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90_ニブルヘイム

 僕たちはさらに下へと降りていき、ミッドガルドとニブルヘイムを繋ぐ橋に辿り着いた。


 ここには橋を見張る巨人が1人いるらしいが……。僕たちはユグドラシルの根本で3人の巨人を倒したばかりだ。苦戦はしたものの、僕たちは見張りの巨人を無事に倒して橋を渡り、ニブルヘイムへ侵入する。


 そしてニブルヘイムに入った途端に、季桃さんが感嘆とも悲鳴とも取れるような口調で僕に話しかけてきた。


「うわぁ……生きたまま死者の世界に入っちゃったよ……。しかも地獄に分類される方に……。北欧神話的にはエインフェリアとして蘇るのが天国に対応してるから、今更ではあるけどね」


「そう考えるとなかなか変わってるよね。天国でも巨人と戦うために命を懸けて戦うのか」


「自分の武勇が神に認められたという名誉を得られた上に、戦乙女という美女に歓待を受けられる天国って感じ? 戦闘狂向けすぎるよね。戦争狂いのオーディンが主神だし、納得感はあるんだけどさ」


 偽バルドルが何の邪神の一部なのか探るためには、冥府の女王ヘルに会って話を聞くか、他の死者を見つけて心子さんに調べてもらう必要がある。


 ただしヘルはヨルムンガンドとフェンリルと並んで、神々を殺戮した3匹の怪物の1匹としてその名を列している存在だ。


 ヘルと会話が成立するとは限らないし、成立したとしても素直に話してくれるとも思えない。間違いなく戦闘になるだろう。


 おそらくヘルは封印が解けた状態のヨグ=ソトースの娘や、晴渡神社で戦ったミゼーアの先端と同じくらい強いはず……。


 特にニブルヘイムはヘルのホームグラウンドと言える場所だろう。ヘルが従えている死者も襲ってくるんだろうし、それらを加味するとロキと同程度の強さになるかもしれない。


「あまりヘルとは会いたくないね。ヘルに見つからないように、死者を探すことはできるかな?」


 僕がそう言うと、ヴァーリが答えてくれた。


「死者ならその辺を適当にうろつけば見つけられるんじゃねぇか? 戦争の末期に出てきた死者の軍勢の規模を考えれば、ヘルが住んでるっていう館に全員が入るとは思えねぇし。ある程度は放し飼いにされてると思うぜ」


「なるほど。でもきっとニブルヘイムもかなり広いよね。死者がどこにいそうか目星をつけられればいいんだけど……」


 死者は氷に弱いのだから、暖かいところに集まる習性があったりしないだろうか? ニブルヘイムは氷に閉ざされた場所だけれど、どこかに比較的暖かい場所があれば、そこにいるかもしれない。


 今度は季桃さんがアイデアをくれる。


「橋を渡ったときに気づいたんだけどさ、ニブルヘイムに流れてる川って凍ってないよね。ってことは、そこだけ暖かいんじゃない?」


 川の水は流れている故に凍りにくいけれど、ニブルヘイムの気温を考えば、やはり凍っていないのは違和感がある。


 凍っていない理由として考えられるのは3つ。1つ目は季桃さんが言った、川は少し暖かい説。2つ目は、流れているのは水ではなくて融点が低い何らかの液体であるため、温度は低いけど凍っていない説。そして3つ目は何らかの魔術で凍らないように制御されている説。


 でも魔術がかけられている気配はしないので、3つ目の説はないと思う。となると、1つ目か2つ目が正解だと思うけど……。実際に川に流れる液体に触ればわかると思うが、何が流れているのかわからない現状では、その手段はとりたくない。


「他にあてもないし、とりあえず川に沿って進んでみようか。上流と下流、どっちに向かうのがいいと思う?」


「下流! 伝承を信じるなら、この川の源流にはドラゴンが住んでいるの。近づくと危ないと思うし、死者の血を啜ると言われているから、死者も上流には行かないと思うよ」


「わかった。それなら下流に行ってみようか」


 僕たちは季桃さんの提案に従って、川の下流へと向かう。しばらく下っていくと、川から流れ込む液体が溜まって湖のようになっている場所に辿り着いた。


「予想が当たったみたいだね。死者がいるよ」


 湖のほとりには2体の死者がいた。湖で喉を潤しているわけでもなく、只々そこに佇んでいる。寒さを避けて、暖かさを求めてそこにいるようにも見えた。


 ヘルが従えている死者には知性がある。まずは彼らに接触して、情報を手に入れたい。


 ヴァーリから事前に聞いていたように、死者たちは人間と寸分違わぬ姿をしている。こんなところにいるから彼らを死者と断定できたけど、ミッドガルドで彼らを見かけたら、死者と気づくことはできなかっただろう。


