新たに切り拓いた道
マートルさんの特訓が始まってから二度目の春がやってきました。
春らしい陽気のなか私は勢いよく走っています。
私が走るたびに耳の辺りで風が奏でられる伴奏の中
旋風によってぶつかり合う葉っぱの音が私の耳を癒します。
カバンが落ちないよう右手で支えながら勢いよく跳んでみました。
頬にぶつかる風のひんやりと心地はあたかも私が鳥であるような爽快な気分にさせてくれます。
「ふぅ~気持ちいいですね。」
こうやって朝早く学校へ向かうのもあと2ヵ月しかありません。
できる限りこの時間を満喫しませんとね。
〇
そういえば、この二年間何があったかお話ししていませんでしたね。
この二年で私の美しさは特に変わりませんでした...が、
マートルさんの言うがまま、ひたすら特訓をしていたおかげで
10種類の魔法を習得(もちろん隠密術も含みます)しましたし、
扱える活力の量も格段に増えました。
あら、こんなことを話しているうちに学校に着きそうです。
市場で朝から働いていらっしゃる人たちに挨拶し、
学校に入って下駄箱で靴を履き替えていると、後ろから誰かがぶつかってきました。
「おっとっと。」
すこしよろめきはしましたが、私はすぐに体勢を整えました。
誰ですか?
と、すこしイラっとしながら振り向くと彼女がいました。
...そう、ニアでした。
「ニアか~、おはよう。びっくりした~。」
「リウビアこそおはよう。」
ニアとは4年間一緒にいました。その時間という名の魔法のおかげか、
彼女とは一緒にいて心地いいと思えるくらいお互いを信用できる仲になりました。
彼女と他愛もない話を繰り広げ教室へ歩いていると
すれ違ったニエベ校長先生が私を呼び止めました。
「リウビアさん、すこしお時間いいですか?」
私の脳の中でとっさに回想が始まった。
――いや、私は何も悪いことはしていない...はず。
そう結論付けて、私は答えた。
「...はい。問題ないです。」
横にいるニアが私を訝しげに見てきました。
「え、リウビア何かやっちゃった?」
「いやいや、全く心当たりないんだけど。」
「うふふふふ。」
校長先生が意味深に笑ったせいで、
本当に私が悪いことをしてしまったみたいになってしまったじゃないですか。
......間違えて土足で校舎に入ったとかはダメなんですか。
いや、まさかそんなことで怒られるわけないよね~。
「本当に何もないから。先教室行っといて。」
「ふ~ん、まあわかったよ。頑張って。」
念押ししましたが、それでも腑に落ちない様子でニアは教室へ歩いていきました。
「すみませんねぇ。」
「いえいえ、全然問題ないです。」
ニアに変なことを思われているので問題大ありですが...。
久しぶりに入った校長室はお香でも焚いているのか
とても落ち着くような香りが部屋を満たしていました。
「あの...話したい事というのは何でしょうか。」
「まずそちらへ。立っているのも疲れるでしょうから。」
カバンを横に置き、私はふかふかの革のソファーに腰掛けました。
私が座るのを確認してから先生も真正面の椅子に座って話し始めました。
「今日リウビアさんに来てもらったのは、リウビアさんと進路について話かったからです。」
――怒られるわけじゃなくてよかった......。
「そうなんですか。それで進路...というのはどういうことですか?」
「実はですね...あなたを都の王立学校に推薦したいと学校として考えているのですよ。」
寝耳に水でした。
私の成績が良いからでしょうか...いやでも推薦されるほど私の成績は良くない気が。
「王立学校...ですか?」
「ええ。特にあなたは魔法がお上手でしょう。最近は国をあげて魔法が上手な生徒
を集めているというのを小耳にはさんだことがありましてね。
今回の場合、先日都から手紙が届きまして、
『そちらの学校の4年生で、最も魔法の成績の良い生徒が王立学校へ入学することを許可する』
といった内容が書いてあったのです。
理由を尋ねてみたのですが、あいまいな返事しか返ってきませんでしたが、
この学校で最も魔法の成績が良いというのはリウビアさんでしょう?
私もこの手紙の指している人物はリウビアさんだと思うのです。
こんな機会は初めてで私たちも対応を考えあぐねているので、
ぜひともリウビアさんにこのことについて考えてほしいのです。」
ほぇ~。...ってなかなか大事じゃないですか。
「わかりました。家族にも相談しておきます。」
その場をしのぐためにそう言って私は校長室から出ました。
――どうしたものでしょか。やはり王女様は私に気づいていた?
そうだ。困ったときのマートルさん。彼に聞いてみましょう。
「マートルさんはこの話についてどう思いますか?私は目を付けられているのでしょうか?」
カバンにいるであろうマートルさんに話しかけました。
「......行くかどうかはお前さんの好きにしたら良い。わしよりお前さんのほうが王立学校についてくわしいじゃろ。ただ、お前さんが心配していることに関しては問題ないと言えるじゃろう。」
「なぜそんなことが言えるのでしょうか?」
「さっきの人の話を聞いていたら当然わかるじゃろ。
手紙の中では“誰”を推薦するか明言しておらんかったのではないか。
単なる推薦なのじゃろう。」
「隠密術を学んだことが功を奏したということはわかりますが、
そんなこと相手もわかってて敢えて言わなかった可能性もありますよ。
なにせ相手は王女様かもしれませんから。」
「考えすぎじゃろ。」
「そうだといいんですけどね。」
――難しい話は置いといて。...しかし、王立学校に行くべきか否か......。
帰ってからお父さんに意見を聞くとしますか。
ゆったりとした足取りで教室へ向かっていると、中庭に咲いているスイートピーから
校長室と同じ香りが漂ってきました。