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第1話 ミニスカポリスのモンスター

 午後十一時五十二分


「りっくん大丈夫?」


 玲緒奈さんが屋上で須藤さんと話してくると言い残して五分程経っただろうか。俺はソファで泣き続ける中山の頭をポンポンしながら問いかけた。


「ヒンッ」


 中山は嗚咽混じりの声で答える。

 しばらくすると落ち着いてきたのか、「玲緒奈さん怖い」と言いながら顔を上げた。泣いて赤くなった目が痛々しい。鼻水をすすり、涙の跡が残る頬を見て俺は思わず笑ってしまった。


「もう大丈夫?」


 そう聞くと、中山は恥ずかしそうな表情を浮かべながらも頷いてみせた。俺が笑ったから中山も少しだけ笑顔になる。その様子に安心して俺は中山の肩に腕を回した。


「ねえ、りっくん。どういう状況だったの?」

「手を洗って、蛇口を締めた瞬間に頸動脈を掴まれた」

「そっか。お水、大切だもんね」

「うん」


 中山が加藤を襲うのはいつものことだが、加藤は署内だから油断していた。それは良い。油断は良くないから。猿轡に後ろ手拘束も……まあ、良い。

 だが、加藤が飯倉を引っ叩いたから中山はキレた。だからAVのくだりだったのだが、さすがに須藤さんも眉根を寄せたし、俺も完全にアウトだと思った。


「玲緒奈さんの指先の感触から十五秒だなとは思ったけど、その割には落ちるまで時間があった」

「もしかして……新技、かな」

「多分そうだと思う」


 ――もうっ! あのモンスターめ!


 体力で男に劣るのは仕方のないことだからと、それを補うためには技術が必要だとして玲緒奈さんは研鑽を重ねている。それは良い。尊敬している。だが、こうして新技披露を事前通知無しでやるのは困るし、だいたい痛いからやめて欲しい。


「落ちるまでの間にさ、玲緒奈さんが言ったんだよ」

「何て?」

「うーん、『AVは大人のファンタジーだけど、そういう目で見られるのは嫌なものよ』って」

「……そうだね。AVのくだりは良くなかったね」


 二十代の頃の玲緒奈さんは三人の現職がいる松永家を良く思わない奴らからエグいハラスメントを受けていた。何があったかは、俺は全てを知っているわけではない。兄は知っていると思う。おそらく須藤さんも。

 父は玲緒奈さんを出来るだけ自分の目が届く安全な場所に置くようにしていたが、今はもう父はいない。だから玲緒奈さんは奴らを物理的に潰すためにトレーニングを欠かさないし、メンタルを潰す術も情報も持っている。

 玲緒奈さんはその時の恨みがあるのだろう。ここ数年で何人かをじわじわと追い詰めているようだ。詳細は怖くて聞けない。最近、一人消えたし。


「うん。でもね……」

「ん?」

「落ちる二秒前に明るい声で、『ミニスカポリスは大好きだよ!』って言ってた」

「……そっか」


 ――ミニスカポリス。


 俺は目眩がした。

 五年くらい前、ミニスカポリスのコスプレをした玲緒奈さんからボッコボコにされたことがあるから。


 加藤と玲緒奈さんが官舎を訪れ、相澤と四人で飲んでいた時だった。テキーラの飲み比べで俺と相澤がベロンベロンになった頃、玲緒奈さんは着替えると言い出した。『ミニスカポリスのコスプレする!』と笑顔で言って、俺の部屋に行った。


 俺は何が楽しくて兄嫁のコスプレ姿を見なくてはならないのか、何の罰ゲームだと思ったが、いざミニスカポリスのコスプレをした玲緒奈さんを見たらアリだなと思った。完全にアリだった。


 ミニスカートから伸びる鍛えられた健康的な長い脚、そして大きいおっぱい。

 おっぱいが大きいから上衣のボタンが閉まっていなかった。谷間がすっごくナイスだった。

 玲緒奈さんのミニスカポリスは俺的には完全にアリだったから、お兄ちゃんのことがちょっぴり羨ましくて、玲緒奈さんのすぐ横にいた加藤を見た。そして俺の頭に浮かんだのは――。


