15話 レベリング
校門前に集まった全員の前に、俺は立っていた。
時刻は九時十分。予定よりは少し遅いが、まあそれくらいはなんの問題もない。
「まず、皆に現状分かっているこの世界のことを教えていきます」
「おう」
UIを押すとウィンドウが出たり、そこで色々な操作ができること。レベルや職業、スキルや装備のこと、パーティー機能やハウス機能などのシステムのことなどを、できるだけ簡潔に伝える。
試しにいちばん簡単なウィンドウの表示をみんなにしてもらうと、各々おおーと感嘆の声が上がった。どうやらこれすらしたことがなかったみたいだ。
「全く触ってなかったんですか?」
先生に聞くと、彼は顔をしかめる。
「なんかしたらとんでもないことが起こるんじゃないかと思ってな」
先生は思ったより慎重派らしい。けどまあ、確かに変なことが起きるかもしれないと思えば、これを触る気も失せるか。
基本の操作を教えると、俺はみんなを連れて町へと繰り出す。標的はゴブリンかスライムだ。
と、戦う前に。俺はパーティー機能を使い、この場にいる全員をパーティーに入れた。こうすることで、俺が倒すだけで自動でみんなのレベリングができる。
「熊はもういないのか?」
歩いている途中、先生からそう問われる。
「一度倒したので、他にいないのなら」
「いる可能性もあるのか」
「捨てきれないですね。けど、あのレベルのがそうそういるとも思えないです」
もしここにマッドべアのようなモンスターがうじゃうじゃ蔓延っていたら、その時は本当に終わりだ。
けど、きっとそんなことはない……はず。あいつがここら一帯のボス的なもんだったんだと、今ではそう思っている。となれば、ボスみたいなのが複数いるとは考えにくい。
予測で動くのは怖いが。とはいえ、動かなくては何も始まらない。
ビビッて学校で縮こまっていたら、死んだ小日向さんに顔向けができない。
今の俺の背には、責任がのしかかっている。
「おお、いますよ!」
温田くんが俺の肩を叩いた。
言われてそっちの方向を見ると、確かに道の真ん中にゴブリンがいた。丁度いい相手だ。
「俺が手本を見せるので、見ててください」
剣を取り出すと、驚いたように歓声が上がる。
「なんじゃそりゃ」
「後でやり方を教えるので」
そう言いつつ、俺は"もう一本の剣"を取り出した。初期武器のブロンズソードだ。
「えっ」
その事に驚いたのは、飾さん一人だけだった。俺の今までを知らないから、二本の剣を使うことがおかしいことには飾さんしか気が付かない。
ウィンドウを立ち上げると、再度軽く確認する。
職業欄には『二刀剣士』と表示されていた。ランクはA+と、恐らくかなり高いほうだろう。レベルが10に達した際に開放された、新たな要素の一つだ。武器欄も二つに増えている。
「それ……」
「マッドベアを倒した時、レベルが10に上がって、新しい職業になってさ」
「そうなんだ」
「ああ」
二刀剣士。その名称の通り、この職業では二つの剣を使うことができる。
さっき使ってみた感じ、単純に倍の回数攻撃できるのがかなりの強みだ。ブレードアタックなどのスキルを発動したときも、二本の剣に効果が乗るので単純に攻撃性能が倍になる。
普通に、強い。敵を倒す効率が今までとは段違いだ。もしこれがあったら、俺は、犠牲を出さずにマッドベアを倒せたかもしれない。
「……」
これに気がついた時、己の判断がどれだけ間違っていたのかに気付かされた。
同時に、深く絶望した。
出発する前に、あと1レベル上げていれば。そうすれば、あんなことにはならなかったかもしれない。レベル10で何かが開放されてもおかしくないと気がついていたのに、俺はそこで判断を誤った。
あの状況で二刀剣士が開放されてたら、もっと早くトドメがさせたはずだ。
何をしても、後悔が付き纏う。
「スレイヤー」
小さく呟くと、剣に朱色の光が灯った。それは刀身を覆うほどにまで眩く輝き、二つの剣が地面に紅の影を落とす。
これもレベル10で開放された要素、新しいスキルだ。効果は『攻撃力を上昇(中)』と『攻撃速度を上昇(中)』。ブレードアタックは攻撃力の上昇が小のみだったから、それと比べたらあまりにも強力な性能をしている。二刀剣士と合わせて、かなりの戦力増強だ。
