18話 今は背を向けて
道中で見つけたゴブリンとスライムを定期的に倒しつつ、俺は目的地へと車を走らせる。コンビニへと到着すると駐車場で停車させ、車を降りてトランクを開けた。
「じゃあ、必要そうなのを適当に詰め込もう」
「了解」
水、お茶、缶詰。カップ麺などを無造作に運び出しトランクへと積んでいく。順調に作業を進めていくと、飾さんが飲み物を運びながら。
「穂村くん、どれくらい入れる?」
「あー」
聞かれて、思案する。
沢山あるに越したことはない。とはいえ、あまり詰め込みすぎるのも良くない気がする。どうせ上に向かう道中でもコンビニなんかいくらでもあるだろうし、そこまで多めに積まなくてもいいか。
「あと何個かお菓子入れて、終わりにしよう。どうせ途中でも補給できるだろうから」
「おっけー」
メジャーなお菓子を適当にトランクへ投げて、物資の搬入は終了。
と、あと一つ絶対ないといけないやつがある。
「これでいっか」
雑誌コーナーにあった地図の本を、二、三冊適当に持って行く。これがないと道に迷ってどうしようもなくなるはずだ。あとはコンパスが欲しいけど、それは俺の家にあったはず。
俺達は車を走らせ、次の目的地へと向かう。
「どこ向かってるの?」
「俺の家。いろいろ持ってこなきゃいけないから」
主に服とかタオルとか。そういう諸々のことだ。絶対に必要だからな、間違いなく。
「後で飾さんの家にも寄ろう」
「ええ。ありがと」
そうして辿り着いた見慣れた家の駐車場に車を止める。散々ここで暮らしてきたけど、駐車したのは初めてだ。
「一人は流石に危ないから、中に入ろう」
「了解」
俺は飾さんを連れて二人で家に入った。鍵を開け、扉を引くと見慣れた光景が目に飛び込んでくる。
なんだか懐かしい。まあもう何日も家を開けてたもんな、そりゃそうか。
「リビングで適当に座ってて」
「はーい」
さてと。
「さっさとしないとな」
俺は二階に上がると、自分の私物を適当に旅行バッグに詰めていく。服は夏物と冬物を多めに入れて、あとは肌着とか靴下とかも……駄目だ、バッグ一個じゃ足りないな。
鞄を継ぎ足しさらに詰め込む。スマホはどうしようか、通信はできないけどカメラとかは使えるし一応持っていこう。となると充電器とか、なんならモバイルバッテリーも欲しい。ならついでにイヤホンまで持っていこう。サブ端末は流石にいらないか……?
あ、あとコンパス。絶対必要だ。筆箱とかノートも一応持っていくか。
そんなこんな、慌ただしく準備していると。
ふと、目に留まるものがあった。
「……あ」
それはPCと、アーケードコントローラーだった。
俺が青春を共に過ごした、相棒とも言えるような存在だった。
まるで走馬灯のように、今までここで過ごした日々が蘇ってくる。
「…………」
母さんにPCをもらった時のこと。ゲームとコントローラーまで買ってもらって、ワクワクしながらプレイを初めたこと。
上手くなってきて、強豪相手にも勝てるようになってきた時のこと。大会に初めてでた日のこと。チームに誘われた日のこと。
母さんとモニターの前で、二人で大会の結果に喜んだあの瞬間が、瞼の裏に蘇ってくる。
「そう、だよな」
呟く。
そうだ。もう、俺がこの家に戻ってくることはしばらくないだろう。思い出せないほどの思い出が眠ったこの場所に。
自室から出て、少し歩いて。俺は母さんの部屋の前に立った。
あの日から、ここは開けていない。
俺は取手に手をかけ、扉を押す。部屋には静寂が漂っていて、ただ、思い出のままの景色がそこにはあった。
棚に収納されたいくつかの本。仕事で使っていたノートPC。母さんが好きだった、漫画のシリーズ。
そして、机の端に写真立てが置いてあった。中には、まだ赤ちゃんだった頃の俺と、母さんと、父さんが写っていた。二人共、笑顔だった。
「母さん」
父さんのことは、よく分からない。こうして写真を見なければ顔すら思い出せないほどだ。物心が付く前に病気で死んでしまった父さんに関しては、あまり思い出と呼べるものはなかった。それ自体を悲しいとも思わない。俺の家では、俺の中では、別にそれは当たり前だったから。
それと反するように、母さんとの思い出は語り尽くせないほどに溢れていた。
女手一つで、俺を育ててくれた母さん。信念があり、強く、なにより優しい人だった。俺がやりたいといったことを心から応援してくれて、困ったときや悩んだ時は相談に乗ってくれて、時には喧嘩だってした。数え切れないほどだ。
けれど、俺にとっては唯一の肉親で。唯一の家族で。
そして、そして。
「……母さん」
大切な人だった。
「っ」
冷たいものが、頬を伝っていく。俺は直ぐに目を拭うが、とめどなく溢れてくるそれを抑えることは出来なかった。
母さんは死んでしまった。それをなんとかしようとして、俺は人を一人死なせてしまった。
こんなことは初めてだ。経験なんてしたくなかった。俺はどうすればいいと思う、母さん。
「俺は……」
俺は。
「俺は、やっていけるのかな」
怖い。これから先、どうなるのかが。不確定な未来が。
静まり返った、物音一つしないこの空間に、俺一人の声が染みていく。
思い出と一緒に、脳裏に声が聞こえた。
――後悔するくらいだったらやってしまえ。
それは、以前に言われた言葉だった。俺の心の根幹を支えているような、それほどまでに大切な一言だった。
「……っ!」
顔を上げる。頬を叩いて、これが最後だと決めて、涙を拭う。
そうだ。後悔するくらいだったらやる、そう思って俺はこのおかしくなった世界に挑んだんじゃないか。
賽は投げられた。それが良いことなのか、それとも悪いことなのかは分からない。ただ、俺はやらないといけない。
決めたじゃないか。死んだ小日向さんに報いるのだと。もしここで戦うのをやめたらどうする。きっと後悔する。一生だ。死ぬまでずっと、あの時人を死なせただけの自分を恨み続けて、きっと後悔しかしない人生を送るだろう。
小日向さんが死んだことには、後悔しかない。けれど、その後動かなかったことにまで後悔するのは違う。
「じゃあ、行ってくるよ」
誰も見ていないだろう。けれど俺は笑顔を作って、写真立てに向かって言った。
部屋を出る。もう、俺は振り返らない。思い出はここに置いていこう、きっとこの先いつか取りに帰ってこれるはずだから。
荷物を手に取ると、そのままリビングへと戻る。一人でソファにもたれていた飾さんは、俺が戻ってくると立ち上がって。
「おかえり。もう大丈夫?」
「ああ。荷物はこれで十分だ」
「そっか」
俺達は車に戻り、トランクに荷物を詰めて運転席へと帰ってくる。
彼女は助手席に腰を落ち着けると、窓の外を、俺の家を見やった。
生まれてからずっと過ごしてきた、瓦屋根の家。古めかしくて所々ぼろいけど、その分思い出が詰まった空間。
「穂村くん」
「ん?」
「あの時泊めてくれて、ありがとう」
俺はハンドルを握ると、アクセルペダルに力をかけた。
「また、寄ってくれよ。歓迎するからさ」
「ええ。きっと」




