表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/20

10話 思考、試行、進行

「もう一個くらい装備作れそうよ」

「マジ? じゃあ……」

 さっきはああ言ったけど、やっぱり俺ばっかりってのもなあ。

 一個装備は作ったし、もう一つくらいは他の人に分けてあげよう。

「小日向さん用の装備でも作ろうか」

「いいの? 雪斗くんのじゃなくて」

「まあ俺はマント作ったからさ」

 それに、だ。

 小日向さんがいくら後衛だからって、何かイレギュラーが起きて攻撃を受ける可能性もある。一個くらいは装備をつけておかないと怖い。

「マントもう一個作って、小日向さんが装備しよう」

「わかった」

 二回目だからか、慣れた手つきで飾さんはマントを作っていく。

 小日向さんは出来上がったそれを同じように装備し、その体に纏わせた。下はジャージ、上は灰色のTシャツとかなり雑な格好だが、やはり俺と同じくそこまで違和感はない。

 ちなみに服は当然俺のものである。そこだけ物凄い違和感がある。そこだけ。

「飾さんのもいずれ作るから」

「ええ、ありがと」

 飾さんのような、いわゆる生産職だけが着れる装備とかも、探せばあるかもしれない。もしそうなら、そういうのまで揃えられるとすごく良いんだけどな。

 とまあ、装備作りは順調に進んでいる。レベリングも非常にいい感じだ。ハウス機能という新たな要素も発見し、日々の生活も豊かになっていっている。

 マントを触ると、さらさらとした布の感触が心地いい。

 いいな。このままいけば、二人を無事学校まで送り届けられそうだ。俺自身もどんどんと強くなっているし、目標がどんどんと近づいてきているのを感じる。

 剣を振るうのにも慣れてきた。この世界のモンスターは思っているより強くないし、或いは、俺達が思っているより強いのかもしれない。

 やれる。実感が、どんどんと湧いてくる。一つ一つ強くなっていく感覚は、ゲーマーが病みつきになるそれと同じだった。

「なんかお腹すいちゃったなあ」

 小日向さんがぼやいて、それじゃあと俺は腰を上げる。

「ご飯食べて、その後もう一回レベリングに行こう。時間もそんなにないからさ」

「うん、りょーかい」

「今回は飾さんもついてきてよ」

「え、私も?」

「ああ。なんでもパーティー機能ってのが追加されてさ――」

 飾さんに開放された機能の説明をしつつ。俺達はご飯を食べ、少ししてから再度レベリングへと赴いた。

 空を見上げれば、なんだか天気が悪い。曇った空は今にも雨が降り出しそうだ。あまり長居はできないかもしれない。 

 俺はパーティー機能の画面を開くと、それとにらめっこを始める。

「んーと」

 どういう原理なのかは知らないが、周りにいる人達をパーティーに誘うことができるようで。見た感じ操作は簡単そうだ。

 飾さんと小日向さんの名前をタップし、パーティーに加入するよう申請を送信すると。

「なんか来たんだけど!」

 二人の前にウィンドウが立ち上がる。そこには『穂村雪斗のパーティーに加入しますか?』との文字が表示されていた。その下にはいといいえというボタンがあって、そこを押せばどうこうできるんだろう。

