56_ヒカルたちと合流_その3
パラレルワールドの存在を知って、ヒカルたちは三者三様の反応を見せる。
一番リアクションが派手なのはヴァーリだ。
「はぁ? パラレルワールド!? さすがに冗談……を言うような顔をしてねぇよなぁ。ってことはマジか? マジなのか!?」
と純粋に驚いている。なんというか、素直だ。彼は北欧の神の一人だし、現代の人間と比べれば、超常的な概念を受け入れる懐の深さを持っているのかもしれない。
季桃さんは呆れ気味というか、
「スコルの子とか魔術とか、不可思議なことが今までいっぱいあったけど、今度はパラレルワールドかぁ……。エインフェリアとして生き返ったときから生前の常識はもう通用しないと思ってたけど、またすごいのが出たなぁ……」
といった様子だ。この季桃さんは魔術的な知識を持たない一般人なので、もう何が出てきても今さら大差ないのだろう。彼女にとってはエインフェリアもルーン魔術も、時空操作魔術もパラレルワールドも、全て非日常にあるめちゃくちゃなものに分類されているらしい。
そしてヒカルは……。急に血の気が引いたように表情を失くして、ただひたすらに沈黙していた。
しばらくして、恐々とした様子でヒカルが口を開く。
「………………実はね、ずっとユウちゃんに違和感があったの。最初はユウちゃんが記憶を失っているからだと思ってた。でも記憶が戻った後も違和感があって……。きっと私の勘違いなんだって自分に言い聞かせてたの」
ヒカルは何とか絞り出すようにして、少しずつ話してくれる。
「一度、銀色の鍵を見せてくれたことがあったよね。両親からもらったお守りだって。でもそんなのユウちゃんは持ってなかったはずなの。その鍵は、何……? もしかして貴方もこの世界とは違う、パラレルワールドのユウちゃんなの……?」
「そうだよ。僕が、というよりはエインフェリアは全員そうなんだけどね」
「…………っ!!」
ヒカルは僕、季桃さん、優紗ちゃんの3人を、このパラレルワールドに拉致してしまったことを悟ったらしい。泣きながら顔面蒼白となり、両手で顔を覆って隠してしまう。
やっぱりこうなってしまったか……。でもヒカルが僕たちをエインフェリアにする前に、エインフェリアの真実に気づける可能性は0%だった。だからヒカルに非は無いと僕は思う。けれどヒカル自身はそう思えないのだろう。
季桃さんも驚きを隠せないようで、僕に説明を求めてくる。
「全員ってことは、私とヒカルちゃんも!?」
「うん。エインフェリアとして世間から隔離されていたから気づけなかっただけで、調べたらすぐにわかると思う。特に季桃さんは、このパラレルワールドと出身パラレルワールドの差異が大きいみたいだしね」
「そうなんだ……。じゃあ、確かめてみないとね……」
季桃さんはこれ以上言えることが無いのか、口を閉じた。けれどヴァーリは納得がいかないらしく、僕に反論してくる。
「ちょっと待て。俺は今まで何人もエインフェリアを見てきたが、そんな差異を見つけた奴なんて1人もいた覚えがねぇぞ。その話、マジなんだろうな?」
「本来なら差異を感じないほどに近いパラレルワールドから、エインフェリアは連れてこられるんだろうね。でも、ヒカルが選定したエインフェリアは差異に気づけるほど遠いパラレルワールドからやってきているみたいなんだ」
「ヒカルだけ? 原因はわかってんのか?」
「わからない。でも一応、1つだけ仮説があるんだ」
実際にそうだと確かめる術はない。けれど、この仮説が正しいと僕は確信している。心子さんの見解も僕と同じだ。
「おそらく、このパラレルワールドによく似た世界はもう滅んでしまっているんだよ。だから最も近いパラレルワールドですら、大きな差異があるんだ」
厳密にいえば、よく似たパラレルワールドもいくつかは残っているのだろう。でもエインフェリアは人間にしかなれないと偽バルドルが言っていた。
つまり、エインフェリアになった者がさらにエインフェリアとして、2重に拉致されることはない。
僕たちがいるこのパラレルワールドは、エインフェリアの獲得競争に若干遅れ気味だったのだろう。近いパラレルワールドには拉致できる人材が残っていなくて、遠くのパラレルワールドからしかエインフェリアを連れてこれなかったのだ。
「でもパラレルワールドって無限にあるんじゃないの? 最も近いパラレルワールドでも差異が大きいってそんなことある?」
僕の仮説に疑問を呈したのは季桃さんだ。だけど心子さんが補足してくれる。
「パラレルワールドって実は有限なんですよ。9日経過するごとに9倍といったペースで膨れ上がっているから無限のように見えるだけで。具体的な数字を言うと、およそ1年間でパラレルワールドは約450澗(450000000000000000000000000000000000000)倍に増えますね」
数字の大きさに、ヴァーリが驚いて声を上げた。
「1年でそんなに!? そこまで多いなら、もう無限と一緒だろ」
「無限と有限はきちんと区別しないと駄目ですよ」
心子さんが言う通り、無限と有限には確固たる違いがある。
パラレルワールドが無限に存在するとしたら、このパラレルワールドと良く似たパラレルワールドが尽きることはない。
だけどパラレルワールドが有限なら話は違う。どれだけ大量にパラレルワールドが存在したとしても、滅べば滅んだだけ、パラレルワールドとパラレルワールドの差異は広がっていくのだ。
