美し夜
「・・・」
美夜は公園のベンチで目を覚ます。
空を見る。世界は夕暮れとなっていた。
彼女は座っているベンチを手でなぞり、付着した埃を見て服で拭った。
目の前にある遊具は先ほどまで誰か居たのだろうか。
きぃきぃと音を立てながら揺れている。
後方、少し遠くの位置から少年のような声がする。
「きょうはね、たっくんとドロケイしたんだけどね!・・・」
美夜は興味なさげに俯くと、立ち上がり伸びをした。
そこで、枕にしていたはずの鞄が空いていることに気がつく。
不用心な自分に呆れながら中を覗くと、一つの手紙が入っていた。
『こんなところで寝てたら風邪ひくよ。よければお家に泊めてあげるから、連絡くれたら嬉しいな。テルバン090-XXXX-XXXX』
美夜は辺りを見回した。
一台のミニバンが停まっている。
「きも。」美夜は一言だけ呟くと、手紙を破りミニバンとは反対の出入り口に向かった。
曲がり角を曲がったところで先ほどの位置から車が動く音が聞こえ、彼女は走り抜けようとした。
まずは今前方に看板が見えている、行きつけのコンビニに逃げ込もうと思ったのだ。
しかし、コンビニに着くかどうかといったところ、美夜は何者かに右手を掴まれた。
「え〜、なに、読野じゃん。そんな走ってどこ行くの?学校も来ずに何してたわけ?まさか不良〜?」
・・・手の主は顔を見なくても分かる。
同じクラスの女子、組分怜だ。
その後ろからクスクスと笑う声が聞こえるのはおそらく、組分の取り巻きをしている2人、森田と宮島だ。
組分は口調さながら相手を煽り嫌がらせをする事が大好きな人間、所謂いじめっ子という奴だった。
彼女を中心に、よくこの3人でクラスの女子をいじめては自分達を優位付けて楽しんでいる。
とりわけ、美夜は気の弱さや反論をしないことから、よくその標的にされていた。
「離し・・・」
美夜が口を開いたことを確認し、そこから発される言葉を遮るように組分が話す。
「ねぇあんたが出てきた瞬間に車の音がし始めたよねー?」
それを聞いた2人の取り巻きが声を荒げた。
「えぇー!?それって、もしかして・・・」
このように彼女達は、「何を言っても上書きして発言をされる」と相手の逆らう意思を削いでいき、自らのヒエラルキーを高めることに快楽を感じている。
その手口は十分に分かっていた。
ただ、美夜の出した結論として、彼女達はごく普遍的な人間だ。
どうやら「いじめだ」と指摘されることは怖いらしく、低レベルな嫌がらせしかできない。
この時間も黙っていれば何事もなく終わる。
少しして、組分が高らかに声を上げた。
「持ち物チェーック!!」
それに受動的に反射するように取り巻きの2人は美夜のカバンを取り上げる。
この持ち物チェックという名の、揚げ足取り用アイテム捜索タイムもまた、美夜は何度も味わっている。
そして、何か出汁になるようなモノが見つかったところで大した事がないのも分かっていた。
ただ、点数の低いテストを周りに公言するだとか、忘れ物があると分かった日には大声で先生に発表するだとかその程度だ。
この時間もまた、いじめというにはチープで下らない瞬間だ。
・・・しかし、その日ばかりは美夜の予想とは違った結末が待っていた。
「おい・・・なんだこれ・・・?」
組分は震え声で、ひゅこひゅこと騒いだ。
カバンに入っていた美夜の教科書で、包むように何かを持ち上げて見せる。
美夜からは教科書で何かハッキリとは見えなかったが、何やら袋のようなモノだ。
組分はその袋のようなモノを震えた手で持ち上げると、美夜の顔面に投げつけた。
袋の封は緩かったようで、中身が美夜の顔に飛び散る。
「お、おまえ・・・ほ、本当にエンコーしてたなんて・・・きもすぎる・・・」
そう言いながら組分達は後退りをすると、腰を抜かしたかのようにくの字にお尻を突き出したまま、美夜から逃げるように走っていった。
その後も3人は美夜に聞こえるかどうか程度の声量で「マジできもい」「無理すぎる」と発しながら美夜の視界から消えていった。
美夜はその後コンビニの駐車場まで歩き、誰もいないのを確認すると、角の方でしゃがみ込んだ。
「おえ。」
美夜は、頬を伝い口に入り込んだ生臭い白濁液を手で拭った後、手慣れたように嘔吐し、その場を後にした。
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