「それ承諾してみてくれ」

「はーい」

 二人がはいをタップすると、俺のウィンドウに小日向つむぎ、飾柚子がパーティに加入しましたと表示された。

 同時に視界の左上、俺のHPと名前が表示されている箇所の下に、二人の名前とHPが縦並びに表示された。

「これでパーティー機能が使えてるはずだ」

「へえ、結構簡単なのね」

 まあ、この手のシステムは無駄に難しいとユーザーにストレスを与えるだけだからな。

 以前やったゲームでは、友達をパーティーに誘うだけでいくつかの手順を踏まなければならずかなり萎えた。ああいうのはやめてほしい。

「とりあえず、モンスターを探そうか。で、倒してみてちゃんと機能が反映されてるのか確かめよう」

「りょーかい」

「おっけー。ついてくわ」

 てなわけで、二人を連れて行脚の旅が始まった。

 といっても俺の家の周辺をぐるぐる回るだけだが。小旅行を超えたマイクロ旅行である。

 しばらくすると、それらしき物体が目に入った。

「雪斗くん、ゴブリンいたよ」

「ああ」

 小日向さんが指さした先には、ゴブリンがぼうっとした様子で立っていた。空を見上げていて、なんだか黄昏れているようだ。

 あいつらも天気がどうとか思ったりするのかな。雨が降ったら大変だろうしな。

「よおし、じゃあわたしが……」

「あ、ちょっと待って」

 そう言って隣で杖を構える小日向さんを、俺は止める。

「ちょっとやりたいことあるんだよ」

「やりたいこと?」

「うん」

 小日向さんが首をこくりと傾げた。小動物チックな可愛さがありありと表れている彼女に、俺は理由を説明する。

「ダメージを受けてみたいんだ」

「はい?」

 誰よりも早く、飾さんが声を上げた。意味がわからないって感じが顔に出ている。

「いや変な意味じゃなくてさ」

「変な意味にしか聞こえないんだけど」

「いやほら、これから俺たちは熊と戦うことになるかもしれないだろ?」

 俺の言葉に、二人は頷く。

「ってなると、攻撃を受ける機会があるかもしれない」

「そうね」

「そんな時どれくらいダメージを受けるのか、なんとなくでもいいから把握しておきたいんだよ」

 俺はまだ相手から攻撃を受けたことがない。ゴブリンの棍棒は避けてしまったし、スライムは喰らう要素無いし。

 そんな俺がいざ、熊に出会って、攻撃を受けて。

 その時が攻撃を受けるのが始めてだったら、きっと俺は必要以上に動揺してしまうだろう。飾さんも、小日向さんも同様だ。

 そうならないように、雑魚の攻撃を受けて慣れておきたい。どういう風にHPゲージが減っていくのかとか、それが回復するのかとか……それに痛みは感じるのかとか。

 ゲーム的に考えれば、雑魚の攻撃を喰らったって痛くはなさそうだ。けどあの棍棒があの速度で叩き込まれれば、常人ならただじゃすまないだろう。

「それ本当に大丈夫なの?」

「まあ、俺のレベルも、ステータスもそれなりに上がってるから」

 それに。

 ゴブリンの頭の上には、はっきりとレベル1との表記がある。

「ほら、あのゴブリンってレベル1だろ? 多分そこまで痛くないと思うんだよな」

 レベルが上がるにつれ、俺たちは防御力と攻撃力も上がっている。

 現在のレベルは6で、防御力は180。高いのか低いのかよくわからないこの数値の効果は、今回の検証ではっきりするはずだ。

「えー……」

 懐疑的な視線を向ける飾さんに、まあその表情も当然だろうと俺は口を閉じた。

 とにかく、これに関してはやってみないと分からない。だからこそ、やらなければいけない。

「二人は受ける必要はないから安心してくれ」

「それはありがたいけど」

「まあダメそうだったら、そん時はそん時で」

「怖くないの?」

「そりゃ怖いよ。けど、やらないほうがもっと怖い」

 怖くないわけないがない。俺だってただの人だ。戦うならまだしも殴られにいくなんて、怖いに決まってる。

 けど、それでも、こんなしょうもない恐怖に負けるわけにはいかないのだ。ここでダメージを受けるという経験をしておくことは、今後戦っていく上でとても貴重な経験になる。

 まあ多分大丈夫だと思うけど。ていうか、大丈夫だと思っているからこんなことをするわけだ。本当に危険ならやらないし、できない。

「二人は来なくていいよ」

 剣を取り出しつつ答える。そのままゆっくりと、俺は小日向さん達を置いて緑のバケモノに近づいて行った。

 視界の端で見えた二人の顔には、不安の二文字がしっかりと刻まれていて。なんだか申し訳ない気持ちになる。

「……ギャウ!?」

 約2メートルほどの距離まで近づくと、ようやくゴブリンは俺の存在に気が付いたのか、雄たけびを上げて棍棒を振り上げた。

「ギャオ!」

 最初はビビってたけど、この叫び声にももう慣れたな。

 こちらへと走ってくるゴブリンを見ながら、俺は胸中で呟く。

「……」

「ギャオオ!」

 接近したゴブリンは、棍棒を荒々しく振り回した。

 風を切るような重低音と共に、それが俺の体目掛けて振り下ろされる。

「っ」

 全身を固める。地に足をつけ、踏ん張るように拳に力を入れた。

 目を瞑りそうになるが、耐える。

 怖い。思ったより、何倍も。あと0.何秒かすれば攻撃が当たるであろうこのタイミングで、ほんの少しだけ、後悔した。

 直後、衝撃が体に走る。

「がっ!?」

 誰かに本気でどつかれたような、重くて鈍い感覚。棍棒が命中した右腕がずきずきと痛み、俺は即座に後ろへ飛び退いた。ゴブリンとの距離が開いて、俺は腕を手で抑える。

 痛い。思ったよりちゃんと。外傷は無さそうだが、視界の左上に表示されていたHPゲージに目をやると、十分の一ほど削れていた。

