変わる天気と王女様
歩いていると、やがて村の中心部にやってきました。
いつもの商人の活気がない代わりに、
商店の屋根から勢いよく落ちてくる雨だれが敷石を少しずつ削る音や、
陳列棚を覆う布に水滴が落ちる音が市場を賑わせています。
悲しいことに、私は今そんな素敵な演奏会を泥の付いた靴が作る、
ビシャビシャという音でかき消してしまっています。
ここの構造的に道が建物よりも低いので必然ではあるのですが、
少しの雨量でも小川ができてしまうので、私はその中に足を踏み入れなければならないのです。
幸い、お母さんの手製の長靴のおかげで特に困ったことは起こらず学校に着くことができ、
下駄箱で靴を履き替えて教室へ向かいました。
雨の日は木でできたドアや椅子のひんやりとした触り心地は、湿気が格別こもる学校の中ではオアシスのようなものです。
椅子に座ってふと外を眺めると、雨はもうだいぶ止んできたようで、
目を凝らしてようやく絹のように細い軌跡が見えるくらいです。
空を覆うフィルターが薄くなってゆくにつれて、空は本来の青さを取り戻し、それと同時に草木も青みを増し,目に映るものの色彩が豊かになっていきました。
雨が降ったことを示す雨粒もだんだんと土や葉っぱの中へと逃げてゆきます。
〇
お昼になりました。
一緒に昼食をとっている途中にニアがお手洗いに行ったので、カバンの暗闇にいるマートルさんに今の状況を聞きました。
「マートルさん、何か起こる気配が微塵も感じられないんですけど。ほら、見てください。空も朝の天気から考えられないほど澄み渡っていますし、やっぱり思い過ごしだったんじゃないですか?」
まくしたてている私にマートルさんは冷静に切り返してきました。
「心配しているお前さんに朗報じゃ。お前さんがほかの教室に行っているときに通りがかった女性たちが喋っていたのを聞いたんじゃ。
『知ってる?今日お昼にグロリア王女様が村の前の道をお通りになるらしいわよ。』
『えぇ!王女様といえば、まだ16歳なのに魔法の才能がとびぬけていらっしゃるお方よね?』
『巡幸の最中らしいわね。何でも魔法で解決しなさるらしいから期待が持てるわ......』
ざっとまあこんなことを話しておった。
詳しいことはわからんが、朝の違和感にその王女が関わっていることは間違いないじゃろうな。
確かにその王女様とやらが通ったお昼前を境に、活力の量はだんだん減ってきているんじゃ。」
一通り話を聞いたあと、私は純粋に疑問だったことを聞きました。
「......そんな身に感じられるほどの活力を持っていることなんてありえるんですか?」
「何かしら訳があるのじゃろう。お前さんのように活力の波長が同じものを持っているのかもしれんし、はたまた何かが起こって突然変異のように多くの活力を扱えるようになったのかもしれん。」
私もそんな風になるための用意は整っているということを改めて自覚し
期待に心が震えました。
マートルさんに、今日の雨も実はその王女様のせいだったりして?...と聞こうとしたとき、
壁の向こうからこちらへ向かってくる足音が聞こえてきました。
カバンを豪快に閉め、私は“ニアを待って退屈している友人”を演じました。
「ごめ~ん、待った?」
「遅いよ~。...お弁当もう終わりそうだよ。」
窓の向こうからひょっこり花を伸ばしているオレンジのゼラニウムの影の中、
全く変わってないお弁当箱を指さす私でした。