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第3話 相思相愛

 午後五時四十三分


 捜査員用のマンションは事務所から歩くと八分で着く。マンションの最寄り駅は隣の石川町(いしかわちょう)駅だが、電車に乗るまでもない。

 俺は加藤の看病をしている中山と交代するためにマンションへ向かっていた。


 途中にあるドラッグストアで箱入りのアイスクリームを買うか。乳脂肪分の多いアイスならカロリーも多い。加藤はゼリーしか受け付けないとは中山から聞いている。アイスなら大丈夫だろう。



 ◇



 玄関ドアを開けるとスーツ姿の中山が俺を出迎えた。


「お疲れ。これ、冷凍庫に入れて」

「あ、アイスだ。俺もアイス買いに行ったんですよ」

「ふふっ、考えることは同じなんだな」


 俺と同じことをしていたのが嬉しいのか、目を輝かせて笑う中山に俺も頬が緩む。


「加藤は?」

「熱はまだ高いです。八度六分ですが平熱が低めですから」

「そっか。寝てるの?」

「はい」


 中山の背を見ながらリビングへ入る。

 事務所を構えたことで事務用品は移動してしまい、広いリビングダイニングは座卓と座布団だけになっていた。


「家に帰って来たみたいだ」

「ふふっ、本当にそうですよね。俺は初めてここに来ましたけど、家かなって思いました」


 普段の中山は単独で仕事をしているから、今回大人数で仕事することを楽しみにしていた。

 目の前にはいるが、毎日連絡して来る中山からしばらく解放される。


「敬志がさ、お前の女のことを聞いてきたぞ」

「ふふっ、そうなんですか」

「彼女は元気にしてる?」

「元気ですよ。海外出張中ですけど」


 冷凍庫にアイスを入れた中山はお茶と水のペットボトルを持ってリビングへ来た。二つを差し出してどちらか選べと。

 どちらでも良いと言うと、いつも中山は悩んでしまう。俺を慕う中山はいつも俺を最優先させるから。

 嬉しいとは思うが、中山の生い立ちを考えると胸が締めつけられる。


「お茶をもらうよ」


 座布団に座り、加藤の看病で事務所へ来れなかった中山へ書類を渡した。

 数字と文字が羅列されたいつもの書類だが、中山は一回読んだだけで記憶する。敬志でさえ二分かかるのに、中山は一回だけ目を通すだけ。一分もかからない。

 読み終えた中山は書類を俺に返した。


「敬志にさ、クギ刺しといた」

「何ですか?」

「ほら、敬志が笹倉さんの前のマンションでお前に気づかなかった話。車で帰って来た時の」

「あー、バーベル担いでた時?」

「そう。俺さ、『中山には笹倉さんが敬志の恋人だと言ってないのに中山は知ってたぞ』って言った」

「何で嘘吐くんですか」


 昨年十二月から中山に優衣香ちゃんの調査はさせていたが、敬志が優衣香ちゃんのマンションへ行った二回とも、敬志は中山の存在に気づかなかった。

 中山の能力が敬志を上回るのは事実だが、気を抜き過ぎだとも言える。


「すっげー悔しがってた」

「でしょうね、ふふっ」

「敬志と仲良く仕事してよ。あいつ、ちょっとキレてるから」

「ふふっ、笹倉さんに本気(マジ)なんですね」

「そりゃそうだろ」



 ◇



 午後六時十八分


 事務所へ行く中山を玄関まで見送ろうとした時、加藤が仮眠室から出てきた。


「あっ須藤さん……すみません」

「ん? どうした? お腹すいた?」

「あ、中山さんも……」

「俺は事務所に行くよー。お大事にね」

「すみません、本当にすみません」


 ――いつもの狂犬加藤はどこに行った。


 ドアノブを掴んで何とか立っている加藤を痛々しく思う。長い髪を横に流し、血色の悪い肌に乾燥した唇。Tシャツの袖から伸びる白く細い腕。


「じゃ、俺は行きます」

「ん、いってらっしゃい」

「いってらっしゃいませ」


 玄関の施錠をして振り向くと、加藤は廊下に出た所だった。足元がふらついている。


「トイレ?」

「はい」


 加藤が倒れないように体を寄せてトイレまで行かせた。俺はリビングに戻ったが、加藤はなかなかトイレから出て来ない。

 様子を見ようと廊下に出た時、トイレから大きな音がした。倒れたのか。


「加藤、どうした?」

「すいません、大丈夫です、出ます」


 トイレを流す音がして、ドアが開いたが加藤は額を手で押さえていた。


