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2話 邂逅

「うん、なんとか」

「怪我してないわよね」

 けどまだ信じられなくて、俺は壁から頭だけを出すようにして様子を探る。

 道の先、視界に映ったのは確かに女の人達だった。茶髪のロングの人と、ボブより少し長いくらいの黒髪の人。彼女達は制服を着ていて、見間違いじゃなければ俺の通う高校のものだ。

 どこかで、俺はあの人達を見たことがある気がしてならない。

 記憶を探る。そうだ、同じクラスの――喋ったことはないから名前はよく覚えてないけど、こんな人達がいた気がする。

「ちょっと座ってもいい? 多分撒けたと思うから」

「うん。私も疲れちゃった」

 二人は道の隅の方に座り込んで、どうやら休憩しているらしい。

 ……迷う。

 話しかけるべきか。いや、話しかけないなんて択は今の状況には存在しないだろう。せっかく誰かに会えたのに、それを無駄にするなんてありえない。

 流石に緊張するけど。でも、今はそれよりも、人と出会えた安心感のほうが強かった。

 俺は立ち上がると。

「あの、すいません」

 壁から離れ、隠していた体を晒して二人に声を掛ける。

「ぎゃっ!?」

「うわあっ!!?」

 その瞬間、二人は声を上げて飛び上がると俺の方へと一気に振り返った。

 なんか思ったよりビビられたな。けどまあ、そりゃ物陰から何かが出てきたらビビるか。モンスターかもしれないわけだし。

「な、なんだ、人……」

「びっくりしたぁ」

 二人は俺を人であると認識できたのか、安心した様子で胸を撫で下ろす。

 ……かと思いきや。

「って、人!? なんでこんなとこに!?」

「いや、丁度そこのコンビニに行ってて」

「まだ残ってる人が居たんだねぇ」

 驚いている二人に、俺は近づいていく。

「南高校の人だよな? 俺も南高だから、まさかいるとは思わなくてびっくりしたよ」

「え、あなたも? 名前は?」

「穂村雪斗。そっちの名前も聞いていいかな」

 聞けば、すぐに二人は答えてくれる。まず、茶髪の人が胸に手を当てて。

「飾柚子。で、こっちが……」

 茶髪の人――飾さんが言うよりも先に、黒髪の人が。

「わたし、小日向つむぎ。雪斗くんって同じクラスだよねぇ? 名前聞いたことあるよぉ」

「多分。俺も二人のこと見たことあったから」

 言いつつ、俺は二人を見やる。

 飾さんも小日向さんも、俺より目線1個分小さい感じで。なにより、どちらも整った顔立ちだ。小日向さんはあどけない感じの可愛さを、飾さんはスッキリとした綺麗さを持ち合わせている。

 俺も男だ。正直に言うが、緊張する。こんな状況で何言ってんだって感じだが。

「うそ、ほんとに? 同じクラスの人がまだ生き残ってたなんて、こんな幸運あるのね……」

 飾さんが驚いたように言った。

 確かに、飾さんの言う通りかもしれない。魔王の言葉通りなら九割もの人々が殺されたわけだが、にも関わらず、偶然同じクラスの同級生が生きているなんて相当運が良い。

 それ自体が良いことなのかどうかというのは、とりあえず置いておくとして。

「人に会えてよかったよ。俺、色々あって――ずっと家の中で引きこもってたから」

「そうなの。私達は……って待って、そうだ、私達それどころじゃないのよ」

「え?」

 飾さんは焦ったように話す。

「私達、さっき変なモンスターに襲われたの。一緒に居た人たちともはぐれちゃって、それでなんとか逃げてきて……」

 それで、と彼女は続ける。

「穂村くんだっけ。ずっと家に居たって行ってたけど、ここらへんに家があるってこと?」

「え、ああ。まあそうだけど」

 ここらへんってか、すぐそこって言っていいほど近くに。

「申し訳ないんだけど、私達を匿ってくれない?」

「え?」

「事情は後で話すから! お願い!」

 突拍子もない提案に俺が呆けていると、飾さんは両手を合わせた上に頭まで下げてくる。

 ううむ。よく分かんないけど。さっきモンスターに襲われた、って言ってたよな。ってことは、近くにそのモンスターが居るってことだ。そうなれば――もしそうじゃなくとも、モンスターが出てくるかもしれないのに、道端で話をしているのは危険極まりない。

