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82_神話の時代へ_その1

「そういえば、別世界のユウ兄がここを襲ってくる可能性ってないの? 他のパラレルワールドで経験した出来事を元に、いろいろ先回りしているみたいだよね」


 ヒカちゃんが不安そうに聞いてくる。


「そこについては問題ないよ。たぶんもう、彼が経験したことのない領域に来ているだろうから。もう彼の知識はそこまで役に立たないんだ」


「どういうこと?」


「たぶん、僕と心子さんがこの時点で生き残っているパラレルワールドがほとんど無いと思う」


 僕がそう答えると、ヒカちゃんが驚く。


「ユウ兄ってエインフェリアの中でも格別に強いじゃん。時空操作魔術なしでも強いよね? 心子さんだってエインフェリアじゃないのに強いのに。……もしかして、考え方が逆? 銀の鍵を持っているから、優先して狙われてるってこと?」


「自分で言うのもなんだけど、そういうこと。僕が彼の立場なら、僕と心子さんを先に殺すから。別世界の僕は最初に僕と偽バルドルを襲撃してきたけど、あれは彼にとって必勝パターンだったはずなんだよ。かなり手慣れていたようだし、僕を取り逃がしたときは尋常じゃないほど驚いていたからね」


 でもこのパラレルワールドでは、窮極の門にいる僕の世界のヒカルが助けてくれたから、僕は生き延びることができた。


 あの場で僕が死んでいた場合、数日後に心子さんも死んでいただろう。なぜかといえば、僕が死んでいる場合は心子さんは僕たちと共闘する流れにならないからだ。


 そうなると、心子さんには晴渡神社を襲撃してきたロキを退ける手段がない。


 僕と心子さんが死んでいる他にも、違いが出てくるだろう。バルドルが偽物だとヒカちゃんたちは気づかなかったはずだし、カラスたちは幻夢境へやってこなかった。


「あとはそもそも、このパラレルワールドってレアケースなんだよ。他のパラレルワールドで得た情報をあまり活用できないんだ」


 どういうことかと言うと、エインフェリアの僕たちが存在するパラレルワールドは、実はそんなに多くない。

 エインフェリアを作り出すためには、パラレルワールドの同一人物の死体が必要だ。仕組み上、エインフェリアの数は全パラレルワールドの半数を超えない。最大でも50%しかない。


 このパラレルワールドには僕、ヒカちゃん、季桃さん、優紗ちゃんがエインフェリアとして拉致されてきたけど、この4人が1つのパラレルワールドに集まる確率は単純計算で50%×50%×50%×50%=6.25%となる。


 死んだりエインフェリアとして拉致されていないパラレルワールドもあるから、実際にはもっと低い。


 さらに言えば、心子さんが存在しているパラレルワールドだって珍しい。心子さんが存在するためには、僕がエインフェリアになって記憶を失い、他のパラレルワールドの過去に迷い込み、幼い優紗ちゃんと親しくなって、さらにムスペル教団が早期に準備を整えて世界を滅ぼす必要がある。


 迷い込むためにも、幼い優紗ちゃんを他のパラレルワールドへ逃がすためにも、銀の鍵が必要となる。そもそも僕が銀の鍵を持っているパラレルワールドは、全体から見てどのくらいの割合で存在するのだろうか。

 このパラレルワールドの僕は持っていなかったし、実は持っていない方が多いんじゃないかと僕は睨んでいる。


 僕の説明を受けて、ヴァーリも理解したようだ。


「なるほどな。要するに別世界のユウトは、最初に感じた印象よりは万能じゃねぇんだ。別のパラレルワールドで得た経験を元に、心当たりがある場所を総当たりしてるだけなんだろ」


 ヴァーリのいう通りで、総当たりしているだけの彼は無駄な行動が多い。それに、知らないことは試せない。

 例えば彼はこの拠点に先回りできていなかった。多数のエインフェリアと戦って消耗している上に、ヒカちゃんの意識がないという、僕たちを排除するには絶好のタイミングだったというのにだ。


 今、僕たちは偽バルドルの正体を探るために準備をしている最中だ。その準備には時間がかかるが、それを別世界の僕に邪魔される心配はないだろう。



 ◇



 数日後、僕と心子さんは偽バルドルの正体を調べるための準備を終えた。


 ここからが計画の本番で、ヴァーリにも手伝ってもらうことになる。


 僕たちは心子さんに案内されて、魔術工房のとある一室に集まった。その部屋は、一切の光を通さないように真っ暗に遮光されている。


 心子さんが部屋の中心に卵型の水晶を設置する。これが夢のクリスタライザーだ。不思議なことに、その水晶からは笛のような音が鳴り響いている。


 そして今から行うことについて、心子さんが改めて説明してくれる手はずだ。僕とヴァーリは事前に説明を聞いているが、ヒカちゃんと季桃さんは初めて説明を聞くことになる。


「これは夢のクリスタライザーといいます。夢の世界へ精神を飛ばすための魔道具ですね」


 本来は幻夢境へ精神のみで侵入するために用いる魔道具だが、使い方次第では夢の狭間へ行くことも可能らしい。季桃さんのお祖母さんは、これを使って僕と季桃さんを夢の狭間へ連れて行ったのだ。


