14話 償いのような
先生が場を整えるように言う。
「まあ、みんな落ち着いて。とりあえず、飾と小日向が逃げてからの話を聞かせてもらおう」
どかっと地面にそのまま座り込んだ先生が、俺に視線を合わせる。
「いいか?」
「はい」
飾さんには聞けないと思ったんだろう。それは、正解だと思う。
それに、責任は俺にある。俺が、話すべきだ。
「飾さんと小日向さんが逃げた後、たまたま俺と出会ったんです。それから――」
短いようで長かった生活を、ここにいる全員に向けて話す。
苦しいようで、どこか楽しかった。それはなにも、ゲームが、この世界での生活が上手くいっているからじゃなかった。
出会った二人の人柄が良かった。飾さんは優しかった。小日向さんが明るかった。二人は、本当は大変で悲しいはずなのに、そんな様子を一片も見せなかった。
小日向さんは。少し天然で、いつも少しふざけた調子で、居ると場が明るくなるようなそんな人で、そしてバカな俺に着いてきてくれる人だった。
ここにくるまでのことを、小日向さんが死んでしまったことまで話し終えると、静寂が場を支配する。
井村さんが、静まり返った場で口火を切った。
「大変だったねえ」
慈しむように、ただそれだけを口にした井村さんは、優しい表情を浮かべていて。
思わず、俺は膝の上で拳を握りしめる。
「全部、俺の責任です。小日向さんを守れなくて、ごめんなさい」
「ゆっくり休みなさい。幸い、水も食料もそれなりにあるから」
「……はい」
彼女は、責めも怒りも、慰めもしなかった。
ただ、それだけを伝えて微笑んだ。
俺はただの人殺しに近しい何かなのに。
「腹、減ってるだろ。とりあえず飯にしようか」
「僕持ってきますよ。缶詰でいいですか?」
「ああ、多めに持ってこいよ。ジュースもな」
温田くんが部屋を出ると、廊下を走る音が遠ざかっていった。
それを見送ってから、先生が俺へと向き直る。
「なあ、穂村」
体がビクリと跳ねる。情けなくて、どうしようもない。
だが、先生は。
「あまり自分を責めるな。話を聞く限りじゃ、お前はよくやったよ」
「そんな、ことは」
「落ち込むなというのは無理な話だろうから、言わないが」
彼は窓の外を見る。
「この世界は、おかしくなっちまった。だから、しょうがないんだよ」
達観したように、先生は言う。
先生たちも、俺と同じように死を経験していた。そういう意味じゃあ、彼らは俺の先輩だ。
人生においても、このゲームと化した世界での経験においても。
「……はい」
けれど、どうしようもなく胸中で渦巻くこの感情は、そう簡単に消え去るものではなかった。
ちらりと隣を見る。
飾さんは、ぼうっとどこかを見つめていた。俺はすぐに視線を外し、先生が見ていた景色を追って窓の外を見やる。
雲が浮かんでいた。ふんわりと、気楽そうに空を漂っている。青い空はどこまでも広がっていて、地平線の彼方まで背を伸ばしている。
小日向さんは、この先にいるのだろうか。天国から、俺を見ているのだろうか。
そうだとしたら、一体何を思っているんだろうか。
答えが出ることはない。俺は正座のまま、温田くんの帰りを待った。
†
今までのように、朝日を浴びても爽やかな気持ちになることはなかった。
A-1教室には、俺以外の姿はない。昨日、俺が他の人と寝ることを拒んだからだ。一人部屋じゃないとどうも落ち着かないし、それに、学校は広いからそれだけのスペースもある。
掛け布団をどかし、体を伸ばす。
窓の外は若干曇っていた。朝早いということもあって、まだ仄かに薄暗い。
「ふう」
息を吸い、吐く。
次の日は、なんの遠慮もなく訪れる。どれだけ辛くても、嫌でも、逃げたくても。
確認するように剣を取り出す。みんなで集めたゴブリンの素材で作ったこの剣は、ある種形見のようなものなのかもしれない。
「やるか」
気持ちの整理はついていない。未だに後悔しか頭には残っていない。
けれど、やるべきことはやらなければいけない。ここで足を止めることは、きっと一番不義理なことだから。
俺は、自分のミスで小日向さんを殺してしまった。それなのに、そこまでしてここまで進んだのに立ち止まるなんて、そんなことは死んだ小日向さんに失礼だ。
心からそう思う。偽善でなく、本当に。だから、俺は動かなくてはいけない。悲しんでいる暇があれば、このおかしくなった世界を攻略しなければいけない。
俺はプロゲーマーだ。そう思っていた。今は、もう自信が無いが。けれどその矜持が、俺に動けと言っていた。
剣を仕舞い、俺は教室を出る。
まずは朝ご飯でも食べよう。食料を保管している場所はB-2教室だと、先生が言っていたはずだ。二階に上がり、B-2に入ると確かにそこにはそれなりの量の食料が保管されていた。
