表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

75/126

74_悪夢からの脱出_その1

「やっと繋がった! ユウ君、ユウ君! しっかりして!」


 気が付けば僕は真っ白な空間でヒカルと向かい合っていた。でも僕が知っているヒカルと違うような……。不思議とそんな印象を感じる。


「あれ……ヒカル? ユウ君って何その呼び方。いつもはユウちゃんって読んでるのに……いや……違う……?」

「もうしっかりしてよ。それは私たちじゃなくて、このパラレルワールドとか、別のパラレルワールドの私たちの話でしょ」


 そうだっけ……? そうだった気もするけれど、自信がない。


「ほら、コートの内ポケットを確認してよ。その様子だと忘れてるでしょ。財布を入れてる方とは反対側ね」

「そっちには何も入れてないはずだけど……」


 ヒカルの剣幕に押されてコートの内ポケットを確認する。そこには何もないと思っていたのに、ポケットの中には12センチ程度の大きさの、銀色に光る鍵が入っていた。


 どうしてこんな大切なものを忘れていたのだろうか。


 戸惑いながら銀の鍵を握りしめると、ややぼやけていたヒカルの声がくっきりと聞こえるようになった。


 それと同時に僕は理解する。今、僕の目の前にいるこのヒカルは、僕の出身パラレルワールドのヒカルだ。


「本当に、やっと会えた。まあ会えたといっても、ここにいる私は実体じゃないんだけどね。テレパシーみたいな、そんな感じなの」

「もしかして銀の鍵を通じて僕に干渉しているの? 使い手として選ばれているわけでもないのに?」

「銀の鍵を通じてって言うのはその通りだけど、細かいことはよくわかんない。感覚的にやってるだけだしね」


 いったい何が起きているのだろう。ヒカルはどうしてそんな力を得たのだろうか。


 僕の魔術知識を総動員しても、欠片も想像がつかない。ヒカル自身がわかっていないのだから、なおさらだった。


 一方で、ヒカルは僕の状況については理解しているようだった。


「ユウ君は存在を書き換えられかけていたんだよ。季桃さんのお祖母さんの仕業でね」

「存在の書き換え? どういうこと?」

「ユウ君が今いるのは夢の狭間って空間なんだよ。夢と現実がごちゃごちゃになっちゃう場所でね。夢の方から現実を書き換えるなんてことができちゃうの」


 夢の狭間は、僕たちが普段いる通常空間とも違うし、幻夢境とも異なる空間だとヒカルはいう。


 オーディンがいるという窮極の門とも異なるので、第4の異空間と言えるだろう。


 夢の狭間は人が見ている夢を元にして生まれるそうだ。また、不安定な空間であるため、消滅と生成を繰り返しているらしい。夢の狭間が消滅するときは、元の空間に強制送還されるので、迷い込んだ人間が空間と一緒に消滅するような事故はない。


 夢の狭間では夢と現実がごちゃごちゃになるというが、普通は現実が夢の影響を受ける前に夢の狭間が消滅してしまうため、現実が書き変わることはないそうだ。


 しかし今回は、季桃さんのお祖母さんが時空操作魔術を使うことで、夢の狭間を安定させたらしかった。


 さらにお祖母さんはヨグ=ソトースからこのパラレルワールドの僕に関する情報を抜き取り、僕に繰り返し夢を見せることで、僕という存在を上書きしようと企てたようだった。

 ヨグ=ソトースは時間と空間を全て内包しているため、俗にいうアカシックレコードのような扱い方ができるようだ。


「なるほど。なんとなくだけど、大体わかったよ」

「ユウ君すごい! さすが! ってこんなに細かい原理を話してる場合じゃなかった! 早くしないと季桃さんが大変なの!!」


 ヒカルが慌てた様子で捲し立てる。


「ユウ君がこのパラレルワールドのユウ君で上書きされかけたように、季桃さんもこのパラレルワールドの季桃さんで上書きされかけてるの! 急がないと、完全に上書きされて手遅れになっちゃう!」

「ヒカルは僕を助けることはできても、季桃さんを助けるのは難しいの?」

「そうなの。私がユウ君を助けられたのは、ユウ君が銀の鍵を持ってるからなんだよね」


 どうして銀の鍵の有無で、ヒカルが干渉できるかが変わるのだろう。銀の鍵が関与しているなら、ヨグ=ソトースとも関係があるのは間違いないだろうけど。


「今からユウ君を現実空間に送るよ。その感覚を覚えて逆算して、季桃さんがいる夢の狭間に転移してね。季桃さんはこことは別の夢の狭間にいるからさ。じゃあ行くよ、3、2、1」