 痛みの割にそこまでダメージは受けてない気が。いや、でもこんなもんか。なんなら逆に、腕を殴られたくらいでここまでHPが削れるのかという驚きすらあるな。

「こんな感じか……」

 殴られればちゃんと痛い。HPゲージの減りと痛みとの相関はあんまりよく分からないが、この感じだと重いのを一発食らったら動けなくなったりしそうだ。

 ゲームなんかじゃあHPが1でも残ってたらギリギリまで粘って戦ったりするけど、そういうのは結構厳しそうだな。痛みで動けなくなるのが先だろう。

 やはり、攻撃はしっかり避けなければいけない。

「だ、大丈夫!?」

 駆け寄ろうとしてくる小日向さんを手で静止して、俺はゴブリンを睨む。

「ディザスト」

 新たにさっき覚えたスキルだ。せっかくだ、ついでにこいつの初陣といこうじゃないか。

 その名を唱えると、赤く揺らめくオーラが剣へと纏わりついた。確か説明には中距離攻撃って書いたあったはずだ。てなると、こっからでも攻撃できたりするのだろうか。

 俺はそのまま、その場で剣を横薙ぎに振るう。

 すると、鎌鼬のような、円弧状のエネルギーが剣から飛び出した。血のように紅いそれは風を切り、空間を駆け抜けていく。

「ギャアアッ!!?」

 ゴブリンが悲鳴を上げる。鎌鼬が肩を引き裂いたのだ。同時にHPが半分削れ、悶絶したゴブリンはそのまま地に伏せる。

「ディザスト」

 俺はもう一度ディザストを使い、離れた距離からゴブリンを切り裂いた。さらにダメージを受けゼロに達したHPバーは、死の宣告に他ならない。

 ゴブリンは、そのまま光を散らして消えていく。

「ふう」

「穂村くん!」

 二人が俺の側へ寄ってくる。その表情は、やはり不安げだ。

「大丈夫?」

「ああ。ちょっと痛かったけど」

 HPの減り方や、痛みを感じるのかなど色々なことを確認できた。収穫は大きい。

「HP、削れちゃってるけど……」

 パーティー機能を使っているから、俺のHPが見えているのだろう。飾さんは心配するようにそう言ってくる。

「でも、こんくらいしか減らなかったってのがびっくりだよ」

「これって元に戻るの?」

 言われて、そういえばと気がついた。

 これ、減った分って回復するのかな。

「確かにそうだな……」

「ちょっと待って、何も考えてなかったの?」

「いや、考慮外だったっていうか。ほら、普通減った分は回復するのが当たり前だからさ」

 でも、回復方法にも色々種類がある。時間経過で少しずつ回復していったり、或いは眠ることで回復したり。ポーションみたいなアイテムを使ったり、魔法でヒールしたりなどなど。

 そこの検証もしないと。次から次へと問題がでてきて、暇な時間がありゃしないな。

「経験値、二人は入ってるか?」

 俺が聞くと、二人はウィンドウを立ち上げる。

「あ、入ってるみたい」

「パーティー機能もちゃんと使えてるみたいだな。経験値はどれくらい入ってる?」

 俺には経験値が10入っている。倒した人以外には少ししか入らないって書いてあったから、10そのままってのは無いと思うけど

「んーっと……多分2とか」

「少ないな」

 五分の一じゃねえか。運営さん経験値分配渋ってない?

 まあ、経験値が入るだけマシか。今までは完全にゼロだったわけだから、それ考えりゃあるだけありがたいってもんだ。

「ま、とりあえず次行くか」

「ちょっと待って、また攻撃受けるの?」

 驚いたように言う飾さんに、流石にと俺は首を振る。

「ごめん、普通にレベリングにだよ。二発目は色々怖い」

 HPが回復するのが遅かったり、或いは何か特定のもので回復しないといけなかったりした場合、二発目まで受けているとリスクが高くなってしまう。ある程度情報は得たし、もうやる意味はない。

 それに、普通に痛いし。痛いのはいいかな、しばらくは。

 と。

「……お」

「どうしたの?」

「いや、俺のHP見てくれよ」

 俺が言うと、二人の目が宙をなぞる。

「なんか変わってる?」

「よく見てくれ、ちょっとずつ回復してるぞこれ」

 HPゲージに、緑の部分が少しずつ増えていっている。

 どうやらこの世界、HPの自動回復があるらしい。

「ほんとだ、ちょびっと増えてってる」

「ほっとけば回復してくっぽいな」

 フル回復までにはそれなりに時間がかかりそうだが、ダメージを受けても放置でいいってのは楽だな。

 だが、逆に言えば攻撃を受けHPが減るとしばらくは減ったままだということでもある。過信は禁物だ。

「よかった、戻らなかったらどうしようかと思ったわ」

「まあ、流石にな」

 とりあえず、HPの回復問題は解決か。

 よかった。これでより安心してレベリングに励めるようになる。

 そんなこんな言いながら道を歩いていると。

「あ、スライム」

 小日向さんが呟く。見れば、道の先で角を曲がっていくスライムが。

「追いかけよ!」

「ああ」

 俺達は武器を持って、そちらの方向へと走っていく。全速力で突っ走る小日向さんはどこか楽しそうで、それを後ろから見ていると、なんだか思わず笑ってしまった。

 隣で、飾さんも呆れたように微笑んでいる。

「わたしがいちばーん!」

「はいはい」

「今回は小日向さんに譲っとくよ」

 面白い人だ。小日向さんがいるだけで、場が明るくなっているような気がする。

 彼女は杖を構えると、スライムに向けて魔法を放った。炎は、さっきの小日向さんみたいに突っ走って、火の粉を散らす。

 そうして。

 日々は、体験したことのない非日常は、確かに続いていく。手に掴んだ武器を、必死に振るい続ける。

 あれから三日が経った。

 俺達は今日、学校へと向かう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