ある雨の日にちりばめられた幸福
「うまくいきましたね。」
「うむ。そうじゃな。わしの想像の5倍は早かったぞ。」
「これでも魔法の成績は、学校で一位ですから。」
夕日に手を伸ばした私の手の影の中で、橙色のガーベラが静かに揺れていました。
夕食を終え、寝るまでの間に今日の反省をしておきましょう。
「改善点としてはじゃな、シールドの真ん中の厚みを増やしたり
守れる範囲を広げ、より長く形を維持することくらいじゃな。
お前さんもわかっておるじゃろ?」
確かに今言われたことは自覚してます。
「具体的にはどうしましょうか。」
「カギは“集中力”と“慣れ”じゃな。」
学問に王道なし...楽はできませんか...。
「う~~ん。」
ベッドの上で膝を抱えながらうなりました。
「じゃがな、この“シールド”さえ上手くできるようになれば
他の技もかなり簡単にできるようになるぞ。」
「最初こそ丁寧にせねばならん。今ある森というのも、長い草原の段階を経ずして生まれることはないからのぉ。」
「わかりましたよ。マートルさん。」
私はにっこりと笑みを作りました。
すやすやと少女が眠っている中、小さな老木が一人呟いています。
――昔あげた枝のことはすっかり覚えていないようじゃな。
正直、今気づいたとしても、現状では使いこなせるとは思えん。
十分成長したら思い出させるとするかのぉ。
しかしそれにしてもわしの思い通りじゃな。あの枝のおかげでリウビアはかなりの速度で成長しておるし、あと数年すればわしの本来の目的を達成できるようになるやもしれんな。
それまでこの世界が持てばの話じゃが...。
〇
朝起きると、窓から差し込む光の量が少ないことに気が付きました。
あぁ、雨ですか...。
冴えきっていない頭を無理矢理起こすために伸びをして、ベッドから下りました。
「マートルさん、起きてください。朝ですよ。」
「うぅ...。」
起きたのを確認したら手早く支度と朝食をすまし、
お弁当を持って家を出ました。
パラパラと雨が降る中、一輪の大きな紅い花をバサッと咲かせて
けだるい気持ちを打ち払いました。
大きな水たまりを避け歩いていると、ふとカバンから声がしていることに気が付きました。
ガサゴソとカバンの中を漁ると、声の主はやはりあの人(正確には木ですが)でした。
「おい、リウビアよ。」
「なんですか、マートルさん。」
「お前さん、何か感じんか?。」
「う~ん、特に何も感じませんが...。」
「今日はいつもよりも、空気中の活力の量が異様に多い。
雨であることを考慮しても余りあるほどな。」
「なぜでしょう。」
「わからん。じゃが、今日、何か起きるかもしれんぞ。十分用心するんじゃ。」
いくらなんでもひどいですよ...。
まだシールドすらうまく扱えていないというのに。
傘を左手に持ち替え右手にマートルさんを持ち
昨日のこと――私の髪を揺らすそよ風、木々の奏でる音...それらを思い出して
試しにゆっくりと枝を回してみました。
濃い紅色をしたゼラニウムの花が、ほんの少しだけゆがんでいます。
「え...私シールド作れましたよ!それも一発で!」
「うむ。やはりお前さんは天賦の才能を持ち合わせておるな...。
昨日よりは質こそ落ちているがのぉ。」
何か起きても何とかなりそうな気がしてきました。
傘をくるくると回しながら能天気な私は学校へと向かいました。