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11話 きたる

 朝が来た。

 いつものように朝ご飯を食べ、お茶を飲む。窓から差し込む日差しは暖かく、俺は息を吐くとまたお茶に口をつけた。

 こういう"勝負"が始まる時、一般的には――ほぼ全ての人が緊張するだろう。当然俺もそうだ。俺だって、所詮はただの人なのだから。

 だが、一つ。俺が他と違うのは、似たような経験を何度もしてきているということだ。

 今から俺は、今まで積み重ねてきたものをぶつけにいく。数日かけて上げたレベルと、手に入れた装備を使って。だが、似たようなことは何度も経験してきた。

 俺は、プロゲーマーだ。

 スプ7でキャラクターの対策を重ね、自分の使うキャラの練度を上げ、自分にできる最大限の準備をして大会に望んだことは一度や二度じゃない。前日は手が震えるし、焦燥感に苛まれてどうにかなってしまいそうになる。だが、それでも冷静さを保たなければいけない。

 焦ってしまえば、訪れたチャンスすら逃してしまうからだ。

 一度手から溢れ落ちたそれは二度と戻ってこない。だから、怖い。だから、落ち着く。無理にでも日常のルーティンをこなし、いつもの調子で戦いへと身を投じる。

 それは、とても大切なことだ。

「……ふう」

 お茶が美味い。

 今回の作戦は単純だ。学校に二人を送り届ける。その道中で熊と遭遇した場合、戦って倒す。強すぎたら、尻尾を巻いて逃げるつもりだ。無理は良くない。

 けど、大抵ゲームって、そのエリアで出てくる敵のレベルはある程度纏まってるイメージがある。ここらへんにいるモンスターのレベルから察するに、熊がそこまでの高レベルってことは無さそうだとは思っているが……。

 とはいえ、流石に怖いな。

 失敗すれば死ぬかもしれない。これはゲームであってゲームじゃない、どこまでいっても現実なのだから。

 熊が想定より強かったら。その動きに対応できなかったら。こちら側の火力が足りなかったら。あっちの攻撃力が高くて、それをまともに食らってしまったら……。

 だが考えても仕方がない。それに自分が想定する範囲での最大限の準備はしたつもりだ。不足はない、はず。

 俺のレベルは9。今は着けていないが、全身の装備も整っている。新たなスキルも覚えた。それなりに戦えるはずだ。

 小日向さんのレベルは8。彼女もレベル5に到達した時にシャドウブレイズという新たな魔法を覚え、攻撃性能がより高まった。当然、装備も全部揃っている。問題はない。

 飾さんに関してはレベルがまだ4で、あまり上がっていない。スキルも特に覚えておらず、一応きちんと装備は着せているが、戦力としてはそこまで期待できないだろう。とはいえ職業上しょうがないので、ここは気にしていない。

 てなわけで、準備は万端であると、個人的には考えている。

 もう少しゆっくりやっても良いのでは、とも思う。じっくりとレベルを上げ、レベルを20とかそこらまで上げてから戦いに挑んでも良いのでは、と。

 だが、それには問題がある。現時点でもう、経験値効率が悪すぎるのだ。

 レベルを9から10に上げるのに必要な経験値は500。ゴブリンやスライムから手に入る経験値は一体につき10程度だから、大体50体ほど倒さなければいけない計算になる。

 流石に多すぎる。1レベル上げるだけでその量はコスパが悪いにも程がないか?

 小日向さんや飾さんの分までとなるとかなりの量だ。どれだけの時間がかかるか分からない。それだけの時間的コストをかけるのであれば、そんなことをせずさっさと次に進むほうがメリットがあるように思える。

「…………」

 恐らく、だが。

 今戦っているゴブリンやスライムよりももう少し強い敵が、そのうち出てくる様になるはずだ。RPGって大抵そうだろ? 先に進めば進むほど強い敵が現れる。

 強い敵は、その強力さの分落とす経験値も多くなってくる。そうすればレベリングはより楽になるはずだ。ここでゴブリンたちをちまちま狩るよりもずっと楽に、そして早く強くなれる。

