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87_VS霜の巨人_その1

 僕はヒカちゃんを抱えて上空へ転移する。ヒカちゃんは白鳥の羽衣を使えば1人でも空を飛べるのだが、僕が上空へ連れて行ったのには理由があった。


 端的にいうと、巨人たちに奇襲を察知されないための工夫だ。


 白鳥の羽衣は空を飛ぶ際に翼を動かす必要があるため、羽ばたき音を立ててしまう欠点がある。物理的な風圧と魔力を組み合わせて飛ぶので、それほど大きな音ではないけれど。


 でも、巨人はエインフェリア以上に耳がいい。わずかな物音を察知して、僕たちの存在に気付くかもしれない。用心するに越したことはないので、僕たちは音を立てずに上空へ移動できる空間転移で、まずは制空権を握ったのだ。


 僕は位置を調整して、足場代わりに作った障壁の上にヒカちゃんを立たせる。ここからなら、ルーン魔術による攻撃が届くだろう。


「ヒカちゃん、準備はいい?」


「うん、全力で行くよ! Rahn sekkur skipum með netum!」


 ヒカちゃんは呪文を詠唱しながらルーン文字を刻み、魔術を発動した。


 すると魔術によって生み出された海水が、嵐のような勢いで巨人たちを押し流し始める。さらに海水は網のように変形し、巨人たちの身体を拘束して動きを封じた。


 これはヒカちゃんが最近使えるようになった、上級ルーン魔術の『ラーンの網』だ。中級までのルーン魔術には名称らしい名称が無かったが、上級ルーン魔術には専用の名前が存在する。


 北欧神話にはラーンという海の女神がいるそうで、その女神が持っている網を疑似的に再現するルーン魔術らしい。


 神の力の一端を再現するだけあって、さすがの巨人たちも無事では済まない。彼らの動きが止まったことを確認すると、季桃さんとヴァーリが物陰から飛び出して追撃を加えていく。


 僕たちも季桃さんたちに加勢しなければ。僕とヒカちゃんは足場にしていた障壁から飛び降りて、巨人たちの方へ向かう。


「じゃあヒカちゃん、先に行くね」


「うん、気をつけてね。普段は使わない時空操作魔術を使うんだからさ」


「ありがとう、気をつけるよ」


 でもせっかく上空にいるのだから、僕は高低差を利用した攻撃を行うつもりだ。僕は銀の鍵で自身にかかる重力を増大させて、ヒカちゃんよりも遥かに早い速度で落下していく。


 物理学や天文学で論じられている通り、重力は質量によって生じた空間の歪みで生まれる力だ。それなら当然、時空操作魔術で空間を操作すれば重力を増すことだってできる。


 ただし、重力操作はかなり使い勝手が悪い。なぜかといえば、自分にかかる重力しか操作できないのだ。相手にかかる重力を強くして、動きを阻害するようなことはできない。


 だから使うとしたら自分の移動用なのだけど……。それなら空間転移の方が使いやすい。発動自体は重力操作の方が簡単なのだけど、重力操作での移動は急発進や急停止ができないし、少し制御を誤っただけで壁や地面に叩きつけられてしまう危険もある。


 僕はエインフェリアだから多少の無茶も平気だけど、心子さんがやるには危険すぎる技だろう。


 でも今回は落ちるだけだから、細かい制御は必要ない。エインフェリアだから高所からの落下も何とかなる。相手は『ラーンの網』に絡めとられているため、回避される心配もない。


 僕は上空から超重力で落ちてきて、巨人の1人に狙いを定めた。


「その身に刻め!!」


 増大した重力と、エインフェリアの全力を込めた一撃の威力は凄まじかった。雪と氷で固まっている硬い地面を吹き飛ばし、大きなクレーターを作るほどだった。


 身動きをとれない巨人は防御することすらままならず、僕の超重力攻撃を受ける。攻撃を繰り出した僕自身にもかなりの反動がきたのだから、攻撃を受けた側のダメージは計り知れないだろう。隙の大きい攻撃だったが、無事に成功してよかった。


