの死は、未だ心の中でジクジクと膿のように痛んでいるが……少なくとも今は、それに立ち向かっていけている。
こうして、俺が強くなっていけば。もしかしたら、母さんを生き返らせることができるかもしれない。
俺の唯一の取り柄は、ゲームだ。それは今も昔も変わらない。ゲームでは、負けられない。勝たないといけない。挑戦しなければならない。それがどれだけ不安で怖かろうと、俺はその先にあるものを見続ける。
プロゲーマーとして生きていたときも、同じ気持ちだった。不安定な現状と、勝てるかわからない今を振り切って、勝利という栄光を目指して努力し続ける。やってることは、きっとずっと変わっていない。
「今日は早めに休もう。明日も頑張らないといけないから」
言って、俺は剣を念じて仕舞う。するとバッグの中にゴブリンソードのアイコンが現れた。
ウィンドウを弄くってみると、装備欄にあったブロンズソードを、バッグ内にあるゴブリンソードへと入れ替えることができた。これできっと、次からはゴブリンソードが使えるようになるはずだ。
「ええ、そうね」
飾さんもどこか疲労が溜まっていそうな面持ちだ。彼女は金槌と金床を消すと、全身をソファに預ける。
「はあー……」
「部屋、一つ余ってるから。そこ使っていいよ」
「ほんと? いいの?」
「ああ。元々客間だったし」
押し入れに布団があるからと伝えれば、二人はありがとうとお礼を言ってくれた。
うちには三つ、個人の部屋として使える空間がある。俺の部屋、母親の部屋、そして客間だ。本当なら客間に一人、母さんの部屋に一人、ってしたほうが一人一部屋で良いんだけど……。
母さんの部屋を貸せるほど、まだ心に余裕がなかった。今はそっとしておきたい。女々しくて、自分でも嫌になるが。
「とりあえず、今日は早めに休もうか。どうせ夜は暗くて何もできないだろうし」
「そうね」
電気が無いから、おちおち夜ふかしもできん。深夜にゲームをできたのって、幸せなことだったんだなあ。
「雪斗くーん」
「ん?」
「なにか、食べるものありますか!」
「ああ、はいはい」
小日向さんはお腹が空いたらしい。ガチ偏見で申し訳ないんだけど、小日向さんめっちゃ食べそう。スイーツとかかなりの量を制覇していそう。SNSで写真あげてて、それなりにフォロワーがいそう。
そんなスイーツキング(偏見)に満足してもらえるようなものはあっただろうか。ゴソゴソとトートバッグを漁れば、今日コンビニから持ってきたものの中には、残念ながら女王に献上できそうなものは無かった。
仕方なく菓子パンをいくつか手渡す。いや、仕方なく菓子パンってパン会社に失礼か。パンを作っている企業達の努力を信じようじゃないか。
俺は何を言ってるんだ?
「どうぞ」
「ありがとー!」
「私も貰っていいかしら」
「ああ、ぜひ」
二人は袋を開けるともぐもぐとそれを頬張る。俺もなんか食ってから寝るか。
チョコスティックパンがあったので、それを開けて食べる。うん、安定に美味いなこれ。いつ食っても常に美味い。
「それじゃ、俺は先に部屋に戻るよ」
時刻は夜七時。寝るには健康的すぎる時間帯だが、まあ、やることもないので仕方がない。
と。
「あ、ひょっほはっへ!」
「え?」
口にパンを頬張った小日向さんに呼び止められる。
「んん……ふう。あのさ、せっかくだし一緒にこれやろうよ」
「これって……人生ゲームのこと?」
小日向さんは机の上に広がったものを指し、こくこくと頷く。
「ほら、親睦を深めるのって大事じゃん! まだ会って全然経ってないし、これで仲良くなろー! みたいな?」
「あー」
「だめかな」
小首を傾げる小日向さん。上目遣いにそんなことをされては、断れる人はいないのではないだろうか。
「まあ、いいよ。せっかくだしな」
「やった! プロゲーマーの電撃参戦だ!」
そんな期待をされても困るんだが。そう思いつつ、俺は二人の対面へと腰を下ろす。小日向さんはにこにこしていて、本当に笑みを絶やさない人だなと思う。
「これで勝ったら、わたしもプロゲーマーレベルってことだよね!」
「それは負けられないな」
「私もちょっと頑張っちゃおうかしら」
明るい小日向さんとそれに乗ってくる飾さんに、釣られて俺も笑ってしまう。
未来はまだ分からないけど。でも、上手くはやれそうだ。
俺達は、陽が完全に落ちてしまうまで、ルーレットを回し続けた。