表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

95/126

94_ルベドの正体_その3

 僕たちはしばらく歩いた後に、クリームヒルトが嫁いだ国へ辿り着く。


 クリームヒルトが亡命した当時は強大な国だったのかもしれないが、長く続く冬と度重なる戦争で、民はほとんど残されていなかった。でも少しでも残っているだけ、マシなのかもしれない。エインフェリアや巨人、神々ですら死する状況で、普通の人間だけで耐え抜いているのだから。


 もしルベドの正体がクリームヒルトとシグルドの息子なら、彼もこの国にいるはずだ。


 僕たちは市街地を抜け、王城へと辿り着く。見た目はお城というよりも、お屋敷といったイメージだった。神話の時代といえど、建築技術は紀元前相応でしかないらしい。


「レギンレイヴの記憶によると、アスガルドにならファンタジー作品で描かれるような、すっごいお城とか宮殿があるみたいだよ。ロキが巨人を騙して作らせたやつ。まあ戦争で全部壊れちゃうんだけど」


 とヒカちゃんが教えてくれる。神と人間の差はそんなところにも表れていたようだ。


 さて、クリームヒルトの息子を探すためには王城へ忍びこむ必要がある。国で一番警備が厳しい場所なので、侵入するのは難しいと思っていたが……。全然そんなことはなかった。


 理由は大きく分けると2つある。


 1つ目は、エインフェリアの身体能力なら、普通の人間では越えられないような塀や柵を簡単に越えられることだ。人間向けの侵入対策は僕たちには通用しない。どうしても必要なら、空間転移で突破してしまうという手もある。


 そして2つ目は、国が疲弊しすぎていて、そもそも見張りの兵士がほとんどいないことだ。疲弊しているというか、はっきり言ってしまえば既に国としての機能は失われているのだろう。ギリギリで生き延びてきた者たちが集まっているだけというのが実状のようだった。


 王城に侵入した僕たちは、クリームヒルトを見つけて物陰から様子を伺う。エインフェリアの優れた聴力であれば、会話を盗み聞くことができる位置だ。


 耳を澄ますと、パンッと何かを平手で叩きつける音が聞こえ、続いて少年と女性の口論が聞こえてきた。ヒカちゃんとヴァーリに翻訳を頼みながら、僕たちは口論に耳を傾ける。



 ◇



『リーヴ! どうしてそんなことを言うの! オーディンが憎くないの! オーディンが私の邪魔をするから! ブリュンヒルデをブルグント王国に送り込んだから! だから貴方の父親は死んで! 私たちは本来享受できるはずだった幸せを手に入れられないの!』


『そう言われても……。生まれる前の出来事なんてわかりません』


 再度叩きつける音が響く。


『母様、やめてください。貴方の手が痛むだけです。貴方が竜の血を私にかけたのですから、その程度で私が傷つくわけがないじゃありませんか。ブリュンヒルデも、ブルグント王国も既にこの世に無いのですよ。ここで終わりにしましょう』


『うるさいっ! 終われるか! 私たちの幸せを潰したやつを全員滅ぼしてやるまでは! 相手が神だろうと関係ない! オーディンは殺す! 他の奴らも全員滅ぼす! 滅ぼすの!』


『そのために竜の血を……いや、竜の血を浴びて、同じ性質を帯びた父様の血を私の全身に垂らしたのですね。……狂ってる』


『狂ってない! ねぇリーヴ、私を、母を愛していないの? 愛しているならわかるでしょう?』


『……わかりません、わかりませんけど。親しくしてくれた人も、良くしてくれた人もみな死んでしまって、私に残っているのは母様だけですから。母様はおかしいけど、私を復讐の道具としか見ていませんけど、付き合いますよ』


『ねぇリーヴ! もし貴方に愛する人ができて、それを失うようなことがあればわかるわ! 私は間違っていないって! 貴方の母様は正しかったって!』



 ◇



 竜の血を浴びていることから、リーヴとルベドは同一人物と考えていいだろう。竜の血は貴重なため、同じような人物が2人もいるとはそうそう考えられない。正確には竜の血ではなくて、竜の血の影響を受けたシグルドの血だったようだが……。


 それにしてもこの時点では、ルベドは復讐に乗り気じゃなかったのか。てっきり母親に洗脳教育でも施されていたのかと思っていた。


 ルベドがオーディンに復讐したがっているのは、もっと後の出来事が原因なのだろう。戦争が終わってルベドが結婚した後、彼の妻に何かあったのかもしれない。


 何はともあれ、シミュレーション世界でやるべきことは完遂した。


 あとは現実世界へ戻り、偽バルドル召喚作戦を開始するだけ。

 …………そう考えている時だった。


「危ないっ!!」


 僕は咄嗟に銀の鍵で障壁を作り、飛んできた剣からみんなを守る。剣の威力は凄まじく、障壁を突き壊しそうな勢いだったが、何とか受け止めきることができた。


 剣が飛んできた方向を見ると、転移で使う"門"が出現していた。この"門"は僕と心子さんが作成したものではない。僕たちに敵意を持つ第三者が作り出したものだ。


 "門"を睨んでいると、そこから見知らぬ女性が姿を現した。見知らぬ女性に見える……けれど、"門"を使う者なら正体は絞られる。


「ロキ……! どうしてここに!?」


 僕がそう問いかけると、ロキは不思議そうな表情をしながら僕たちを睨みつけてきた。


「顔立ちも北欧の人間じゃないし、耳慣れない言葉を使うのね。まあ、詩の蜜酒のおかげで言葉は理解できるけど。貴方たち何者? 絶対に殺せたと思ったんだけどさ、なんであんたが銀の鍵を持ってるの? しかも認識阻害魔術を使っているのに、なぜ正体までバレたのかしら」


「もしかしてシミュレーションの方のロキ? だって隻眼じゃなくて、両目ともちゃんとあるし!」


 季桃さんに言われて気づいたが、目の前にいるロキには両目が普通に存在していた。


 現実空間のロキは自分の片目を抉ってあるので、隻眼のはず。その他の様子から考えても、彼女はシミュレーションで再現されたロキで間違いなさそうだ。


 ただし、ロキの方も僕たちの言動から状況を理解したらしい。


「あぁなるほど。だいたいわかったわ。貴方たちは夢の狭間を使って、この神話の時代を再現しているんだ。それでリーヴちゃんについて探りに来たんでしょ? リーヴちゃんには私の陣営として頑張ってもらうつもりだもの」


 どうやらロキがリーヴを勧誘しにくるタイミングと被ったらしい。運が悪すぎる。


 でも幸いにして、夢の狭間から現実空間へ逃げてしまえば、シミュレーションであるロキは追ってこれない。さっさと逃げてしまえばそれで済む。


 僕は心子さんと一緒に時空操作魔術を発動し、現実空間へ転移しようとする。


「逃がすわけないでしょ。はい、転移封じ。銀の鍵が相手だとそんなに長い時間は封じられないけど、その間に貴方たちを皆殺しにしちゃえば関係ないものね? 未来の私に代わってさくっと殺してあげるわ」


 ロキはそう言うと同時に僕たちに襲い掛かってきた。


 銀の鍵を持っているので、僕たちの方が出力は上だ。それは間違いない。だけどロキの猛攻は凄まじく、そもそも転移封じの突破に力を割く余裕を与えてくれない。


 僕たちはどうにかして、ロキを退けなければならなくなった。


 この作品を少しでも良いと思った方、続きを楽しみにしている方は、「ブックマーク」や画面下にある「ポイントの入力」をお願いします。


 評価をいただけると大変励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