88_VS霜の巨人_その2
僕は双剣使いの巨人が息絶えたことを確認して、それから空間転移で季桃さんの傍へ駆けつけた。
季桃さんはかなりギリギリではあったが、心子さんのサポートを受けながら、盾持ちの巨人を相手に耐えてくれていた。
「ありがとう季桃さん。もう大丈夫だよ」
「よかった……。もう生きた心地がしなかったよ。心子ちゃんもありがとね」
「どういたしまして。無事でよかったです。ああっと、危ない!」
心子さんは障壁を作って、ヴァーリを弓兵の射撃から守る。彼女は全体の状況を見るのがとても上手くて、季桃さんのサポートをしながら、弓兵の攻撃から何度も僕たちを守ってくれていた。
「ヴァーリと心子さんで弓兵を牽制してくれる? その間に僕とヒカちゃん、季桃さんで盾を持っている巨人を倒そう。僕と季桃さんで前後から挟撃して、ヒカちゃんが上空からルーン魔術で攻撃すれば、守りの固いあいつも倒せるはずだよ」
「それが一番早く盾持ち巨人を倒せそうだな。弓の撃ち合いで負けるつもりはねぇが、なるべく早めに頼むぜ」
スナイパーはどこにいるのか相手に悟らせないために、場所を転々としながら戦うこともあるという。
弓兵の巨人も弓を射る度に居場所を変えているいるようだが、狙撃勝負ならヴァーリと心子さんに分があるはずだ。なぜなら、心子さんがいれば空間転移で移動できるから。
普通なら、周囲の地形や経過時間から移動可能な場所を絞って相手の位置を予想する。でも空間転移なら、地形や時間を無視して好きな場所へ移動できる。
それだけで相手の弓兵は相当混乱するはずだ。僕たちが空間転移をしている姿は既に何度も見せているけれど、それだけですぐに適応できるとは思えない。
そうしてヴァーリたちが時間を稼いでいる間に、僕、ヒカちゃん、季桃さんの3人で盾持ちの巨人を倒せばいい。
盾持ちの巨人はかなりの実力者だ。並みのエインフェリアが相手なら、2桁を同時に相手できるレベルかもしれない。それほどまでに、盾持ちの巨人は剣と盾の扱いや、身体能力が優れていた。
だけど僕たちは普通のエインフェリアじゃない。単純な戦闘能力でもそうだし、何より僕たちには時空操作魔術がある。巨人たちはルーン魔術を見たことがあっても、時空操作魔術を見たのは初めてだろう。
僕が使う時空操作魔術によって、盾持ちの巨人は翻弄されていた。そこに季桃さんが隙を見逃さず、高い瞬発力を活かして攻撃を加えていく。さらにヒカちゃんがルーン魔術を行使し、炎と氷の弾丸を降り注いでいく。
手ごわい相手だったけれど、そんな調子で、僕たちは盾持ちの巨人を倒すことができた。
最後に残った弓兵の巨人だが、これはもう語るまでもない。空間転移が使える僕たちは、遠距離での戦いを主とする敵と非常に相性がいい。普通であれば弓兵は敵を近づけさせないように戦うが、僕たちは簡単に敵へ近づける。
巨人ゆえの圧倒的な身体能力のせいで、多少は苦戦を強いられたが、1対5の状況に持ち込んだ時点で僕たちの勝利は決まっていた。
◇
季桃さんが驚きを隠せないように呟く。
「か、勝っちゃった……。純度100%の神に勝っちゃったよ。やっぱり巨人はエインフェリアよりも強いんだね。銀の鍵がなかったら、めちゃくちゃやばかったでしょ」
巨人と呼ぶからややこしいが、北欧の神と巨人は同じ種族だ。1対1ではさすがに無理だけれど、僕たちは神を倒せるほどの力を身に着けていた。
ヴァーリも嬉しそうだ。
「エインフェリアは巨人たちと戦うために作られたんだぜ。格上とはいえ勝てねぇことはねぇよ。まあ、普通なら10倍は人数を揃えて囲んで叩くのが定石だから、5対3でしかもこっちは全員生存して勝てたのは超すげぇけどな!」
『勝てねえことはねぇ』と言いつつも、ヴァーリは喜びを隠しきれてなかった。僕たちが成し遂げた戦果はそれだけ凄いのだろう。
ロキやオーディンはこれよりももっと強いはずだが、とりあえず僕たちは神や巨人の一般兵レベルになら勝てることがわかった。
