10話 思考、試行、進行
「もう一個くらい装備作れそうよ」
「マジ? じゃあ……」
さっきはああ言ったけど、やっぱり俺ばっかりってのもなあ。
一個装備は作ったし、もう一つくらいは他の人に分けてあげよう。
「小日向さん用の装備でも作ろうか」
「いいの? 雪斗くんのじゃなくて」
「まあ俺はマント作ったからさ」
それに、だ。
小日向さんがいくら後衛だからって、何かイレギュラーが起きて攻撃を受ける可能性もある。一個くらいは装備をつけておかないと怖い。
「マントもう一個作って、小日向さんが装備しよう」
「わかった」
二回目だからか、慣れた手つきで飾さんはマントを作っていく。
小日向さんは出来上がったそれを同じように装備し、その体に纏わせた。下はジャージ、上は灰色のTシャツとかなり雑な格好だが、やはり俺と同じくそこまで違和感はない。
ちなみに服は当然俺のものである。そこだけ物凄い違和感がある。そこだけ。
「飾さんのもいずれ作るから」
「ええ、ありがと」
飾さんのような、いわゆる生産職だけが着れる装備とかも、探せばあるかもしれない。もしそうなら、そういうのまで揃えられるとすごく良いんだけどな。
とまあ、装備作りは順調に進んでいる。レベリングも非常にいい感じだ。ハウス機能という新たな要素も発見し、日々の生活も豊かになっていっている。
マントを触ると、さらさらとした布の感触が心地いい。
いいな。このままいけば、二人を無事学校まで送り届けられそうだ。俺自身もどんどんと強くなっているし、目標がどんどんと近づいてきているのを感じる。
剣を振るうのにも慣れてきた。この世界のモンスターは思っているより強くないし、或いは、俺達が思っているより強いのかもしれない。
やれる。実感が、どんどんと湧いてくる。一つ一つ強くなっていく感覚は、ゲーマーが病みつきになるそれと同じだった。
「なんかお腹すいちゃったなあ」
小日向さんがぼやいて、それじゃあと俺は腰を上げる。
「ご飯食べて、その後もう一回レベリングに行こう。時間もそんなにないからさ」
「うん、りょーかい」
「今回は飾さんもついてきてよ」
「え、私も?」
「ああ。なんでもパーティー機能ってのが追加されてさ――」
飾さんに開放された機能の説明をしつつ。俺達はご飯を食べ、少ししてから再度レベリングへと赴いた。
空を見上げれば、なんだか天気が悪い。曇った空は今にも雨が降り出しそうだ。あまり長居はできないかもしれない。
俺はパーティー機能の画面を開くと、それとにらめっこを始める。
「んーと」
どういう原理なのかは知らないが、周りにいる人達をパーティーに誘うことができるようで。見た感じ操作は簡単そうだ。
飾さんと小日向さんの名前をタップし、パーティーに加入するよう申請を送信すると。
「なんか来たんだけど!」
二人の前にウィンドウが立ち上がる。そこには『穂村雪斗のパーティーに加入しますか?』との文字が表示されていた。その下にはいといいえというボタンがあって、そこを押せばどうこうできるんだろう。
「それ承諾してみてくれ」
「はーい」
二人がはいをタップすると、俺のウィンドウに小日向つむぎ、飾柚子がパーティに加入しましたと表示された。
同時に視界の左上、俺のHPと名前が表示されている箇所の下に、二人の名前とHPが縦並びに表示された。
「これでパーティー機能が使えてるはずだ」
「へえ、結構簡単なのね」
まあ、この手のシステムは無駄に難しいとユーザーにストレスを与えるだけだからな。
以前やったゲームでは、友達をパーティーに誘うだけでいくつかの手順を踏まなければならずかなり萎えた。ああいうのはやめてほしい。
「とりあえず、モンスターを探そうか。で、倒してみてちゃんと機能が反映されてるのか確かめよう」
「りょーかい」
「おっけー。ついてくわ」
てなわけで、二人を連れて行脚の旅が始まった。
といっても俺の家の周辺をぐるぐる回るだけだが。小旅行を超えたマイクロ旅行である。
しばらくすると、それらしき物体が目に入った。
「雪斗くん、ゴブリンいたよ」
「ああ」
小日向さんが指さした先には、ゴブリンがぼうっとした様子で立っていた。空を見上げていて、なんだか黄昏れているようだ。
あいつらも天気がどうとか思ったりするのかな。雨が降ったら大変だろうしな。
「よおし、じゃあわたしが……」
「あ、ちょっと待って」
そう言って隣で杖を構える小日向さんを、俺は止める。
「ちょっとやりたいことあるんだよ」
「やりたいこと?」
「うん」
小日向さんが首をこくりと傾げた。小動物チックな可愛さがありありと表れている彼女に、俺は理由を説明する。
「ダメージを受けてみたいんだ」
「はい?」
