80_ヒカちゃんが目覚める
僕たちは転移封じを強引に突き破って、季桃さんのお祖母さんが使っていた拠点の1つに転移してきた。
「追ってきたりしねぇよな? カラスたちが幻夢境にエインフェリアを引き連れて来れたってことは、奴らも空間転移ができるんじゃねぇか?」
ヴァーリがそんなことを言う。彼の言う通り、カラスたちが空間転移をできるのは間違いないだろう。でも、彼らが空間転移で僕たちを追跡するのは不可能だ。
その理由を僕は説明する。
「転移先を割り出すことはできないから、僕たちがどこに転移したのか、カラスたちはわからないんだよ。空間転移で追跡するには、相手の居場所を別で把握しておく必要があるんだ」
「なるほどな。じゃあ大丈夫か」
ちなみに相手の居場所を把握する魔術として、探知魔術というものが存在する。ざっくり言えば、あらかじめ取り付けておいた魔術的な発信機の場所を確認する魔術で、僕が僕の世界のヒカルにかけているやつだ。
時空操作魔術についてある程度知識を持っているなら、探知魔術を仕掛けられているか判断するのは簡単だ。幸い、僕たちに探知魔術を仕掛けられている形跡はない。
ひとまず安全を確保できたので、今後について話したいところだ。カラスたちについて、季桃さんが尋ねてくる。
「そもそもどうしてカラスたちが空間転移を使えるんだろ? ルーン魔術じゃ空間転移はできないんだよね?」
「考えられるとしたら、オーディンの仕業かな。黄金の腕輪を通せば、窮極の門からでも支援できるんだと思う。探知魔術を仕掛けてこなかったのも、そう考えれば説明がつくしね」
探知魔術には限界がある。自分と相手が同じ空間にいる場合は距離と方角を把握できるが、別の空間にいる場合は『異空間に反応あり』程度の情報しか得られない。
要するに、窮極の門にいるオーディンが僕たちに探知魔術を仕掛けたとしても、僕たちが通常空間にいるのか幻夢境にいるのかすら判断できないのだ。
「でも何でオーディンは今になって手を出してきたんだろ。ロキと同じかな? ロキは基本的に手出ししない方針だったけど、銀の鍵が絡みだしたから介入を始めたんだったよね」
「俺たちを脅威だと認めたってことだな。上等じゃねぇか」
季桃さんの言葉にヴァーリがそう反応する。カラスたちや偽バルドルに任せたままでは、僕たちを倒せないと判断した……ということだろうか?
これ以上は考えてもわからないな……。手がかりが少ないから、オーディンについてこれ以上話しても意味はなさそうだ。
そんなとき、心子さんが別の問題について問いかけてくる。
「皆さんはレギンレイヴの本体について、どう考えていますか? レギンレイヴの本体には意思があるそうですが、彼女はオーディンと一緒に窮極の門にいることがわかっています。一緒にいるということは、オーディンの味方である可能性があります。
ヒカルさんが急に意識を失って倒れたのも、レギンレイヴの本体がヒカルさんに何かをしたからと考えられませんか?」
「どうだろう。確かにヒカちゃんに何かできるとしたら、彼女に戦乙女の力を与えているレギンレイヴくらいだと思うけど……」
レギンレイヴの本体について、僕たちが知っていることは少ない。
知っているのは本体と呼ばれる彼女にも人格が存在することと、『戦争は嫌い』『平和な世の中にしたい』と考えていることくらいだろう。
彼女の思想を考えれば、戦争狂いのオーディンに加担するとは考えにくい。しかし、僕たちが知らない何らかの事情でオーディンに協力している可能性は否定できない。
せめてヒカちゃんから何か聞ければ……。でもヒカちゃんは意識を失っていて、目覚めそうにない。そう思っていたら、ヒカちゃんが目を覚ました。
「……う……ううん。あれ……? みんな集まってどうしたの?」
「ヒカちゃん! よかった、意識が戻ったみたいだね。大丈夫? 調子はどう?」
「今は平気。なんかレギンレイヴの本体から流れ込んでくる記憶や力が急に増えて、すごく負荷がかかったんだよね。その状況にだいぶ慣れてきたのと、流れてくる量がまた少し減ったからもう大丈夫。というか、ここどこ?」
困惑するヒカちゃんに、僕たちは現在の状況を説明した。
「えぇっ!? まさかすぎるよ! どうしてこんなに争いばっかりなんだろ……。みんな平和に幸せになれたらいいのにね」
そんなヒカちゃんの言葉にヴァーリが同調する。
「全部オーディンが悪い。あいつが戦争したいとか言うから、オーディンを喜ばせようとしてロキもめちゃくちゃしやがるんだ」
ヴァーリの言い分もわからなくもない。
直接的、間接的を問わないのなら、僕たちが直面している問題は全てオーディンが関係している。ロキやルベドの悪行もそうだし、エインフェリアがパラレルワールドから拉致されているのもそうだ。
ヒカちゃんや僕の世界のヒカルが黄金の首飾りの呪いで苦しんでいたのも、戦乙女やエインフェリアという仕組みも、根本を辿っていけばオーディンのためにある。
話が逸れたが、ヒカちゃんが目覚めたならレギンレイヴの本体について聞けるチャンスだ。流れてくる記憶や力の量が急に増えたと言っていたが、どういうことだろう?
「ねぇヒカちゃん。今まではヒカちゃんが倒れるほどに力が流れて来たことはなかったよね。どうして急にそうなったのか?」
「うーん……。全然わかんない……。オーディンが私たちを排除しようとしていることに気づいたから、急いで私に力を与えようとしたとか?」
レギンレイヴの本体は、むしろヒカちゃんを助けようとしていたのか? もしそうなら、やはり彼女は僕たちの味方なのだろうか。
心子さんが口を開く。
「まあ、念のために敵である可能性も述べましたが、レギンレイヴの本体は僕たちの味方である可能性の方が高いでしょうね。結人さんの出身パラレルワールドのヒカルさんが生存している、というのが一番の根拠です」
「どういうこと?」
ヒカちゃんは心子さんの話にピンときていないようだ。
「僕の世界のヒカルが、僕を何度も助けてるから。だよね、心子さん」
「そうです。レギンレイヴの本体がオーディンの味方だったとしたら、2人で邪魔なヒカルさんを排除しないわけがないんですよ。ヒカルさんが生存しているのは、レギンレイヴの本体が守っているからと考えるのが自然です」
人柄や人格を元に推測するより確かな考え方だ。
窮極の門の状況がわからないから断言はできないけれど、ヒカル1人でオーディンとレギンレイヴの本体を相手に戦えるとは思えない。
「じゃあ頑張ってレギンレイヴやあっちの私と合流しなきゃ! 何かできることがないか、しっかり考えないとね!」
ヒカちゃんが気合十分にそう言う。確かにその通りだ。僕たちはまだ窮極の門へ辿り着く算段さえ具体的には立っていない。それに辿り着けたとして、僕たちはオーディンに勝つことができるのか。
敵の力は強大だ。しっかりと対策を練らなければならないだろう。
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