 ということはもしかして、逆に僕たちが新入りの死者を装って声をかければ、彼らは僕たちを死者と誤認してくれるんじゃないだろうか。


 まあ、死者は死者を判別できるかもしれないから、甘い考えかもしれないけど。試してみる価値はあるだろう。


「ヒカちゃん、死者たちに話しかけてみてくれるかな。僕は古い北欧の言葉がわからないからさ」


「いいよー!」


 死者たちが急に襲ってきたらヒカちゃんを守れるように、僕はヒカちゃんのすぐ傍で待機する。


 そしてヒカちゃんが古い北欧の言葉で死者たちに声をかけてみたが……。彼らの反応は鈍かった。声をかけられたことは認識しているようなのだが、ぼーっとしているようでまともな思考をしているようには見えない。


 偽バルドルは人間と変わらないような、明瞭な受け答えをしていたのに……。偽バルドルが特別だったのか? 


 いや、ヴァーリは戦争の末期にヘルが引き連れていた死者は、生前と変わらないような振る舞いをしていたと言っていた。それならこの死者たちにも知性がないとおかしい。


 反応は鈍いけれど、死者たちは僕たちを無視しているわけではない。ゆっくりと、少しずつ、僕らの方へ死者たちは視線を向ける。


 そして目を見開いたかと思うと……。


 突然、呻き声を上げながら俊敏な動きでヒカちゃんへ襲い掛かってきた!


「なんだ!? 突然動き出して!?」


 咄嗟の出来事だったが、僕は死者たちが伸ばしてきた手からヒカちゃんを庇う。そしてその直後、ヴァーリが放った矢と、ヒカちゃんが発動した氷のルーン魔術が死者たちへ突き刺さった。


 物理攻撃である矢はまともにダメージを与えていないようだが、氷のルーン魔術は身体を一部削り取るほどの効果を発揮した。


「ユウ兄! 大丈夫!?」


「さ、寒い……。死者に触られただけなのに……!」


 咄嗟のこととはいえ、銀の鍵を使わなかったことが裏目に出た。それほど威力のある攻撃ではなかったから、障壁を張るまでもないと思ったのが悪かった。


 黄金の蜂蜜酒の効果を打ち消されでもしたのだろうか? とにかく寒くて、震えが止まらない。


「寒いってマジか、なんだそれ!? 死者に触られただけで寒くなるなんて聞いたことねぇぞ!?」


 とヴァーリが驚いていた。死者は知性を持っているはずなのに、こいつらは持っていない。さらに死者が持っていないはずの能力をこいつらは持っていた。


 ヒカちゃん、ヴァーリ、季桃さんが死者たちを牽制する中で、心子さんが僕を担いで物陰へ避難させてくれる。心子さんはエインフェリアじゃないけど、成人男性1人くらいを運ぶことはできるらしい。


「結人さん、少し身体を見せてください! 原因を特定します!」


 心子さんが魔術と医療の両方の観点で僕を診察する。


 結論から言うと、僕の身体中から体温が奪われてしまったのだとわかった。黄金の蜂蜜酒の効果が打ち消されたわけではなかった。


「ひどい低体温症ですね。でも身体機能には問題が無いようなので心配いりません。黄金の蜂蜜酒の効果でじきに体温も戻ります。安心してください」


「ありがとう、心子さん」


 寒さでまだ身体をうまく動かせないが、そういうことなら問題なさそうだ。近接戦闘は無理でも、ルーン魔術で遠くから攻撃するくらいは今の僕にもできるだろう。


 僕はルーン魔術起動装置に雹の魔石をセットする。これで『氷の弾丸』魔術が扱える。


「ねぇ心子さん。キミって旧き印は刻める? 別世界の僕は旧き印を刻んだ銃弾で偽バルドルを攻撃していたんだ。旧き印を刻んでおけば、物理攻撃も通用するようになると思う」


「ええ、刻めますよ。それでは僕は、季桃さんとヴァーリさんの武器に旧き印を刻んできますね」


 僕たちは『氷の弾丸』魔術や旧き印を刻んだ武器で死者たちを攻撃する。普通の攻撃では死者たちにまともなダメージを与えられない。けれど弱点さえ突くことができれば、彼らの身体は崩れていって、光沢の無い黒いオパールのような物体になっていく。


 偽バルドルが旧き印の弾丸を受けたときと同じだった。


 死者たちはそれほど強くない。弱点がわからなければ脅威だっただろうが、わかっていればスコルの子と同程度の強さだ。


 触れてはいけないということがわかっていれば対策も簡単で、僕たちは2人の死者を無力化することに成功するのだった。


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