俺は地面を蹴りゴブリンへ接近すると、二本の剣を交差させるよう斜めに振り下ろした。斜め十字に切り裂かれたゴブリンの胴から鮮血が吹き出し、そのまま地面へと倒れ込む。
「ギャオッ」
小さく悲鳴を上げて、ゴブリンは即死した。舞い散った光を剣で振り払い、俺は振り返る。
「パーティー機能で経験値が分配されてるはずです。とりあえず、レベルが上がるまで俺についてきてください」
「わ、分かった」
恐怖か、或いは戸惑いか。先生は驚いたような表情で、俺の言葉に同意を返す。後ろに並んでいる人達も同様だ。
唯一、飾さんだけは落ち着いているようだった。慣れているのだろう。
少しして、また見つけたゴブリンを狩り。スライムを狩り。合わせて五体倒したあたりで、学校組のレベルが1に上がった。
「そしたら、さっきの通りにウィンドウを立ち上げて、俺に見せてください」
全員が、俺の指示通りに動いてくれる。立ち上がったウィンドウを見るべく、一人一人回っていった。
「先生は……お、剣士ですね。俺と同じです」
まあ、今は二刀剣士になっちゃったけど。前はそうだったから、まあこの言い方でもいいだろう。
「おお、穂村と同じってのはいいな。これが職業ってやつなんだよな?」
「そうです。剣使って戦う感じですね」
「性にはあってるか。唯一の大人だからな、俺が戦わんと」
どうやら先生はやる気に満ち溢れているらしい。いいことだ。
次に、温田くん。
「温田くんは……へえ、射手か」
「どういう職業なんですか? これ」
「俺も初めて見るよ」
言いつつ、温田くんのウィンドウを覗き込む。
射手。その名から想像できる通り、使う武器は弓のようだった。ランクはD、まあ初期の職業って感じか。
スキルは『パワーアロー』。シンプルな名前で、効果も『攻撃力を上昇(小)』と実に分かりやすい。
「弓で攻撃するっぽいな」
「へー。僕ビビりなんで、モンスターに近づかなくていいのは嬉しいですね」
実際、遠距離職は近距離職に比べて危険は少ない。だが、その分近づかれたときに酷い代償を払うことになる。
それは一番、俺がよくわかっていた。彼らにもそれをしっかりと伝えておかなければいけない。
最後に、井村さん。
井村さんは、魔法使いだった。
「へえ、私魔法が使えるのねえ」
思考が止まりかけて、俺はなんとか脳を動かす。
「……そうですね。魔法で戦う感じです」
「魔法って、どんなの?」
問われて、一瞬言葉に詰まった。
「炎を、飛ばしたりとか、ですかね」
「へえ、すごいねえ」
思い浮かべるのは、彼女だ。
小日向さんが魔法を唱える声が、頭の中でこだまする。杖を構える姿が、瞼の裏に現れる。
最後の戦いでも、沢山の魔法を使って戦ってくれた。ある種、勇敢さも併せ持つ人だった。
「確か、念じると武器が出せるって言ってたわよねえ」
「あ、はい」
井村さんは杖をぽんと取り出しすと、それを地面につく。
失礼かもしれないが、老魔法使いって雰囲気が様になっていた。同じ職業ではあるが、小日向さんとはまた違う雰囲気だ。
「年寄りだけど、頑張らなきゃ」
俺は剣を仕舞うと、全員に向かって声をかけた。
「それじゃあ、次は戦闘の訓練をします」
これからは、戦うことが必要になってくる。戦闘に慣れることは、この世界で生きていく上で必須だ。
少し思案してから、俺は指示を出す。
「じゃあ、まずは先生からお願いします」
「お、おう。さっき教えてもらった通り、スキル使って剣で殴りゃあいいんだよな?」
「その通りです」
相手はゴブリンかスライムだ。簡単とまではいかないが、とはいっても難しいというほどでもない。彼はかなりガタイもいいし、それなりにこなせるだろう。
適当に歩いているとゴブリンを見つけたので、それをターゲットにして先生に倒してもらう。
「ブレードアタック!」
俺の思った通り、先生はゴブリンを簡単に倒してみせた。楽勝だな。
「いい感じですね。じゃあ、次は温田くんで」
「了解です!」
快活な少年は、やる気を見せるようにガッツポーズをして返答した。
彼は俺が教えたとおりに武器を取り出す。すると、スラリとした木製の弓が現れた。
「へえ、すごいですね……! どういう技術なんでしょう」
「さあな」
背中には矢が入った筒のようなものを背負っていて、どうやらここから矢を取り出して戦うみたいだ。
戦闘がどんな感じなのか、見てみたいな。
俺は全員を引き連れてまた歩を進める。もう一体のゴブリンが見つかるのには、五分ほどかかった。
