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かんげい

 温め直した野菜炒めを、再び皿へと盛り付ける。今回も彼女の方は多めに、俺の分は少なめに。

 いや、やっぱり俺の分は無しでいいな。腹はそこまで減っていないしな。水だけ飲もう。

 ……ああ、そうだ。彼女の水も持って行かなければ。彼女は今、水分も不足しているはず。

 コップを食器棚から取り出し、水道から水を注ぐ……ちょっと多すぎたか?

 まぁいい。そのままコップを片手に彼女の方の皿を持って、食卓へと運んでいく。

 

「……おぉ、野菜炒めか。いいね、美味しそうじゃないか。正しく男飯という感じだ」


 男飯というのは褒め言葉なのか少々疑問に残るところだが、今はそんなこと確かめようがない。

 さっさとキッチンへと戻り、俺の分の水を持ってくる。あとついでに箸も。

 そういえば彼女の分の箸が無いな……とりあえず、母親の箸を使ってもらうか。


「……ん?君の分は……?」


 食卓へ戻ってきた俺に、彼女がそんなことを聞いてくる。

 まぁ、向こうは俺がもう朝食を摂っていることは知らないからな。

 何か疑問に思っても仕方がないことだろう。

 

「俺は大丈夫だ。遠慮せずに食べてくれ。これは歓迎会だからな」

「……あ、ああ……か、歓迎会か……歓迎会なら、仕方がない、な、うん」

「水は、麦茶とオレンジジュースがある。そっちの方が良ければ言ってくれ。持ってこよう」


 麦茶はパックのストックが死ぬ程あるし、オレンジジュースは普段から両親が大量に購入していたので、冷蔵庫にとんでもない量が眠っている。消費しても全く痛くない。

 というか、オレンジジュースは好きじゃないので、俺としてはアレを消費して欲しいのだが。


「……な、なぁ。まさか……これは、私を……?」

「ああ、貴女に食べてもらうために作ったんだ。むしろ食べてもらわないと困る」

「…………あ、え、そ、うか……そう……だよな……では……い、ただきます」


 ……何やら彼女の顔色が悪い。汗もひどくかいている。

 よく見てみると、箸を持っている手が大きく震えていることもわかった。

 ……まさか、あの傷が痛むのだろうか?

 もしかしたら、痛みのせいで食べようにも食べられないのかもしれない。

 

「……自分で食べられるか?」

「ヒッ……あ、だ、大丈、夫、だ。……じ、自分で、食べる……!」


 彼女は何か吹っ切れたように皿を持ち上げ、野菜炒めを掻き込む。

 大丈夫アピールにしては少々やり過ぎではなかろうか。詰まらせでもしたら大変だぞ。

 

「ッ……………………!」

 

 彼女は皿を机に置き、水をがぶりと飲んで目を瞑ると、そのまま静止した。

 その様は何かを待っているようにも、何かを耐えているようにも見える。

 なんだ?どうしたんだ?……ま、まさか、それ程までに不味かったとでも言うのか……?


「…………あれ?」

「だ、大丈夫か?口に合わなかったのか?」

「え……………あ、い、いやいやいや!とても、とても美味しかったとも!」

「それなら、良かったが……一体どうしたんだ?」

「そ、それは、そのぉ……き、気にしないでくれたまえ!女の秘密というヤツだ!」

「……あぁ、成程」


 ぬぅ、非常に気になるが、女の秘密と言うなら仕方が無い。

 母も父も、女の秘密には絶対に手を出すな、と俺が幼稚園の頃から言っていた。

 何なら祖父も言っていた。女の秘密は絶対不可侵なのだと。


「……おかわりは、要るか?」

「えあっ…………も……ら、えるのかい?」

「ああ。構わない」

「じゃ、じゃあ……貰おうじゃないか」


 彼女の皿を回収して、キッチンへ。おかわりを皿の上へ盛り付ける。

 もしかしたら彼女は俺が思っている以上に腹を空かせていたのかもしれない。

 先程より気持ち多めに入れておこう。残りはまだたっぷりある。

 

「さ、どうぞ」

「うん、有難う」


 先程とは打って変わって、今度は目の前に置かれた野菜炒めを味わうようにゆっくり食べる。

 ……本当に、先程のは何だったのだろうか。

 

「…………美味しい」

「それは良かった」

「……私は……これを、毎日食べてもいいのかい?」

「いや、そうもいかない。食材には限りがある。これ以降は比べ物にならないくらい貧相になるから、出来れば今のうちに味わって食べてくれ」

「………………ッ、じゃあ、今回は……」

「歓迎会だからな」

「……そう、か…………勿体ないことを、してしまったかな」


 罪悪感を感じているのだろうか。彼女が顔を伏せる。

 こう言う時はどう言葉をかければいいのだろうか。

 女を泣かせたことはあれど、慰めた経験なぞ一回も無い。

 ……もういいや。当たって砕けろの精神で行こう。

 

「……まぁ、気にするな。いざとなればかき集める。好きに食べても構わない」

「ッ…………すまない……すまない……!」


 ポタポタと涙が食卓に落ちる。

 ふむ、どうやら俺には女を泣かせる才能があるようだ。

 ものの見事に地雷を踏み抜いたらしい。

 ……いや、本当にどうしようかこれ。

 とりあえず、俺にはサッパリわからないし、泣き止むまで待つか。


 …………あー……幸先が不安だ…………


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