96_VS神話時代のロキ_その2
「ヴァーリさん、弓を貸してください! すぐに返しますので!」
「よくわかんねぇけどわかった! 頼むぜココ!」
心子さんはヴァーリから弓を受け取って、旧き印を刻み始める。
旧き印は邪神に効果を発揮する魔術的な文様だ。ロキは汚染されてナイアラトテップの化身になっているので、旧き印が効果を発揮するだろう。
物理的に刻むだけではなく、旧き印は呪文を唱えて魔力を注入して初めて効果がある代物だ。魔力が切れたら効果が無くなる。
アニミークリと戦ったときに刻んだ旧き印は既に効果を失っていたので、改めて魔力を注入しなおす必要があった。
「ヴァーリさん、お返しします!」
「ありがとな!」
「次はヒカルさん、槍を貸してください! その次は季桃さんです!」
まずは1つ、旧き印を刻んだ武器を用意できた。
僕とヒカちゃん、季桃さんでロキを取り囲む。ヒカちゃんは武器を預けているけど、ルーン魔術で戦えるから手持ち無沙汰になることはない。
僕たち3人でロキが自由に動ける範囲を狭める。あとはヴァーリが攻撃を当てられれば、旧き印の効果でロキに大きなダメージを与えられる。
「ヴァーリ、準備はいいか! 何としてでも当ててくれ!」
「任せとけ! 神すら殺す矢を受けろ!!」
ヴァーリが矢を連射する。ロキの身体能力と戦闘技術の高さも相まって、全てを当てることはさすがに難しい。仮に当たる位置に撃てても、ロキが障壁で防いでしまうこともある。
それでもさすがはヴァーリだ。神話時代の戦争を生き残ったのは伊達じゃない。ロキは最上位の神なので半神であるヴァーリとは圧倒的なスペックの差があるけれど、それでもヴァーリはかなりの頻度で矢を命中させていた。
「痛ったいわね! もしかしてこれ、旧き印ってやつ? ……なるほどね。魔術的な強化なんだから、ルーン魔術で消せるわ」
ロキに悟られないように、僕たちは旧き印という単語を会話で一切使っていなかったのに、ロキは何をされたのかすぐに看破してみせた。
そしてロキは宣言通り、中級ルーン魔術の『魔術的強化を解除する』魔術を発動して、旧き印の効果を搔き消した。
だけど心子さんはこれを見越していた。彼女はヴァーリの武器から旧き印が消されると同時に、預かっていたヒカちゃんの槍に旧き印を刻む。
「ヒカルさん、お返しします! 季桃さん、武器を貸してください!」
あとはロキが倒れるまでこの繰り返しだ。旧き印を刻む対象を毎回変えることで、こちらの動きをロキに慣れさせない狙いもあった。
「いける! このままいけばロキに勝てるぞ!」
「私はオーディンの次に強いのよ! エインフェリアごときに負けるはずないわ!」
ロキは『魔術的強化を解除する』魔術で僕たちの障壁と旧き印を消し去り、黒い霧で僕たちの動きと魔術の発動を阻害する。
さらに新しい短剣を取り出してから大きく振りかぶり、投擲の構えを見せた。でも一度は捌いて見せた攻撃だ。僕は銀の鍵で障壁を張ろうとするが……。障壁が出ない!?
