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19話 淡い

 その後すぐ、飾さんの家へと車を走らせた。道案内をしてもらい道路を辿っていけば、学校からそれほど離れていない位置にある一軒家に辿り着く。

 クリーム色の壁に黒い屋根がついた、柔らかくて綺麗な家だ。ここが飾さん家か。

「ありがと。中入ってって」

「いやいいよ、俺は車で待ってるから」

 手間だろうと断ると。

「あんだけお世話になったんだから、私だけって訳にはいかないわよ。ほら、きて」

 その上からさらに断られる。

「あ、ああ……」

 決して変な意味は無いし、こんな時に何言ってんだって感じだが。

 女子の家に入るのってなんか、なんかあれじゃないか?

 半ば強制的に歓迎された俺は、見慣れない玄関で靴を脱ぎ、見慣れない廊下を歩いて見慣れないリビングに通される。

「何か飲み物……はあるわけないか。何も出せなくてごめんなさい」

「いやいや、んなもんいらないから」

「そこらへん、適当に座ってて」

 言われた通り、俺は家の外壁と同じクリーム色をしたソファに座る。まだ新しく見えるこれは俺の家にあるやつと違ってくたびれておらず、フカフカとしていて柔らかい。

 男友達とかの家なら入ったことあるけど。それが女子ってなると、人生で初めてレベルだぞ。

「……」

 飾さんの部屋は二階にあるらしく、リビングを去った彼女が階段を上っていく音が聞こえてくる。シンと静まり返ったリビングで一人、俺は膝を握るようにして黙って待った。

 き、緊張する。緊張する上にやることがない。こんなことならスマホでも持ってくればよかった。カバンの中に入れっぱなしにした過去の自分を恨む。

 手持ち無沙汰に周りを見回してみる。よく整理された部屋だ。俺の家よりも断然綺麗だな。

 大きなテレビに、ソファと広い机。少し離れたところにあるキッチン、別の部屋に繋がるのであろう扉。

「……?」

 その隙間から、何かが見えていた。

 なんともなしに目を凝らして。

「っ!?」

 すぐに目を逸らす。

 見間違いじゃなければ、洗濯物だった。それ以上は口に出すことはおろか思考に挟むことすらしたくない。いやしたくないって失礼か、俺がそういうのに慣れてないっていうだけで別に見たくないとか飾さんに問題があるとかそういうのじゃないんだ。じゃないんだけど。てか見たくないわけじゃないって言い方滅茶苦茶悪く聞こえるけど。