「いたな」
「や、やらないとですよね」
「いや、ちょっと待ってくれ」
モンスターを前に気が急く温田くんを止めて、俺は注意を促す。
「井村さんもですけど、遠距離職は敵に近づかなくていい分防御力が低くなってます。近づかれたらやばいので、十分に注意してください」
「防御力? が低いとどうなるのかしら」
「殴られるとめっちゃ痛いし、すぐ死にます」
多少強めの語彙を使って脅す。でなければ、危険性は伝わらないだろう。
相手に近づかれるのがどれほど危険なことか。ゴブリンならまだいいだろうが、その他の強いモンスターが出てきたらなおさらだ。
「わかりました。気を付けます」
温田くんはしっかりと頷いた。
「よし、じゃあ頼むよ」
「はい」
戦い方は教えてある。職種は違うが、問題ないだろう。
緊張した面持ちで筒から矢を取り出すと、それを弓につがえる。左手で弓を構え、右手で弦ごと矢を引っ張ると、温田くんは叫ぶと同時に矢を放った。
「パワーアロー!」
鏃から緑の光を放ちながら、ゴブリンに目掛けて矢が射出される。
放たれた一撃がゴブリンの体を穿つと、HPが四割ほど削れた。攻撃力はそこそこって感じか。
「こ、こんな感じでいいんですか?」
「ああ、その調子」
背中を穿たれたゴブリンは地面へと倒れ込む。その体に、温田くんがまた矢をつがえて狙いを定めた。
勢いよく撃ち出された矢は、だがゴブリンの体には当たらずすぐ横のコンクリートへと激突した。
「あっ」
そうか。そりゃそうだ。これはゲームじゃなくて現実だし、外すことだってあるんだよな。
なんか頭からすっぽ抜けてた。ゲームでは、特にRPGでは撃てば大体当たるから。
「もう一回……はっ」
温田くんはへこたれず次々と矢を放ち、大体五発くらい撃ったところでようやく倒すことが出来た。
遠距離職の対ゴブリン戦ってマジで一方的だな。危険が存在しないと思ってしまえるくらいには。まあ、だからこそ脆いんだろうが。
「いいね」
「ありがとうございます! なんか、楽しいかもです」
そう思えるのなら、その方がいい。
俺は温田くんから目を外し、後ろに立っていた井村さんへと声を掛ける。
「じゃあ、次は井村さんで。お願いします」
「はい、頑張るわあ」
ちょっと不安だが、まあ遠距離職だからいけるだろう。
今更だが、井村さんが遠距離職で良かった。近接職は厳しかっただろうから。相性と運がいい。
色々考えながら歩き回れば、すぐにスライムが見つかった。動きはのろいし攻撃も全然してこないから、初めての相手としては申し分ないな。
「じゃあ、どうぞ」
「ええっと、これを読めばいいのよね?」
「はい。ここの、これです」
「ええっと……」
こういうのに疎いです、と分かるような動きでウィンドウを眺めていた井村さんは、少ししてようやく杖を構えると。
「みに……ミニ、フレイム」
おぼつかない口調でそう唱えた。
たどたどしい言葉でもスキルとしてきちんと認識してくれるらしく、杖の先から炎が飛び出した。
炎はスライムに命中しHPを削る。特に言うこともないな。
「いいですね」
「こ、これでいいの? もっとやる?」
「はい、あいつの上にあるHPゲージがゼロになるまで」
「え、えいちぴーね。はいはい」
一応出発する前にも説明はしたのだが。よく分かっていなさそうな井村さんだったが、とはいえきちんと魔法を使えてるからまあいいだろう。
そうしてスライムを倒しきると、全員の初戦闘が終了した。
「これで、皆さんも戦えますね」
「ああ、いけそうだよ。ありがとう」
「いえ」
これで、彼らはこの世界で生きていくことができるだろう。少なくとも、ある程度は。
ハウス機能が開放されれば、電気やガスも使えるようになる。
これで、俺がいなくても大丈夫だ。
「じゃあ、この調子でレベリングをしましょう」
「おうよ。けどずっとは流石にしんどいぞ」
「私もあんまり歩くのはねえ」
「大丈夫です、ゆっくりやってけばいいので」
時間は、少なくとも彼らには沢山あるのだから。
ふと視線を感じてそちらの方向へと目をやると、飾さんが俺を見つめていた。
その目は、不安げだった。なぜだろうか。
「……行きましょうか」
まあ、気にしてもしょうがないか。
俺はみんなを連れて、引き続きモンスターを狩っていった。