 そうすれば、俺の母さんを生き返らせたいという目標に、近づく。

 まあ、要するにだ。俺はさっさと学校に二人を送り届け、次のステップに進みたい。道中で熊と出会う危険性を加味しても、やはりそう思ってしまうわけである。

 それに、今まで熊と戦う前提で考えているが、そもそも出会わない可能性すらある。そうなれば、無事に二人を学校へと送ることができる。イレギュラー的な遭遇なんてない方が良い。

 だが、熊と遭遇しないほうがいいなあと楽観的に捉えるのは明らかな悪手だ。想定できる最悪は、対策しておくに限る。

 実践なんて、それ以上の最悪が起こるかもしれないのだ。その手前で止まっていては話にならない。

「おはよー」

 珍しく、小日向さんが一番に起きてきた。いつもは飾さんの方が早いんだけど。

「今日は早いね」

「なんか、緊張しちゃって」

 頬をかく小日向さん。その表情は、どこか硬いような気がした。

「大丈夫?」

「うん。気分は悪くないし、昨日雪斗くんが言ってたみたいに、緊張しないようにはしてるつもり」

「そっか。ならよかったよ」

 昨日、二人ともかなり緊張していたから色々と俺なりの心構えなどを話したのだが、それが効いたみたいだ。

 小日向さんは重要なダメージ源だから、緊張してパフォーマンスが下がったりするとまずい。俺とは違って近づいて戦う必要がない分落ち着けるはずだから、しっかりと冷静さを保って戦ってもらわねば。

「はー」

 小日向さんは椅子に座ると、ぐいっと体を伸ばして声を漏らす。

「ほんとびっくりしたなあ、昨日。急に明日学校行こーって言い出すから」

「ごめん、けどいいタイミングだと思ったからさ」

「いいや、わたしはもう納得したし、それにすごくありがたいから大丈夫なんだけどね。でも、緊張するなあ」

 そう。今日学校へ向かい、熊と戦おうと言ったのはほかでもない俺だ。まあ、俺じゃなきゃ誰が言い出すんだって話だが。

 さっき考えていたようなことが理由になって、今日挑戦することを決めた。この判断は間違いじゃないと思いたいが、果たしてどうなるか。

 少しすると飾さんも起きてきて、全員がリビングへと揃う。朝ご飯を食べながら、軽く雑談しつつ。緊張がほぐれてきたあたりで、俺はそれじゃあと話を切り出した。

「そろそろ、行こうか」

「そうね」

「うん」

 時刻は朝九時。少し早いだろうか。だが、昼間に出ていって時間がかかってしまい、そのまま夜にでもなったらとんでもないことになるから、そうなるくらいだったら早くに出発したほうがいいだろう。

 俺は席を立ち、自室へ戻ると服を着替える。ベージュのシャツと、深い青のズボン。特に選んだ意味はないが、強いて言うなら動きやすそうだったからこれにした。

 腕時計を着け、いつも使っていた黒いリュックを手にリビングへ戻ると、水筒にお茶を入れ食べ物を適当にいくつか詰める。タオルを数枚入れたら、これで準備は万端だ。

「二人とも、準備はいいか?」

「ええ」

 頷く飾さんと小日向さんは、二人揃って制服に着替えていた。唯一、彼女たちが今持っている自分の服だ。荷物を置いていくのは忍びないからと二人は制服を着ていくとのことで、別に服くらい置いていかれても何も思わないけどなあとは思いつつ。

 まるで登校だな。制服で家から出て、学校へと向かう。道中が険しすぎるが、やってることは同じである。

 俺は二人を連れ家を出ると、空を見上げる。実によく晴れていて登校日和だ。雨でも降ったらどうしようかと思ったけど、良かった。

「じゃあ、装備を固めて出発しよう」

「了解」

「おっけー」

 念じて、俺達は防具を装備する。全員揃ってゴブリン系統の防具だ。

 ゴブリンマントに、ゴブリンブーツ、そしてゴブリンネックレス。全員が全く同じってのはバリエーションに乏すぎるが、まあ、それしか作れなかったのでしょうがない。

 緑を基調とした装備達は、同じ名前を関しているだけあってデザインが統一されている。緑を基調としており、ところどころにゴブリンの牙やスライムの雫があしらわれている形だ。このネックレスはスライムの雫をまるで宝石のように使っていて、大胆なデザインがそれなりにカッコいい。マントも非日常感が増してワクワクする。ブーツはまあ、普通のブーツって感じだ。

