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91_アニミークリ

 心子さんは死者たちが崩れ去ってできた鉱石を拾い上げ、観察し始める。夢の狭間に持ち込んできた魔道具や薬品を使って、鉱石の組成や特性を解析する。


 そしてしばらくして、心子さんは僕たちに教えてくれた。


「これ、アニミークリですね。ウボ=サスラという邪神の欠片です」


 僕はある程度は邪神に関する知識を持っているつもりだけど、アニミークリも、ウボ=サスラも聞いたことがなかった。


 季桃さんも馴染みが無いようで、


「アニミークリ? それにウボ=サスラって何? 聞いたことがない名前だなぁ」


 と言っている。季桃さんが知らないということは、ウボ=サスラは普通の神話などで伝わっている神ではないのだろう。


 戸惑う僕たちに心子さんが解説してくれる。


「アニミークリについて説明する前に、ウボ=サスラについて話した方がいいですね。ウボ=サスラは地球上のすべての生命の源とも称される、不定形の神格です。地球の内側で永遠にも等しい期間眠りについていて、目覚めのときを待っていると言われています」


「えっ? 地球上の生命の源ってことは、人間もウボ=サスラから生まれたってこと?」


「僕たち人間が、というよりは地球創生の頃、地球最初の生命についてのお話ですね。あくまでそういう説がある、というお話ですけれど」


 地球最初の生命については、生物学などの分野で様々な学説が唱えられている。例えば原始海洋有機的スープ説とか、深海熱水孔独立栄養生物説とか。


 その中にパンスペルミア説という、地球外部で生まれた微生物が地球に偶然到達したという学説があるらしい。隕石内部にいた微生物が放射線や大気圏突入時の熱に耐えて地球に到達し、地球で繁殖したとされる説だ。


 そしてパンスペルミア説を信じている一部の魔術師が、隕石と共に到達したのは微生物ではなく、ウボ=サスラだと主張しているらしい。


 ウボ=サスラはアメーバのような不定形の神格で、地球に到達した後は地球の内核に隠れて眠りについている。そして眠っている間も膨張と分裂を繰り返して、新たな生命を生んでいるというのだ。


 そうしてウボ=サスラが生み出した生命が長い時間をかけて変質し、今を生きる地球上の生命になった。……と、ウボ=サスラを知る魔術師は語っているらしい。


 微生物は放射線と大気圏突入に耐えられなくても、ウボ=サスラであれば耐えられるというのが支持者の言い分だそうだが……。正直なところ、眉唾な話だ。


「学説が正しいかはさておき、ウボ=サスラが地球の内側で目覚めのときを待っているのは間違いありません。そしてただ待っているだけではなく、目覚めるのに必要なエネルギーを積極的に集めているんです」


「もしかして、エネルギーを集める役目を担うのがアニミークリ?」


「その通りです! アニミークリはウボ=サスラから生まれたばかりの生命なんです。アニミークリはそれ自体が1つの生命ではあるんですが、まだウボ=サスラと魔力的に繋がっているのでウボ=サスラの一部とも言えますね」


 別世界の僕は偽バルドルを邪神の一部だと言っていた。今聞いた心子さんの説明と一致している。


「アニミークリがウボ=サスラ復活のために、エネルギーを収集する手段は()()です。触れた対象から熱を奪い取る能力を持っているんですよ。だから先ほど結人さんは、アニミークリに触れた瞬間に体温を奪われてしまったのですね」


「吸熱……。まさかニブルヘイムが氷に閉ざされているのは、アニミークリが熱を吸いまくってるからなのか!?」


「元々の気候もあるのでしょうが、一因であるのは間違いないでしょうね」


 辺り一帯を氷で閉ざしてしまうなんて、どれほどの熱がウボ=サスラに吸収されていったのか想像もつかない。

 アニミークリが熱を吸収していったせいで、ウボ=サスラが復活して暴れ回るなんてこともありえるだろうか?


 いや、ウボ=サスラが潜んでいる地球の内核は地表とは比べ物にならないほど高温で、その温度は約6000℃にもなる。


 対して地表の温度は高くてもせいぜい50℃前後だ。特にここは氷点下を優に下回っている。


 ウボ=サスラが地球の内核から熱を吸収しているのなら、地表で活動するアニミークリが吸収する熱なんて誤差でしかない。


 心子さんも「ウボ=サスラのことは気にしなくていいですよ」と教えてくれた。


「背景説明を兼ねてお話しましたが、僕たちに関係があるのは欠片であるアニミークリだけです。ちなみに氷に弱いのは、強制的に取り込まされた冷気がウボ=サスラに伝播するのを防ぐために、アニミークリが自壊するからですね」


「なるほど……。ありがとう、心子さん。偽バルドルを含め、ニブルヘイムの死者の正体がアニミークリだと言うことはわかったよ」


 そうなると次の疑問が出てくる。


 どうしてヴァーリは死者が吸熱活動を行う場面を見たことがなかったんだろう。まあ、炎を吸収する場面は見たことがあるそうだから、厳密にいえば吸熱している姿を見てはいる。でも自発的に吸熱している場面を見ていない。