 ヒカちゃんが心子さんに質問する。


「心子さんは夢の狭間に行こうと考えてるんですか? ユウ兄は転移の協力をするとして、ヴァーリ君はどういう関係が?」


「それはですね。神話の時代を夢の狭間で再現するために、ヴァーリさんの記憶が必要なんですよ」


「神話の時代を再現……?」


 ざっくりとした説明をするなら、夢とは脳が情報の整理をしているときに生まれる映像のことだ。要するに、夢は何らかの情報を元に構成されている。


 夢の狭間は、半分は現実の性質を持っているけれど、半分は夢の性質を持っている。だから夢と同じように、何らかの情報を与えてやれば夢の狭間はそれに応じた空間になるのだ。


 僕と季桃さんが幽閉された夢の狭間は、このパラレルワールドの僕と季桃さんの記憶を情報として与えたものだった。お祖母さんはその記憶を直接持っていたわけではないが、ヨグ=ソトースから引き出して用意してきた。


 アカシックレコードと言えばわかるだろうか。全ての事象、想念、感情が記録されている世界記憶のことだ。ヨグ=ソトースはこの宇宙そのものと言えるので、アカシックレコードのようにあらゆる情報を内包している。


 ただし、本当にあらゆる情報を内包しているので、検索性が非常に悪い。そこを解決するために、例えば今回だと『ヴァーリの記憶と似たような情報』という条件で検索をかける必要があるのだ。


 ヒカちゃんもレギンレイヴの本体から神話時代の記憶をもらっているので、必ずしもヴァーリの記憶である必要はない。

 だけどヒカちゃんが持っているのは所詮は借り物の記憶なので、念のためにヴァーリの記憶を使うことにしたのだ。


「というわけでヴァーリさんの記憶を使って、神話の時代についてヨグ=ソトースから情報を引き抜いて、夢の狭間に神話の時代を再現します。あくまでシミュレーション――偽物ですけどね」


 ヒカちゃんと季桃さんはわかったような、わからないような表情をしている。


「なるほど……。いや、細かいことは全然わかんないけど。その再現した神話の時代で、偽バルドルが何の邪神の一部なのか探るんだよね?」


「その通りですよ。では作業を進めましょうか。結人さん、ヴァーリさん、よろしくお願いします」


 僕と心子さんはつつがなく作業を進める。特に問題はなさそうで、このままいけば無事に成功するだろう。


 心子さんがヴァーリに話しかける。


「ヴァーリさん。神話の時代で最も強く印象に残っていること、心に深く刻まれていることを意識してください。そうしてくだされば安定性が飛躍的に増しますので、よろしくお願いしますね」


「一番強く心に残っていることか……」


 ヴァーリの心に最も強烈に刻まれていることと言えば、生まれた直後にやらされたヘズ殺しだろう。オーディンの策略により、ヴァーリは自分の意思とは無関係に、腹違いの兄を殺害させられている。


 そんなことを意識するのは辛いだろう。無理をさせないように、僕はヴァーリに声をかける。


「そこまで強く意識しなくても大丈夫だよ。多少安定性が乱れた程度なら僕がフォローできるから」


 しかし、心子さんが反論してきた。


「でもやはり安全第一に考えるなら、ヴァーリさんには頑張っていただかないと」


 まあ心子さんの言わんとすることもわかる。この魔術は相当に難易度が高いのだ。ヴァーリに頑張ってもらえれば、こっちが楽になるのは間違いない。


 ヴァーリは辛そうな顔で僕を静止する。


「任せとけ……。ヘズのことをしっかり意識しておくからよ……」


「ではヴァーリさん、くれぐれもよろしくお願いしますね」


「…………おう」


 まだ始まったばかりなのに、ヴァーリはかなり精神的に消耗している。それなのに心子さんは安定性を理由に、辛い出来事について強く意識するように何度もヴァーリへ指示していた。


 僕の負担を減らそうしているのか? みんなを危険に晒さないように、念には念を入れようとしているのか?


 理由はいくらでも思いつく。けれどもなんだか、心子さんらしくない。そんな違和感を僕は感じていた。



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