 加藤では細すぎるからダメだ。

 おっぱいの小さい加藤ではダメだ。

 ミニスカポリスは似合わない。

 加藤はナースコスもダメだ。

 おっぱいも尻も小さいから。

 でも玲緒奈さんのナースコスはアリだと思う。

 見てみたい。やってくれないかな。

 俺は背が高くて肉感的な女が好きだ。

 おっぱいは大きい方が良い。

 揉み心地は弾力があるより柔らかい方が良い。

 モミモミしたいし挟まれてパフパフされたい。

 玲緒奈さんのおっぱいは大きいし柔らかそうだから、お兄ちゃんもモミモミパフパフしてるのかな。いいな。


 玲緒奈さんのミニスカポリスのコスプレ姿を見ながら、俺はそんなことを考えていた。だが、気づいた時には玲緒奈さんが俺に馬乗りになって拳を振り下ろしていた。

 どうやら俺は、全て口に出していたらしい。


 そうして俺はノーガードでボッコボコにされたが、加藤が『パンツ見えてます!』と大声で言った時、俺は条件反射で『どんなパンツ履いてるの?』と言ってしまった。その後の記憶は、無い。


「玲緒奈さんのミニスカポリスのコスプレ姿を見たことあるよ」

「えっ!? ホントに!? 似合ってたでしょ?」

「うん」


 中山はいつも加藤にロクでもないことをするが、たまに玲緒奈さんの逆鱗に触れると今回のように返り討ちに遭う。だが、普段の玲緒奈さんと中山は仲が良く、玲緒奈さんは弟のように可愛がっている。


