"木"との再会と契り
風になびく髪を野放しに、私はある場所へ足を向けて駆けてゆきます。
差し込む日光が少ない森の中を
柔らかい枯れ葉を蹴り、前へ進んでいるとそれは見えてきました。
団子岩...私が勝手に、そう呼んでいる白い岩に着きました。
この森は、少し高い丘に生えた木で形作られているだけで、
特に隠れる場所もありません。
ですが、この岩の下には人一人分入れるくらいの
スペースが空いていて、私は最初からここに目を付けていました。
多少髪が汚れるのを我慢し、かがみながら岩の中へゆっくりと入っていきました。
ちょうど一番楽な体勢を見つけて一息ついたころに
遠くから
「もうい~かい?」
という声が聞こえてきたので、なるべく大きな声で
「もうい~よ!」
と返しました。
枝や落ち葉を踏んで出る、ガサッという音やバキッといった音が
すこしずつ大きくなっていくのを聞いていると
見つかるかも...という不安と興奮の入り混じった気持ちが
抑えきれなくなりそうで
私は膝をギュっと抱え、目や口に力を入れて閉じることしかできませんでした。
ガサッボキッといった音が大きくなり、真上に来たかな?
といったところで、音が止みました。
ニアの顔が、上からにょきっと出てくるのではないかと
入口をじっと見つめました。
じっっっっと見つめ続けました。
いっこうに顔を出してきません。
私の気づかない間に、ほかのところへ行ってしまったのかな?
それとも、しびれを切らした私が出てくるのを待っているのかな?
そう思いましたが、私の耳に足音が全く入ってこないので
仕方なく、一度穴の外へ出て、周りを見渡すことにしました。
「よいしょっと」
手に力を込めて、穴から上半身だけ出した私は、異変にすぐ気が付きました。
音がないのです。
風が木々についた葉っぱを震わせる音が。
どこからともなく聞こえる鳥のさえずりが。
全く聞こえないのです。
私の耳がおかしくなったのではないか、と焦った私は自分の耳を優しくたたきました。
いや、普通に聞こえますね...
ともかくここにいない方が良い、と直感的に悟り
いったん穴から出てニアを探して合流することにしました。
「ニア~、どこいるの~?」
自分がこの森で知らないところなどないはずなのに
ニアは私の知らない、この森のどこかにいるような気がしてきます。
......というか今、私がいるところがおかしいのかも...
ひとまず、考えを整理するために森から出ることにしました。
……私の目の前、そこには白い木があり、その木は淡々と私に説明しています。
数分前......森から出ようとしたところ、突然誰かの声がしました。
「...お~い。」
一瞬ニアの声かと思い、振り返りましたが、そこには
ニアの姿はありませんでした。
気のせい...ですかね
「お~い、リウビアよ。こっち来なさい。」
今度ははっきりと聞こえました。
見回すと、10mほど先に、明らかにおかしな動きをして目立っている白い木がありました。
......。
どう見ても怪しいので、近寄るべきではなかったのですが
正直に言って、少しパニックに陥りかけていたその時の私には
その木に近づく、という選択肢しか残されていませんでした。
「.........」
じっとその木を見つめました。
「...リウビアよ、わしのことを覚えておるかい?」
――うわ、喋った。
驚きのあまり私は少し後ずさりしてしまいました。
「......何ですか...?私はあなたのことは存じ上げておりませんよ。」
私は勇気を振り絞って謎の声に返事をしました。
「それになぜ私の名前を知っているんですか?」
「当り前じゃろ。なんせ一度会ったことがあるではないか。」
「え??一度たりとも会ったことなどありませんよ。」
そう言いつつ私は記憶の中からそれらしいものがないか思い出そうとしましたが、
もちろん思い出すことなどできません。
というか、こんな奇妙な木に会っておいて忘れるわけありませんから。
「う~む...おお、リウビアよ。お前さんが白い枝を持って帰った日にあったはずじゃが...」
何か妙になれなれしいですね...。
でもあれ、そう言えば、いつか誰かに呼びかけられた夢を見たような...。
もしかして、あれは夢ではなかったということ...?
