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83_神話の時代へ_その2

 準備を整えた僕たちは、時空操作魔術を行使し、夢の狭間に再現した神話時代のシミュレーションへ転移を試みる。


 夢の狭間への転移は成功した。神話時代の仮想再現も成功した。ひとまずは順調な滑り出しだと言っていいだろう。


 ……僕たちのすぐ前で、血走った目つきをしたヴァーリがヘズを殺害していることを除いて。


「死ね……! 死ね……! 死ね……! バルドルを…………最愛の息子を殺した罰を受けろ……っ!」


 目の前のヘズは既に亡くなっているが、興奮したヴァーリはそれに気づいていないようで、追い打ちを続けている。


 殺されているヘズはシミュレーションのヘズだが、殺しているヴァーリは僕たちと一緒に転移してきたヴァーリだ。彼は完全に錯乱状態に陥っていた。


「大変! ヴァーリ君の様子が変だよ! どうなってるの!?」


 悲鳴にも近い声色で、ヒカちゃんが僕と心子さんに問いかける。


 それに答えたのは心子さんだ。


「……すみません。やり過ぎました。最も強く印象に残っている場面、つまりヘズを殺す場面を意識させ過ぎてしまったのです」


 僕たちはヴァーリにとって最も印象深い場面を元手にしてヨグ=ソトースから情報を取得し、夢の狭間に神話時代のシミュレーションを構築した。そのため、シミュレーションの開始地点もそこになる。


 もともとの予定では、ヴァーリがヘズを殺している瞬間ではなく、もう少しずれた場面から始めるつもりだった。だけどヴァーリの後悔と無念は僕たちが想像する以上に強かった。それに引き摺られる形で、予定とずれたこの場面から始まってしまった。


 しかも問題はそれだけじゃない。季桃さんがヴァーリの様子を見て呟く。


「もしかしてこれ、存在の上書きもされかかってるの? お祖母ちゃんが私と結人さんにしたみたいにさ。今のヴァーリ君って、過去のヴァーリ君で上書きされかけてるよね?」


 ヴァーリが正気を失って、ヘズを殺害しているのはそれが原因だった。軽度だから、すぐに正気に戻るはずだけど……。


 しかし予想に反して、ヴァーリはなかなか正気に戻らない。それほどまでに想いが強かったというのだろうか。


 ヘズの死体に追撃を続けていたヴァーリだが、しばらくしてヘズが死んでいることに気づく。


「ヘズ? ヘズだよな……? 俺の兄貴の……!? どうしてこんな、血にまみれて……。お、俺がやったのか……!? 何でこんなことを!? ヘズ! ヘズ……!! しっかりしろ!! あぁ……あぁ……。もう……死んでる……」


 ヴァーリは自分が血に汚れることも厭わず、ヘズの死体を抱き上げる。混乱と罪悪感で塗りつぶされていた彼だが、突然、憤怒の形相で顔をあげた。


「……オーディン! ……あいつが俺にやらせたんだな!? そのためだけに俺を産ませたんだな? そのためだけに、俺の母上を追い詰めて、俺を無理やり生ませたな……?」


 目の前で繰り広げられている惨状は、遥か昔に実際に起きた出来事なのだろう。ヴァーリの慟哭は酷く悲痛だった。


 これは間違いなく、ヴァーリにこの場面を意識させすぎたせいで起きた事故だ。もっと強くヴァーリを止めなかった僕にも責任はあるけれど、心子さんがヴァーリにやたらと念を押して意識させていたのが気にかかる。


 もしかして、心子さんはこの状況をわざと作り出したんじゃないか……?


 そんな疑念が頭をよぎる。でも心子さんがそんなことをする理由がない。


 ヴァーリがヘズを殺す瞬間というショッキングな場面を見たせいで、僕が動揺してしまって、思考が変になっているだけだ。疑心暗鬼になっても意味がない。冷静にならなければ。


「まずはヴァーリを正気に戻そう」


「どうやって戻したらいいの?」


「呼びかけたり、物理的な衝撃を加えたり……かな。夢の狭間は夢と現実の性質を両方持っているけど、存在の上書きは夢の性質で行われているんだ。だから物理的な衝撃を加えて現実の性質で揺さぶれば、より早く正気に戻ると思う」


