表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/126

63_VS使役された怪物

 あれから数日が経った深夜のこと。僕たちは心子さんに先導されて、晴渡神社へやってきた。


 心子さんによると神社の社務所の地下に、季桃さんのお祖母さん以外は立ち入りが禁止されている研究室があるらしい。


 季桃さんの出身パラレルワールドには研究室どころか地下すらなかったそうで、その違いに季桃さんはとても驚いていた。


 ヴァーリが心子さんに尋ねる。


「本当に入っても大丈夫なのかよ? 魔術師の研究室というからには、警備も厳重そうなイメージがあるんだが」

「警報の類は問題ありません。物理的なものと魔術的なもの、どちらも既に解除してあります」


 心子さんはずっと前から、研究室の警備システムについては調べていたらしい。


 季桃さんのお祖母さんは、ヨグ=ソトースの子供を生み出して放置するような人物だ。他にも非道なことをしている様子なら、研究室に忍び込んででも阻止しようと心子さんは考えていたという。


「人間の見張りなどは立てられていませんが、研究室を守る不可視の怪物が入口付近を徘徊しています」

「怪物って強い?」

「普通の魔術師では太刀打ちできないと思いますが、エインフェリアなら油断しなければ大丈夫でしょう」


 お祖母さんの使役する怪物は非常に強力で、スコルの子よりも危険なものも存在する。貴重な魔道書や研究成果を狙って研究室にやってきた魔術師も過去にはいたそうだが、全て返り討ちとなっていた。


 研究室を守る怪物は、お祖母さんが幻夢境から召喚したものだ。お祖母さんはヨグ=ソトースについて研究する魔術師だが、それ以前は召喚と従属の魔術を専門としていたらしい。


 ちなみに召喚とは、遠く離れたものを呼び寄せる空間転移の一種だ。その研究の最中でお祖母さんはヨグ=ソトースの存在に気づいたのだとか。


「化け物を倒してしまうのだから、潜入した痕跡は残るよ。心子さんはお祖母さんと完全に決別することになるけど、本当にそれでいいんだね?」

「はい、構いません。魔術を学ぶために仕方なく師事していましたが、いつか袂を分かつつもりではありました。それがたまたま、今この時だったというだけのことです」


 季桃さんのお祖母さんは倫理観の欠如した人物だと心子さんは言う。


 お祖母さんは銀の鍵の使い手に選ばれるために自分の娘に儀式を施し、ヨグ=ソトースの子供を産ませた。さらに自分の孫である祈里さんに虐待を加えて、自分を使い手として認めさせようとした。


 それだけでも心子さんはお祖母さんを見限っていたそうだが、洞窟にヨグ=ソトースの娘を封印したまま対処を放棄したことも心子さんは許せないようだった。僕たちが退治していなければ、いずれあの怪物は封印を破って洞窟から這い出ていただろう。


 けれどお祖母さんは人々に被害が出ることを全く気にしておらず、自分だけ幻夢境へ拠点を移して助かればいいと言ったらしい。


「今はムスペル教団という敵も見え、結人さんのような協力者もいます。僕がお祖母さんに師事する理由は何もありません」

「それならいいんだ。それじゃ、行こうか」


 地下への階段を降りると、広めの廊下が続いていた。魔道具には大型の物もあるため、そういった機材を搬入しやすい作りになっているのだろう。


 不意に『クスクス』というような、細い管から空気が抜けるような音が聞こえてきた。僕はこの音を発する怪物について心当たりがあった。


「星の精か。透明なのが最大の特徴で、獲物にゆっくりと近づいて触手で締め上げてから血を吸ってくるんだ。その特徴から、星の吸血鬼と呼ばれることもあるね」

「何か弱点はないの?」

「血を吸った後ならぼんやりと姿が見えるよ。星の精は透明だけど、僕たちの血は透明じゃないからさ」

「肉を切らせて骨を断てばいいみたいな話かよ。俺たちなら多少血を抜かれても普通に動けるだろうしな」


 ヴァーリのいう通り、エインフェリアなら星の精に血を抜かれても戦い続けられるだろう。普通の人間であれば触手で締め上げられた時点でそもそも脱出不可能だし、仮に脱出できても血を抜かれた状態では力が入らないから、まともな抵抗ができなくなる。


 でも僕は、そもそも血を抜かせるつもりはない。


「もっと楽で安全な方法があるよ。だよね、心子さん」

「もちろんです。お祖母さんが使役している怪物は星の精以外にもたくさんいますが、何が出ても良いように一通り対策を用意してきました」


 心子さんは持ってきた鞄から輸血パックを取り出して、みんなに配っていく。


「これを星の精にぶち当てて、俺たちの血液の代わりに飲ませろってことか? でもどうやって星の精に当てればいいんだよ。俺は気配には敏感な方だが、見えないやつに必中させられる自信はねぇぞ?」

「触手に掴まれたらカウンターを決める要領で当ててもらえば大丈夫だよ。エインフェリアや半神の筋力ならそれが可能だし、僕が銀の鍵で障壁を張ってみんなを守るから安心して。傷1つ負わせるつもりはないよ」

「なるほどな、それなら当てられそうだ」

「肉も切らせないけど、結局同じようなことをするんだね」


 ヴァーリは荒事に慣れているからか、意気込みはばっちりだ。一方で季桃さんは安心半分、苦笑い半分といった感じだ。でもたぶん、僕たちの中で季桃さんが一番うまく輸血パックを当てられると思う。


