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57_季桃さんとお話

 ヒカルたちにパラレルワールドのことを話してから、5日ほどが経過した。ヒカルと季桃さんとは何度か言葉を交わしているが、2人の考えはまだまとまっていないようだった。


 僕の怪我についていえば、エインフェリアが持つ生来の回復力に加え、トートの剣とヒカルのルーン魔術のおかげでかなり改善していた。もうスコルの子とも戦えると自分では思っているし、実際のところ既に何回か戦って倒している。


 だけど念のため安静にするように心子さんから強く言われてしまったため、基本的には1人で部屋に籠って養生している状態だ。


 そのためいつもは暇を持て余しているのだが、今は季桃さんが僕のところへ訪ねてきていた。


「結人さん、少し話を聞いてもらってもいいかな?」

「うん、大丈夫だよ。どうしたの?」


 季桃さんは僕が寝ているベッドの傍にある椅子に腰を掛けた。


 気のせいかもしれないが、季桃さんは少しやつれたように見える。パラレルワールドの差異を実感して、精神的にまいってきているのだろう。


「さっきね、心子ちゃんと一緒に晴渡神社を見て来たんだ。それでさ、やっぱり私がいたパラレルワールドとは全然違うんだなって感じちゃって……」

「季桃さんは元のパラレルワールドでは、実家の神社で巫女として働いていたんだよね。でもこのパラレルワールドの季桃さんは神社から出て、1人暮らし中なんだっけ」

「そうそう。このパラレルワールドの私が暮らしをしてたアパートにも行ったんだよね」


 このパラレルワールドの季桃さんは既に死んでいるが、心子さんがアパートの管理者と交渉して、今はまだ荷物などをそのままにしてもらっているらしい。


「置いてある物とかを見て、本当に私はここで暮らしてたんだなって納得しちゃった。結人さんの私物もちょっとだけ置いてあったんだよ。私によく似た婚約者がいるとか言ってたけど、私だったんだね」

「そうらしいね。僕はこのパラレルワールドの僕とは違って、婚約者はいなかったからよくわからないけど」

「私もよくわかんないや。ここは私がいたパラレルワールドとはやっぱり違うって思いが強くなるばかりでさ。結人さんと話しているのが一番気分が楽かも。心子ちゃんとヒカルちゃんとは、ちょっと距離感がわからなくて……」


 季桃さんは出身パラレルワールドだと、心子さんではなく優紗ちゃんと仲がよかったらしい。心子さんとも面識はあるけれど、直接的な知人というよりは友人の姉という関係性だったようだ。


 しかしこのパラレルワールドの季桃さんは優紗ちゃんではなく、心子さんと仲がよかったという。魔術師としても2人は姉妹弟子で、本当の姉妹のように仲良くしていたらしい。

 だからなのか、心子さんはエインフェリアの季桃さんに対して、自然と距離が近くなってしまうようだった。けれど季桃さんにとってはそれが違和感に繋がるのだという。


 同じように、ヒカルは季桃さんのことを義兄の婚約者として見てしまうようで……。でもこの季桃さんに婚約者はいない。そのせいでどうしてもズレを感じてしまうのだろう。


「僕と季桃さんは、元々いたパラレルワールドでお互いに面識がないからね。だからフラットな状態で接することができるんだよ」

「そうだね。面識が無いといえばヴァーリ君もそうだけど、ジェネレーションギャップとでもいえばいいのかな。生きてきた時代が違うからさ」


 僕と話して、少しでも季桃さんが落ち着けるなら嬉しいことだ。


「やっぱり元のパラレルワールドに帰りたい?」

「うん……。元のパラレルワールドに帰って、普通に暮らしたいの。家族がいて、友達がいて……。そういった生活に戻りたい。スコルの子に襲われて、夜もまともに眠れなくて、神とかエインフェリアと命を懸けて戦うのはもううんざりなの」