 僕がそう説明した瞬間、ヴァーリが僕たちの方へ振りむいて矢を放った。僕は障壁を作ることで矢を弾く。


 ヴァーリはふらふらと立ち上がって、僕たちを睨みつけた。


「なんだよ、エインフェリアども。用済みだからって口封じにでもきやがったか。オーディンの犬め。どうせ今頃、俺の母上の口も閉ざそうとしてやがるんだろ。てめぇらをさっさと殺して、母上のところへ行かせてもらう!」


「季桃さんは心子さんを守って! ヒカちゃんは僕の援護を頼む!」


 ヴァーリのことはいつも戦力として頼りにしているけど、彼が敵に回ると恐ろしい。彼の卓越した弓術は、まるで機関銃のような連射速度で大砲のような威力を出す。


 ただし幸いにも、弓矢が強いのは遠距離戦に限った話だ。僕は得意な戦法的に、ヴァーリに対してかなり相性が良い。


 僕は障壁で最初の数発を防いだ後、ヴァーリの至近距離まで空間転移で移動する。弓矢は近接戦では取り回しが悪いので、これだけで有利を取れる。


「ユウ兄、『打たれ強くなる』魔術をかけるよ!」


「結人さん、『被害を反らす』魔術をかけます!」


 その上、ヒカちゃんと心子さんが魔術で援護してくれた。ヴァーリは弓矢を捨ててナイフで襲い掛かってくるが、もう勝負は決したと言っても過言ではない。


 もともと近接戦なら僕の方が上手だ。ここまで好条件が揃えば、手加減しながらヴァーリを制圧することも可能だった。



 ◇



「わ、わりぃ……面倒をかけたな。どうかしてたみたいだ」


「こちらこそすみません……。僕が意識させ過ぎてしまったのがそもそもの原因ですし……」


「僕こそごめん。こうなる可能性に気づける立場にいたのに気づけなかった」


 僕たちは自分の至らなかった部分を謝罪しあう。


 結果的には誰も大きな怪我もせず、解決することができた。今回起きたのは不幸な事故だったと水に流せるだろう。


 ヒカちゃんがヴァーリに尋ねる。


「ヴァーリ君って神話時代はエインフェリアに狙われてたの? 上書きされかけてたときに、口封じがどうとか言ってたよね」


「狙われてねぇって言ったら嘘になるけど、口封じっていうのは違ぇな。ヘズを慕ってたやつが俺を殺しにやって来ることがあったんだよ」


「そっか……。悲しいね。ヘズがバルドルを殺して、それでオーディンがヘズを恨んで。その恨みを晴らすためにヴァーリ君にヘズを殺させて。それでまた新しい恨みが生まれてヴァーリ君が狙われて……。そういった連鎖が起きてしまってるんだ」


 ヒカちゃんはとても悲しそうだった。


 神話時代の末期では、生きとし生けるものが戦争をしていたという。似たような話はいくらでも転がっているのだろう。ヴァーリも「この時代ではよくあることだな……」と呟く。


「そうだ! ヴァーリ君のお母さんって無事なの? 戦う前にお母さんの安否を心配してたよね。でも口封じが無いってことなら大丈夫なのかな」


「いや……母上なら、ちょうど今頃死んだくらいだろうな」


「嘘!? なんで!?」


「俺がオーディンの代わりにヘズを殺すってことを、事前に勘づいてるやつも多かったんだよ。オーディンが立てた計画は失敗しない。それがこの時代の常識で、ヘズが生き残ると考えてるやつはいなかった。

 だからこの時点でヘズの復讐を考えているやつもいてさ、でも俺やオーディンには敵わないわけでよ。恨みの矛先が弱いやつに向かうんだよな。俺が母上の傍にいない、このタイミングを狙ってさ」


「……お母さんが死んだ後、ヴァーリ君はどうしたの?」


「母上を殺したやつらを殺した。まあ、本当によくあることだよ。この時代ではな」


「そっか……。悲しいね……」


 神話時代の戦争は、戦争を望んだオーディンと、オーディンの望みを叶えようとするロキによって引き起こされたものだ。


 そして今、現代でも表立ってはいないものの、カラス率いるエインフェリアたちとムスペル教団という構図で、オーディンとロキの戦争が再び起きている。


 ロキを放置していればレーヴァテインで世界が滅ぼされてしまうし、オーディンを放置していれば別のパラレルワールドとの戦争がいつか始まってしまうだろう。


 僕たちはそれを阻止するための一歩として、こうして夢の狭間に神話の時代のシミュレーションを作り上げた。


 ここで何か情報を持ち帰って、少しでも今後に役立てたい。


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