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67_三つ巴

 僕たちは物陰に隠れながら、お祖母さんとクルーシュチャの様子を伺う。


「うざったいわね。いったい何匹化け物を潜ませているわけ? 転移を封じてるから、新しく召喚はできないはずでしょ」

「貴様こそ何者だ。なぜ私を襲う」

「だって貴方を放っておいたら、また銀の鍵を生みだしちゃうかもしれないでしょう? だからさっさと殺しておかないと……ね?」


 2人は何やら言い争っていた。クルーシュチャが時空操作魔術に詳しいお祖母さんの存在を聞きつけて、襲撃してきたようだが、それ以上のことはわからない。


 お祖母さんがクルーシュチャを睨みつけながら文句を言う。


「その上から目線が癪に障る。人間という存在を見下している目だ。だから神の類は嫌いなんだよ。くそ……。追加で下僕共を呼び出せれば貴様なぞ」

「貴方自身は対して強くないから、怪物たちを呼び出せなければジリ貧だものね? 一瞬だけ転移封じを取りやめてあげましょうか?」

「ふざけたことを。そもそも私が転移封じを中断したら、その隙に私の背後に転移して心臓を一突きにするつもりだろうに」

「やっぱり気づいてたんだ? 貴方まで転移封じを始めたから面倒になったと思っていたのよ」

「初手でそれを狙ってきたくせに、よくもぬけぬけと言うものだな」


 お互いの有効手を封じるために、お祖母さんとクルーシュチャの2人共が転移を妨害していたらしい。だから2重に妨害がかかっていたようだ。


 見たところ、お祖母さんの方がかなり不利な様子だった。お祖母さんがいかに優秀な魔術師だとしても、人間と北欧の神では純粋な戦闘力が違いすぎる。お祖母さんは使役している怪物を湯水のように使い捨てることでクルーシュチャを抑えているが、それにも限度があるだろう。


 怪物を補充できれば少しはマシになるかもしれないが、空間転移が封じられている現状では、お祖母さんは新たに召喚魔術を行うこともできない。


 ふいに、僕たちが隠れている方向へクルーシュチャの視線が動いた。そしてクルーシュチャはお祖母さんに問いかける。


「……近くに人の気配があるわね。貴方が用意した増援?」

「知らんな。お前の仲間じゃないのか?」


 クルーシュチャに言われてお祖母さんも僕たちに気づいたようだ。お互いを警戒しながらも、2人は僕たちの方をじっと見つめている。


 気づかれてしまったなら、もう隠れている意味はない。僕たちが観念して物陰から姿を現すと、彼女たちは酷く敵対的な視線を投げかけてきた。


 そしてクルーシュチャが心子さんを視界に収めた瞬間、心子さんが断末魔のような叫び声をあげて膝から崩れ落ちる。


「ああぁあぁ……! そ……んな………! す……ませ………! うぅ……。 はな……べき……た……」


 心子さんは僕たちの中で最も魔術や邪神について精通している。そのためクルーシュチャに潜むナイアラトテップの神性を、他の面々とは比較にならないほど色濃く感じ取ってしまったのだろう。


 心子さんは全身を震わせながらうずくまり、何かを脳内から追い出そうとするかのように頭をかきむしる。それでも僕たちに何かを伝えようとしているように見えるが、まともな言葉になっていなかった。


「そっちのうずくまっている子が、このパラレルワールドの銀の鍵の使い手よね? それと……あらら? 別のパラレルワールドの使い手も釣れちゃったみたいね。ここにいるのは銀の鍵を生み出せる魔術師と、このパラレルワールドの使い手だけだって聞いていたのだけど」


 クルーシュチャは僕と心子さん、そしてお祖母さんを鋭い目で睨みつける。消去法で考えると、別のパラレルワールドの使い手というのは僕のことだろう。


 それにしても、『ここにいると聞いていた』とはどういうことだ? 一体誰がそんなことを知っていたんだろうか。


「聞いていたって誰から?」

「別世界の貴方からよ。ムスペル教団には諜報要員が足りなくて、情報収集に難があったから助かったのよね。銀の鍵の関係者は皆殺しにしておきたいと思っていたのに、困っていたところだったのよ」


 別世界の僕から聞いただと!? つまり、僕と偽バルドルを襲った彼は、今はムスペル教団に協力しているのか。いったいなぜ?


「どうして別世界の僕がムスペル教団なんかに……」

「さあ? 聞いてないから知らないわ。動機なんていくらでも嘘をつけるから、あてにならないし。役に立つから頼りにさせてもらってるけどね」


 季桃さんがクルーシュチャに問いかける。


「このパラレルワールドの晴渡神社は銀の鍵を生み出してはいたけど、ムスペル教団や北欧の神々とは何の関係性も持ってなかったよね。何でわざわざ探し出して襲ってきたの? 何でこのパラレルワールドの私を殺したの? 何の関係もなかったんだから、放っておいてくれればよかったのに」

「だって万が一にも銀の鍵の使い手がムスペル教団か北欧の神々陣営に味方しちゃうと、使い手がいる方が有利すぎてフェアじゃないもの。せっかくオーディンと私が代理戦争で遊んでるのに、そんな力が割り込んできたら盤面がめちゃくちゃじゃない。というか、既にぐちゃぐちゃなんだけどね。もう少しで正当な感じで勝てそうだったのに、最後に水を差された気分よ」


