お前あの祠壊したんか
「お前、あの祠壊したんか!!」
「ええ……?」
いやまあ、壊したというか、ちょっと触ったら勝手に壊れたというか……
「しゃあない。ケンジ、ちょっとこっちの部屋来い」
ええ、なんなの? よくわからないけど俺はおじいちゃんに連れられて六畳ほどの大きさの小さな和室に通される。というかおじいちゃんの家には和室しかないけど、床の間と小さな押し入れしかない、何もない部屋だ。
「ケンジ、しばらくこの部屋から出るんじゃないぞ」
え? しばらくってどのくらい? さっきトイレ行ったばっかだから大丈夫だと思うけど、いつまで?
「明日の朝迎えに来るが、それまでは何があっても部屋から出るんじゃないぞ。たとえ儂の声が聞こえて『開けてくれ』と言われても、絶対に障子を開けてはならん」
ええ? なんなんそれ? 何が起こるん?
おじいちゃんはそう言い残して障子を閉めると、慌ただしくどこかへ行ってしまった。いったい何が起こるんだ。あの裏山に会ったボロボロの祠、そんなにヤバいものだったのか?
とはいえ……どうしよう? こんななんもない部屋で朝まで? しまった、スマホも部屋に置いてきちゃったからホントに何もすることないぞ。
ちょっと外を覗いてみるか? いやでも障子を開けるなって言われたしな。外は……おじいちゃんとおばあちゃんがなんか慌ただしくしているけど、それ以外は分からない。
あの祠本当に一体何だったんだろう? なんかヤバいものが封印されていたとか?
しかし現状俺にできることは何もない。待つしかないのか。
ずっと障子を見つめながら座って待ち、そして寝転ぶ。外が暗くなっても、相変わらず何も起きる気配はないが……飽きてきたのかだんだんと睡魔が襲ってくる。闇の中に溶けていくように、俺の意識はなくなっていった。
「ケンジ、ケンジ、朝じゃぞ」
「はっ!?」
いつの間にか朝になっていたようだ。外はまだ少し薄暗いがおじいちゃんとおばあちゃんが心配そうに俺の顔を見ている。
「無事なようじゃな。さて、朝飯にでもするか」
そんだけ? 結局あの祠はなんだったの?
「一時はどうなることかと思ったが、無事なようで良かったのう」
……いや、っていうか……
「なんも無かったスよね」
「はぁ!?」
おじいちゃんとおばあちゃんがハモって聞き返す。年寄りだから耳が遠いのかな? 仕方ないな。
「結局なんもなかったんスよね。あの祠?」
「え? 何ゆうてん、じぶん? あの後どんだけ大変だったと思ってんの? どんだけ大変だったと思ってんの? 二回ゆうてもうたがな!」
「ほら! おじいさん二回ゆうてるやろ!」
二回言ったからなんなんスか。
「お前は部屋におったから分からんかもしれんけどな、外の、お前、あの、邪神……悪霊との戦いがそらもうえらいことなってなあ!」
「今邪神って言ってから盛りすぎたと思って悪霊に言いなおしましたやん」
このじじばばなんか怪しいぞ。絶対祠壊してもなにもなかったよな。
「やかましい。邪神も悪霊もおんなしや!」
暴論が過ぎる。
「そもそもあの祠も元々ボロかったし……触ったら勝手に崩れた、っていうか」
「はぁ!?」
またハモるじじばば。息ぴったりやな。
「結局なんもなかったんスよね? っていうかあの祠も、僕が壊したっていうか、勝手に壊れた……みたいなところとかあるんで、逆に僕が被害者なんちゃうかな、ってのはあるんスけど……」
「はぁ~、出ましたわこれ。これがあれか、Z世代の考え方ってやつか。それともあれか? 美津子か。美津子の育て方が悪かったんか」
「親は関係ないじゃないスか。そういうんじゃなくって、結局あんなボロい祠壊したってなんもなかったってことッスよね?」
「あーあー、なるほどね。そういうこと言うんや。そういうこと言うんならもうアレやね。出るとこ出るしかないわな」
え、なに出るとこって。
「器物損壊やからな。こっからはもう……法廷で話をすることになるわな」
「はあ? それはちょっと、話の流れが違いますやん? そういうんはやめましょうよ」
「いやもうあかん。邪神様も怒っておられる」
邪神様法廷に関係ないやろ。悪霊ちゃうんかい。
「いやおじいちゃん、身内で訴えるとか言わないでくださいよ。そんなんはちゃいますやん」
「あかん。もう、も〜そういうんは弁護士を通してゆうてくれ」
顧問弁護士でもおるんかこの家。知ってる言葉適当に並べてるだけちゃうか。
「いやもう……ほんまに勘弁してくださいよ」
「……まあ可愛い孫のやったことやしな。なんとか穏便にゆうんやったら、こういう時は先に言うことあるんちゃうかなあ」
え? なんなん? はっきり言えや。察してちゃんが。
「ひとんちの祠壊してなあ! 迷惑かけたんやから、言うことがあるんちゃうんかなあ!?」
腹立つなくっそ、このじじばばめ。何を要求してるのかは分かるけど、素直に謝るのも癪に障るが……仕方ないか、本当に訴えてきたら面倒だし。
「言わなあかんことがあるんちゃうかなあ?」
「あの……クソ……すんませんした」
「はいすいませんね!? それから?」
「それから? それからってなんですのん?」
「あやまりました! それから? あるやろ? あ、あり……?」
え、なんなんこのじじい。壊れたん?
「ありが……ゆうて! 一緒にゆうて!!」
「ありが」
「ありがとう?」
「ありがとう……」
「ございます?」
「ありがとうございます……」
「そう! 守ってくれてありがとうございますやろ!!」
「守ってくれてありがとうございます……」
絶対守ってはくれてないと思うねんけどなあ……
「ったくこれだからZ世代ってやつは……感謝の言葉も言われへんのかいな」
ああ~、めちゃ腹立つわこのぼけ老人ども。でもこれでやっとトイレに行けるわ。
「まあこれで反省した、ってことでな……ほんで、じぶん、今手持ちある?」
「え? 手持ち?」
手持ちって……お金か?
「いや、まあ……一応一万ちょいはありますけど……」
「ほな……出そうか、それ」
え、何を言い出すのこのじじいはマジで。
「あの……アレや。祠の修繕費や」
今考えただろそれ。
ええ? おかしいやん。孫が遊びに来てさあ。普通はおじいちゃんとかはお小遣いくれるところやん? 逆に金取るってどういうこと?
俺がしぶしぶ財布から金を取り出すとじじいはひったくるようにそれを取っていった。
「まあ、ええ勉強になったやろ。これに懲りたら祠は大事にすることや。正月んなったらまた遊びにこいや」
二度と来るかボケ。