 武器は戦う時に取り出せばいいだろう。俺はマントの下にリュックを背負いつつ二人に声を掛ける。

「それじゃあ、出発する前になんだけど。二人は今回の作戦を覚えてるよな?」

「ええ、昨日聞いたやつよね」

 飾さんは頷いて答える。小日向さんも同様に首を縦に振った。

 良かった。昨日提案した時に話したが、覚えていてくれたらしい。

「なら大丈夫なんだけど、一応もう一回ちゃんと確認しておこう」

 とはいえ、二重チェックはするに越したことはない。重要なとこで齟齬があったら困るしな。

「まず、俺達の目標は学校に到達すること。これはいいよな?」

「ええ」

「うん」

 二人はこくりと首を振る。

「で、肝心なのは熊だ。そいつと出会う可能性が高いから、きちんと対処方法を考えておきたい」

「昨日話したやつだよね?」

 小日向さんが言って、今度は俺が頷く。

「そうだ。熊と遭遇した際、まず俺が先頭に立ってそいつのレベルを確認する。いけそうだと思ったら戦いを仕掛けるから、二人は俺のカバーをしてほしい」

「ええ」

「分かった」

「無理そうだったら、即座に逃げる。或いは、学校に向かって全力疾走で走る。それでも逃げ切れそうになかったら、俺は一人で戦って時間を稼ぐから、そのうちにひたすら遠くに行ってくれ」

「……うん」

 小日向さんは俯き加減で呟く。その言葉からは納得とは別の感情が読み取れた。

「でも、本当に大丈夫なの? やっぱり、いくら穂村くんでも危ないわよ」

 そんな思いを代弁するかのように、飾さんが俺に問いかける。

 その疑問は、その通りであるとしか言えない。本当に大丈夫なのかと聞かれてしまえば、答えは一つ。

「けど、少なくともそれが最善の策だと思うよ。二人の内どっちかを置いていくほうがよっぽどまずいから」

 もし、俺じゃなく小日向さんや飾さんが取り残され一人になってしまったら。俺よりも生存率が低いだろうというのは、もはや言うまでもない。

 俺が一人残ったほうがどうにかなる可能性がある。小日向さんはともかく、飾さんに関しては戦うことすら難しいのだ。どうせ危険に晒されるのなら、それは俺のほうが良い。

 それが、一応のリーダーである俺の意見だった。

 以上のことはきちんと昨日話したのだが、それでもなお二人は抵抗があるみたいで。

「うん……」

「大丈夫よ。そんなことにならないよう、気をつければいいだけじゃない。でしょ? 穂村くん」

「まあ、そうだな。最大限気をつけよう」

 そうだねと肯定してあげたいが、そんな気にもなれなかった。嘘はつけない。

 さて。

「それじゃあ、行こうか」

 俺が先頭に立つと、二人はその後ろをついてくる。

 前説が少し長くなってしまったが、ともあれ。これにて登校の始まりである。

 学校までの道のりに関しては、みんなよく知っているから問題ない。このルートでいくと、大体20分で着くはずだ。

 そう長い旅にはならないだろう。

「なんかあったらすぐ言ってくれ」

「ええ」

 道のど真ん中を、三人で歩く。こんなことをしても誰からも起こられないし誰にも迷惑がかからない。とんでもない時代になったもんだな。いや時代ってか世界か。

 いつも通っていた高校への通学路。慣れ親しんだこの道だが、今は少し怖い。陰から何かが出てきてもおかしくないのだ。そう思えば、全身に緊張が走るのも仕方ないことだろう。