「……分かった、すぐそこだからついてきてくれ。話は家に着いてからってことで」

「ありがと! ほら、つむぎも行くわよ」

「うん、ありがとねえ雪斗くん」

 状況はよくわからないが。

 ともかく、俺は二人の同級生を連れて、家へと帰ったのであった。




 俺には彼女がいたことがない。仲の良い女友達というものですら、いた事がないと言っても良いだろう。

 そんな俺が、家に女子を入れる。慣れ親しんだ家に、あまりに異常な光景がビカビカと光り輝く。

「失礼します」

「しまーす」

「どうぞ……」

 つまり、流石に緊張しているということである。

 クラスメイトの女子二人をリビングへと通してから。俺は台所へ向かうとお茶を取り出し、コップへと注ぐ。電気が通っていないため冷蔵庫はパワーを失っていたが、電気が切れてからそこまで時間が経っていないからかお茶はまだ冷えたままで。

 助かった、なんて思いながら両手にコップを手に持ってリビングへと戻れば、二人は行儀よくソファへ並んで座っていた。

「はい、お茶」

「ありがと」

「雪斗くん気が利くねぇ」

「どうも」

 家に通してもらっておいて気が利くねぇとは中々大層な態度である。いや、場を和ませるための冗談だということは分かってるが。

 ともかく。

 知らん女子とソファに横並びはキツすぎるので、俺はソファから少し離れた位置にある椅子に座った。テーブルに肘をつき、頬に手を当てる。

「それで……」

 少し悩む。ここに至るまでの全てのことに対して気になることが多すぎて、何から聞けば良いのかがイマイチ分からない。

 けどまあ、やはりまずは二人の、さっきのことからか。

「襲われた、って言ってたけど」

「そ。でっかい熊みたいなのが出てきて、危うく死ぬかと思ったわ」

 飾さんはため息をつく。

「モンスターがいるってのはそりゃ知ってたけど、まさかあんなのまでいるなんて」

「熊、か」

 さっきゴブリンを見たから、てっきりモンスターってそれかと思ってたけど、どうやら違うみたいだ。

 デカい熊。はっきり言って、マジで会いたくない。絶対に死ぬ。

「怪我とかしてなさそうだし、そんなのに襲われて二人ともよく無事だったな」

「一緒にいた人たちが逃がしてくれたんだあ」

 小日向さんの言葉に、俺は首を傾げる。

「一緒にいた人? 他に誰かいたのか?」

「あ、そうなの。そこも話さないといけないわね」

 どうやらなにか事情があるらしい。

 飾さんはコップへと口をつけると、一息置いて話しだした。

「んーと……まず。なんか変な声が聞こえて、色々おかしくなっちゃったじゃない?」

「ああ」

「あの時、私達は学校にいたんだけど。あの声が聞こえたあと、学校にいた殆どの人が消えちゃって」

 やはりそうなのか、と絶望感が俺を襲う。みんな消えたんだ、あの時の母さんと同じように。

「けど、私達を含めて六人は残ってさ」

「マジか」

「うん。って言っても、全員が学生ってわけじゃなくて、先生とか、異変を感じて学校に避難してきた人とかも居るんだけど」

 日本の九割が死んだって状況で、それはかなり運がいいのでは。

 ともかく、少なくとも二人には俺とは違って仲間がいたってことか。

「で、そっから今日までなんとか、学校で寝泊まりしてやってきたんだけど……」

 彼女は苦い顔を浮かべる。

「家族が、心配になったの。みんな大丈夫かなって」

「あー……」

「みんなもそう思っててさ。って言っても遠くに家がある人も居て、そこまで行くのは無理でしょ? だからとりあえずはここら辺に住んでる人の家を見て回ろうって話になって。全員で、ちょっと前に学校から外に出てきたんだけど」

