64_お祖母さんの研究成果_その1
僕たちは星の精を全て撃破して、お祖母さんの研究室へと辿り着く。
研究室の中は、たくさんの古びた本で埋め尽くされていた。本のほとんどは外国語で書かれているようで、僕には読めないものも多い。
また、机には研究成果をまとめている手書きのノートが積みあがっていた。魔術に関わる道具も部屋の至る所に散乱しており、ここを調べるのは中々に手がかかりそうだった。
「なんかすごい場所だね。こんなのどこから手を付けたらいいんだろう」
そんなことをヒカちゃんが困惑した様子で呟く。効率よく調べていかないと終わらないだろうな。僕は何を優先すべきか考えて、みんなに共有する。
「最優先なのは研究ノートだね。タウィル・アト=ウムルについて書かれている可能性が一番高いのはそれだと思う。他の魔導書や魔道具は後回しでもいいけど……。僕たちは5人もいるんだし、役割分担を決めて手分けして進めていこうか」
僕は出身パラレルワールドで研究ノートを途中までは読んでいるし、時空操作魔術にも詳しいから研究ノートを担当するのがいいと思う。
魔道具は魔術知識が必須だから、ヒカちゃんと心子さんに調べてもらうのがよさそうだ。
魔道書は前提知識が無いと難しい部分も多いだろうが、魔道具に比べれば魔術知識が必須とは言えない。というわけで、季桃さんとヴァーリに担当してもらうのがいいだろうか。
いや、あくまで本命は研究ノートだ。僕が出身パラレルワールドで読んだ研究ノートは25年以上前に書かれたもの。そこから現在までの空白期間に築かれた研究成果は数十冊にも及ぶ。僕1人で全てを見ていくのは現実的ではない。そうなると季桃さんかヴァーリのどちらかには僕の補佐を担当してもらうのがいいだろう。
「そうですね。結人さんの言う通り、魔道具については僕とヒカルさんで調べましょうか。異なる魔術体系の知識を持っているので、それぞれの視点から何かわかることがあるかもしれません」
心子さんのお墨付きも貰えたし、魔道具担当は決定だ。あとは季桃さんとヴァーリのどっちに僕の補佐をしてもらうかだけど。ヴァーリが自分から魔道書担当に名乗り出た。
「得意分野ってわけじゃねぇけど、魔道書の担当には立候補しようと思っていたんだ。ここにある本を全部読めるのは俺だけだろうしな」
「え!? ヴァーリは全部読めるの!?」
予想していなかった発言に僕たちは驚く。一体どういうことなのか聞いてみると、北欧神話に伝わるアイテムのおかげらしい。
「ルベドと似たようなもんだよ。竜の血以外にもあらゆる言語を理解するアイテムがあってな。詩の蜜酒っていうんだが、お前も神の端くれならとか言ってヴィーダルに強引に飲まされたことがあるんだよ」
認識阻害魔術のように認識に干渉する魔術がルーン魔術に存在するから、カラスたちやヴァーリと意思疎通が取れるのは、そういった魔術が補正してくれているのかと僕は思っていた。
でも実際は認識を補正しているのではなく、ヴァーリたちは本当に日本語を話してくれているらしい。
今思えば、監視カメラの映像に映っていたルベドも途中から何を言っているのかわからなくなった。あれはこの世界の僕に対しては日本語で話していて、クルーシュチャに対しては古い北欧の言葉で話していたからだろう。
改めてヴァーリが話している様子を見ると、きちんと日本語を発する口の動きをしていた。
「全部じゃないかもしれねぇけど、ヒカルもレギンレイヴの記憶があるなら、そっち経由である程度はいろんな言語を理解できるだろ」
「確かにそうだけど、じゃあ私は魔道具と魔道書どっちも担当? 大忙しだ!?」
レギンレイヴの本体は詩の蜜酒を飲んだことがあるけど、ヒカちゃんは飲んだことが無いから一部だけということだろうか。なんにせよ、読めるのなら魔道書も担当してもらったほうがいいだろう。
「ヴァーリ1人で魔道書を担当するのも大変だろうからね。ヒカちゃんは心子さんとヴァーリのサポートをする形で頼むよ。季桃さんは僕と一緒に研究ノートを見ていこうか」
「うん、わかった。どこまで力になれるかわからないけど、頑張るよ」
「それじゃ担当も決まったことだし、さっそく手分けして調べてみよう」
僕と季桃さんは山のように積まれた研究ノートに手を付ける。最低でも25年の歳月がかかっているだけあって、とにかく量が多い。
まずは季桃さんがさっと目を通し、彼女が重要そうだと判断したものについて、僕が精査する形で調査していくことにした。
しかし、始めの頃はそれで問題なかったのだが……。次第に季桃さんの読み進めるペースが落ちてしまい、読み始めてからしばらく経った今はほとんど手が止まっている。
この手の魔道書や研究ノートには、非人道的な手段や出来事が書かれていることも多い。その上、この研究ノートにはヨグ=ソトースの義娘だった祈里さん、つまりはこのパラレルワールドの季桃さんへの人体実験や拷問計画などが事細かに記載されていた。
祈里さんはヨグ=ソトースの義娘とはいえ、実態はそう誤認されているだけの普通の人間であり、肉体的な耐久度もそれ相応に脆弱だ。そのため実際に行われたものは少ないようだが、別世界の自分に対する冒涜的な企てを知った季桃さんは大きな精神的ショックを受けたのだった。
「季桃さん、少し休んだ方がいいよ。むしろ無理をさせてしまってごめん」
「…………ありがと……そうする。…………………すっごく気分悪い」
季桃さんが休憩に入ってもう少し経ったころ、ヴァーリとヒカちゃんからも降参の声が上がる。
「わりぃ……こっちもギブアップだ。魔道書もやべぇな……。星の精みたいな気味悪いやつも山ほど載っていてさ。なんつーか、こんなの読んでると頭がおかしくなりそうだぜ」
「私ももう無理……。この中にさ、人の皮で装丁された本がいくつかあるよね。それに気づいちゃってからは触るのも嫌になっちゃった……」
「こういうのを正気が削られていくって言うんだろうが、ユウトとココはよく調査を続けられるな……」
僕も初めて魔道書を読んだときはヴァーリとヒカちゃんのように気分が悪くなっていたことを思い出す。今となっては懐かしい。
心子さんも僕と同じような気分になったのか、どこか遠い目をしている。
「要は慣れの問題ですからね。僕も初めの頃は何度も吐きながら読んでいました。自分が何かしないと世界が滅ぶと思っていましたので、魔術という強大な力を学ばない道はありませんでしたが……」
「慣れない頃は僕も何度リタイアしたことか……。ヒカルの呪いを解く手がかりがあるんじゃないかと考えて、どうにか読み進めたんだよね。おぞましい内容に心が乱されることは今もあるけど、昔ほどは気にならなくなったよ」
「お前ら思ってたよりずっとやべぇ奴らだな……。今はそれが心強いけどよ……」
何人か体調不良でダウンしてしまったが、僕はまだまだ平気だ。そういうわけで、僕は再び研究ノートに目を通し始めた。