誰よりも早く、飾さんが声を上げた。意味がわからないって感じが顔に出ている。
「いや変な意味じゃなくてさ」
「変な意味にしか聞こえないんだけど」
「いやほら、これから俺たちは熊と戦うことになるかもしれないだろ?」
俺の言葉に、二人は頷く。
「ってなると、攻撃を受ける機会があるかもしれない」
「そうね」
「そんな時どれくらいダメージを受けるのか、なんとなくでもいいから把握しておきたいんだよ」
俺はまだ相手から攻撃を受けたことがない。ゴブリンの棍棒は避けてしまったし、スライムは喰らう要素無いし。
そんな俺がいざ、熊に出会って、攻撃を受けて。
その時が攻撃を受けるのが始めてだったら、きっと俺は必要以上に動揺してしまうだろう。飾さんも、小日向さんも同様だ。
そうならないように、雑魚の攻撃を受けて慣れておきたい。どういう風にHPゲージが減っていくのかとか、それが回復するのかとか……それに痛みは感じるのかとか。
ゲーム的に考えれば、雑魚の攻撃を喰らったって痛くはなさそうだ。けどあの棍棒があの速度で叩き込まれれば、常人ならただじゃすまないだろう。
「それ本当に大丈夫なの?」
「まあ、俺のレベルも、ステータスもそれなりに上がってるから」
それに。
ゴブリンの頭の上には、はっきりとレベル1との表記がある。
「ほら、あのゴブリンってレベル1だろ? 多分そこまで痛くないと思うんだよな」
レベルが上がるにつれ、俺たちは防御力と攻撃力も上がっている。
現在のレベルは6で、防御力は180。高いのか低いのかよくわからないこの数値の効果は、今回の検証ではっきりするはずだ。
「えー……」
懐疑的な視線を向ける飾さんに、まあその表情も当然だろうと俺は口を閉じた。
とにかく、これに関してはやってみないと分からない。だからこそ、やらなければいけない。
「二人は受ける必要はないから安心してくれ」
「それはありがたいけど」
「まあダメそうだったら、そん時はそん時で」
「怖くないの?」
「そりゃ怖いよ。けど、やらないほうがもっと怖い」
怖くないわけないがない。俺だってただの人だ。戦うならまだしも殴られにいくなんて、怖いに決まってる。
けど、それでも、こんなしょうもない恐怖に負けるわけにはいかないのだ。ここでダメージを受けるという経験をしておくことは、今後戦っていく上でとても貴重な経験になる。
まあ多分大丈夫だと思うけど。ていうか、大丈夫だと思っているからこんなことをするわけだ。本当に危険ならやらないし、できない。
「二人は来なくていいよ」
剣を取り出しつつ答える。そのままゆっくりと、俺は小日向さん達を置いて緑のバケモノに近づいて行った。
視界の端で見えた二人の顔には、不安の二文字がしっかりと刻まれていて。なんだか申し訳ない気持ちになる。
「……ギャウ!?」
約2メートルほどの距離まで近づくと、ようやくゴブリンは俺の存在に気が付いたのか、雄たけびを上げて棍棒を振り上げた。
「ギャオ!」
最初はビビってたけど、この叫び声にももう慣れたな。
こちらへと走ってくるゴブリンを見ながら、俺は胸中で呟く。
「……」
「ギャオオ!」
接近したゴブリンは、棍棒を荒々しく振り回した。
風を切るような重低音と共に、それが俺の体目掛けて振り下ろされる。
「っ」
全身を固める。地に足をつけ、踏ん張るように拳に力を入れた。
目を瞑りそうになるが、耐える。
怖い。思ったより、何倍も。あと0.何秒かすれば攻撃が当たるであろうこのタイミングで、ほんの少しだけ、後悔した。
直後、衝撃が体に走る。
「がっ!?」
誰かに本気でどつかれたような、重くて鈍い感覚。棍棒が命中した右腕がずきずきと痛み、俺は即座に後ろへ飛び退いた。ゴブリンとの距離が開いて、俺は腕を手で抑える。
痛い。思ったよりちゃんと。外傷は無さそうだが、視界の左上に表示されていたHPゲージに目をやると、十分の一ほど削れていた。
痛みの割にそこまでダメージは受けてない気が。いや、でもこんなもんか。なんなら逆に、腕を殴られたくらいでここまでHPが削れるのかという驚きすらあるな。
「こんな感じか……」
殴られればちゃんと痛い。HPゲージの減りと痛みとの相関はあんまりよく分からないが、この感じだと重いのを一発食らったら動けなくなったりしそうだ。
ゲームなんかじゃあHPが1でも残ってたらギリギリまで粘って戦ったりするけど、そういうのは結構厳しそうだな。痛みで動けなくなるのが先だろう。
やはり、攻撃はしっかり避けなければいけない。
「だ、大丈夫!?」
駆け寄ろうとしてくる小日向さんを手で静止して、俺はゴブリンを睨む。
「ディザスト」
新たにさっき覚えたスキルだ。せっかくだ、ついでにこいつの初陣といこうじゃないか。
