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17話 意識

 あれから三日が経つ。

 レベリングは順調に進み、そうして昨日、先生のレベルが5に達した。先生にはハウス機能とパーティー機能が開放され、とりあえず一安心といったところだろうか。 

 誰もいない屋上の上、コンクリートへと腰を下ろすと、空を見上げて息を吐く。相も変わらず、太陽は空へ昇ろうとしていた。朝だってのに今日は仄かに温かい。夏になってきたんだろうか。

「はあ……」

 まさか朝早くから、学校の屋上で考え事をする日がくるなんてな。

 ここまで長かった。みんな戦闘どころかゲームのシステム自体に慣れていないから、そういうのの理解まで深めているとレベル上げも簡単には進まなかったし、それなりの人数がいるもんだから統率を取るのも一苦労で、誰かが怪我をしないようにと見張るのが結構大変だった。

 けど、それもここまでだ。

 ハウス機能があれば、暮らしは格段に良くなる。昨日からここ――学校全体に電気が復旧して、ガスなども使えるようになっていた。風呂も温かい水が出るようになったし、もう暮らすには困らないだろう。

 にしても、学校が家と判定されるのには流石に驚いた。そう呼ぶにはあまりにもでかすぎるし、見た目も何もかも家じゃ無さすぎる。まあ、機能が使えるのならそれに越したことはないから、どうだっていいんだけど。

 それにパーティー機能があれば、彼らも俺抜きでのレベリングが効率的に行えるようになる。先生を軸として経験値分配をうまく使いつつ戦えば、レベルは次第に上がっていくだろう。

 そろそろ潮時だな。

 俺はもう、必要ない。

「あ、いた」

 声がして振り向くと、飾さんがこちらへと駆け寄ってきた。

「探したわよ。どこの教室行ってもいないから、私のこと置いてったのかと思った」

「そんなことしないよ」

 彼女は俺の隣へ座り、膝を抱える。

「今日行くの?」

「明日かな。今日はその準備」

「どんなことするの」

「色々あるけど、まずは車かな」

 俺が言うと、飾さんは驚いたように声を上げた。

「車!? 運転できるの? 穂村くん」

「できないってか、免許は持ってないな」

「じゃあ駄目なんじゃ……いや、今更免許なんて関係ないか」

 その通りだ。もはやこの世界にはルールも、それを破ったものを取り締まるものもいない。何をやろうと自由だ。

「車で移動するってことよね。ガソリンとかはどうしようかしら」

「まあ、燃料が切れたらその都度乗り捨てて別のに変えようと思ってるよ。多分ガソスタとか動かないだろうし」

 きっとこれが最善策だろう。ちゃんと補給して運用するのは現実的じゃない。

 そこらに置いてあるだろう車を拝借していけば、かなりの距離を移動できるはずだ。

「車はどうやって用意するの?」

「そこらのを借りようと思ってるよ」

 俺の言葉に、飾さんは割と露骨な拒否反応を示す。

「え、それ盗むってことよね」

「そうなるな」

「それはちょっと……どうなの?」

 言わんとすることは分かる。俺がやろうとしていることが倫理観に反していることは、俺自信が一番理解している。

 けど。

「それ以外思いつかないんだ。なにかいい案があればそれに乗りたいけど、特に無いだろ?」

「それはそう、だけど」

「ならやるしかないよ。使えるもんは使ってかないと。俺達はただでさえこの世界のことを知らないのに、それ以外のことに気を取られてちゃ先に進めないだろ」

 彼女はぱちくりと瞬きをすると。

「……それもそうね」

 と、納得してくれたみたいだった。

「分かったわ。穂村くんに従う」

「ありがとな」

 それと。

 大事なことが一つある。

「あとはみんなに、俺達が出ていくって話さないと」

「そうね」

 実はまだ、このことは先生達に伝えていなかった。無駄に混乱を招くと思ったからだ。わざわざ余計な情報を与えるよりも、まずは目の前のことに集中してほしかった。

 どう切り出そうかな。先生だけに言うのは……いや、それは不誠実か。全員がいる時にしないと。

「じゃあ、朝ご飯を食べてから車選びね」

「そうだな」

「最初に乗ってく車も、ここらから取るの? 穂村くんの家とか、私の家にも車あるから、それ使えばいいんじゃないかしら」

「うーん……」

 それは本当にそうなんだけど。ただ、一つ懸念事項があって。

「いや、学校付近で車を探そう」

「どうして?」

「さっきも言った通り、俺達はどの道車を盗むことになる。もしかしたら車以外にも、日用品とかを奪わなきゃいけないような時がくるかもしれない」

 今盗むのを避けたとて、同じことをするべき時がすぐに訪れる。そういうことを考えると。

「早いうちに慣れといて損はないと思うよ」

「そう、かしら」

「あとは単純に、俺の家までは結構距離あるし。そこまで徒歩で向かうのが危険を伴うってのはある」

「私の家も、割と離れてるわね……」

「なら尚更だな」

 どうせ出てくるのはゴブリンやスライムだけだろうけど。何かの間違いで、またマッドベアのようなモンスターが現れたらと思うとな。歩きでそこまで来てたら、色々と危ないだろう。