 スルスルと、見知った道を歩いていく。

「あっ」

 と。

 角を曲がった先に、ゴブリンが居た。棍棒を手に、道の真ん中で佇んでいる。その表情は虚ろで、目は空を見ていた。

「戦うぞ」

「うん」

 俺は慣れた手つきで武器を取り出すと、小日向さんと共に即座に戦闘態勢に入る。

 地面を蹴り、剣を片手に駆け出した直後、炎が後ろから飛んできて俺を通り過ぎていった。

「ミニフレイム!」

 小日向さんの魔法だ。

 炎はゴブリンへと命中すると、そのHPをどんどんと減らしていく。燃え盛るゴブリンに接近した俺は、勢いよく剣を振り下ろした。

「ブレードアタック」

 吹き出した血液がコンクリートを紅く濡らす。確かな手応えと削り取られたHPを見て、俺は臨戦体制を解いた。

 ゴブリンは地に伏し、そのまま粒子を散らして消えていく。

 小日向さんが遠くから攻撃している隙に、俺が叩く。この動きにももう慣れたもんだな。

 この俺達の連携は、今までのレベリングで俺達が編み出した、言わばコンボのようなもんだ。

 といっても中身はそう難しくない。ゴブリンやスライムは炎を食らうと悶絶して動きを止めるから、その隙に俺が近づいて攻撃する。なんなら、かなり簡単で分かりやすい。

 だが、簡単と言ってもこれはそれなりの効力を発揮してくれる。相手は炎に気を取られてるから、俺が接近しても殴り返してこなくて滅茶苦茶安全だし、二人で殴ってる分HPの減りもかなり早い。