自分たちの強さを客観的に測ることができたという面で、この戦いは非常に得るものが多かった。障害を排除できたことだし、ここにもう用はない。僕はみんなに声をかけて、行動を促す。
「それじゃあニブルヘイムへ行こう。偽バルドルの正体を明かす手がかりを見つけないとね」
「そうだな、あまり喜んでばかりもいられねぇし。俺についてきてくれ、ニブルヘイムの入口は確かこっちだぜ」
僕たちはヴァーリに案内されて、ニブルヘイムへ続く洞窟へ入っていく。ニブルヘイムは地下にあると聞いていた通り、洞窟は下へ続いているようだ。
まだここはミッドガルドに分類されるのだが、下へと降りていくにつれて、どんどん寒くなっていく。ニブルヘイムは人間や神が死後に行く氷の世界らしいし、少しずつ近づいている証拠だろう。
それにしても、エインフェリアが寒さを感じるということは、気温がかなり低くなっている。エインフェリアではない心子さんは大丈夫だろうか。
「ねぇ心子さん、大丈夫?」
「ええ、問題ありません。トートの剣が守ってくれていますので。ですが、そろそろ対策した方がよさそうですね」
そう言うと心子さんは僕の背から降りて、夢の狭間へ持ち込んできた鞄に手をかける。そして中から黄金色の飲み物を取り出すと、みんなに少量ずつ配り始めた。
「もしかして、黄金の蜂蜜酒?」
「そうですよ。これを飲んでおけばしばらくの間、極限環境でも問題なく活動できます」
黄金の蜂蜜酒とは、飲めばどんな環境でも一定時間は生きていられるという優れた魔道具だ。寒さだけでなく、水中や真空の空間、毒にも効果がある。ヨグ=ソトースの娘が吐いた毒に沈んだトートの剣を、心子さんが回収するのにも使われた。
半ば伝説扱いされるほどの希少品だが、心子さんは僕たちに快く提供してくれる。心子さんには借りばかりできてる気がするな……。いつか恩を返せるといいけれど。
「どれほど温度が下がるかわかりませんからね。エインフェリアでも耐えられないほど気温が下がるかもしれません。必ず飲んでくださいね」
心子さんに促され、僕は配られた黄金の蜂蜜酒を飲み干した。すると、感じていた肌寒さが静まって快適な状態になった。
僕に続いて季桃さん、心子さん、ヴァーリも飲み干す。ヒカちゃんはその様子を見ながら、戸惑った様子で聞いてきた。
「お酒って私も飲んでいいのかな? 未成年者飲酒的にさ」
ヒカちゃんの問いに心子さんが答える。
「エインフェリアですし、身体的には問題ないと思いますよ。お口に合うかはわかりませんけどね」
この中で未成年なのは、ヒカちゃんとヴァーリの2人か。
心子さんのいう通り、エインフェリアは普通の人間とは違うから、アルコールを接種しても大丈夫だと思う。ヴァーリはそもそも肉体的には成人と変わらないので、半神ということを差し引いても問題ない。
そういえば、エインフェリアは酒で酔えるのだろうか……。酔えるとしても、よほどの量を飲まないとダメそうな気がする。
「じゃあ私も飲んでみるね」
そういって、ヒカちゃんは恐る恐るといった様子で黄金の蜂蜜酒に口をつけた。好みの風味だったのか、そのまま一気に飲み下す。
「初めてお酒を飲んだけど、思ってたより甘くておいしいかも。はまりそう……」
「初体験で良すぎる物を飲ませてしまったかもしれませんね。上質な方が魔術的効力も高まるので、黄金の蜂蜜酒の中でも特に良い物を用意したんですよ」
「なあユウト、もし酒を飲む機会があったらヒカルを止めてやれよ。エインフェリアだから飲み過ぎても大丈夫だろうけどな」
ヒカちゃんの反応を見て、心子さんとヴァーリが心配そうにそう言った。
義妹に正しいお酒との付き合い方を教えるのも義兄の務めだ。もしまたヒカちゃんとお酒を飲む機会があったら、僕が目を光らせておこう。
そんなやり取りをしながら、僕たちはニブルヘイムを目指して下へ下へと降りていく。