「待った!」


 季桃さんを助けに行くのはもちろんだけど、僕はどうしてもヒカルに聞きたいことが1つだけあった。


「ヒカルは今どこにいるの? ここにいるのは実体じゃないんだよね」

「窮極の門ってところらしいよ。一緒にいるレギンレイヴがそう言ってたの」

「窮極の門!? それってタウィル・アト=ウムルになったオーディンがいる場所だよね!? しかもレギンレイヴと一緒にって、もしかしてそれがレギンレイヴの本体!?」

「たぶんそう……かな? 本体ってやつだと思う」


 なぜヒカルが窮極の門に……? 理由はわからないが、ヒカルが窮極の門にいると言うのなら、僕は何としてでもそこへ辿り着かなければならない。


 それに今まで全然正体を掴めなかった、レギンレイヴの本体の居場所がわかった。ヒカルと一緒にいるという情報が、いつか役に立つかもしれない。


「あっもうダメ! ユウ君との接続が切れそう! これ以上待てないから現実世界に送るよ! 私、ユウ君を信じてるから! ユウ君が窮極の門に来てくれるまで、私も頑張るね!」


 ヒカルは呪文どころか予備動作すら必要とせずに、僕を現実空間へ転移させる。間違いなく銀の鍵以上にヨグ=ソトースから力を引き出していた。



 ◇



 どうやら夢の狭間への転移は肉体ごとではなく、精神のみで行うものらしい。僕が夢の狭間にいた間も、肉体は現実空間に残ったままになっていたようだ。


 晴渡神社の敷地内は、季桃さんのお祖母さんが使役する怪物であふれている。ヒカちゃん、ヴァーリ、心子さんの3人は、怪物たちから僕と季桃さんの肉体を守りながら戦っていた。


 夢の狭間から帰還を果たした僕は立ち上がって、辺りを見回す。もうヒカルの声は聞こえてこない。接続が切れると言っていたが、また繋がることはあるのだろうか。


「ユウ兄! 目を覚ましたんだ!」


 ヒカちゃんが僕が目覚めたことに気づいて、歓喜の声をあげる。状況を説明するためか、心子さんが僕のすぐ傍まで駆け寄ってきた。


「よくぞご無事で戻られました! 本当によかったです。もうほとんど奇跡ですよ」


 心子さんの言葉に、ヴァーリが「マジかよ!? 絶対戻ってくるって断言してたじゃねぇか!?」と驚いている。

 どうやら心子さんは僕が目を覚ますと信じて、ヒカちゃんとヴァーリをまとめてくれていたようだった。


 確かに、僕は自力では目覚めることができなかった。おそらくは外部からの干渉がなければ、目覚めることはできないのだろう。奇跡と称した心子さんの見立ては正しかったと言える。


「結人さん、お役に立てなくて申し訳ありません……。夢の狭間に連れていかれたのはわかったんですが、夢の狭間への転移の仕方がわからなくて……。貴方が戻ってくると信じて待つことしかできませんでした」

「ううん、ありがとう。十分だよ」


 よくよく状況を把握すると、辺りは転移封じが発動されていて、空間転移で安全地帯へ逃げることもできなかったようだ。僕と季桃さんは戦死したも同然の状態だった。そんな僕たちの肉体を怪物たちから守り続けるという選択肢は、自分たちの安全を考えれば、普通は無い。


 けれど心子さんは、それでも待つと決めてくれていた。


 まあ、ヒカちゃんやヴァーリの命を無駄にしないように、最低限の足切りラインは決めていたようだけど。むしろそうでないと困る。


 ……ちなみに足切りラインは、エインフェリアや半神は大丈夫でも、普通の人間である心子さんにとっては非常に危険な水準に設定していたようだ。


 心子さんが粘ってくれたおかげで僕は助かったわけだけど、もう少し自分を大事にしてほしいとも思う。こういうところを見ると、優紗ちゃんを思い出す。経歴が違うとはいえ、やっぱりパラレルワールドの同一人物なんだなぁ、と。


「悪いけど、もう少し持ちこたえていて! 季桃さんを連れ戻してくる!」

「承知しました! 季桃さんをよろしくお願いします!」


 僕は銀の鍵で、夢の狭間へ転移を試みる。転移封じが発動されているので、心子さんに補助してもらって、転移封じを強引に打ち破りながらの転移になる。


 僕の世界のヒカルが言っていたように、夢の狭間は同時に複数生まれることもあるようだ。僕が捕らえられていた夢の狭間と、季桃さんが捕らえられている夢の狭間は、異なる空間のようだった。


 夢の狭間へ転移するのは初めてだが、失敗する気がしない。僕は夢の狭間から現実空間へ帰してもらったときの感覚をしっかりと覚えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