段ボールに詰められた缶詰。いくつもある大きなペットボトルに入った水。缶詰は元々この学校にあった防災用のもので、水は水道水を入れたものだと聞いている。いつ水が使えなくなってもおかしくないからと、総動員でたくさん水を保管したらしい。
そこから一つ、コーンの缶詰を拝借して適当に口に流し込む。
甘くて上手い。俺は昔からコーンが好きだった。
「あ」
突然、後ろから扉が開く音がする。
振り返ると、飾さんと先生だった。どうやら起きてきたらしい。
「おはようございます。飾さんも、おはよう」
「おはよう、穂村」
「ええ……おはよう」
飾さんの表情は、ずっと暗いままだ。
立ち直れる日は、いつか来るんだろうか。いや、そんなこと、誰にも分かりやしないよな。
俺だって立ち直ってない。小日向さんの死から――それに、母さんの死からも。
「穂村は朝早くて関心だな、温田とは大違いだよ。あいつはほっといたら昼まで寝てる」
「いや、たまたま体が起きちゃっただけですよ」
言いつつ。
俺は、先生に向き直る。
「先生、ちょっと相談があるんですけど」
「うん? どうした」
「先生達は、このゲームを進めてはいないんですよね」
先生が首を捻る。よく分からないって感じだ。
「ゲーム?」
「ああ、いや、この世界のことです。なにか進展とかありましたか」
「そういうことか。いや、特に無いぞ。なんなら何もわからん」
やはりか。
昨日話した感じでは、彼らは皆この世界に対する理解が進んでいなかった。俺もそこまで進んでいるわけではないだろうが、とはいえ彼らよりは上だ。
「俺が教えるので、強くなりませんか」
「え?」
俺の提案に、先生は目を丸くする。
「そうすれば、行動範囲も広がりますし、それなりに生きていけます」
「ほお」
彼は自らの顎を撫でる。なにか思案しているようで、俺から一瞬視線を外した。
「そうだな。穂村は熊も倒したんだろう、お前から教えてもらえればありがたいことこの上ない」
「じゃあ、早速今日からやりましょう。色々教えますけど、まずは敵を倒しに外に出ます。出発は……」
時計を見る。今は七時半、流石に出るには早すぎる時間帯だ。
「九時あたりでどうですか?」
「了解だ。ついてくのは俺だけでいいのか?」
「できれば全員ですね」
「じゃあ、それまでにみんなを起こしておくよ」
「ありがとうございます」
温田くんは俺よりも若い。きっとゲーム自体に対する理解もそれなりにあるだろう。となれば、きっと戦力になってくれるはずだ。
井村さんはある程度歳を取ってるから、戦うのは厳しいかもしれない。が、パーティー機能があれば経験値をある程度分配できる。それでレベルアップして職業を得て、もしそれが戦わなくても貢献できるようなものであれば、きっと生存に一役買ってくれるはず。
まず、俺は彼らを育てなければいけない。俺がやりたいことは、それが終わってからだ。
「じゃあ、俺は先に体を慣らしてきます」
そう言って部屋を出ようとする俺を、飾さんが引き止めた。
「穂村くん」
「ん?」
努めて、普通に答える。変にならないように神経を使った。
「穂村くんは、悲しくないの?」
疑っているような目つきだった。
端からみれば、そう見えるのか。いや、そうかもしれない。人が死んだ次の日も、忙しなく動こうとしているのだから。
「悲しいよ。後悔してる。俺のせいで人が死んだ。俺のミスだ。小日向さんに土下座して謝りたい。それで許されるとは思ってないけど」
俺の返答に何を思ったのだろう。飾さんは、悲しげな表情で喋る。
「それは……けど、穂村くんは頑張ってたわ」
「いや、足りなかった。俺はゲームが上手くなかったみたいだ」
感情が乗りそうになって、抑える。
気が抜ければ、涙が出そうになる。情けない。
「だから、頑張らなくちゃいけない。俺は小日向さんの犠牲に報いなきゃいけない」
「……穂村くん」
「じゃあ、行くよ。気が向けば飾さんも来てくれ、レベルアップできるかもしれない」
言い捨てて、俺は教室から足早に立ち去った。
飾さんと話すと、あの日々を思い出してしまう。
短いようで長かった、辛いようで楽しかった、あの数日間を。
「寒いな」
今は夏前だってのに、妙に風が冷たい。
雨が降ったら最悪だな。俺は学校の敷地外に出ると、ウィンドウを立ち上げる。
先の戦いでレベルが上がった時、新たな要素が開放されていた。
昨日は1日中なにもする気が起きなかったから、ここらへんはまだ確認出来ていない。みんなと動く前に、まずは俺が自身の現状を把握しなければ。
それと、ここらへんを見回っておかないと。もしマッドベアのような化け物がまたいたら、みんなを危険に晒してしまう。それだけは何よりも避けなければいけない。
「ふう」
少し冷えこんだ朝。俺は集合時刻の九時まで、辺りを見て回りながら試運転を続けた。