 それに僕たちが先ほど戦った死者には、知性がほとんどないみたいだった。でも偽バルドルや、神話時代の末期にヘルが率いた死者の軍勢には知性がある。


 この違いは何だろう。


「心子さんは何かわかるかな? ヴァーリがこれまで見てきた死者の軍勢と、今僕たちが戦ったアニミークリたちの相違点についてさ」


「おそらく、ヘルが何らかの方法でアニミークリに手を加えたのでしょうね。そもそも本来であればアニミークリはウボ=サスラと同じく、不定形でスライム状なんです。


 また、知能はほとんど存在せず、熱源を発見するとそちらへ近寄ろうとする程度です。


 ただし例外として、身体を変質させることで、他の生命の外見をまねることがあると言われています。この擬態能力を発展させることで知能を獲得させ、死者の蘇りを演出していたのでしょう」


 先ほど僕たちが戦ったアニミークリは人の姿をしていたが、それ以外は心子さんが説明したアニミークリ本来の特徴と合致していた。


「もしかして、さっきのアニミークリはまだ調整中の個体だったのかな」


 僕の発言にヴァーリが同意する。


「調整中って説には説得力があるな。ヘルが戦争に本格参戦するのがやたら終盤だとは思ってたんだよ。ヘルは死者の軍勢を連れて巨人側に味方するんだけどよ、タイミングとしては遅すぎんだよな」


 熱を求めて徘徊するだけじゃ、まともな戦力として運用することは難しい。アニミークリの改造に時間がかかったと考えれば、ヘルの参戦が遅かったことの説明がつく。


「ヘルに実際に会ってみれば調整中という説を証明できるかもしれませんが、どうしますか?」


 心子さんがそう尋ねてきた。


「いや、やめておこう。ヘルと戦うことになったら危険すぎるしね。偽バルドルの正体が改造されたアニミークリということはわかったし、もう十分だ」


「確かにそうですね。では現実空間に戻って、偽バルドルを召喚しましょうか。召喚の触媒として、向こうでアニミークリを確保する必要がありますけどね」


 面倒なことだが、心子さんの言う通り、現実空間の方で触媒を用意しなければならない。不思議に思ったようで、ヒカちゃんが訪ねてくる。


「あれ? ユウ兄、心子さん。さっき倒したアニミークリは使えないの?」


「あくまでここはシミュレーションだからね。夢の狭間から現実空間に物品を持ち帰ることはできないんだよ」


 現実空間から夢の狭間に持ち込むことはできるけど、その逆はできない。厳密に言えば現実空間から夢の狭間に持ち込んでいるわけでもないけど。


 端的に言うと僕たちが現実空間から持ち込んできた魔道具も、神話の時代をシミュレーションとして再現したように、夢の狭間に夢として再現したものだ。

 とはいえ、ヨグ=ソトースから情報を抜き取るのは非常に難しいので、なんでも自由に再現できるわけじゃないけど。


 夢の狭間に物品を持ち込む一番簡単な方法は、夢の狭間へやってくるときに対象の物品を身に着けておくことだ。ヨグ=ソトースを介する必要がないし、さらに言えば転移以外は何もしなくても自動でそうなる。実をいうと、僕たちが着ている衣服等もこの方法で夢の狭間に持ち込んでいる。


「現実空間でアニミークリを手に入れるって、どうやって手に入れるんだ? ニブルヘイムは戦争が終結する頃には崩れて入れなくなっちまってるぞ。地上に這い出てきた死者たちも、戦争中に全員ぶっ殺して粉々にしちまったしな」


 そんなことをヴァーリが言う。ヴァーリの知識を元にアニミークリを手に入れることはできないようだ。


「別世界のユウ兄が偽バルドルを倒したときの残骸も私たちは持ってないもんね。どうしたらいいのかな」


 そう言ったのはヒカちゃんだ。偽バルドルの正体を探ろうとして僕と心子さんで回収しに行ったのだが、偽バルドルの残骸は影も形もなかった。おそらくは別世界の僕が持ち去ったのだろう。


 でも僕にはあと1体だけ、居場所がわかっているアニミークリに心当たりがあった。


「偽ヘズだってアニミークリだよね。そして、北欧の神々は偽バルドル以外はコールドスリープしているんだよね」


 偽ヘズがコールドスリープしている場所は、ヒカちゃんとヴァーリが知っている。コールドスリープを解くためには偽バルドルか戦乙女が必要らしいが、戦乙女であるヒカちゃんなら偽ヘズを目覚めさせることができる。


「偽ヘズを倒して、アニミークリの欠片を手に入れよう。そうすれば偽バルドルを召喚できるよ」


「チッ、そうきたか……。ヘズの顔をしたやつをもう一度殺さなきゃなんねぇとは、何の因果だろうな」


 ヴァーリは苦々しい顔をしているが、他にあてが無い。


 ひとまず、偽バルドルを倒して黄金の腕輪を手に入れる目途は立った。これは大きな一歩と言えるだろう。


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