「どうした?」

「立ち上がったらふらっとして頭をぶつけました」

「んふっ……抱っこしようか?」

「ありがとうございます、すみません」


 ――そんなに辛いんだ。嫌がると思ったのに。


 廊下でお姫様抱っこしたが、いつもより体重が軽い。特別任務の時に加藤を担ぐことはあるが、その時より少し軽いと気づいた。


 ――可哀想にな。


 加藤が寝ていたベッドに寝かせたが、加藤のTシャツも布団も汗ばんでいる。

 女性用仮眠室にはベッドが二つあるからもう一つのベッドに寝かせようかと思ったが、ジャージも着替えさせないと意味が無い。


「着替える? 汗で気持ち悪いだろ?」

「そうですね、着替えようかな」


 ――悩むな。どうしようか。


 着替えるなら下着も着替えたいだろう。それなら風呂に入った方が良いが、熱があるから入らない方が良いのか。


「十時に葉梨と岡島が来るからさ、葉梨と一緒に風呂に入れよ」

「嫌です」

「何でだよ。汗流したいだろ?」

「そうですけど、葉梨と一緒に入るのは嫌です」

「なら俺と入る?」

「バ……」

「お前さ、今、『バカなの』って言おうとしただろ?」

「まさか」

「ふふっ、『バカなの』って言える気力があるなら良いよ」


 加藤を起き上がらせて、Tシャツだけ着替えさせて仮眠室を出た。



 ◇



 午後七時十一分


 俺が買ってきた高い箱入りのアイスクリームを加藤が食べている。三個目だ。よく食べているが、お粥はまだ無理だと申し訳無さそうな顔をしていた。

 熱は八度三分。薬は四日分を処方されている。


 恋する奈緒ちゃんは葉梨の顔を見れば早く良くなるのかも知れない。

 普段は葉梨と付き合っているなど、周囲に微塵も感じさせないどころか以前より葉梨にキツく当たるようになったが、交際は順調なようだ。


 昨年の加藤の誕生日以降、加藤の雰囲気が変わったことを不思議に思って調べたが、葉梨が関係していると判明するまで時間はかからなかった。

 意外だなとは思ったが、仕事で接点を持たせれば二人が望む結果になるかと思い葉梨をこちらに引き込む手配をして、自然に任せれば良いと考えていた。だが敬志も気づき二人はデートして、それが奏効して恋する奈緒ちゃんが生まれた。


 ――幸せになって欲しいな。


 黙っていれば誰もが見惚れる美女の加藤は口を開くとロクでもない女なのは周知の事実だ。しかも狂犬で姐さんの舎弟、バックには松永ブラザーズと俺がついている女に誰が手を出すのかと賭けの対象になっていたから、葉梨が加藤との交際報告を上げた時は大騒ぎになった。誰もが敬志と結婚すると思っていたからだ。俺も優衣香ちゃんの存在を知るまではそう思っていた。


 加藤に葉梨のどこが良いのか聞いた時、恥ずかしそうに頬を赤らめて、加藤は笑うとエクボが出来ることを俺は初めて知った。


『葉梨はいい男なんです。惚れた女しか夢中にさせない男ですから』


 敬志からは、『奈緒ちゃんの恋する乙女っぷりは見てて微笑ましいですよ』とは言われていたが、ここまでかと驚いた。あの狂犬加藤が惚気けるとは思わなかった。


 ――結婚、するのかな。


 警察官同士の夫婦なら仕事に理解がある。交友関係と視野が狭くなるネガティブな面もあるが、組織の一員なら仕方ない。


 ――いいな、幸せそうで。


 一昨年のクリスマス、奈緒美さんへプレゼントを渡そうと思い、加藤に選んでもらったのは白い薔薇五本の花束だった。

 奈緒美さんに渡すと喜んでくれたが、『白い薔薇五本の意味は?』と問われ、知らない俺は誤魔化した。


『解釈は、奈緒美さんにお任せします』


 そう言うと、奈緒美さんは恥ずかしそうに目を伏せた。俺はその姿を見て、加藤が選んでくれた花束のおかげで少しだけ奈緒美さんとの距離は近づいたから、意味を教えてくれなかった加藤への怒りを鎮めた。

 だが、このまま平行線のままだろう。


 俺は女性を不幸にするだけだ。

 あの手紙を見た時の絶望感を思い出すだけで吐き気がする。


 ご主人を災害で亡くした奈緒美さんは、『もう誰も失くしたくないんです』と言った。


 お互いに同じことを思っている。

 目の前にいても手の届かない今が、一番幸せなのかも知れない。





 


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