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65_お祖母さんの研究成果_その2

 僕は引き続き、お祖母さんの研究ノートを調べている。タウィル・アト=ウムルについての記述は予想以上に少ないが、全くないわけでもない。やはりお婆さんはタウィル・アト=ウムルの研究も行っていたようだ。


 研究ノートの内容を要約すると以下の通りになる。


『タウィル・アト=ウムルはヨグ=ソトースの使者であり、人間など知性を持つ者とヨグ=ソトースを取り持つ存在だ。そのためなのか、タウィル・アト=ウムルは人と似た姿をしており、会話などの手段で意思疎通を行うことも可能だ。


 タウィル・アト=ウムルは"窮極の門"と呼ばれる空間を支配しており、資格を持つ者を門の向こう側へ通してヨグ=ソトースと謁見させる。"窮極の門"を開く鍵こそが銀の鍵である。そのため、タウィル・アト=ウムルは銀の鍵を持つ者の前に姿を現すとされる』


 この情報を僕は仲間たちに共有し、その上で考察を述べる。


「季桃さんのお婆さんはタウィル・アト=ウムルに会いたがっていたのかな。だからこの世界の季桃さんをヨグ=ソトースの義娘に仕立て上げて、銀の鍵を手に入れようとした……? いや違うな。それだとお婆さんの人物像と合わない」

「人物像ってどういうこと?」

「人間至上主義とでも言えばいいのかな。研究ノートを読んだ感じだと、季桃さんのお婆さんはそんな人なんだ」


 お祖母さんが元々は召喚と従属の魔術を専門としていたのも、いろいろな怪物たちを自らの下に置くことが目的だったのだろう。要するに、人間がより上位の存在として君臨するための研究だ。


 しかし、人間にはどうにもできないような存在もこの世に存在する。


 僕の説明を聞いて、ヴァーリが呆れたような、それでいて畏れるような様子で呟く。


「さっき読んだ魔道書にもいろんな化け物が書かれていたな。エインフェリアですら手に負えなさそうなやつもいて、マジでやべぇぜ……。ましてやエインフェリアでもない人間じゃ、どうしようもねぇだろうな」

「普通ならそれで身の程を知って絶望したり、開き直って忘れようとするんだろうね。でもお祖母さんは人間こそが至高の存在だという妄執をやめられなかったんだ」

「至高の存在ってどういうこと? 全てを超越する神様とか、そういう存在になりたかったってこと?」


 ヒカちゃんの問いかけを受けて、僕は一度考えを整理する。お祖母さんが考えているのは、おそらくそういうことではない。


「お祖母さんはたぶん、人間はありのままでいいと思っているんだ。人間を上位の存在に作り替えるんじゃなくて、人間より上の存在なんていないと証明したがっているんだよ。これは予想だけど、お祖母さんは自分より上の存在に(すが)ったり、振り回されたりするのが嫌いなんだと思う」


 僕がそう答えると、心子さんが裏付けるような証言をしてくれる。


「それと似た話を本人から聞いた覚えがあります。祈りだとか信仰だとか、そんなものは馬鹿馬鹿しいと。神社で生まれ育ったのに、神のような上位存在への信仰心が一切存在しない人なんですよね」


 本人が言っていたなら間違いないだろう。ある種の人間賛歌というべきなのか、神や怪物の存在を知っているのに現実を見ていないというべきなのか……。


 お祖母さんの思想を聞いて、季桃さんが口を開く。


「……私、お祖母ちゃんの気持ちがちょっとだけわかるかも。神でも何でもいいけど、誰かの機嫌や気分に振り回されて生きていくのが嫌っていうか。神への信仰や祈りって要するに、強い人のご機嫌伺いして、こっちに危害を加えないでもらうとか、そういうことじゃん」


 季桃さんって晴野季桃の巫女なのに、神への信仰を否定するようなことを言っても大丈夫なんだろうか。僕がそんなことを伝えてみると、季桃さんが答えてくれた。


「だって私は家族や神社の職員さんみたいな周囲の人たちが好きだから神社で働いているだけで、信仰心はゼロだもん……。個人的には神社の存在意義は文化資産とか、安全祈願とかを通じたメンタルヘルスにあると思ってるから! 私は人々の健やかな暮らしは祈っているけど、神には祈ってないから!」


 季桃さん的には、神社はプラシーボ効果の専門家みたいなものなんだろうか……? お前はダメだ、危険だ、病気になるぞ、と言われるよりは健康や安全を願っておりますと言われる方が精神的に助かるのは間違いない。それで救われる人もいるはずだ。


 他にも因果関係が無いことは理解した上で、縁起を担いで士気を高める人がいる。本当に効果があると思ってはいなくても、少しでも心の平静を保つためにお守りを買う人もいる。


 そう考えていけば、神には祈らないけれど人々のためには祈るという季桃さんの主張もわからなくもない。……でもやっぱり季桃さんは巫女なのだから、彼女の立場を考えるとだいぶ変わってると思うけど。


「要するに季桃さんが言いたいのは、他人に委ねるんじゃなくて、自分たちの足で歩んでいくべきってことかな?」

「そう! そんな感じ!」


 季桃さんの主張をまとめてみれば、割と普通の考えだった。


「季桃さんの思想を突き詰めて1000倍過激にして、邪悪さを加えたらお祖母さんみたいになるのかな」

「そういうことなのでしょうね。季桃さんとお婆さんは少し似てると言われることもありましたから。とはいえ、季桃さんとお婆さんは過激さも邪悪さも全く違います。似てるといっても本当に些細なレベルですよ」


 ともかくお祖母さんが人間至上主義者であることはわかった。だけどそうすると、お祖母さんは銀の鍵を手に入れて、タウィル・アト=ウムルに会って……それからどうするつもりだったんだろうか。


「タウィル・アト=ウムルに気に入られて、時空を支配する力を自分のために使ってもらうとか? 絶対違うよね。自分で自由に使えない力なんて、神に(すが)っているだけしさ」

「まだ調査中でそこまで考えてないんじゃねぇか? 銀の鍵を持っていればタウィル・アト=ウムルがすぐに来てくれるってわけでもないんだろ?」


 意見を出し合う中で、ヴァーリがそんな考えを口にした。


 確かに銀の鍵を持っているだけではタウィル・アト=ウムルには会えない。もしすぐに会えるのであれば、僕や心子さんは既に会っていなければおかしいはずだ。


 会う権利を得られるというだけで、実際に会うためには他にも何か必要なのだろう。


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