 要らぬリスクは負わないに限る。

 というわけで、車泥棒になることは確定ってわけだ。俺は最低な人間かもしれない。

「そうなると、できるだけ大きいのがいいわよね。色々積み込めるし」

「そうだな。それに、車で寝泊まりすることになるだろうから、スペースが確保できないといけない」

 ファミリー向けのそれなりにでかいやつなんかが狙い目だ。

 ……なんか強盗みたいだな、今の。最悪だ、いつしか思考が犯罪者と化していた。

 けどまあ、取り繕ったって仕方がないんだ。もうこんな滅茶苦茶になった世界で、バカ正直に生きていたらキリがない。使えるものはきちんと使わないと。

 俺達は二人で朝ご飯を食べ、外出すると先生に告げて外に出た。まだ温田くんは寝ていたし、井村さんは見当たらなかったから、あの話はまだしないでおいたけど……。

 タイミングが無い。明日出ていくつもりなのに、その前日に話していないのは流石にまずいよな。

 こんなことになるならもっと前に話しておくべきだったかもしれない。

「どれにするの?」

 隣を歩く飾さんが、きょろきょろと周りを見渡しながら聞いてくる。

 車のことだ。家に止まっている車を見定めている。最悪のウィンドウショッピングだな……。

「あれとか良さそうだけどな」

 適当に目に留まったやつを指差す。

 白いファミリーカーだ。それなりにでかい。二人で旅するなら十分なサイズだ。

「ええ、確かに」

「問題は鍵なんだよな。開いてりゃいいんだけど」

 近づいてドアの取手を引っ張ると、ガチャリと錠がかかっている音が鳴った。

「まあ、そうだよな」

 開かないと意味がない。それに、扉が開いてもエンジンを掛けられなければ余計に意味がない。

 こうなると鍵を探さなきゃいけないわけだが。

 なんともいえない感情に襲われながら、俺はその車が止まっている家の扉に手をかけた。

「はあ、これじゃほんとに強盗じゃねえか」

 引っ張ると、開いた。車と違って、家には鍵がかかっていない。

「ちょ、ちょっと穂村くん」

「鍵を探さないと。俺も嫌だけどやるしか……」

 家に入って鍵を探さねば。見知らぬ人の家に入るのは、本当に気分が悪いが。

 ここらに車を売っているところがあればな。そしたらそこに行って、適当に展示されてる車を取ってくだけでよかったのに。こんな盗みみたいなことせずとも。

 いや、展示品でもそれはそれで盗みか。どう足掻いても罪悪感からは逃れられないらしい。

 扉を開けると、知らない玄関が出迎えてくれた。

「……失礼します」

 土間には革靴が一足散り散りに置かれており、近くにビジネスバックが一つ横に倒れている。中から資料のような何かが挟まれているファイルが溢れていて、なんとなく、背景が想像できた。