 まあ、俺一人でもゴブリンくらいなら結構すぐ倒せるんだけど。そこは置いておくとしよう。

 この動きが熊みたいな強そうなのにも効けば良いんだけど……どうだろうな。

 俺が剣を収め一息ついていると、後ろから二人が駆け寄ってくる。

「ナイス!」

 小日向さんが親指を立てる。俺も親指を立てて返すと、彼女は朗らかな笑みを浮かべた。俺達の連携も中々のもんだろう。

「道中でも敵と会うし、今日のうちにレベル10までいけるかもな」

 独り言のように、俺は呟く。

「レベル10になるとなにかあるの?」

「いや、なんとなく。二桁台に乗るし、もしかしたらなんかあるかもなーみたいな」

 実際、あってもおかしく無いよな。ゲームとかじゃあこういうキリのいいタイミングで大技を覚える展開は割とある。

 ま、期待しすぎても仕方ない。未来は限りなく不透明だ。

 武器を収め、俺達はまた歩みを進めていく。




 スライムを倒し、俺は額に伝う汗を拭った。

 出発してから既に、モンスターをいくらか狩っている。腕時計を見ると、もう家を出てから20分が経過していた。

 まあ、障害物なんて信号機くらいしかなかった前に比べて、俺らの前にはモンスターが立ちはだかってくるわけだから、遅くなるのも仕方がない。

 レベルアップはまだしていなかった。きちんと時間をかければできるかもしれないが、まあ、この登校中に上げるってのは無理かもな。

「疲れてないか?」

 これだけ歩いて、それなりに戦ったのだ。

 俺は大丈夫だけど、二人はどうだろうかと声をかける。

「うん」

「だいじょーぶ。全然おっけー」

「そりゃ良かった」

 これくらい余裕か。あんだけ歩いて戦ってレベリングしたしな、俺達。

 安心して、俺はまた先頭を歩き始める。こっからは結構な上り坂だ。勾配がキツくて、学校に行っていた時は毎朝悲鳴を上げながら足を動かしていた。

 とはいえ、ここを上りきったら学校が見えてくるはずだ。この短いようでほんのり長い旅路に終わりを告げるときが、刻一刻と近づいてきている。

 いや、終わるのはそれだけじゃないか。

 俺の家に二人が泊まっていたという非日常。あの空間は、もう戻ってこない。

 嫌とかではない。全く。終わって当然だし、そうなって然るべきだと思う。二人は安心できるところに戻り、俺は次へと進んでいける。それは素晴らしいことだ。

 けど、どこか寂しい。

「……」

 もしかしたら、俺は楽しかったのかもしれない。

 初めて人に、俺がプロゲーマーだということを明かした。彼女たちはそれを笑うでもなく、むしろ歓迎するように受け入れてくれた。

 朝起きたら、談笑をした。毎日レベリングをして、ご飯を共にした。夜はお休みと言って別れた。人生ゲームを一緒にして、ふざけた展開に笑いあった。

 それに。

 二人がスプ7をプレイしてくれた。スプ7を、楽しかったと言ってくれた。

 世界がおかしくなって、母さんが消えて。

 そこに至るまでの経緯はどうあれ。結果的に、二人は不安と絶望に沈んでいた俺を、そこから掬い上げてくれたのだ。

「……ふう」

 ならば、助けられた分は返さなければいけない。

 気合を入れろ、俺。ゴールはすぐそこだが、油断はするなよ。

 二人をきちんと学校まで送り返す。それが俺のゴールであり、新たなスタート地点だ。

「前はどこらへんで熊と会ったって言ったっけ」

「裏門のすぐそば。ここからそう遠くないはずよ」

 となれば、この坂を上りきって、そこから右の道に歩けばすぐだな。

「了解」

 俺は頷いて、前を向く。兜の緒を締めるように剣の柄をしっかりと握り込むと、息を吸って、吐いた。

「二人とも武器を装備しておいてくれ。何かあったら作戦通りにな」

「うん」

「ええ」

 一歩、また一歩と、俺達は坂を登っていく。

 少しずつ。少しずつ。

「……」

 ちらりと後ろを見た。

 二人とも、かなり緊張している様子だ。小日向さんは杖を持つ手が震えているし、飾さんは明らかに萎縮している。

 一瞬不安がよぎる。だが、ここまで来てしまえばもうそんなことを考えても無駄だと、俺はすぐに気持ちを切り替えた。

 こういう時、変に力が入ると終わる。それは俺が一番良く分かっている。この場にいる誰よりもだ。

 日差しが照る。いつの間にか、空には雲一つない快晴が広がっていた。どこか澄んでいるような空気と、温かな太陽の光が、夏前の独特な雰囲気を醸し出している。

 握りしめる手に伝わるのは、俺達で集めた素材の感触。

 身に纏うのは、ゴブリンとスライムの意匠。


――――そして。


「……いないな」

 坂を上りきり、裏門が視界の中に入るが。

 それらしきやつは、どこを探しても見当たらなかった。

「もしかしたら移動したのかも」

「まああれからだいぶ日が経ってるしな」

 飾さん達と出会ってから四日が経過している。それだけ時間があれば、どっかにいっててもおかしくない。

 まあそりゃそうだよな。犬だって猫だって、野良のやつは日々動き回って街中を転々としているのだ。熊がそこに留まっている道理はない。

「はー」

 小日向さんが、あからさまにほっとした様子で胸を撫で下ろした。

「ほんと、よかったあ」

「そうだな」

「早く学校いこー」

 熊と戦わずにすんだ。

 ラッキーだ。これで、少なくとも二人はこれで無事に帰れる。

「なんか、心配して損だったわね。途中もゴブリンとかばっかだし」

「まあ、警戒して損はないからさ」

「それもそうね」

 なんか、緊張が一気に解けたな。

 いやいや、まずいまずい。まだ安心するには早いだろ。俺が気を引き締めないでどうするんだ。

 そんなこんな考えつつ。俺達はそのまま裏門へと向かう。

 裏門へと続く道の手前の方には、そこから左の方向へと向かう曲がり角がある。その道を辿れば、この学校の正門へとアクセスすることができた。一般的にはそちらのほうが正しい入口なのだが、裏門の方が登校ルートから近い生徒たちは、裏門から学校へと入ることも多い。

 俺は裏門のほうがアクセスが良かったので、そちらから入っていた。だから、この曲がり角を使ったことは殆ど無い。

 そんなどうでもいいことを考えながら、俺はそこを通り抜けようと歩く。二人はその後ろに、少し距離を開けて着いてくる。

 曲がり角から少し出たくらいで、なんとなく俺は道の方を見た。その曲がり角の先を。敵がいるかも知れないし、一応見ておこうと、ちらりと視線を移す。

「――――あ」

 そして。

 その道の、少し進んだ先。

 そこに佇んでいる、くすんだ茶色の巨体と、目があった。

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