 なぜそう思うのかといえば……僕たちの戦闘能力について一度振り返ったほうがわかりやすいだろう。


 心子さんは普通の人間だから除くとして、僕、ヒカちゃん、季桃さん、ヴァーリは全員が前衛も後衛もこなせる。エインフェリアまたは半神だから、最低限はポジションを問わず戦えるのだ。


 しかし当然ではあるが、得意なことはそれぞれ違っている。


 僕は前衛で盾役をこなしつつ銀の鍵で支援することが得意だし、ヒカちゃんは槍で戦うけれどルーン魔術を自力で扱えるからどちらかといえば後衛向きだ。

 ヴァーリも狩人が使うような短剣で接近戦もこなせるが、弓を扱った経験が一番長いそうなので後衛の方が得意らしい。


 そして肝心の季桃さんについてだが、実は僕たちの中で最も身体能力が高いのは彼女なのだ。単純な筋力もそうだし、走るのも僕たちの中で一番早い。反射神経や瞬発力も一番だ。

 さすがに全部が一番というわけではなく、体力や持久力はヒカちゃんや亡くなった優紗ちゃんの方が高いけれど。


 エインフェリアの身体的な強さは元々の身体能力と相関がある。それは事実なのだが、実はそれが全てではない。身体能力だけで決まるのなら、性差による肉体の違いがあるから女性のエインフェリアが生まれるはずがない。でも現実には女性のエインフェリアも存在する。


 おそらくは、エインフェリアになったときにどのくらい身体能力が強化されるのか……といった隠れた才能のようなものがあるのだろう。エインフェリアの身体的な強さは、元々の身体能力と隠れ才能の掛け合わせで決まるのだ。


 季桃さんは元々の身体能力も女性の上位数%の持ち主ではあるが、隠れ才能も優れていたに違いない。

 季桃さんの強さは多くのエインフェリアを見てきたヴァーリも認めるほどだ。試しに腕相撲を挑んで瞬殺されていたヴァーリが目を丸くしていたことをよく覚えている。


 というわけで季桃さんは高い身体能力を生かして前衛として戦うことを得意としていた。特に動体視力と反射神経を活かした回避戦法が得意なようで、スコルの子と戦うときは僕と並んで敵の攻撃を引き付ける役割を担うこともある。


 優紗ちゃんがいた頃は前衛を彼女に譲って、季桃さんは後衛に徹していた。だけどしばらく行動を共にしていたヒカちゃんとヴァーリが後衛向きということもあって、季桃さんは前衛用の新たな戦い方を確立するに至ったのだろう。


 今回は星の精が透明ということもあって回避は難しいだろうが、その瞬発力を活かしたカウンターで輸血パックを当ててくれるはずだ。


「掴まれた……! 何も見えないけど、これが星の精!?」

「どっちに引っ張られるかで、星の精がどこにいるか大体の検討はつけられるよね。僕が守るから、安心して輸血パックを当てることに集中して!」

「わかった!」


 季桃さんが輸血パックを投擲すると、何もない空中で何かにぶつかって炸裂したように見えた。つまりは見事、星の精に命中させたのだろう。


 血液によって星の精のグロテスクな容貌が明らかになる。そこにヒカちゃんがルーン魔術を唱えて、氷の弾丸を打ち込んだ。


「うわぁ……気持ち悪い……。さっさと倒しちゃおうよ」


 げんなりした様子でヒカちゃんがそう呟く。


 血液を飲み込んだ星の精の姿は、例えるなら吸盤がついた触手が大量に生えた脈打つ赤いゼリーだ。僕と心子さんは幻夢境で同じような怪物を見たことがあるけれど、初見の3人はかなり衝撃を受けていた。ヴァーリは戦争を経験しているからヒカちゃんと季桃さんよりは多少マシな様子だが、それでもきつかったらしい。


「一匹だけじゃないのかよ! こっちも掴まれた、障壁を頼む!」


 ヴァーリも輸血パックを星の精に命中させる。そして僕が障壁を張って、今度は季桃さんが倒した。


 でもまだ終わりじゃない。他にも数匹いるようなので、研究室に忍び込むためには残りも全て倒さなければならないだろう。

 僕たちであれば無傷で突破できるだろうが、油断は禁物だ。


 星の精は魔術師が使役する怪物としては、幻夢境では比較的有名どころではある。

 ただし有名といっても、よほどの魔術師でない限りは太刀打ちできずに捕食されてしまうので、使役難易度は高い。


 怪物を使役しない魔術師もたくさんいるので厳密ではないが、星の精を使役できるかは魔術師の力量を図る指標の1つと言えるだろう。


 1匹を直接使役できるだけでも上位の魔術師だと思う。でもこの場には星の精が何匹もいる。しかもお祖母さんは幻夢境にも拠点を持っているらしいので、ここにいるので全部では無いはずなのだ。それだけの怪物たちを大量に使役できるお祖母さんは、とてつもない魔術師であることを示していた。


 とはいえ対策もしてきたし、僕たちなら星の精を撃退するのはそう難しくない。僕たちは怪物たちを撃退して、お祖母さんの研究室へ向かうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