ロキがにやりと笑う。
「やーっと成功した! 貴方、どれだけ銀の鍵との繋がりが強いのよ! そのせいでなかなか妨害できなかったじゃない!」
銀の鍵は使い手の適正と、使い手として選ばれてからの時間によって結びつきの強さが変わる。僕が心子さんよりも銀の鍵をうまく扱える理由でもある。
僕は単純に適正が高いのもあるけれど。なぜか知らないが、僕は子供の頃に使い手として選ばれており、銀の鍵との結びつきが非常に強かった。
だから先ほどまでは黒い霧に囚われた状態でも銀の鍵だけは使えていたのだが……。ついに障壁を出せないほどに、ロキは黒い霧を濃く発動することに成功したらしい。
「今度こそ死になさい! 銀の鍵の使い手!!」
ロキが僕を狙って全力で短剣を投擲する。今度こそ僕は障壁を張ることも、回避することもできない。今回は僕も含めて全員に黒い霧を用意したらしく、ヒカちゃんたちも僕を助けることができない。
誰も魔術を使えない状況に追い込んだ。今度こそ僕を始末できる。ロキからはそう見えていた。
だけど、銀の鍵を持っているのは僕以外にもう1人いる。幸いにも心子さんを包み込んだ黒い霧は薄く、心子さんと銀の鍵の繋がりは断ち切られなかったらしい。
「銀の鍵よ、僕を導いて! 悪神の一撃を阻み、守り抜け!」
「はぁ!? 2本目の銀の鍵!? 使い手がもう1人いるの!?」
心子さんが張ってくれた障壁によって、僕はロキの攻撃をやり過ごすことができた。やはり威力が高すぎるせいで障壁は破壊されてしまったが、回避するのに十分な時間を稼げる強度はあった。
魔力を使い果たしたロキが再び切り札を使えるのは、かなり先のことになるだろう。それなら僕たちの勝ちだ。
僕たちは心子さんに旧き印を刻んでもらい、ロキを取り囲んで攻撃する。さすがのロキも不死身ではない、ついに力尽きて倒れてしまった。
仰向けに寝返りをうった状態で、ロキがうわ言のように呟く。
「嘘でしょ……。私が負けた……? こんなところで、エインフェリアごときに……?」
僕はロキを見下ろして告げる。
「残念だけど、事実だよ。キミの負けだ」
「信じられない! ありえない! 何かの間違いよ! というか銀の鍵の使い手が2人もいるとか反則でしょ! この初見殺し5人組!!」
初見殺しはお互い様だと思うけどな……。黒い霧とか、超高速投擲とか。僕たちは5人もいたから、ロキよりも手札が尽きるのが遅かっただけだ。
「……まあいいわ。どうせ私はシミュレーションだしね。まだ片目も捧げてないし、未来の私の方が絶対に強いもの」
「片目を捧げるってそんなに重要なのか」
片目を捧げた方が強いと聞いて、ヴァーリが興味を示す。
「ミーミルの泉っていうのがあってね。代償を捧げることで、知恵と知識を得ることができるのよ。戦争大好きなオーディンが、積極的に捧げたくらいには効果があるわ。……こんなことなら、もっと早く捧げておけばよかったわね。そうすれば貴方たちを皆殺しにしてやれたのに」
「俺も捧げたら、今より強くなれるのか?」
現実空間の方のロキや偽バルドルのことを考えると、戦力を強化できるならしたほうがいい。だけどたぶん、ミーミルの泉で得た知識は現実空間へ持ち帰れないだろう。
僕たちが偽バルドルの正体がアニミークリだと気づいたように、実際に体験して得た知識なら現実空間へ記憶を持ち帰れる。
しかしミーミルの泉は外付けの知識のようだ。外付けで得たものは物品を持ち帰れないのと同じで、現実空間へ持ち帰れない可能性が高かった。しかも夢の狭間は半分は現実の性質を帯びているから、こちらで目を失ったら現実空間でも視力を失う可能性がある。
「やめたほうがいいよヴァーリ。たぶん、ミーミルの泉で得た知恵はシミュレーション外に持ち出せない。断言はできないけど、目だけ失うことになる可能性があるよ」
「チッ。引っかからなかった」
僕がヴァーリを諌めると、ロキが悪態をついた。まあ、そもそも騙されるとは思ってなかったのだろう。ロキは特に落胆した様子も見せなかった。
「もういいわ。私には抵抗する力なんて残ってないもの。私を殺すなり、夢の狭間から抜け出すなり好きにしなさい。そしていつか、現実空間の私に殺されるがいいわ」
ロキがおかしなことをしないよう、警戒しながら僕たちは夢の狭間から脱出する準備を整える。
最後に大変な目にあったが、この経験も本物のロキと戦う際に役に立つだろう。本物のロキの方が強いのだから、ここで少しでも彼女の戦い方を知ることができて本当に良かった。
そういうわけで僕たちが夢の狭間で行った情報収集は、最良の結果で終わった。
この作品を少しでも良いと思った方、続きを楽しみにしている方は、「ブックマーク」や画面下にある「ポイントの入力」をお願いします。
評価をいただけると大変励みになります。