 もしかしたら、出勤しようとしていたのかもしれない。そして、玄関に来て、靴を履いて、扉の鍵を開けて。

 そして、消えた。世界がおかしくなったその影響で。

 気分が悪い。とても。

「飾さんも手伝ってくれ。さっさと終わらせよう」

「え、ええ」

 ゲームじゃ他人の家に入って物を盗んだり、ツボみたいなのをぶっ壊したりとかありがちだけど、実際にやるとなるとかなり……あれだ。

 俺はしゃがみ込んで、落ちているバッグを漁ってみる。ファイルの中身はなんだか重要そうなものだったから、一応見ないようにしておいた。

 そのまま手を突っ込んでまさぐってみると、なにか角張ったものが手に触れる。

「お」

 取り出すと、ビンゴ。車の鍵だ。メーカーのマークが裏に刻印されている、黒くていくつかのボタンがついた鍵だった。

 これがあれば車を動かせる。

「あったの?」

「ああ。これでいけるはず」

 俺達は車へと戻り、鍵で扉を開ける。知らない匂いがして、なんだか立ち入るのに躊躇した。

 車内は綺麗だった。丁寧に使っていたのだろう、ゴミ一つ見つからない。

 優良物件だな、これは。

「ガソリンも入ってるな」

 ボタンを押すと、エンジンが掛かった。動作にも問題はなさそうだ。

 あとは、俺が運転できるかどうかだな。

 免許は持ってないし、経験といえる経験はない。しいて言うならレースゲームをしたことがあるくらいか。

 いや。

 それくらいあれば十分だ。ゲームの知識が現実に影響を与えるってことは、この世界がおかしくなってから痛いほどに思い知った。

「飾さんは離れて見ててくれ。まずは俺が試運転するから」

「だ、大丈夫なの? 多分免許持って無いわよね?」

「分かんないけど、これが無理だと計画が狂いに狂うよ。やるしかない」

 法律なんてものはもはや機能し得ないのだ。俺を縛るものは何もない。

 俺は運転席へと腰掛け扉を閉めると、シートベルトを付けてハンドルへと手をかける。飾さんは心配そうな顔をして離れていった。

 一応、なんとなく知識がある。レースゲームをしたり、母親の運転を見たり、或いはテレビかネットかなんだったかで見聞きした記憶があるくらいだが。

「こええな」

 いざとなるとやはり怖いが、そうも泣き言を言っていられる暇もない。さっきも飾さんに告げた通り、運転ができなきゃ計画が大幅に狂う。

 なにせ陸路の移動手段を失うのだ。それはかなりまずい。

「よし……」

 まずはここ、駐車場を出るとこからだ。

 確かシフトレバーって言うんだったか。そんな名前だったはずのこのレバーを、慎重に操作する。確かこのDってやつが、動かすときに使うやつだったよな。

 俺はアクセルを軽く踏む。

 すると、動いた。ゆっくりとだが。

「おお」

 ブレーキを踏むと、止まる。

 それを何回か繰り返して感覚を慣らすと、次は少し強めに踏み込んだ。

 若干車が加速して、俺はハンドルを切る。左方向へとゆっくり曲がっていった車は、そのままコンクリート壁に体を擦り付けた。

「あっ」

 ガリガリと嫌な音が鳴る。

「うっわあ」

 最悪だ。本当にごめんなさい。綺麗な車だったのに、俺が特大の大傷を付けてしまった。

 少しバックして、さっきと違う感じでハンドルを切る。

「よし……」

 するとなんとか、無事駐車場を出ることが出来た。

 まあ、セーフか。きっと。

「飾さん」

 俺は窓を開けて、離れている飾さんに声を掛ける。

「ちょっとこのまま周りを回ってくるから待っててくれ。モンスターが来たら危ないからそこの家の中で」

「あ、はーい」

 歩き出した飾さんから目を外し、俺は目の前の景色へと注力する。アクセルを踏み込んで、俺は傷付きと化した車を発信させた。

 そうしてしばらく周りを回ってみると、案外慣れてくるもんで。少しすれば無事、なんとなく感覚を掴んできた。

 これならなんとかやっていけそうだ。悪路でなければある程度は走らせられるだろう。多少擦って傷がつくかもしれないが、それはまあ、うん。

「あ」

 と、目の前にゴブリンが現れた。

 けどこんなやつ敵じゃない。もはや餌ですら無くなった。経験値効率が悪すぎて。

「スレイヤー」

「ギャオッ」

 さっさと下車して秒でしばき、また運転を再開する。

 何周かしてさっきの家に戻ってくると、音で気がついたのか飾さんが外に出てきた。

「どうだった? いけそう?」

「まあ、なんとかなりそうだよ。細かいとこは先生に教えてもらえばいいし」

 けど、相手は教師だ。これがバレたら相当怒られそうだが……この際仕方がない。このレバーの使い方も曖昧だし、教わらずにこれが原因で死んだらマジでしょうもなさすぎるからな。

「乗る? 俺の運転が怖くなければだけど」

 俺が聞くと、当然だと飾さんは返す。

「当たり前よ。どうせ乗ることになるんだし」

 事故らないように気をつけよう。

 と、助手席に乗り込むよりも前に。飾さんは家に向き直ると、手を合わせて呟いた。

「お借りします」

 祈るような、そんな姿を見て、俺はすぐに車を降りる。

 そうだよな。人の車を盗んで使って、感謝も一つもしないなんて。俺は間違ってた。

 飾さんの隣に立って、俺は同じように手を合わせ、頭を下げる。

「本当にごめんなさい。お借りします」

 家に入って、車まで取って。それでも物言わぬ相手に、せめてどんな形でも感謝を示さなければ。

 顔を上げると、俺は飾さんに言う。

「ありがとう」

 不思議そうに、彼女は小首を傾げた。

「なにが?」

「いや、その姿勢が大事だなって思ってさ」

 そうして。

 俺は飾さんを助手席に乗せ、次は近くのコンビニへと向かう。目当ては言うまでもない、食料と飲み物だ。

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