60_意見交流_その2
何から確認すべきだろうか。当たり前だと感じていることを改めて振り返るというのは、意外と難しい。
偽バルドルが僕に話してくれた内容が正しかったかどうか、ヴァーリに確認してみるのはどうだろうか。偽バルドルの証言には嘘が混じっている可能性がある。
生き残った北欧の神々について確認してみよう。
「北欧の神々の生き残りって、伝承上では確か6人だったよね。それ以外にもオーディンとクルーシュチャ、そしてレギンレイヴの本体っていうのが残っているみたいだけど……。とりあえず、伝承で語られている6人の生存者って正しいの?」
「伝承と実際の生存者は一致してるぜ。伝承に伝わっている通り、バルドル、ヴィーダル、ヘズ、マグニとモージ、そして俺が生き残った。最初に死んだのは寿命で死んだマグニとモージだな」
バルドル、ヴィーダル、ヘズ、ヴァーリはオーディンの息子だが、マグニとモージは農耕の神の息子たちらしい。そういう経緯もあり、本人たちの希望で彼らは戦後の復興に生涯を費やしたという。
「残りのメンバーはバルドルを除いて、普段は眠りについて必要なときに起こすようにしたんだよな」
ヴァーリの発言に対して心子さんが質問を挟む。
「眠りにつくというのはコールドスリープを思い浮かべれば良いでしょうか?」
「そうそう。そういうやつだよ。ルーン魔術だから原理は俺もよく知らねえけど」
ヴァーリの証言は、僕が偽バルドルから聞いていた内容と一致している。少なくともこの辺りについて、偽バルドルは本当のことを話していたらしい。
季桃さんは何か思うところがあったようで、考察を述べる。
「ヴァーリ君が眠ってるところを見せてもらったけどさ、あれってコールドスリープというよりはバーニングスリープだよね」
「バーニングスリープ? なにそれ?」
「いや、ちょっと見た目がね? たぶん、オーディンが戦乙女のブリュンヒルデを封じたっていうのと同じやつなんだよ。戦乙女は巨人との戦いだけじゃなくて、人間同士の戦争に介入することもあったとされているんだけど……。ブリュンヒルデはオーディンの指示を無視して、本来勝たせるはずだった国を負けさせたことがあるの。その罰としてブリュンヒルデは炎に包まれた館の中で、オーディンが指定した条件を満たす者が封印を解くまで眠りにつくことになったんだよ」
条件を満たす者が封印を解く……?
そういえば、ヴァーリとヘズのコールドスリープを解けるのは戦乙女と自分だけだと偽バルドルがいっていた。ヴァーリたちの封印は、戦乙女か偽バルドルだけが解けるという条件が指定されているのだろう。
「2人は寿命で死んだわけだから、現代まで生き残っているのは、バルドル、ヴィーダル、ヘズ、ヴァーリ君の4人?」
「そのうちヴィーダルさんは別世界の結人さんに殺害されてしまって、バルドルは偽物に成り代わられてしまったのですね」
バルドルはいつから偽物と入れ替わっていたのだろう。ずっと目覚めた状態で活動していたのはバルドルだけだから、他の神々がコールドスリープ中に入れ替わったと考えるのが妥当だろうか?
いや、もう1つ可能性があるな。
「もしかしてバルドルは最初から偽物だったんじゃないかな。バルドルが一度生き返ったという伝承があるけど、それが嘘なんじゃないか?」
「エインフェリアも死者の蘇りだと信じられていましたけど、本当は生き返ってなんかいませんからね。ルーン魔術で死者を蘇らせることは不可能なのではないでしょうか」
僕と心子さんが偽バルドルの入れ替わりタイミングについて話していると、ヒカちゃんが声を上げる。
「ってことはもしかしてヘズも偽物なの!? バルドルがそのタイミングで入れ替わったなら、ヘズだってそうだよね!? ヘズもバルドルと一緒に生き返ったって言われてるわけだしさ!」
この話を聞いて、ヴァーリの表情から血の気が引いていく。真っ青を通り越して白くなっているほどだ。
「ヘズが生き返ってないとか……マジかよ……」
もしかしてヴァーリはヘズと深い関わりを持っていたのだろうか。彼はバルドルが偽物だと聞いたときよりも、さらに深く絶望しているようだった。
ヴァーリには悪いけれど、詳しい話を聞かせてもらいたい。
「ヴァーリとヘズってどういう関係なの? ヴァーリが半神半人だとか、ヘズが元戦神で今は盲目の神だとか。個別の話は聞いてるけど、関係性まではよくわかってないんだよね」
「リモモが代わりに話してくれ……。俺はちょっと席を外すわ……。聞きたくねぇし話したくねぇ。かなり正確に伝承として伝わっているからそれでいいだろ……?」
ヴァーリはそういうと部屋から出ていく。申し訳ないが、現状の把握のためには避けて通れない話題だ。
頼まれた季桃さんが詳しい話をしてくれる。
「まずはヴァーリ君について言うと、ヴァーリ君は北欧の神の中でも比較的若い、っていうか一番若い神なのかな。というのもヴァーリ君は北欧神話の末期、神々と巨人の戦争が始まった後に生まれた神なんだよね。ちゃんと歳を数えてないからわからないって言ってたけど、コールドスリープしてる時間を除くと13歳前後じゃないかな」
