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58_ヒカちゃんと歩み寄る

「あれ? ヒカルちゃんも結人さんに用事?」

「えっ……。あ、はい。そうなんです……! えっと……えっと……。じゃあ季桃さん、失礼しますね……」


 ヒカルは戸惑った様子で季桃さんと別れを告げて、入れ替わりで部屋に入ってきた。

 そして僕の傍までやってきて、先ほどまで季桃さんが座っていた椅子に座って話しかけてくる。


「その……えっと……。調子はどうですか……?」

「みんなのおかげでかなり快調だよ。ちょっと過保護過ぎるんじゃないかって思うくらいにね」

「本当に酷い怪我だったから、みんな心配しているんですよ。エインフェリアといっても不死身ではないですから。無理をして"結人さん"に何かあったら大変ですし……」


 パラレルワールドの存在を知ってから、ヒカルはこんな様子で僕と季桃さんに対して一線を引いている。


 僕と季桃さんをエインフェリアとして選定したせいで、巻き込んでしまったという加害者意識があること。そしてここにいる僕と季桃さんは、ヒカルの出身パラレルワールドにいた僕と季桃さんとは大きく異なることが理由のようだった。


「それで、どうしたの?」


 ヒカルは僕の傍に座ったまま、俯いている。よく見ると、彼女の頬に涙が伝っていた。


「………………なんで私、生きているんでしょう」

「どういうこと?」

「私はユウちゃんに殺してもらってエインフェリアになったと思っていたけれど……。エインフェリアって本当は死んでいないんですよね? 私、ユウちゃんに首を絞めて殺してもらうとき、死にたくないと思ってしまって、最後の最後で少し抵抗してしまって……」


 ヒカルは罪の告白でもするように、震えた声で僕に言葉を紡ぐ。


「私の抵抗でユウちゃんの決意が鈍ったんでしょうか……。私が意識を失う直前、首の圧迫が緩んだことを覚えているんです。それでもエインフェリアになれたから、そのままユウちゃんが殺してくれたんだと思っていました。でも、エインフェリアって本当は生きているんですよね……?」


 間違いなく、僕の目の前にいるヒカルは生きている。エインフェリアは生き返った死者ではない。


 彼女のパラレルワールドの僕は、このパラレルワールドの僕とは違って、ヒカルを殺せなかったのだろう。おそらくは黄金の首飾りも、ムスペル教団に奪われたに違いない。


「エインフェリアになったとき、私の中から黄金の首飾りも失われていて……。ということは、貴方の出身パラレルワールドと同じように、私の出身パラレルワールドも滅んでしまったはずなんです。つまり、私が死ななかったから私のパラレルワールドは滅んでしまったんです! 私のせいで何人が死んだのかなって、そればかり考えてしまって……!」


 ヒカルが流す涙がどんどん増えていく。うまく発声できないほどに嗚咽を漏らしながらも、ヒカルは告解する。


「なんで私、生きているんだろう。どうして抵抗なんてしちゃったんだろう……。生き返れたなんて勘違いして、呪いも無くなったからエインフェリアとして再出発だなんて浮かれちゃって……。本当はユウちゃんもみんなも死んでいるのに……。その上、貴方や季桃さんをこのパラレルワールドに巻き込んで!! ……………………私はどう償ったらいいんでしょうか」


 償うも何も、僕はヒカルに罪は無いと思っている。季桃さんも、死んでしまった優紗ちゃんも、僕と同じように答えるだろう。


「滅ぼしたのはルベドとクルーシュチャで、ヒカルが滅ぼしたわけじゃない。ヒカルが僕たちをこの世界に呼び寄せてしまったのは、事故だから誰のせいでもない。強いて言えばヴァーリが言っていたように、エインフェリアという仕組みを作り上げたオーディンのせいだ。そう言っても、ヒカルは納得しないんだよね?」


 僕がそう尋ねると、ヒカルは小さく頷いた。


 僕が知っているのは僕の世界のヒカルの話だが、ヒカルには事あるごとに自分を責める悪癖がある。

 それは黄金の首飾りがもたらす呪いによって、身に着けてしまったものだ。


 ヒカルの母親はヒカルが生まれてすぐに事故で亡くなり、残された父親は母親の分まで愛情を持ってヒカルに接した。しかし愛情を持って接するほど、黄金の首飾りの呪いは強く作用する。優しい父親も次第に疲れ、絶望し、ついに禁断の言葉を口にした。