 間違いなく見てはいけないものだぞこれ。少なくとも俺みたいなやつは。あの淡い青は、記憶の果てにしまっておこう。

 なんかもうどこを見ていいか分からずにただぼーっと天井を眺めていると、しばらくして飾さんが降りてきた。手にはキャリーバッグとスポーツバッグが一つずつ握られている。

「遅くなってごめんなさい、手間取っちゃって」

「いや、全然」

 全然大丈夫じゃなかった。

 俺達はさっきと同じように車に荷物を詰め込んでから、乗り込む。さっきのは置いてっていいのかな。いいんだろうな。一旦考えるのやめるか。

 ていうかさ、あれが別に飾さんのものだって保証は無いんだよな。家族のものかもしれないわけで。いやちょっと待て、それはそれでまずい。

 なんだこれ、どっちに転んでも駄目じゃねえか。

「穂村くん?」

「え、あ、なに?」

 呼ばれて、思わずどもってしまった。なんだこれは。

「? いや、もう寄る所ないのかなって思って」

「あ、ああ。そうだな。多分無いと思うよ」

 運転してるから目は前から外せないけど、それでも視界の端で不思議そうな顔をしている飾さんが見えて。

「そろそろみんな起きてるだろうし、帰ったら話そうか」

「うん、了解」

 話を逸らすようにそう言うと、俺はただペダルを踏むことにだけ集中した。

 そうしてしばらく。

 学校に戻ってきた俺達が、校庭に車を止め教室へと戻ると、全員が揃って談笑をしているところだった。

「おお、おかえり」

 先生が手を降って出迎えてくれる。井村さんは立ち上がると、なにやらカップを持ち出して柔和な笑みを浮かべる。

「おかえりなさい。お茶があるけれど、飲むかしら」

「ありがとうございます、貰います」

 適当なところに座って、注いでもらったお茶を飲む。

 温かくて美味しい。なんだか安心する味だ。おばあちゃんが作ったお茶ってなんでこんなに美味いんだろうか。

「ガスが使えるようになってほんと良かったよ。おかげで美味い茶も飲める」

 その先生の意見には、流石に同意せざるを得ない。ガスって本当に素晴らしい技術だ。これがないと生きていけないよ、人は。

「二人共、どこに行ってたんですか? 先生から出かけたって聞いて心配しましたよ」

 温田くんが聞いてくる。クラスには全員が揃っているし、話をするにはいいタイミングか。

「ちょっと皆に伝えたいことがあって」

「おお、どうした改まって」

「大事な話っていうと大袈裟かもしれないですけど」

 全員が戸惑いを顔に浮かべた。さっきまで賑やかだった教室に静寂が広がって、俺へと視線が集中する。

 若干の緊張とともに、俺は口を動かした。

「ここを、出ていこうと思っています」

「ほお」

 先生は顎を触りながら、俺へと問うてくる。

「出るって、具体的にどういう?」

「魔王を倒すために、北へと向かいます」

「魔王!?」

 温田くんは驚いたように声を上げた。

「北? まさかお前、鹿児島を出るってことか」

 目を見開く先生に、俺は頷いて返す。

「はい」

「マジか……」

「それって、あの時聞こえた変な声のやつを、あいつを倒しに行くってことですよね」

 変な声。多分、母さんが消えた直後、聞こえてきた魔王の声のことだろう。

「ああ」

「す、すごいですねそれ。本当にできるんですか?」

「分からない。けど……ほら、あいつが言ってただろ。あいつを倒せば、誰か一人を無条件で生き返らせることができるアイテムを入手できる、って」

「そういえば、言ってた気がします」

「俺は、それが欲しい。生き返らせたい人がいるんだ」

 井村さんが、心配そうに眉尻を下げて。

「それは大丈夫なの? 佐貫くんとかつむぎちゃんみたいに、死んじゃったりしないの?」

 俺のことを気遣って、心配してくれているのだろう。それに、その疑問は真っ当なものだった。

「分かりません。結果は誰にも分からないですけど、もしかしたら、死ぬ確率のほうが高いかもしれないです」

 冷静に考えてみれば、上手くいく可能性というのはあまり高いわけではないと、自分でも思う。

 俺はまだ生きている。ゴブリンとの戦闘を切り抜け、マッドベアとの戦いを生き抜き、なんとかまだ息をしていられてる。けど、もしかしたらそれは運が良かっただけで、次出会うモンスターに殺されてしまうかもしれない。

 この世界がどうなってしまったのかがはっきりとしない現状、もはや懸念事項は尽きないほどにある。

 けれど。

「でも、俺は行きます」

 覚悟を持っているつもりだ。でもそれは、決して死ぬ覚悟ではない。勝つ覚悟だ。勝つために進んでいくと、俺はそう決めた。

「穂村」

 先生にまっすぐ見つめられて、俺もそれを見返す。

「きっとお前は俺よりも、この場にいる誰よりもこの世界に詳しいんだろう。何日かお前と一緒にいてそう感じたよ。だから、お前の意見を尊重したいと俺は思う」

「ありがとうございます」

「けど、すまんが俺はついて行けない」

 と。

 先生が、頭を下げてきた。

「大人として申し訳ない。本来なら、俺が率先して助けるべきなんだろうが。ここには井村さんや温田がいるし、もしかしたら町に生徒が、他の人が残っているかもしれない。それらを放棄してお前について行くことは、できない」

 俺はすぐ、首を横に振った。

「いや、構わないですよ。最初から、先生達まで巻き込もうとは思ってなかったので」

「そうか? 穂村、お前は俺達を手伝ってくれただろう。それは俺達が戦力になるのを期待してじゃないのか?」

 飾さんにも、同じように疑われたな。端から見たらやっぱりそう見えるんだろうか。

「いや、それは単純に放っておけなかったからです。俺が手伝わなければ、もしかしたらゴブリンにも勝てずに死んでしまうかもしれない。それは嫌だったので、ある程度普通に戦えるくらいには育ってほしかった。それだけです」

「そうか……」

「二人も、俺に着いてくる必要はないので。安心してください」

 井村さんと温田くんにも言うと、二人はなんとも言えない表情を浮かべる。

「ごめんなさい、先輩。せっかくここまで手伝ってもらったのに。僕、先輩みたいに勇気が出ないです」

 そりゃあ、怖いだろう。俺だって怖い。普通はそうだ。

 俺が進めるだけで、他の人がそうだとは限らない。俺だって、もし母さんが生きていたら、小日向さんが死んでいなかったら、プロゲーマーでなかったのなら、こうして魔王を倒しに行こうだなんて考えもしなかったかもしれないのだから。