いや、今見ている物自体が夢なのかも。
ありとあらゆることに違和感しか感じませんし。
「これも夢なのではないですか?」
真剣な面持ちで聞きました。
「いや、夢なんぞではない。お前さんが夢だと思っている物も
正真正銘、現実じゃよ。」
よくよく考えると夢であったとしても“夢です”なんて答えるわけありませんよね。
無駄な質問でした。
事態が呑み込めず、?で頭がいっぱいの私をよそにその木は話し始めました。
「わしはなぁ...ここからず~~っとお前さんを見守ってきたのじゃ。
いや、見守ってきたというよりお前さんが成長していくのを感じていたのじゃ。」
その木は一呼吸置いてこう言いました。
「お前さんに頼みがある...。わしをお前さんと同行させてはくれぬか?」
この木の突然の頼みごとに私はとても驚きました。
「...ん???え...連れていく?どうして...?それに、どうやって?」
「まあまあ落ち着きなさい。順を追って説明するから待ちなさい。質問はそのあとじゃ。」
誰のせいで落ち着けないと思っているのですかね。
「...まず、この世界で使われている“魔法”と人々が呼ぶ不思議な力、その源であり
あらゆる生命が生きる際に必要とする活力...これはお前さんも知っておるじゃろう。
そして、地面や太陽、...後はお前さんたち人間しかできないが、
生物自体からも得ることのできるこの活力で、特に空気中から得られるものの量が
今、突然不安定になってきておるのじゃ。」
「そこでじゃ。お前さんにはわしを連れていって、平たく言えばわしに
活力を分けてほしいんじゃ。もちろん見返りもある。」
何を言うのかと思えば...。
「嫌ですね...。誰かもわからない人に活力を奪われるのは気持ち悪いですし
私も魔法が使えなくなってしまうじゃないですか。」
「奪われるというのは人聞きが悪いぞ。まず第一に、お前さん含め人間は、いろいろなところから活力を取り込めるが、草木とは相性が悪くて、活力を少量しか取り込めておらんのじゃ。」
「そこでわしの力が使えるのじゃ。わしは草木から効率よく大量の活力を得ることができる。そこでわしとお前さんの長所を組み合わせて、お前さんが活力を取り込むときにわしが手助けをしてやるのじゃ。そうすれば、お前さんは沢山の活力を取り込むことができ、わしは安定してお前さんから活力を得ることができる。
win-winの関係じゃ。これで良いじゃろ?」
「...実を言えば、活力の供給が不安定になっている原因も突き止めるというのが大きな目標なのじゃがな...。」
最後の一言はぼそぼそ言っているせいで聞こえませんでしたが、
おおむねわかりました。...へぇ~、そうなんですか。ふ~ん。
しかし胡散臭さはぬぐえません。
確かに活力を多く使えるようになれば、一部の人しか使えない、と昔本で見たことがあるような大規模であったり特殊であったりするような魔法が使えるようになって良いのですが......
「う~~ん、何となくは理解できました。
ですがそれでも、一体どうやってこんな大きな木を連れていけばいいんですか?」
「あぁ、それに関しては何の造作もない。わしの活力をもってすれば
小さくなることも可能じゃからな。」
「へぇ~、そうなんですか。」
あえて全く興味なさそうに答えてやりました。
「どうじゃ。わしを連れていってもらえるか?」
断るタイミングを見失ってしまいました。
そんな風に言われては断れませんね...。
それに今断ってしまうデメリットよりもメリットの方が大きいですし、
もし後で嫌になったら燃やせば済む話です。
......実は話を聞いた時点で、自分がおとぎ話の主人公のようなことができることに興奮し
断る気分は失せていて、それを隠そうとあえてこんな風にふるまっていたのですけどね...。
「まぁ、いいですよ。ただし、この変な森から出られたらの話ですけどね。」
木というものに顔があるはずないですしあってはなりませんが、私にはどうしても木がうれしそうに笑っているように見えます。
「それはそれは...本当にありがとう。あぁ...。本当によかった。」
「...それじゃあ、お前さんをこの結界から出してやるとするかの。」
「え...?私結界の中にいたんですか!?道理でおかしいと思いましたよ...。
というか、結界なんかも張ることができるんですね。」
私、これまで木を見くびっていました。
......これまでいたずらした木たちに仕返しされませんかね。
少し恐ろしくなっている私に気づいたのか、その木は救いの言葉を投げかけてくれました。
「そうじゃよ。お前さんたちができないだけで活力さえあれば何でもできるんじゃ。
じゃがわしはこの森でもはるかに多くの活力を使える木なのじゃ。じゃからこれまでお前さんに気づかれないように姿を隠すことができたんじゃ。」
「それでは、これからよろしく頼むぞ。」
そう言った途端目の前がピカっと光ったと思えば、気づけば私は森の中に一人座っていました。
しばらくあっけにとらわれていた私は、知らないうちに手に持っていた枝に呼ばれ
ここが現実世界であり、そして、さっきのことが夢ではないということがわかりました。
「お前さん、後ろにお友達がおるぞ。」
「えっ...」
後ろを向いた私はニアとカチリと目が合いました。
そしてニアは私の肩に右手をポンと置いてこう言いました。
「見~つけた!」
〇
意外にも、私が木と喋っていた時間は短かったようで
まだ空は青く私たちを覆っています。
体調が悪いという半分本当、半分嘘の交じったことを理由に早めに家へ帰りました。
家のドアを開けると台所でお母さんが洗い物をしています。
「ただいま。」
「おかえり。今日は早かったわね。」
「え~っと...ニアちゃんが早く帰らなくちゃいけなくなって...
それで、早く帰って来たの。」
ためらいもなく嘘を吐く私でした。
「あらそう。夕食なんてまだだからなにかしておきなさい。」
外を眺めてお母さんはそう言いました。
「うん、そうするよ。」
手を洗った後、私は駆け足で自分の部屋へ向かいました。
今の私の視界には自分の部屋のドアと手に持つ枝しか映っておらず
急に起きた出来事を整理しきっておらず興奮していることを示すかのように
私の左手は濡れたままでした。
――お母さんが忙しく、私にまで手が回らないのは好都合です。何より、右手に持つ枝には
聞きたいことがまだまだ山ほどありますから...。