「いいなー、俺も見たいな」

「頼んでみたら?」

「怒られないかな?」

「……交換条件、つけられるだろうね」


 ――アラフォーのミニスカポリス。


 玲緒奈さんなら、アリだ。まだイケる。

 加藤もここ最近は肉がついて来たから、ミニスカポリスが似合うかも知れない。だが、それを言うと玲緒奈さんにまたボッコボコにされるだろうから言わないでいる。



 ◇



 午前零時十二分


 落ち着いた中山は顔を洗いに行った。

 デスクで事務処理をしていると、スマートフォンにメッセージが届いていることに気づいた。


『敬ちゃんおやすみなさい』

『大好きだよ』


 優衣香だった。

 中山が恋人にお願いしているように、俺も優衣香にどんなことでも良いからメッセージを送って欲しいとお願いをした。


 ――嬉しいな。


 小さな画面に、手のひらの中に優衣香がいる。

 会えないけど、すぐそばにいるようで幸せだ。


「なにニヤニヤしてんだよ」

「んふふっ……」

「笹倉さん?」

「うん」


 いつの間にか戻って来ていた中山に呆れ顔をされているが、気配はわかっていた。気を遣ったのだろう。


 中山にも長い付き合いの恋人がいる。

 十五年前、俺も一緒に行った合コンで出会ったというが、全く記憶に無い。


「りっくんは? 彼女からメッセージ来た?」

「来てたよ。向こうは朝だから『おはよう』って」

「そっか」


 その時、玲緒奈さんと須藤さんが戻って来た。


 ――そうだ、交換条件だ。


「おかえりなさい。玲緒奈さん、陸はミニスカポリスのコスプレ姿を見たいそうですよ」

「えー、私もう四十超えてるよ? 見たいの?」


 ――やる気あるんだ。


「玲緒奈さん! お願いします! 俺マジ見たいです」

「うーん、じゃあ……いつにしよっか?」

「ちょっと待って」


 中山と玲緒奈さんの会話を遮るように声を上げたのは、怪訝そうな表情で玲緒奈さんを見ていた須藤さんだった。


「玲緒奈さん、仕事中です。そういう話はせめて俺のいないところでしてもらえませんか?」


 玲緒奈さんは不服そうな表情を浮かべて、須藤さんを見た。だが玲緒奈さんは反省などしていない。モンスターが反省するわけがない。どう見ても楽しんでいる。


「写真あるよ? 見る?」

「見ます!」


 嬉しそうにはしゃぐ中山を見た須藤さんは眉根を寄せ、俺をちらりと見た。


「これ」

「ああっ! カッコいい!」

「んふふっ、ありがとう」


 ミニスカポリスのコスプレ写真は複数枚あるのだろう。玲緒奈さんはスワイプさせながら中山と眺めている。

 俺と須藤さんはソファに座り、スマートフォンを眺める二人を見ていた。


「あれっ? これって敬志ですよね?」

「うん、そうだよ」


 ――あの時の写真か。


「須藤さんは玲緒奈さんのミニスカポリスは見たことあります?」

「無いよ。敦志(あつし)のカミさんだよ? 見ていいと思う?」

「でも見たくないですか?」

「……お前さあ」


 俺が二人に視線を戻すと、中山は真剣な眼差しで玲緒奈さんの写真に見入っていた。中山を見ていると目が合ったが、なぜか勝ち誇ったような笑みを浮かべている。


 ――なんだ?


 そう思っていると、スマートフォンで玲緒奈さんの死角になっている場所から中山はハンドサインを送ってきた。尻、見える、オススメ――。


 あの時、撮ったのか。

 加藤も相澤もスマートフォンを持って撮影していたのは記憶にあるから、どちらかが玲緒奈さんのパンチラを撮ったのだろう。


 須藤さんに向けて中山は訴えている。須藤さんはどう出るか。


 以前、吉崎さんがおっパブをオープンさせると意気込んでいて、俺はウッキウキでオープンを待っていたが計画は立ち消えになった。

 後になってから、須藤さんが『おっパブは飽和してる。脚と尻がお触りオッケーのランパブならブルーオーシャン』と吉崎さんに言ったと聞いた。


 なんだかすごくカッコいいことを言ってるようでロクでもないことを言ってるなと思ったが、須藤さんが脚フェチ尻フェチだとは知らなかったから驚いた。

 だが俺はおっぱいが好きだから須藤さんと言い合いになった。おっパブに行きたかったから。


 須藤さんはこう言っていた。『おっぱいはちっぱいでも良い。でもケツはプリケツじゃないとダメだ』と。その後、兄から『諒輔は昔から脚フェチだよ。レースクイーン大好きだし』と教えられた。


「須藤さん、見せてもらいましょうよ」

「……でもさー、良くないだろ」


 ――あっれー? チンパンジーが本気で悩んでる。


 だがパワハラはするがセクハラは絶対にしない須藤さんだ。見ないだろう。それに玲緒奈さんは高校時代からの友達の奥さんだ。見ないだろう。


「玲緒奈さん、せっかくだから俺にも見せて下さい」


 ――あっれー? さっきは自分のいないところでやれって言ったのに。


 驚いた表情の玲緒奈さんだったが、ソファに来て須藤さんの右脇にある肘掛けに腰掛けた。


 玲緒奈さんは須藤さんにスマートフォンの画面を見せ、俺も横から覗き込んだ。


 ――これはヤバいな。


「こっちは上からだよ」

「あー、これは……」


 俺に馬乗りになって十一時方向から撮った写真だったが、おそらく俺にグーパンしたせいでギリギリ締めていたボタンが吹っ飛んだのだろう。何も知らない第三者から見れば、男の上で雛ポーズをキメるミニスカポリスだった。


 ――ナイスおっぱい。


 最初に見せられた写真は七時方向から撮った写真だった。スリットの入ったスカートで俺に跨ったから、ギリギリパンツは見えないが尻は見えていた。


 ――脚と尻の境目、大好き。


 俺は満足だった。おっぱいも尻も脚もナイスで満足だ。写真の中の俺は鼻血ブーでぐったりしているが、満足だ。

 須藤さんの反応はというと、眉間にシワを寄せて渋い顔で写真を見ている。


 ――あ、頭を抱えた。


「セクハラとパワハラが同時に写ってる写真って、なかなか見ないですよね」

「えー、敬志は身内だから良くない?」

「良くないです」


 玲緒奈さんを見上げ、困ったように笑う須藤さんだが、絶対に満足したのだろう。俺にはわかる。

 三年前、須藤さんはクラブのお姉ちゃんに下半身の筋トレを仕込んでいた。真面目なお姉ちゃんは指導された通りに努力し、見事なプリケツになった。

 結果を出したお姉ちゃんを立たせてポーズを取らせた  須藤さんは満足そうに笑っていた。その時と同じ笑顔だ。


 俺は中山と目を合わせ、微笑みながら頷いた。





 

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