「いや、いいんだ。俺は見返りを求めてたわけじゃないから」

 なんなら、自己満足って言ってもいいかもしれない。ただ単に、俺がやらないと気がすまなかったからやっただけのことだ。彼らが謝る必要なんて無い。

「私も、もうちょっと若ければ元気だったんだけどねえ。ごめんねえ」

 井村さんも申し訳無さそうに謝ってきた。そんな事する必要なんか無いのに。

「いえ、全然」

 先生は閉ざしていた口を開く。 

「俺は教師だけどよ、お前に教師らしいことはなんにも出来なかった。今日まで助けられてばっかりだ」

 彼は、俺に向かって手を差し出した。

「だから、せめて。死ぬなよ」

「……はい」

 その手を、俺は握り返す。厚い大人の手だ。俺よりも大きくて逞しい。

 もし俺がもっと大人だったら、人生経験を積んでいたら、今よりも上手くやれたんだろうか。ふと、そう思った。

「飾も付いていくのか」

 俺から飾さんへと目を移した先生は、飾さんへ聞く。

「はい、そのつもりです」

 飾さんが答えると、先生以外の二人が動揺の声を上げた。

「柚子ちゃんまで!?」

「ほ、本当ですか……?」

「ええ」

 毅然と答える飾さんに、温田くんと井村さんはまた驚いているようだが、先生だけはそのような様子が見えなかった。

「まあ、だろうな」

 その言い方から察するに、予想がついていたらしい。

 彼は腕を組み、背を壁に預ける。

「今日二人で出かけてたのは、それの準備か」

「そうですね。車とか色々用意してました」

「そうか。移動するなら車が必要だもんな」

 先生はそう口にしてから。

「ん? 車ぁ?」

 なにかおかしいことに、気づいてしまったらしい。

「……はい」

「お前それ、どうやって用意したんだ。まだ未成年だろ」

 教師相手にこんなことを言うのは、滅茶苦茶に気まずいんだが。

「そこら辺の家から取ってきました」

 言うしか無かった。事実なのだから。

「まじか……」

 生徒が堂々と盗みを働いてしまったという現実に、先生は頭を抱える。

 けど、必要なことなんだ。仕方がない。

「なんでそんなことしたんだ。言ってくれりゃあ俺の車でも貸したのに」

「いや、ちゃんと理由があって」

 俺はさっき飾さんにしたような説明を、同じように先生に話す。するとまあ、一応は納得してくれたようで。

「そうか……そうか……」

「すみません」

「いや、お前の言い分も分かったから、謝らなくていい。まあこんな世界で、わざわざ法律を守る理由なんてないもんなあ……」

 今自分は複雑な心境です。と、先生の顔にはそう書いてあった。

 まあ国の下で教鞭をとる人間が、こんな行為を簡単に認めるわけにはいかないよなあ。心中はなんとなく察せられるものがある。

「運転は出来たのか」

「なんとなくですけど、一応は」

「細かいとこは分からないだろう? 俺が教えるよ」

 その提案は、願ったり叶ったりだった。もとよりそのつもりだったから、ありがたい。

「いいんですか?」

「もはや守る必要のない規則より、生徒の命のほうが大切だろう。お前が事故って死にでもしたら、俺はそのほうが嫌だよ」

 普通にありがたい提案だ。俺もきちんと運転の仕方は知っておきたかったし。

「ありがとうございます」

「いや、構わんよ」

 先生はそう言うと、カラッとした笑顔を浮かべた。

「いつ出るんだ?」

「明日出る予定ではあります」

「そうか。あんまり時間無いな」

 もう昼間だ。おちおち日が沈んでしまう、そう悠長にしている暇はない。

「じゃあ早速教えようか。車はどこに止めた?」

「校庭に」

「おし、了解。行こう」

 着いてこいとジェスチャーをする先生を、俺は追いかけるように付いて歩く。

 反対されるかもと思ったけど、案外そうでもなかったな。みんな俺の考えを受け入れてくれた。それは、素直にありがたい。なんなら先生には怒られるかもと思ってたからな、俺。理由はどうあれ、窃盗もしてたし。

 そう考えると、先生は柔軟な人だなと思う。今じゃこの世界にも適応してきてるし、戦闘も下手じゃない。こうして、俺みたいなのの思考を理解しようともしてくれる。

 きっとこの人がいれば、みんなは大丈夫だろう。

「いいか穂村、車を運転する時に一番気をつけなきゃいけないのはな」

「はい」

 俺は、先生の話へ耳を傾けた。

 そうして、あっという間に時間は過ぎ去っていく。俺達はあっという間に一日を終え。

 そして、出発の日となった。

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