 当然の結論だろうな、と僕は思った。


 僕や心子さんのように、戦おうとする方が異常なのだ。普通の感性であれば、危険を犯してムスペル教団のような集団と戦いたいとは思わない。


 僕の場合は僕の世界のヒカルを探すためだけど、心子さんとヴァーリの場合は使命感のようなものだろう。心子さんは元々いたパラレルワールドで唯一生き残った人間として。ヴァーリは神話時代の戦争を生き残った北欧の神として。


 でも季桃さんは異なるパラレルワールドから拉致されてきた一般人だ。そんな使命は持っていない。


「じゃあ季桃さんは出身パラレルワールドに帰る方法を探すんだね」

「そのつもり。何をどうしたらいいかは、さっぱりわからないんだけどね……。でも一応気になっていることが1つあるから、まずはそれに当たってみようと思ってるの。結人さんはドラウプニルって知ってる?」

「確かオーディンが持っていた黄金の腕輪のことだっけ? 偽バルドルが偽名の由来にしていたから、印象に残っているな」


 ドラウプニルは9日ごとに9つに分裂といわれる不思議な腕輪だ。偽バルドルによると、本当に分裂するわけではないらしいけど。

 ドラウプニルは世界の在り方を示す腕輪と評されており、北欧の最高神が持つに相応しい腕輪と言える。


 神話の時代にバルドルの葬儀が行われた際、オーディンが副葬品としてバルドルに与えたものだ。


「パラレルワールドも9日ごとに9倍になるって心子ちゃんが言っていたのを覚えてる? 9日ごとに9つに分裂して世界の在り方を示す腕輪ってさ、偶然の一致とは思えないよね」


 それは確かに僕も気になっていた。ドラウプニルの持ち主だったオーディンはかつて銀の鍵を持っていたらしいし、時空操作魔術にも詳しいはず。

 ドラウプニルがパラレルワールドや時空操作魔術に関係するアイテムである可能性も高いかもしれない。


「どうやって手に入れるかが一番の問題なんだけどね。今は偽バルドルが持っているんだっけ?」

「別世界の僕が『黄金の腕輪が無いからこいつは分体か』と言っていたからね。偽バルドルの本体が持っているんだろうけど……。別世界の僕も狙っているわけだから、その対処もしないといけないね」

「前途多難だなぁ。結人さんは出身パラレルワールドに帰る方法について、他に心当たりがあったりしない?」


 出身パラレルワールドに帰る方法か……。数億年単位で誤差が出てもいいなら銀の鍵でもいけるけど、それじゃ意味がない。


 銀の鍵よりも効率的にヨグ=ソトースの力を引き出すことができれば可能かもしれない。現実的かはさておき、一応はそういった存在に心当たりがある。


「タウィル・アト=ウムルなら可能性があるかも……? 確証は無いけど」

「タウィ……えっと何それ?」

「タウィル・アト=ウムルはヨグ=ソトースの使者、もしくは代行者と呼ばれている存在だよ。具体的なことは何もわからないんだけどさ。ヨグ=ソトースの力を借りることにおいては、銀の鍵よりも上位の権限を持っているはずなんだ」


 タウィル・アト=ウムルについて僕が知っていることは、これで全てだ。


 どこにいるのか、どんな姿なのか、協力的なのか敵対的なのか。そもそも意思の疎通を取れるような相手なのか……。それすらも知らない。


 僕がヨグ=ソトースについて学んだ魔道書には、詳しいことが何も書かれていなかった。


「申し訳ないけど、心子さんにも聞いてみてもらっていいかな? タウィル・アト=ウムルについて、僕は本当に何も知らないんだ。正直なところ、この線で調べていくのはあまり現実的じゃないかもね」

「……それでも教えてくれてありがとう。心子ちゃんにも聞いてみるよ」


 季桃さんは椅子から立ち上がり、心子さんを探しに行こうとして部屋のドアを開ける。すると、話が終わるまで待っていたのか、ドアのすぐ向こうにヒカルが立っていた。


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