 飾さんは続ける。

「最初は、結構順調だったの。変なモンスターは避けつつ、家を回ってさ」

「ああ」

「まあ、順調って言ってもそんなにいいもんでもなかったけどね。いるはずだったお母さんとか、おじいちゃんとかおばあちゃんとかが居なくて、みんな気が沈んでさ」

「二人は、どうだったんだ?」

 小日向さんは、その視線を地面へと落とす。

「だめだったんだあ。わたしも、柚子ちゃんも」

「けどほら、お父さんは仕事に行ってるから、無事かもしれないし」

 自らを、そして隣に座る友達も励ますように言う飾さんに、小日向さんは曖昧に微笑んだ。

 みんな同じなんだ。俺と同じように、大切な人を失っている。

 突然、理由もわからずに。わけのわからない声と共に。

「それで、とりあえず周り終わって帰ってる途中、学校の近くで例の熊みたいなのと遭遇しちゃって」

「ああ」

「逃げてる途中でみんなと分断されちゃって、そのまま走って――で、穂村くんと会ったってわけ」

 なるほど、と俺は頷く。

 ここに至るまでの経緯は理解できた。二人がどれくらい苦労してきたのかも。今だって、きっと胸中では悲しみが渦巻いているはずだ。

「学校の人達は大丈夫そうなのか?」

「うーん……」

 彼女達は目を伏せる。察して、空気があまり沈まないようにと、俺は話題を変えた。

「二人は、これからどうするんだ?」

「とりあえず、私は学校に戻りたいなあ。みんな心配してるだろうし」

「そうね。けど、近くには熊が居るから、簡単には戻れないと思う」

 どう転んでも暗くなる雰囲気に、俺は心の中でため息を付いた。

「ま、時間はあるわけだしゆっくり考えればいいんじゃないか」

 俺は近くにおいてあったトートバッグからポテトチップスを取り出して、それを二人の方に投げる。

「わっ」

「とりあえずそれ食べて、風呂でも入ってくればいいよ。汗かいてるでしょ」

「いいの? そこまでしてもらって……」

「この状況で出てけなんて言えないよ」

 ゆっくりしていけばいい。少なくとも、今日中は。俺の家は広くはないが、すっかり空いてしまった今となっては、二人くらいは受け入れられる。

 俺はキッチンにある給湯器のリモコンをポチポチと押した。……が、何も反応が無い。

 そういえば電気が通っていないんだった、と気づくのにそう時間はかからなかった。

「ごめん、電気通ってないから水冷たいかも」

「いや、全然。ありがと、穂村くん」

「ありがとねえ」

 今が夏で良かった。冬だったら、きっと寒くて凍えていただろうから。

 いや、けど夏は夏で暑いのにクーラーが使えなくてやばいのでは?

「…………うま」

 誤魔化すようにお茶を飲んで、わざとらしく口にする。

 とりあえず、今はそんな心配はやめておこう。考えるべきことは、夏の暑さなんてもの意外に山程あるのだから。

「そういえば」

 と、飾さんが口を開く。

「穂村くんの家族は大丈夫だったの?」

「いいや」

 俺は首を横に振る。

「母さんが、目の前で消えたよ」

「そっか。……ごめん、失礼なことを聞いたわ」

「いや、お互い様だよ。俺もさっき二人から同じこと聞いたし。それに、家族がいなくなったのはみんなそうだろ」

 言うと、飾さんはうつむき加減に頷く。

「そうね。私も、つむぎも。みんなも……」

 少しして、彼女達はポテチとお茶をすっかりお腹の中に収めきると、

「じゃあ、お風呂先にもらうわね」

 と、飾さんから風呂へと向かっていく。その背中に、置いてあるタオルや服は自由に使っていいと告げると、彼女は「ありがとー」と言ってそのまま行ってしまった。

 一瞬、しんとした空気が流れて。

 リビングに、俺と小日向さんが二人きりで取り残されている。

「…………」

 何を喋れば良いのだろうか。

 変わってしまったこの世界の話だろうか。だが、ついさっき家族を失ったことを知った彼女に向けて、いたずらにそんなことを話すのは流石に気が引ける。

「雪斗くん」

 ふと、彼女が俺の名前を呼ぶ。

「ん?」

「わたし、雪斗くんのこと何も知らないから、質問していいかな」

 そんなことを言われて、断れる人がいるだろうか。

「ああ、全然いいよ」

「ありがとー。じゃあ、質問1つ目」

 彼女はそれっぽく人差し指を立てる。

「普段はなにしてるの?」

 初手からめちゃくちゃアバウトな質問が飛んできたな。

 少し考えてみるが、普段していることなんて、学校に行くこと意外には一つしかない。

「うーん、ゲームかな」

「どんなの? 銃撃つやつ?」

「色々やってるよ。それこそ銃撃つやつもやったし、RPGとかもやったし」

 マルチゲーマーというと少し大げさだが、プレイするだけなら、自分でも色々なジャンルを触ってきた方だとは思う。どれもそれなりに上達はしたし、楽しんできた。

 けど、普段からやっているゲームと言われると。

「でも一番は格ゲーかな」

 俺の言葉に、彼女は頭をこてんと倒す。

「かくげー?」

「格闘ゲーム。知らない? なんかこう……殴り合うやつ」

「んー、なんか見たことあるかも!」

 曖昧な答えを返して、眉尻を下げる小日向さん。

「せっかくだし見せてよ!」

「あー、電気通ってないから今は厳しいかな。俺パソコンでゲームしてたから」

「そっかあ」

 そう返答すれば、彼女は残念そうに眉尻を下げた。

 俺は普段パソコンでゲームをしていた。充電式のゲーム機とかじゃないから、今はもう動かないだろう。

 暇を持て余してそうな彼女に、それじゃあと俺は提案する。

「漫画でも読む?」

「え、いいの!」

「ああ。それなりに暇つぶしにはなると思うよ」

 幸いなことに、俺はそこそこに漫画を集めるタイプだ。ラノベとか一般文芸もあるし、しばらくは時間が潰せるはず。

「じゃあなんか適当に持ってくるから」

「どこにあるの?」

「俺の部屋」

 じゃあ、と彼女は口を開く。

「一緒に行ってもいい?」

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