「似たようなパラレルワールドは似たような結末を辿りますからね。このパラレルワールドはギリギリ滅びませんでしたが、ここに近いパラレルワールドはムスペル教団に滅ぼされてしまったのでしょう」
僕はエインフェリアがパラレルワールドから連れてこられたことの補足説明として、銀の鍵やヨグ=ソトースのことを説明する。
僕の出身パラレルワールドで起こったこと、エインフェリアは一度も死んでいないこと。
クルーシュチャと名乗る北欧の神のことや心子さんの正体、そして僕の世界のヒカルのことなど、すべてを話した。
僕が全てを話し終えると、ヒカルが震えるような声で話し始める。
「じゃあエインフェリアがパラレルワールドから拉致されてきたのは、間違いないんだね……。ということは、私がみんなをエインフェリアにしなければ……、みんなは元の世界で平和に暮らせてたんだ……。貴方が出身パラレルワールドの私とはぐれたり、季桃さんが辛い思いをしたり、優紗ちゃんが死んだりすることもなかったんだ……! 黄金の首飾りの呪いもなくなったのに、私は結局、みんなを不幸にしてばっかりだね……」
「ヒカルのせいじゃない! 避けられない事故だったんだよ! ヒカルが僕たちをエインフェリアにする時点では、パラレルワールドのことなんて知る由もないんだからさ!」
僕は咄嗟にヒカルを弁護する。
ありがたいことに、季桃さんもヒカルを責める気は無いようだ。むしろヒカルを気遣う言葉をかけてくれる。
「結人さんの言う通りだよ。何でこんなことに巻き込まれてるんだろうって気持ちはあるけど、それはヒカルちゃんも被害者側だしさ。それにこのパラレルワールドの住人からしたら、私たちが巻き込まれているのはいいことなんだろうし」
確かに季桃さんのいう通り、エインフェリアはこのパラレルワールドに必要な存在だ。なんせ、放っておけばムスペル教団が世界を滅ぼしてしまう。エインフェリアを引き連れているムスペル教団に対抗するには、エインフェリアが必要だ。
ヴァーリと心子さんも、そのことについて発言してくれる。ヴァーリはこの場において唯一の、このパラレルワールド出身の人物だ。心子さんは別のパラレルワールド出身だが、ここが第二の故郷と言えるだろう。そんな2人からの言葉だ。
「呼ばれた側には悪いが、今は北欧の神々陣営がボロボロすぎて、戦えるやつが少しでも多く欲しいくらいだ。ヴィーダルは死んじまったし、バルドルは偽物だしよ。そんなわけでヒカルは気に止むかもしれねぇが、このパラレルワールドからすれば、ユウトとリモモをエインフェリアにしてくれたヒカルには感謝しかねぇ」
「僕もヴァーリさんと同意見です。僕1人では、滅びの原因を突き止めることすらできていませんでした。ですがみなさんがいてくれるおかげで、今は希望が見えてきています。この希望を齎してくれたのは、間違いなくヒカルさんの功績です」
「大本を辿れば戦乙女の仕組みを作ったり、ムスペル教団が暴走している原因はオーディンにあるだろ。恨むならオーディンを恨めってこったな」
僕たちの声はヒカルにも届いているはず。
……でも届いている上で、元気づけるには至らないようだった。
か細い声で、ヒカルが僕に尋ねてくる。
「…………銀の鍵を使って過去に戻って、死んでしまった優紗ちゃんを助けたりはできないんだよね?」
「ごめん……。銀の鍵には時空を移動する力があるけど、このパラレルワールドの過去に到達する方法が無いんだ」
例えるなら、物理学の概念である不確定性原理に近い。不確定性原理についてざっくり言えば、位置と運動量、または時間とエネルギーのどちらかを正確に観測したら、もう一方が不正確になるという原理だ。
銀の鍵でパラレルワールドを移動するとき、転移先のパラレルワールドと時刻の選択がその原理のような関係にある。
「行きたいパラレルワールドを選ぶと時刻が不正確になって、時刻を決めると転移先のパラレルワールドが不正確に……ってね。エインフェリアの優紗ちゃんを救うなら、転移先はこのパラレルワールド、時刻は優紗ちゃんが死ぬ少し前にする必要がある。だけど転移先を定めてしまっているから、時刻がめちゃくちゃになってしまうんだ。数千年どころか、数億年単位で誤差がでてしまうと思う。だから僕の力では……。銀の鍵では……。あの優紗ちゃんを助けることはできないんだよ……」
「そっか……。ごめんね、無理を言って」
これ以上会話が続くことはなく、重たい空気だけが流れていく。
しばらくしてから、場の雰囲気を一度断ち切るために心子さんが口を開いた。
「事態を飲み込むのに時間も必要でしょうし、今は一度ここでお開きにしましょうか。この拠点は自由に使っていただいて構いませんので、今後の身の振り方について、各自でゆっくりと考えていただけると幸いです。僕としてはこのパラレルワールドのために、一緒に戦ってほしいと思っていますけどね」
僕にはこのパラレルワールドに一緒に連れてきたはずのヒカルを探すという使命がある。僕の世界のヒカルを探すためには心子さんと協力したり、クルーシュチャから話を聞き出すのが近道のはずだ。それにムスペル教団と戦うのは僕の主目的ではないにせよ、因縁のある相手ではある。
だから、僕はこのパラレルワールドのムスペル教団と戦う意思は十全にあった。
ヴァーリと心子さんについては、今さら言う必要もないだろう。この2人がムスペル教団と戦うつもりなのは間違いない。
でも……ヒカルと季桃さんはどうするのだろう。2人とは後で話してみる必要がありそうだった。