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71_悪夢_その1

 

「終わったか……。みんな無事だよね?」


 ミゼーアの先端を次元の向こう側へ叩き込んだ僕は、辺りを見回しながら、全員の無事を確認した。


「何とかな……。全員生きてるのは奇跡だろ」

「疲れたぁ。私、もう一歩も動けないかも」


 そう言葉を返してきたのはヴァーリとヒカちゃんだ。2人は完全に疲れ果てており、仰向けに寝転がったまま返事をする。どうせ帰りは僕の空間転移だ。今は好きに休ませておくべきだろう。


 僕は寝転んでいる2人から離れて、季桃さんと心子さんの近くに移動する。季桃さんと心子さんは倒壊した晴渡神社を眺めていた。晴渡神社と縁が深い人たちだから、思うところもあるのだろう。


 季桃さんが僕に気づいて声をかけてくる。


「神社って滅んじゃうとこんな感じなんだね。なんか不思議な気分」

「季桃さんは出身パラレルワールドでは神社を継ぐ予定だったんだよね」

「うん……。生まれ育った大切な場所だから、大事にしていきたいなって。ここは私の出身パラレルワールドとは違うけどさ、壊れているのを見るとやっぱり悲しくて……」


 晴渡神社は戦いの余波を受けて、無残にも倒壊した建物がいくつも見受けられる。敷地内に植えられていた木々もほとんどが圧し折れ、原形を残していない。


 だが、それだけだった。幸いにも人的な被害は一切無かった。


 一夜にして破壊された晴渡神社は、世間一般にはどのように認識されるのだろうか。幸いというべきか、時空の穴による影響で、この地域一帯には嵐が起きていた。超常現象として注目を浴びるのかもしれないし、嵐による自然災害として処理されるのかもしれない。


 最終的にどうなるのかは予想がつかないが、これから幻夢境に帰る僕たちには関係のないことだった。少なくとも、エインフェリアの存在は一般には認知されなさそうだ。


 僕は心子さんに声をかける。


「心子さんも本当にありがとう。キミがいなかったら、きっと勝てなかった」

「それはこちらのセリフですよ、結人さん。ありがとうございました」


 僕と心子さんで協力して調査を行い、次元の穴が完全に閉じたことを確認する。それがわかれば、もうここに用はない。


 今は辺りに人がいなくても、嵐が収まれば人がやってくる可能性もあるだろう。そろそろ空間転移で心子さんの拠点へ帰ろうか、そう考え始めた時のことだった。


「おいユウト! リモモを守れ!! 上だ!!」


 ヴァーリの叫び声を聞いて、僕は傍にいる季桃さんをかばいながら上を見る。


 そこにあったのは、空中にうごめく水たまりのような染みだった。その染みは匂いも音も出さず、影のような触手を伸ばしている。全身が影でできているような、ぼんやりとした姿のそれは、静かにひょこひょこと浮かびながら季桃さんを絡めとろうとしていた。


「何これ!? やだ、やめて……!!」


 なんだこの化け物は……!? スコルの子とも違う。いったいどこから出てきたんだ? どうして季桃さんを狙う?


 僕はこの怪物を知らなかったが、心子さんは知っているようだった。


「夢のクリスタライザーの守護者!? お祖母さんの仕業です! まだ何かを企んでいます!!」


 夢のクリスタライザーとは確か、心子さんがお祖母さんの研究室から持ち出そうとしていた魔術具だったはずだ。その守護者というからには、このクラゲのような怪物は夢のクリスタライザーに関係しているに違いない。やはりお祖母さんが夢のクリスタライザーを先に持ち出していたのだろう。


 季桃さんを絡めとろうとする影のような触手を、僕は強引に引き剥がす。しかし夢のクリスタライザーの守護者は1匹、2匹と次第に数を増やしていく。


 ヴァーリやヒカちゃん、心子さんも遠くから弓や魔術で奴らを撃退してくれるが、奴らが増える速度の方が早かった。


 万全の状態であれば季桃さんを助けることもできたと思う。だけど僕たちには、ミゼーアの先端と戦った疲労が色濃く残っていた。


 やがて僕と季桃さんは、夢のクリスタライザーの守護者たちに埋もれてしまう。恐怖に怯える季桃さんの手を掴むことはできたものの、僕たちの意識はそのまま沈んでいった。



 ◇



 夢を見させられているな、と最初は気づけた。


 僕はヒカルからユウ君と呼ばれているはずだし、僕は祈里という女性と婚約などしていない。僕の出身パラレルワールドに心子さんは存在しなかったし、僕はヒカルを殺していないはずだ。


 この夢は僕の記憶から作られたものじゃない。おそらく僕は今、このパラレルワールドの僕が辿った経験を追体験させられているのだ。


 数十回、数百回、数千回と繰り返し夢を見させられながら、そう自分に言い聞かせて自我を保っていた。だけど、少しずつ、蝕まれるように、……自分が何者なのかわからなくなっていく。




 ある冬の日。


 僕と祈里さんは、勤めている会社の近くにある飲食店で昼食を取っていた。仕事のお昼休みは2人でこの飲食店を利用することが多い。


 職場には他に歳が近い人がいないので、僕たちは自然と一緒に行動することが多くなった。初めはお互いが異性に免疫が無くてぎこちなかったけれど、入社して半年以上が過ぎた今ではすっかり打ち解けた様子で接している。


 特に最近はプライベートな相談事をすることもあるくらい、信頼関係を築けてきていた。


「ねぇ結人さん、この前言ってた義妹さんは最近どう? 元気そう?」

「難しいね。なかなかどう接していいのかわからないや。嫌われているわけではなさそうなんだけど……。誰にも近づこうとせず、ずっと1人でいるようなんだよね。ずっと部屋に引きこもっているか、外に出ても誰もいないような場所で1人でじっとしているみたい」

「相変わらずだね。やっぱり難しいなぁ……。でもこの前、少し進展したって言ってなかった?」

「そうなんだけどね。ヒカルがずっと帰ってこなくて、探しに行ったことがあってさ。そのときに少し心を開いてくれたけど……またヒカルが距離を取るようになったんだ」

「えっどうして? 仲良くなれたのに」


 その理由を祈里さんに打ち明けるべきか、僕は迷っていた。祈里さんはこれまでも僕の相談を真摯に聞いてくれている。


 けれどこればかりは信じてもらえるのか、そんなことを考えていた。しばらく悩んだ後、僕は結局打ち明けることにした。


「……祈里さんは呪いって信じる?」


 言わなければよかったか、そう思ったのも束の間だった。僕の言葉を聞いて、祈里さんはより一層真剣で深刻な表情を浮かべる。


「呪いって具体的には?」

「ヒカルが言っていたんだ。『私は呪われているから近づかないで』って。親密なほど呪いは強く作用するらしくてさ、一緒にいると不幸にしてしまうからってヒカルは距離を取るんだよ。仲良くなってしまったから、僕が怪我をしたって言うんだ」

「確かにこの前、結人さんは足を捻挫してたよね」


 祈里さんはしばらく考え込んだ後、次のような申し出をしてくれた。


「一度ヒカルちゃんに会わせてもらってもいいかな?」


 これが僕と祈里さんとの関係が大きく変わるきっかけだった。


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