 僕は後方で待機している心子さんの所まで下がり、反動で受けたダメージを彼女に治療してもらう。


「作戦通りにいってよかったですね、結人さん。でも少しひやひやしました」


「エインフェリアでもちょっと堪えたよ。でもそれ以上に成果もあったんじゃないかな」


 僕が一撃を入れた巨人は、既に満身創痍といった様子だった。まだ倒れていないのは、巨人としての意地だろうか。ただしかなり弱っているのは間違いなく、もはや戦力にならないだろう。


 残った2人の巨人は『ラーンの網』による拘束を引きちぎり、そのうち1人が僕たちに向かってくる。もう1人は弱った巨人を介抱するためなのか、そちらへ移動していく。


 僕たちへ向かってきた巨人は、大きな盾と剣を持っていた。戦い方も防御寄りのようで、なかなかダメージを与えるのが難しい。


 けれどこっちには心子さんを含めて5人いる。5対1なら、巨人と正面から戦っても勝てるはず。2人で一斉に襲い掛かってくるより、対応が楽になる……。いや、どうして巨人たちは2人で僕たちに応戦せず、片方は戦力外になった者を介抱しに向かったんだ?


 ふと視線を弱った巨人に向けると、彼は介抱している巨人から何かを飲まされていた。嫌な予感がする。


「ヒカちゃん! ヴァーリ! 向かってきたやつじゃなくて、弱ってる巨人にトドメを刺してくれ!!」


「わかった! 空を飛んで向かうね!」


「ここからじゃ射線が通らねぇな……。ココ、俺を転移させてくれ!」


「承知しました!」


 ヒカちゃんは白鳥の羽衣で空を飛んで、ルーン魔術で攻撃できる位置を確保する。ヴァーリは心子さんに転移のための"門"を作ってもらい、弓を射掛けることができそうな木の上へ転移した。


 ヒカちゃんとヴァーリが弱った巨人へ遠距離から攻撃を仕掛ける。しかし弱った巨人は今まで負った怪我を物ともしないかのように跳ね起きると、2人の攻撃を避けてしまった。


 傷が癒えたわけではないようだ。瀕死の重傷にしか見えない。それなのに、どうして動けるんだ!?


 困惑する僕たちにヴァーリが教えてくれる。


「あれはたぶん、痛覚を麻痺させる薬だな。それで無理やり身体を動かしてんだよ。すまねぇユウト。薬の知識がある俺が先に気づくべきだった」


「ヴァーリのせいじゃないよ。無理やりってことは長くはもたないよね?」


「そうだな。だから動きはするけど、弱っているのは間違いねぇ。最初に倒すならそいつだ」


 ヴァーリの助言は参考になる。あとはどうやって弱った巨人に攻撃を加えていけばいいか考える必要があるだろう。


 敵の布陣としては、盾と剣で味方を守るディフェンダーが1人、弓と薬で味方を支援するサポーターが1人、双剣で暴れまわって敵を制圧するアタッカーが1人となっている。


 僕が最初に大ダメージを与えたのが双剣使いだ。アタッカーを早々に倒しておけば、戦いがぐっと安全になると考えて、そいつを狙って攻撃をした。


 その目論見は正しかったと思うが、ディフェンダーが盾を使って巧みに僕たちの進路を塞いでくるから、双剣使いに追撃を加えることが難しい。


 ヒカちゃんのように上空からルーン魔術で攻撃するか、僕か心子さんが時空操作魔術を使って転移をすれば、ディフェンダーを抜けて双剣使いを狙うこともできるけれど……。


 なお、ヴァーリの射線はすでに塞がれている。ヴァーリは近くの木に飛び移って射撃地点を何度か変えているが、巨人たちの位置取りもうまい。ヴァーリ単独では、双剣使いを再び狙うことは難しそうだ。


