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ファーレンハイト・第二部  作者: 風森愛
プロローグ
1/98

救出







 白い壁に木目の手すり、白い床。

 薬品の匂いと一定のリズムで刻まれる電子音。

 キャスター付きの椅子が軋む音、靴が床に擦れる音。


 三次救急病院に併設された救急救命棟の長い廊下に、松永(まつなが)玲緒奈(れおな)がいる。

 ライトグレーのパンツスーツを着た彼女はマスクを着用し、目的の場所に向かっていた。


 彼女はナースステーションにいた看護師へ声を掛け、看護師に先導されて部屋の入口に来た。

 注意事項を説明され、終わるとお辞儀をして看護師の背中を見たが、彼女は看護師の後をついて行くことを躊躇(ためら)っている。


 目を閉じて、見開き、小さく頷くと彼女は踏み出した。



 ◇



 個室のベッドで眠る本城ほんじょう昇太しょうたの傍らに立つ玲緒奈は、本城の顔に巻かれた包帯から目を背けた。だが掛布団が掛かっていない彼の両足にも包帯が巻かれ、彼女は視線をどこにやるか迷っていた。


 その時、本城昇太は目を覚ました。

 自分を見下ろす玲緒奈に気づいて起きようとしたが起きられず、痛みで顔を歪めている。

 それを見た彼女は彼の手を取り、『よくやった』と言った。


 本城が現場で見た光景は、野川(のがわ)里奈(りな)が二人の男に拘束されて車に押し込められた所だった。

 追い掛けようとしたがいつの間にか背後にいた三人の大柄な男に襲われ、顔に切創を負い、肩も脚も大怪我をして、地面に溜まる自らの血の中で人が通りかかるのを、彼は待つしか無かった。


「でも野川が、野川はどうし――」

「大丈夫」

「何がっ! 何が大丈夫なんですか!?」


 大きな声を出したせいでまた苦痛に顔を歪める本城へ、玲緒奈は顔を近づけて言った。


「今夜、やる」



 ◇◇◇



 闇の中に男と女がいる。


『準備はいいか』


 男は女の手に触れ、そうサインを送った。女は『イエス』のサインを男に送り、音を立てないよう慎重に天井裏を這っていく。

 二人の任務は、この先にある部屋に侵入し、そこにいる野川里奈を保護することだ。

 一刻も早く野川を回収して、二人はここを離れなくてはならない。


 彼らが天井裏に潜入する任務は、この六年で二十回を超える。だが女は緊張しているのか、心臓の鼓動がいつもより早くなっていた。それを感じ取った男は、『一旦止まれ』とハンドサインを送った。


 男は無言のまま正面を見つめていた。女は『落ち着け』とハンドサインで合図を送られ、呼吸を整えている。そしてまた動き出した。


 まずは女が先行し、次に男が続く。軋む板の音を聞きながら、ゆっくりと進む。

 今回はいつもの任務ではない。二年前のような失敗は許されない。慎重に進む。

 しかし、そんな思いとは裏腹に、女の体は自然と動き続けた。まるで何かに引き寄せられるように、無意識のうちに手と足が前へと出ている。自分ではない誰かが体を操って動かしているような感覚に女は戸惑いながらも、ついに目的の場所に辿り着いた。


 ここまで来ればもはや諦めるしかないだろうと女は思った。野川を無事に救出出来るのなら自分はどうなっても構わないと、女は元からその覚悟でいた。


 その時、隣りにいる男は女の手の甲に触れた。このタイミングのサインはいつものサインだ。


『俺の命はお前にくれてやる』


 彼らが初めてペアを組んだ六年前から、男は同じ言葉を女へ伝え続けている。女もいつものサインを返した。それは二人の間でのみ交わされる、最後の確認作業でもある。


 女は男の覚悟を受け取り、心を決めた。

 だがその直後、男が出したサインは『訂正』だった。男は女の手を握り締めて離し、女の顎を強く引き寄せた。

 予想外の行動に出た男に驚き、女はその真意を問うように男の目を見た。すると、男は女の耳元で囁いた。


「全員」

「生きて」

「帰る」


 女は、小さく笑って、力強く答えた。


「了解」


 彼女の意思を受け取った男は手を離し、それから二人で息を合わせて一気に天井裏から室内に侵入した。





 

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