 そんな理由でクルーシュチャはこのパラレルワールドの季桃さん――もとい、祈里さんを殺害したのか……。オーディンと楽しく戦争がしたいがために、わざわざ探し出して殺すなんて……。


 ヴァーリがクルーシュチャを睨みつける。彼はオーディンとロキの身勝手に振り回された人物だ。だからこそ、オーディンとロキの道楽のために、人が理不尽に殺される話を聞いて黙っていられないのだろう。


「……おい、答えろ。お前はロキなのか?」

「あら、バレてるんだ。認識阻害もあるし、ついこの間までは幻夢境でずーっと潜伏してたのに。どこでバレたのかしら?」


 やはり季桃さんの推測は当たっていたか……。証言から作成した似顔絵も一致していたし、ほぼ間違いないとは思っていたが、ようやく確定した。


 ヴァーリが続けて問いかける。


「……バルドルとヘズが偽物らしいって話、知ってるか?」

「そりゃそうでしょ。死んだ者は生き返らないもの。過去を改変すれば別かもしれないけどね? 無理だけど」

「じゃあやっぱりルベドはシグルドじゃないし、優紗ちゃんを生き返らせる方法もないんだ……」


 クルーシュチャ改め、ロキの発言を聞いて、ヒカちゃんが意気消沈している。


 銀の鍵で過去を改変することは難しい。異なるパラレルワールドの過去へ行くことはできるが、このパラレルワールドの過去へ行くことはできない。


 タウィル・アト=ウムルであれば可能性があるかもしれないけれど……。今はまだ、手がかりが少ない。


 ヒカちゃんがロキに尋ねる。


「どうしてバルドルを殺したの? 生き返らないってわかっていたんでしょ?」

「私はオーディンのために何でもしてきたの。オーディンが欲しいっていうから強力な武具も集めたし、オーディンが欲しいっていうから神の国に城塞を築いたの。オーディンが欲しいっていうからお腹を痛めてヨグ=ソトースの子供を産んで、銀の鍵だってあげたのよ」


 ロキは不気味に笑う。愛しいオーディンのためなら、本当になんでもしてしまうのだろう。それがロキの元々の性格なのか、ナイアラトテップに汚染された結果なのか、今となっては知る由もない。


「それで今度は戦争をしたいって言うんだもん。でも周りは雑魚ばっかりで嫌なんだって。じゃあオーディンを満足させられるのは私しかいないじゃん? だから私が本気で相手をしてあげるって、宣戦布告のためにバルドルを殺したの。困っているときに解決してあげるのが、最愛の親友ってものでしょう?」

「そんなことのために……。てめぇ……殺す……」


 ヴァーリがロキを威圧するが、彼女はそれを全く意に介していない。どこ吹く風といった様子で、ロキはオーディンについて語り続ける。


「まあでも私、オーディンに負けちゃったけどね。私の陣営はルベド1人だけに対して、オーディンの陣営は偽バルドルと偽ヘズと、レギンレイヴも含めるなら7人生き残ってたわけだし。だから今、代理戦争という形式で再戦中だったのよ。私とオーディンは助言だけして直接手出ししない形でね」


 無二の親友のことを誇らしげに自慢するように、愛する伴侶の好きなところをはにかみながら数え上げるように。心酔するオーディンに関することならいくら話しても話し足りないと、ロキの一挙一動全てが物語っていた。


 オーディンのことなら、何を聞いても答えてくれそうだ。僕は一番聞きたかったことを、ロキに尋ねる。


「オーディンは今どこにいるんだ?」

「どこって窮極の門だけど? オーディンったらすごいのよ! 本当はちゃんとしたルートがあるんだけど、バルドルにあげちゃったから無理やり行くんだもん。フェンリルの体内は角度の次元ティンダロスへ通じているから、そこを経由して裏口からね。今頃はタウィル・アト=ウムルとして楽しくしているんじゃないかしら。次はパラレルワールドの自分と戦争をしてみたいと言ってたし、その準備をしながらゆっくりとね」


 オーディンがタウィル・アト=ウムルだって!? それに窮極の門も、お祖母さんの研究ノートに書いてあった場所だ。研究ノートやロキの証言から考えると、窮極の門はこの空間や幻夢境とも違う、第三の異空間のことなのだろう。


 まさか僕の世界のヒカルもそこにいるのか……? 僕の世界のヒカルは、僕の知らない異空間にいることがわかっている。だから、窮極の門こそが僕の探し求めている場所である可能性もある。


 もしそうだとして、どうやって窮極の門へ辿り着けばいいのだろうか。そのことについて思考を巡らせていた僕だったが、不意にお祖母さんがにやりと笑ったことは見逃さなかった。


「なるほどな。素晴らしいことを聞いた。やはりタウィル・アト=ウムルには後天的になることが可能なのか。ならば私が次のタウィル・アト=ウムルになってやろう。私がタウィル・アト=ウムルに就任した暁には、まずはお前のような北欧の神共を従属させてやるとしよう」

「は? 貴方ごときがオーディンに勝てるわけないでしょ? 思い上がりもほどほどにしたら?」


 お祖母さんの大言壮語にロキが反射的に食って掛かる。


 オーディンはロキよりも強いという。しかもタウィル・アト=ウムルなのだから、銀の鍵以上にヨグ=ソトースの力を引き出すことができるはずだ。


 ロキに苦戦していたお祖母さんが、オーディンに勝てる見込みは薄い。けれどお祖母さんには秘策がある様子だった。



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