 どう戦力を分配するか、それが重要だ。巨人たちは僕たちよりも、個々の戦闘力が高い。1対1ではすぐに押し負けてしまう。


 巨人1人を相手するなら、最低2人は必要だ。エインフェリア2人で巨人を抑えられれば賞賛されるレベルの偉業らしいけど、僕たちは5人しかいないから、3人を同時に相手するには戦力が足りていない。


「おいユウト、とにかく敵の頭数を減らさなきゃどうにもならねぇ! 一瞬でいいから戦力を集中させろ!」


 ヴァーリがそう叫ぶ。本来であれば、戦闘経験が最も豊富なヴァーリが指揮を執るべきなのかもしれない。けれど、ヴァーリは時空操作魔術について詳しくなかった。


 時空操作魔術を考慮した戦略を立てられるのは、僕か心子さん。そして、心子さんよりも僕の方が銀の鍵を使いこなしている。だから僕が判断するのが一番だと、そう考えてヴァーリは僕に全体の指揮を委ねてくれていた。


 ヴァーリが提案した通りに、少しの間だけでも戦力を集中させることは可能だろうか。空間転移の発動にかかる時間や障壁の強度を考慮しながら、僕は実現可能な作戦を立てていく。


 いける。僕はそう確信して、みんなに指示を出す。


「季桃さんは盾のやつを引き付けて! ヒカちゃんとヴァーリは僕と一緒に双剣使いを頼む! 弓兵からの狙撃は僕と心子さんの障壁で凌ぐ! 心子さんは季桃さんのサポートもお願い!」


 この戦いは、どれだけ早く双剣使いを倒せるかにかかっている。もし時間がかかってしまえば、季桃さんが盾持ちの巨人に倒されてしまうだろう。弓兵からの攻撃だって、いつまで防いでいられるかわからない。


 僕は空間転移で双剣使いのすぐ背後に転移して、即座に蹴りを放つ。この不意打ちはほとんど初見だろうに、双剣使いは危なげながらも防いでみせた。


「僕を巻き込む勢いでいい。ヒカちゃん、ヴァーリ、2人とも攻撃を頼む!」


「わ、わかった! ルーン魔術いくよ!」


「雨のように矢を降らせてやるぜ!」


 双剣使いは痛覚を麻痺させて無理やり動いているが、やはり消耗しているのか動きにキレがない。だからといって僕が1人で倒せる相手ではないけれど、かなりマシと言えるだろう。


 木々をなぎ倒すように双剣使いは暴れまわる。しかし、僕は双剣使いの動きをある程度抑え込むことができていた。これならヒカちゃんとヴァーリが攻撃を当てやすいはず。双剣使いが消耗していなければ、こんな芸当は不可能だった。


 ヒカちゃんが中級ルーン魔術の『動きを縛る吹雪』魔術を発動する。これは攻撃範囲が非常に広い魔術なので、回避は難しい。


『動きを縛る吹雪』魔術の対処法は大きくわけて3つある。


 1つ目、大きく動いて効果範囲から脱出する。

 2つ目、時空操作魔術かルーン魔術で障壁を張って防ぐ。

 3つ目、ダメージを受けるのは受け入れて、動きを阻害する効果だけルーン魔術で回復する。


 でも巨人たちは時空操作魔術もルーン魔術も使えない。だから彼らに可能なのは、1つ目の方法だけだ。


 僕は双剣使いが効果範囲から離脱しないように妨害する。ヴァーリからの援護射撃もあって、双剣使いはヒカちゃんが起こした吹雪に巻き込まれていった。


 僕自身も吹雪の効果範囲に入っているが、それは障壁を張ることで難なく防ぐ。


「ヴァーリ! 一気に畳みかけよう!」


「おう、任せとけ! 神すら殺す矢を受けろ!!」


 ヴァーリは動きの鈍った双剣使いに次々と矢を叩き込んでいく。


 もとから弱っていたこともあり、ヴァーリの矢が決め手となって、双剣使いの巨人はピクリとも動かなくなった。


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