その名を唱えると、赤く揺らめくオーラが剣へと纏わりついた。確か説明には中距離攻撃って書いたあったはずだ。てなると、こっからでも攻撃できたりするのだろうか。
俺はそのまま、その場で剣を横薙ぎに振るう。
すると、鎌鼬のような、円弧状のエネルギーが剣から飛び出した。血のように紅いそれは風を切り、空間を駆け抜けていく。
「ギャアアッ!!?」
ゴブリンが悲鳴を上げる。鎌鼬が肩を引き裂いたのだ。同時にHPが半分削れ、悶絶したゴブリンはそのまま地に伏せる。
「ディザスト」
俺はもう一度ディザストを使い、離れた距離からゴブリンを切り裂いた。さらにダメージを受けゼロに達したHPバーは、死の宣告に他ならない。
ゴブリンは、そのまま光を散らして消えていく。
「ふう」
「穂村くん!」
二人が俺の側へ寄ってくる。その表情は、やはり不安げだ。
「大丈夫?」
「ああ。ちょっと痛かったけど」
HPの減り方や、痛みを感じるのかなど色々なことを確認できた。収穫は大きい。
「HP、削れちゃってるけど……」
パーティー機能を使っているから、俺のHPが見えているのだろう。飾さんは心配するようにそう言ってくる。
「でも、こんくらいしか減らなかったってのがびっくりだよ」
「これって元に戻るの?」
言われて、そういえばと気がついた。
これ、減った分って回復するのかな。
「確かにそうだな……」
「ちょっと待って、何も考えてなかったの?」
「いや、考慮外だったっていうか。ほら、普通減った分は回復するのが当たり前だからさ」
でも、回復方法にも色々種類がある。時間経過で少しずつ回復していったり、或いは眠ることで回復したり。ポーションみたいなアイテムを使ったり、魔法でヒールしたりなどなど。
そこの検証もしないと。次から次へと問題がでてきて、暇な時間がありゃしないな。
「経験値、二人は入ってるか?」
俺が聞くと、二人はウィンドウを立ち上げる。
「あ、入ってるみたい」
「パーティー機能もちゃんと使えてるみたいだな。経験値はどれくらい入ってる?」
俺には経験値が10入っている。倒した人以外には少ししか入らないって書いてあったから、10そのままってのは無いと思うけど
「んーっと……多分2とか」
「少ないな」
五分の一じゃねえか。運営さん経験値分配渋ってない?
まあ、経験値が入るだけマシか。今までは完全にゼロだったわけだから、それ考えりゃあるだけありがたいってもんだ。
「ま、とりあえず次行くか」
「ちょっと待って、また攻撃受けるの?」
驚いたように言う飾さんに、流石にと俺は首を振る。
「ごめん、普通にレベリングにだよ。二発目は色々怖い」
HPが回復するのが遅かったり、或いは何か特定のもので回復しないといけなかったりした場合、二発目まで受けているとリスクが高くなってしまう。ある程度情報は得たし、もうやる意味はない。
それに、普通に痛いし。痛いのはいいかな、しばらくは。
と。
「……お」
「どうしたの?」
「いや、俺のHP見てくれよ」
俺が言うと、二人の目が宙をなぞる。
「なんか変わってる?」
「よく見てくれ、ちょっとずつ回復してるぞこれ」
HPゲージに、緑の部分が少しずつ増えていっている。
どうやらこの世界、HPの自動回復があるらしい。
「ほんとだ、ちょびっと増えてってる」
「ほっとけば回復してくっぽいな」
フル回復までにはそれなりに時間がかかりそうだが、ダメージを受けても放置でいいってのは楽だな。
だが、逆に言えば攻撃を受けHPが減るとしばらくは減ったままだということでもある。過信は禁物だ。
「よかった、戻らなかったらどうしようかと思ったわ」
「まあ、流石にな」
とりあえず、HPの回復問題は解決か。
よかった。これでより安心してレベリングに励めるようになる。
そんなこんな言いながら道を歩いていると。
「あ、スライム」
小日向さんが呟く。見れば、道の先で角を曲がっていくスライムが。
「追いかけよ!」
「ああ」
俺達は武器を持って、そちらの方向へと走っていく。全速力で突っ走る小日向さんはどこか楽しそうで、それを後ろから見ていると、なんだか思わず笑ってしまった。
隣で、飾さんも呆れたように微笑んでいる。
「わたしがいちばーん!」
「はいはい」
「今回は小日向さんに譲っとくよ」
面白い人だ。小日向さんがいるだけで、場が明るくなっているような気がする。
彼女は杖を構えると、スライムに向けて魔法を放った。炎は、さっきの小日向さんみたいに突っ走って、火の粉を散らす。
そうして。
日々は、体験したことのない非日常は、確かに続いていく。手に掴んだ武器を、必死に振るい続ける。
あれから三日が経った。
俺達は今日、学校へと向かう。