 お前のせいで母親は死んだ、と。


 それ以来、ヒカルは自身の力ではどうにもならないことでさえ、自分を責めるようになったのだ。


「ねぇヒカル。僕と約束しない?」

「約束……?」

「僕とキミで一緒に、季桃さんを元のパラレルワールドに返して、優紗ちゃんを生き返らせて、僕のパラレルワールドのヒカルを見つける約束。もしそれを全部達成できれば、キミの心も少しは晴れるんじゃないかな」


 僕がそんなことを言うとは思わなかったのか、ヒカルは驚いた様子で僕を見つめる。


「それが本当にできるなら、そうかもしれない……けど……。できるんですか? そんなこと。それに貴方にとって、約束って特別なことなんじゃ……。ユウちゃんにとってはそうだったから。守れない約束は貴方自身を傷つけるだけなのに、そんな約束をしていいんですか?」

「うん、いいよ。何があっても、どんなことがあっても僕は約束を守るから」


 ヒカルは信じられないものを見た様子で言葉を返してくる。


「私は貴方が知っているヒカルじゃないのに、どうしてそこまでしてくれるんですか? そういえば私と季桃さんを頼むって、優紗ちゃんと約束していましたよね。あんなの無効ですよ。だって、優紗ちゃんは自分のパラレルワールドの私と季桃さんだと誤解したままそう言ったんですから」

「優紗ちゃんはパラレルワールドのことを知っていたとしても、僕たちを守ろうとしただろうし、一緒に守ろうと僕に打診したと思うけどね。でも、僕がキミと約束しようと思ったのはそういう理由じゃないよ」

「じゃあ、どうして……?」


 そんな複雑なことじゃない。僕が僕の世界のヒカルのために、魔術師になった理由と同じだ。


「単純に、放っておけないからかな。僕たちは似ているからさ。幼い頃に両親がいなくなったとか、それにまつわるトラウマがあるとか……。僕もまだ自分のトラウマを乗り越えられたとはいえないけど、おじいちゃんとおばあちゃんに助けられて、今ここにいる。だから今度は僕がヒカル助ける番なんだって、そう強く思うんだよ」


 そもそも、大切なものを奪われて記憶を失っていた時期でさえ、僕は彼女を支えたいと思っていた。

 記憶が戻って彼女が別の世界のヒカルだとわかったとしても、その気持ちが消えることはない。


「もちろん僕の世界のヒカルは探さないといけないし、放っておくことはできない。でもそれはキミを放っておく理由にはならないんだ」

「そう……なんですか」


 ヒカルは目を丸くして僕の言葉を聞いていた。

 いつの間にか涙も止まっている。


「ただ僕はユウちゃんじゃないから、それと同じ関係性になることはきっとできないと思う。だからユウちゃんとは別の、もう1人の義兄としてキミを支えていきたいんだけど、どうかな?」

「もう1人のお兄ちゃんとして……」

「できればもう、敬語も無しでね。そんな他人行儀だとすごく悲しくなるし」

「う、うん。わかった。私も本当は、仲良くしたい……」


 泣きはらしていたばかりだから、綺麗な笑顔とは言い難いけれど……。それでもヒカルは笑ってくれた。

 義兄として、最低限の働きはできたことだろう。


「じゃあこれから改めてよろしくね、ヒカル」

「…………でもその呼び方はダメ」


 急にダメ出しをされてびっくりしていると、ヒカルは理由を話してくれる。


「ヒカルって呼び方はユウちゃんが私を呼ぶときの呼び方で、貴方が貴方の世界の私を呼ぶときの呼び方だから。義妹が2人いるのに、同じ呼び方をするの?」

「ごめん、言われてみればそうだね。……でも難しいな。どう呼べばいいんだろう? ヒカちゃん、とか? あまり変わらないけどさ」

「名前が同じだから、似ちゃうのはしょうがないね。他に考えられるとしたらヒーちゃんくらいだし」


 頑張って他の呼び方も考えてみるが、どうにもしっくりこない。結局は最初に言ったように、ヒカちゃんと呼ぶことにした。


 ヒカちゃんも僕を呼んでくれる。


「……ありがとう。改めてよろしくね、ユウ(にい)


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