半神半人だから普通の人間とは成長速度も違うだろうが、13歳というと中学1~2年生に相当する。ヒカちゃんと季桃さんが年下に対するような接し方をしていたので予想はしていたが、やはりヴァーリはヒカちゃんよりも年下だった。
「肉体的には完全に大人と同じなんだけど、それはルーン魔術でオーディンが無理やり身体を成長させたからなの」
「そうなると、幼少期はずっと戦争の真っ只中で過ごしていたのか……」
神も人も死に絶えるような戦争に、生まれた頃から身を置いているなんて、僕には想像することも難しい。
心子さんが疑問に思ったことを、季桃さんに尋ねる。
「ヴァーリさんは半神とはいえ神の扱いなんですよね? 魔術の神とか豊穣の神とか、神々にはそういった肩書がつきものですが、ヴァーリさんにもあるのでしょうか?」
「ヴァーリ君には無いかな。本人曰く、神というよりはエインフェリアに近いらしいし。でも強いて言うとしたら……神殺しの神かな」
「神殺しの神?」
「ここからはヴァーリ君が生まれた経緯を話した方が早いと思うから、北欧神話講座の形式で話そうか」
季桃さんは次のような話をしてくれた。
◇
バルドルがヤドリギ以外のものと契約を交わし、あらゆるものから傷付けられなくなった日のことです。盲目の神であるヘズは悪神ロキに騙され、ヤドリギをバルドルに投げつけて殺してしまいました。
バルドルの死に対して神々が動揺している隙に、ロキは巨人たちの元へ逃げ出します。しかし目が見えないヘズはバルドルが死んだことにすら気づかず、ただひたすらその場に立ち尽くしていました。
最愛の息子であるバルドルを失ったオーディンは怒り狂います。この事件がきっかけで神々と巨人は全面戦争を始めますが、オーディンの怒りの矛先はヘズにも向かうのです。
しかしヘズはオーディンの息子であるため、直接手を下しては息子殺しの悪評が立ってしまいます。そこでオーディンはヘズに復讐をするための代理人を用意することにしたのです。
けれどもオーディンの代わりにヘズを殺してくれる者は見つかりません。オーディンは考えた末に、正式な血統ではない子供を作り、その子供に復讐を代行させることにしました。
オーディンが子供を産ませるために目を付けたのは、とある国の王女です。王女と子を成すためにオーディンは人間に化けて国に忍び込み、兵士として手柄を立てます。
優れた武勇を示して王に気に入られたオーディンでしたが、王女はオーディンを相手にしません。この方法ではダメだと悟ったオーディンは、次は鍛冶師を装い、優れた武具を収めて王家に取り入ります。
しかし王女はまたしてもオーディンの思惑から外れ、彼を強く拒みました。痺れを切らしたオーディンは武力行使に移りますが、それでも王女はオーディンを拒絶します。
最終的にオーディンはルーン魔術で王女を洗脳し、無理やりヴァーリを産ませることに成功しました。生まれた後、1日で成人まで身体が成長したヴァーリは腹違いの兄であるヘズの命を絶ちます。
それからしばらくして、神々と巨人たちの戦争が終わった後、生き残ったヴァーリは生き返ったバルドルとヘズと対面するのです。
◇
「ということでヴァーリ君の伝承はおしまい。ヴァーリ君が席を立つ気持ちもわかるよね……」
「オーディンってちょっとクズ過ぎない? 人間の味方とか聞いてたから一応は善神だと思ってたんだけど」
「基本的には人間の味方って認識であってるよ。平等じゃないってだけで。自分が気に入った相手には利益を与えるけど、そうでない者には被害をばらまくタイプの神様なんだよ。北欧神話の入門書には善神みたいに書いてあることが多いけど、少し詳しめになると途端に悪い話が目立つのがオーディンなんだ」
季桃さんからオーディンの悪行について聞いてみると、悪い話がたくさん出てくる。
例えば自分が好いていない国を滅ぼしたり、わざと戦争になるように仕向けたりとか。そんな様子で好き勝手やっていたそうだ。
オーディンに人生を狂わされた人は星の数ほどいるとクルーシュチャは言っていたが、その比喩をまさに実感するような話だった。
ヒカちゃんがヴァーリの現状について補足してくれる。
「ヴァーリ君はヘズを殺してしまったことをすごく後悔しているみたいなの。身体だけは急に大人まで成長させられたけど、精神的には自我も確立していない赤ん坊だったから、ヴァーリ君のせいじゃないんだけどね。戦争の後に生き返ったヘズに許しの言葉をかけてもらえて、それでようやく気が楽になったって。でもヘズは本当は生き返ってなくて、偽物の言葉だったとしたら……。それで今、ヴァーリ君はすごくショックを受けてるんだよ」
ヒカちゃんも呪いのせいで家族を失っている。自分ではどうしようも無いことだけど、自分を責めているという点で、ヒカちゃんとヴァーリには共通点があるのだ。
そういった事情からか、ヒカちゃんは年上のお姉さんとしてヴァーリのことを気にかけているようだった。
「これでヴァーリ君とヘズの関係について一通り話し終わったかな? それじゃあヴァーリ君を呼んでくるね」
ヒカちゃんが部屋を出てヴァーリを呼ぶ。そして少ししてから、ヴァーリは戻ってきた。